第56話 ミスリルランス
戦士の村の【戦士の宴亭】で昼食を済ませた俺たちは、溜まりに溜まった魔物の首や素材を冒険者ギルドで換金した。
そのあまりの量にギルド職員も驚いたようで、その合計金額は一億を超えたらしい。
これにより、やっとHQのミスリルを購入できると思った俺は武具屋に足を運ぶ。
俺たちはミスリル製品が飾られている区画に移動し、俺はミスリルの武器を物色するがここにきて迷いが生じる。
買うことにではなく、長剣にするか槍にするかでだ。特に最近では長剣を多用して槍はほとんど使っていない。これは長剣のほうが数を倒しやすいからだが、実力が拮抗するような相手には槍のほうが優位であることは間違いない。
逡巡した結果、俺はミスリルランスに決めた。
数を倒したいなら、これまで通りにガダン商会の鋼の長剣で十分だからだ。
俺は代金の8000万円を店員に支払い、HQのミスリルランスを購入した。
一気に金は減ったが、まだ数千万円は残っているから問題ない。まぁ、次はマークⅡにミスリルアクスを購入する予定だ。
俺は自分の装備とマークⅡとマークⅢの装備を一瞥し、ついでにへたった武具も買い直す。
俺の鎧とマークⅢの鎧はほぼ無傷に近いが、俺の鋼の長剣とマークⅢの鋼の大剣、マークⅡの鋼の鎧と鋼の大盾がボロボロなので購入する。
ちなみに、マークⅡの武器であるアヴェンジャーの戦斧は、ハンマー系に近い作りだからかまだまだ使えそうだ。予備もまだあるし、とりあえず、余った俺の鋼の槍をマークⅡに渡しておいたが、俺はワンちゃんの装備も気になった。
「ワンちゃんはもう魔物の解体をする必要もないぐらい強くなったんだから、装備を買い換えたらどうだ?」
「てつはいやわん」
「今着てるアリゲーター革の前掛けみたいに、魔物の革なら着れるんじゃないか?」
「みてみるわん」
俺たちは魔物の素材を使用した鎧や服が置かれている区画に移動し、ワンちゃんは数ある商品の中からすぐに商品を持ってくる。
「これはハイ・ラット革の服とスカートですわ。上位種の素材を使っていますが、ハイ・ラットは一般的な通常種の魔物とさほど強さは変わらないので、性能は通常種の素材を使った服とほとんど変わらないですの」
「まぁ、前掛けよりは防御力が格段に上がるから、ワンちゃんが気に入ったのならいいんじゃないか」
「わふぅ!!」
俺はハイ・ラット革の服とスカートを購入し、ワンちゃんに服を手渡す。ワンちゃんが試着室で着替えると、俺たちは南門に移動し、日本人たちの野営地に向かう。
【盗賊】や【弓使い】がほしいのと【無銘の刀】の知名度がどんな感じか知りたいからだ。
俺は二、三人のパーティに話しかけて、一人でいる【盗賊】や【弓使い】がいないか聞いて回る。
だが、10組ほどのパーティに聞いてみたが、一人もいなかった。
考えてみると、そんな奴は状況的に詰んでいるからいなくて当然だ。まぁ、いたとしても、それこそ【無銘の刀】の出番だしな。
それから俺は【無銘の刀】の存在を冒険者たちに聞いてみると、知ってる奴は結構いた。
ていうか、今は昼だから問題のないパーティなら狩りに出かけているはずだし、逆に【無銘の刀】がそれなりに知られているのは問題があるパーティが多いからだと気づいて俺は苦笑する。
そう考えた俺はまだ時間も早いので、狩りに赴こうと南門に向かって歩き出すと、後ろから声を掛けられて肩を掴まれた。
「ロスト、パーティメンバーもここに来ているのか?」
俺が振り返ると、その場にいたのはマミと二人の女だった。
知らない顔だな。たぶん、マロン隊の隊員ではないはずだ。二人ともに可愛らしい感じの容姿をしていて、革の装備で身を包んで腰に剣を携えているから戦闘職だと窺える。
片方が深い緑色のショートカットで、もう片方が黒髪のショートカットといった感じだ。
「……いや、ここにいる面子以外は別行動だ」
「そうか……彼は私の想い人で、私たちのリーダーなんだ」
……相変わらずマミは直球でくるな。こっちが恥ずかしくなってくるぜ。
「えっ? リーダーはマロンさんじゃないんですか?」
怪訝そうな顔をした黒髪の女がマミに尋ねる。
「私たちの隊のリーダーはマロンだが、私たちはロスト隊の傘下のサードパーティなんだ。言っておくがロストは無茶苦茶強いぞ。おそらくこっちに来ている日本人たちの中で屈指だろうからな」
「えっ!? そうなんですか!? 職業は何なんですか?」
黒髪の女が興味深げに俺に尋ねた。
「カスタードプリンだ」
俺はあえて誇らしげに言った。
まぁ、話から察するに、この二人はマミの隊に入った新人だろうから、俺の職業を知られても問題ないだろう。
「……えっ?」
二人の女は面食らったようでポカンとしている。
「ロスト、さすがにそれは私でも笑えないぞ……」
「くくっ、まぁ、何度も繰り返してきた展開だな。お前ら左手の甲を出してみろ」
マミたちは不審げに左手の甲を俺に向かって差し出した。
