第68話 東の湿地帯
俺たちはエルザフィールの街の東門から東へと進む。
街から東と南は魔物が大量発生しているだけあって冒険者たちの数も多く、いたるところで冒険者たちが魔物と戦いを繰り広げている。
俺たちが狩場にしていた西側と比べると冒険者たちとの距離が半分ほどに狭まっている。この距離では何かあった時に対応できるのかと心配にもなる。
「アンデッドが出るまでこのままでいいよな?」
「ああ」
街から東に進めばすぐにアンデッドに遭遇するものだと思っていたが、そんなことはなく、動物系や虫系の魔物しか見当たらないので、俺は指揮をラードに丸投げしている状況だ。
俺たちが魔物を倒しながらひたすら東へと進んでいくと、湿地帯が見えてくる。
湿地帯には木や植物などは生えておらず、霧が発生している状況で、多数いた冒険者たちの姿も数えるぐらいしか見かけなくなった。
本来なら見通しが利く場所なのに、霧のせいで遠くまで見えないから、ここでの戦闘はリスクが高そうだな。
「迂回して足場が固そうな場所を探してそこから入っていくぞ」
ラードが指示を出し、俺たちは地面の状態を見ながら北へと進む。
やはり、こういう場面では【盗賊】や【怪盗】がいたら、最適なルートを探してくれるだろうから楽だろうな。【怪盗】のソックが脱退したことが悔やまれるぜ。戦士の村に戻ったらまた探してみるか。【無銘の刀】に頼んで募集してみるのもいいかもな。
俺たちが一時間ほど北に進んだところで、湿地が乾いた地面に変わったが、まだ所々にぬかるみや水たまりがある。
「ロスト、この辺からならいけるんじゃないか?」
「そうだな。進んでみて湿地帯が広がっていたとしても引き返せばいいしな」
俺たちが進路を変えて東に進もうとすると、マークⅠが思念の声で話しかけてくる。
〈ホネとシタイがいっぱいくるよ〉
骨と死体? スケルトンとゾンビのことか? いっぱいって何匹なんだよ?
俺は目を凝らして進路の先を見るが霧しか見えなかった。やはり、マークⅠの『気配探知』の索敵範囲は異常に広いようだ。
「全員後退だ。骨と死体が来るぞ」
「骨と死体って何だよ? スケルトンとゾンビのことなのか?」
困惑の声を上げるラードが仲間たちに指示を出し、俺たちはゆっくりと後退する。
くくっ、やっぱりそう思うよな。たぶん当たっていると思うが、マークⅢのアナリシスの魔法で視てもらったほうが確実だ。
俺たちが待ち構えていると、正面の霧の中からゆらりと人影が見え始める。
その姿は人の屍そのもので、手に剣や槍が握られていた。
まぁ、こいつらも歩いて移動しているから湿地帯じゃなく、硬い地面を進むのは当然だよな。
さらに少し遅れて正面の左側からは、人の姿をして服を着ているが、顔色の悪い集団が姿を現した。
「骨のほうは通常種のスケルトンで、ステータスの値は100ほどですわ。死体のほうは通常種のゾンビで、ステータスの値は100ほどですが『強力』と『同属化』を所持していますの。『同属化』は噛まれるとゾンビになってしまう特殊能力ですわ」
ていうか、やっぱりゾンビに噛まれるとゾンビになるのか……嫌すぎるだろ。
「数は多いがステータス的に雑魚だ!! スケルトンはマロン隊、ゾンビは俺たちで倒すぞ」
ラードが叫ぶと、マロン隊が陣形を組み直し、ラードたちがゾンビ種の群れに突撃する。
合計で100匹ほどいるから確かに数は多いが、数値的に下級職程度の強さなので良い経験値稼ぎになるだろう。
俺がマロン隊に目を向けると、【重戦士】たちと【盾士】たちで壁を作り、その後ろにマロン、マミ、キリが立っていた。
スケルトン種の群れがマロン隊に突撃するが、【重戦士】たちと【盾士】たちが前面に構える大盾の前に突撃は跳ね返されて、スケルトン種たちは混乱状態に陥る。即座にマロンたちが飛び出し、混乱しているスケルトン種たちに斬り掛かり、スケルトン種の群れは急速に数を減らしていく。
まさに鉄壁だな。今後、彼女ら壁役が育ってくれると戦いやすいだろうな。
俺は視線をラードたちに向けると、ラード、ネヤ、ミコ、ラゼの四人が前方に突出して戦っていた。それぞれが単独で戦っているのでミコ以外はゾンビ種たちに囲まれている状況だ。
ミコはさすがとしか言いようがないな。まぁ、他も相手が雑魚だから大丈夫だろうが、『弓豪』のベルアはそう思っていないようで、必死に弓で矢を放ってゾンビ種たちを攻撃している。
俺が再び視線をマロン隊に戻すと、スケルトンの群れは全て倒されて、マロン隊がスケルトン種たちの首を回収していた。
まぁ、そんなもんだろう。問題は数の多いアンデッドの群れが複数出現することだ。マークⅠがいるからアンデッドの群れに不意を突かれることはないが、一つの群れと戦う布陣では対処できなくなる可能性がある。
俺が逡巡しているとラードたちが戻ってきたが、皆一様に暗い表情を浮かべている。
「……すまんっ!! 俺はここまでだ……ゾンビに噛まれちまったんだ」
沈痛な面持ちのラードが告白する。
「――っ!?」
皆の顔が驚愕に染まる。
マ、マジかよ……映画みたいにラードはゾンビになるのか……かける言葉が見つからないぜ。
場に重苦しい空気が辺りを包み込む。
「そ、そんな嘘よ……」
立っていられなくなったのかキャニルがペタンと地面にへたり込む。
そこにマロン隊が帰還し、少し遅れて首を回収していたマークⅢも戻って来る。
俺たちの様子から異変を感じ取ったのか、マロンが俺に尋ねる。
「何かあったんですか?」
「ラードがゾンビに噛まれたんだ」
「えっ? そ、それってラードさんがゾンビになるってことなんですか?」
「100程度の数値じゃ俺に傷一つつけることは不可能だと俺は思ってた。実際、腕を噛まれたときも腕に傷はなかったが、戦闘が終わると俺の腕はこうなってた」
左腕を前に突き出したラードの左腕は黒く変色し、倍ほどの太さに腫れ上がっていた。
「物理攻撃と特殊能力攻撃を混同しているからそう思うのですわ。つまり、ゾンビに噛まれたときにゾンビ化する毒が腕に付着している状態なので、皮膚から毒が吸収された訳ですの」
マークⅢが当たり前のように言い放つ。
「……そうか、俺はあと何時間でゾンビになるんだ?」
「ゾンビの『同族化』なら治療しなければ12時間ほどですわ。『同族化』の治療は早ければ早いほど治療が楽ですの」
「なんだとっ!? ゾンビは治るのか!?」
ラードは信じられないのか愕然としている。
「キュアの魔法や『浄化』で治せますわ」
「俺はてっきり治療は無理だと思い込んでたぜ……」
俺もだ。映画の影響で治す術はないと思っていたが、ここはファンタジーの世界だったことを失念していたぜ。
「レ、レシア!! 早くラードを治してあげて」
キャニルが瞳に涙を浮かべて訴える。
「分かりました」
レシアが魔法を唱えると、エメラルド色の光がラードを包み込むんで、ラードの腕は元に戻ったのだった。
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