第64話 ミコの奥の手 ☆痩せたミコ
翌日、俺たちは冒険者ギルドで魔物の首を換金していた。
「マークⅢ様様よね。私たちだけだったら持って帰るのは困難な量だから」
「全くだな」
上機嫌なキャニルの言葉に、ラードが肯定する。
マークⅢが空間に手を突っ込んで次々に魔物の首を取り出しては地面に置いていく。そのあまりの量に冒険者たちも驚いて俺たちを遠巻きに囲んで眺めている。
確かに今回はとんでもない量の首の換金だからな。いったいいくらになるのか俺も楽しみだぜ。
ギルド職員たちが首を確かめながら選別していき、受付嬢が提示した額はもう少しで一億円に届きそうな額だった。
その額を聞いた冒険者たちから歓声が上がるが、人族語を理解していないラードたちには伝わっておらず、ピンときていない様子だ。
「いくらになったの?」
キャニルが困惑の眼差しをマークⅢに投げかける。
「9800万円ほどですわ」
「そりゃすげぇな。それで周りが騒いでるのか」
ラードが合点がいったような顔をした。
今回の換金は魔物の数が1300匹を超えている。まぁ、黒亜人たちが大半を占めているが、その中でも黒コボルトという弱い通常種が多かったことで、通常種の首だけで700を超えているから、それだけで7000万に達していることが大きいな。
あとは黒亜人たちから回収した装備が大量にあるが、奴らの防具は皮ばかりだ。上手く首を刎ねれた場合でも元から美品じゃないこともあるので、まともな値がつかないから期待できないだろう。武器は鉄製だが防具以上に美品なことは稀だ。だから売っても100円程度にしかならないので、投擲手段として用いたほうが有用だろうがラードたちはどうするんだろうな。
「魔物の素材や装備品はどうしますの? ギルドでも売却できますが武具屋で売った方が高くなる場合が多いですの」
「どうせろくな値がつかないし、あなたの収納を圧迫してると思うから全部売ってしまうわ」
「分かりましたわ」
結果、20万ほどになったが、ほとんどゴミなのでそんなもんだろう。
〈えぇ~~っ!? あんなにいっぱいあったのに、きんいろ2まいなの!?〉
マークⅢの掌の上にある二枚の金貨を見つめるマークⅠが絶句している。
こいつみたいな奴らがゴミ屋敷を築くんだろうな。
「資金は上々だな。じゃあ、エルザフィールに行こうぜ」
満面の笑みを浮かべるラードが言った。
俺たちはエルザフィールの街を目指して移動する。
これまで前衛たちの中ではマークⅡが突出して強かったが、黒亜人たちを倒しまくったことで、マークⅢが大量の経験値を稼いで大きくレベルUPした。これにより、マークⅢは、マークⅡと比べても遜色ない強さに達している。
要するに、最上級職並みの強さだと言うことだ。くくっ、最早、双璧だな。
で、マークⅡたちに必死にくらいついて奮闘しているのが、うちのエースであるミコだ。
彼女ら三人だけが先行して魔物の群れの通常種たちを倒していて、残った下位種たちをミルアたち下級職たちが倒している状況なので、進軍速度が異常に早く、足の遅いキャニルとネコちゃんの息は荒い。
まぁ、例えるなら前衛職と後衛職の移動速度の違いは、徒歩と車ぐらい違うから無理もない。
マークⅡたちはどんな魔物がいようと勝てると考えているのか、一直線にエルザフィールの街に向かって進軍していたが、足を止めて俺たちを待っていた。
「どうしたんだよ?」
ラードがマークⅢたちの背中越しに問いかけると、マークⅢたちが俺たちに向き直る。
「かなり前方でジャイアント・スパイダー種の群れと冒険者たちが戦っていますの」
「ジャイアント・スパイダー種? 聞いたことがない魔物だな……だが、戦ってるなら迂回するしかないだろ」
確かに初めて聞く名だ。まぁ、同族と思われるスパイダー種とは一度だけ戦ったことがあるが、ラット種より弱いというイメージしかなかった。そのせいか、ほとんど遭遇することがないんだよな。おそらく駆け出しの冒険者たちのカモにされているんだろう。
「いえ、おそらく冒険者たちに勝ち目はないと思いますの。相手に上位種がいますから」
「なっ!? 上位種がいるのか!? だったら無理に戦う必要はないだろう」
ラードの判断に、キャニルも同意を示して頷いている。
「そう言うだろうと思ってマスターを待っていたのですわ。私は戦ってみたいですの」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたラードと仲間たちの視線が俺に集中する。
「いいだろう」
くくっ、なかなか出会うことがない上位種の情報は貴重だからな。
「マスターならそう言うと思っていましたわ」
マークⅢとマークⅡが踵を返して歩き出した瞬間、ミコが言い放つ。
「私も行く」
「通常種はともかく、上位種の攻撃力は特殊能力を加味すると、1000を超えているので危険ですわ」
足を止めたマークⅢが振り返ってミコに忠告する。
「当たらなければ問題ない。それに私には奥の手がある」
ミコがそう言い放った瞬間、ミコが二人に増えた。
「な、なんだよそれ!? 分身の特殊能力か!?」
驚愕するラードが声を荒げる。
「『痩せ分身』ですわ。体重を分け与えて分身を作れますの」
なるほど。それでミコはすらりとした体型になっているのか。
「ミ、ミコ、お前って美人だったんだな……」