俺は右手の掌をマミたちに向けて何も持っていないことを示してから、『無限プリン』で小さなプリンをマミたちの手の甲の上に出現させる。
「なっ!?」
マミたちは雷に打たれたかのように顔色が変わる。
「こ、これって食べれるのか?」
「無論だ」
マミたちは慎重に手の甲を口へと運んでプリンを口にした。
「う、美味いっ!? なんだこのプリンはっ!?」
マミの声に、口から涎を垂らしているワンちゃんが、俺の右手を掴んで注意深く調べている。
くくっ、そういえば、ワンちゃんは俺がプリンを創り出せることを知らないんだったな。
「マークⅢ、プリンをワンちゃんにあげてくれ」
「分かりましたわ」
マークⅢが次元の裂け目から、皿にのったプリンを取り出し、ワンちゃんに手渡す。
唐突に空間が開けたので、マミたちは目を大きく見開いている。
「わふぅ!!」
ワンちゃんはプリンを一口食べると目を白黒させていたが、一転して夢中になってプリンを食べている。
「ほ、本当にカスタードプリンという職業だったんだな。しかし、そんな職業もあるんだな……」
「まぁ、不遇職というやつだ」
「そうか。だというのに君はなぜそんなに強いんだ?」
「不遇職だと思う奴を俺はあと一人知っているが、俺とそいつは最初は弱かった。だがレベルが上がると急激に強さを増したって感じだな」
「なるほど、最初は弱いか……よく生き延びてくれた」
マミが俺の目を正面から見つめる。俺は気恥ずかしくなって目を逸らすが、その視線の先がマミの爆乳を捉えて慌てて俺は顔を背ける。
「……で、そっちの二人は新人なのか?」
俺は強引に話を逸らす。まったく、マミと話をしていると調子が狂うぜ。
「いや、彼女らはパーティメンバーを魔物に殺されて、私たちを頼ってきた者たちだ。だが、私たちのパーティも10人いるし、彼女らのような者たちを際限なく受け入れていると、私たちはどんどん弱くなっていく。だからロスト、君を頼ろうと考えていたところだ」
ほう、こいつらはまだ困窮者を助けているのか。さすがとしか言いようがない。
「新人の加入は俺だけでは判断できない。だから、とりあえず、【無銘の刀】を頼ってみたらどうだ?」
「しかし、【無銘の刀】はエゼロスとハゴンの二人だけの組織だから、彼女らが頼っても一時しのぎにしかならないんじゃないか?」
こいつ、【無銘の刀】の存在も知っているのか。
俺は驚きを隠せなかった。
「さすがだなマミ。だが、最近、シズナとソローミという女たちが加わった。彼女らは上級職だから鍛えてもらえると思うぞ」
「へぇ、詳しいんだな……だが、私に言わせれば君は詳しすぎると思う」
マミは疑惑の眼差しを俺に向けている。
意外に鋭いな。だが、俺が【無銘の刀】に関与していることをラードたちにも話していない以上、マミにだけ話すのもおかしな話だ。
「まぁ、そんなことは些細なことだ。それよりも二人の意思はどうなんだ?」
俺がまたもや強引に話を逸らすと、マミはジト目で俺を見ている。
「そこはどういうところなんですか?」
胡散臭いと感じたのか緑髪の女は顔を顰めている。
「一言で言えば、困窮者の支援組織だな」
「素晴らしい組織だと思うぞ。組織の長であるエゼロスは両脚を失っている。だからこそ、困窮者の気持ちが痛いほど分かるから組織を立ち上げたんだと思う。私たちもエゼロスとハゴンに協力を頼まれたが、マロンはまだ独力で戦うことを諦めてないから丁重に断ったが、私は正直、心が揺れたからな」
「さっきも言ったが、上級職が二人いるから鍛えてもらえると思うし、困難な転職、つまり、エルザフィールの街までの同行も月一で行う予定だから、むしろ転職費用を工面する方が問題になる。だが、【無銘の刀】に加入すればその転職費用も組織持ちだ」
「いやに具体的だな」
マミが訝しげな声を上げるが、俺は完全に無視した。
しかし、自分で言って気づいたが、【無銘の刀】の転職費用も俺が工面することになってしまった。金を稼がないといけないな。
「行ってみようかな」
「そうね、私もいいと思う」
「そうか。場所は南門から真っすぐ進んで左手にある古びた宿屋が【無銘の刀】の拠点だ。心配ならついていくぞ」
「いえ、村の中なら私たちだけでも大丈夫です。ロストさんの紹介だと言えばいいんですよね?」
「まぁ、それでもいいが、言わなくても何の問題もないぞ」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます。では、私たちはこれで」
二人は深々とお辞儀して去って行ったのだった。
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作者の執筆速度が 1.5倍…いや2倍くらい になります。(※個人差があります)
明日もたぶん10時に投稿する予定です。
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