ミコの凛とした姿に見惚れたのかラードは呆けている。怒りに顔を歪めるキャニルはラードの手をつねり、ラードが悲鳴を漏らす。
「ミコが戦うなら私も戦う」
両手のナックルをぶつけて気合を見せるラゼだが、彼女は表情を崩さないので感情がいまだ分かり難い。
まぁ、ミコの『痩せ分身』の披露で話がうやむやになっているが、ミコとラゼではまともに一撃もらえば死もあり得るので不安しかない。
まぁ、それを言っても彼女らは意思を曲げないだろう。それに、今後のことを考えると上位種との戦闘は避けることは難しいので経験を積ませたいこともあるが……
「作戦はどうする?」
「私とマークⅡが上位種を攻撃して群れから引き離すので、マスターは残った群れを倒してほしいですの」
まぁ、それが無難だろうな。群れと上位種を同時に相手取るのは無理がある。
「なら、それでいくか。ラードたちは様子を見ながら進んでくれ」
「分かった」
〈おおきいクモとたたかうの!?〉
マークⅠは慌てた様子でダークと一緒に俺の肩にのり、俺たちがジャイアント・スパイダー種の群れに向かって歩き出すと、当然のようにワンちゃんもついてくる。
「……ん?」
俺は遠近感がおかしくなったのかと目を手でこすってから、再びジャイアント・スパイダー種の群れに目を凝らす。
マジか? 群れの中央にいる一番でかい個体が上位種だと思うが小さなビルぐらいある。おそらく15メートル以上はあるだろう……他の個体たちは一回り小さいが、それでも10メートルぐらいの大きさだ。こいつらでかすぎるだろ。
俺たちがジャイアント・スパイダー種の群れにある程度接近したところで、マークⅡとマークⅢが躊躇なく左から回り込んで上位種を攻撃し、すぐにミコとラゼがマークⅡたちに続いて駆けだした。
マークⅡたちが後退すると上位種がマークⅡたちの後を追い、俺たちが通常種の群れに向かって走る。
辺りには武器や防具が散乱しているが、冒険者たちの死体はない。どうやら、こいつらに食われたようだ。
それにしても、この蜘蛛たちはでかすぎる。跳躍して攻撃しないと剣が胴体に届かないからな。
俺はとりあえず、八本ある脚の一本を長剣で斬り裂いた。脚は難なく切断できたがジャイアント・スパイダーが奇声を上げて俺に目掛けて前脚を振り下ろしたが、俺は余裕で回避に成功する。
通常種にしては動きが速い。
俺が相手の動きを観察していると、奇声を聞いた通常種たちが集まってきて一斉に糸を吐いた。
「わふぅ!?」
糸に驚いたのか俺の後ろにいるワンちゃんが驚きの声を上げる。
俺はワンちゃんの動きに気を配りながら糸の攻撃を躱していたが、試しにあえて左腕の小型の盾で糸を受けてみると、ダークの糸よりも数段強度が高かった。
俺が糸を引き千切ると、正面のジャイアント・スパイダーが俺たちに目掛けて液体を吐く。
瞬間、俺が振り返ると、ワンちゃんはすでに後方に跳んでいたので、俺も後方に跳躍して液体を躱した。
液体が地面に触れると、地面から煙が上がって大穴が開く。
この溶け方は強力な酸か? これはくらったらさすがにやばそうだな。だが、問題はどうやって胴体を攻撃するかだ。跳躍して長剣で胴体を攻撃しても家ほどのでかさがあるから一撃では倒せないし、何度も跳躍して攻撃するくらいなら、ポイズンの魔法を使ったほうがマシだ。だが、どちらの方法も手間と時間が掛かりすぎる。さて、どうするか?
俺は目の前のジャイアント・スパイダーの右側面に瞬時に移動し、四本ある脚を全て長剣で斬り落とした。体を支えられなくなったジャイアント・スパイダーの体が傾いて、胴体が地についた。
マークⅠが魔法を放って、水の刃がジャイアント・スパイダーの胴体を貫く。続けてダークが放った『闇旋風』がジャイアント・スパイダーの胴体を容赦なく切り裂き続ける。
そういえば、こいつらもいたんだったな。
だが、マークⅠの魔法では決定打には程遠い。まぁ、マークⅠの魔法の威力が低いからという訳ではなく、相手の大きさが家ぐらいのでかさがあるから、針で突かれたようなものだからだ。
俺も長剣で攻撃を試みるが、絶命させるには骨が折れそうだ。体の繋目である節を攻撃して体を切り離したとしても、相手は虫の魔物だから動き続けるからバラバラにするしかない。
俺が攻撃に転じたことにより、ワンちゃんもジャイアント・スパイダーの胴体にパンチの連打を繰り出し、四発目のパンチでジャイアント・スパイダーが吹っ飛んで地面を転がる。
おお、出たぜ。『肉球パンチ』が。
「俺が脚を斬り落としていくからお前たちは胴体を攻撃しろ」
俺はマークⅠたちをワンちゃんの肩にのせる。
「わかったわん」
〈うん〉
俺はジャイアント・スパイダーたちの攻撃を躱しながら、次々にジャイアント・スパイダーの脚を切断していく。
俺が全てのジャイアント・スパイダーの脚を切断したところで、戦況を確認すると三匹のジャイアント・スパイダーが肉片に変わっていた。
ジャイアント・スパイダーたちは片側の脚で方向転換しながら、ワンちゃんたちを攻撃している。
だが、前脚での攻撃はともかく、体がでかすぎることが災いして同士討ちが発生し、糸に絡まって動けなくなったり、酸による攻撃で体が溶け落ちて混乱状態に陥っている。
くくっ、間抜けな奴らだ。
俺たちが何の問題もなくジャイアント・スパイダーたちを全滅させると、ダークが嬉しそうに鳴きながらジャイアント・スパイダーの死体に食いついたのだった。