第47話 訳ありの女たち ☆マロン マミ
二人の女が前に出てきて深々と頭を下げている。
「その節は大変お世話になりました」
そう話した女が金髪のロングヘアーを手でかき上げてにこやかに微笑む。彼女は鉄製の装備で身を包んでいて、背中に盾を背負い腰には剣を携えている。その容姿は均整のとれたプロポーションで、優しい笑顔が似合う美人だ。
……誰なんだ? 全く記憶にない。
俺は視線を冒険者たちに転ずると、10人いる冒険者たちは全員が女だった。
「ピンときていない感じだな。そこがまたいい」
隣の女の口角が上がる。彼女は黒髪のポニーテールで凛とした雰囲気のある美人だ。装備は背中に大剣を背負っていて、鉄製の露出度の高い鎧を身に着けているが、その胸は溢れんばかりの爆乳で目のやり場に困る。
「覚えていませんか? 昨日の日暮れ前に私たちはあなたに絶体絶命のピンチを助けてもらったんですよ」
昨日の日暮れ前? ……あの時の連中か。
「危うく日本の恥を晒すところだった。なんなんだあれは?」
俺はあえて皮肉を込めて言い放った。
「し、仕方がなかったんです……」
金髪の女が申し訳なさそうに言葉を濁す。
「話が見えない……何があったんだよ?」
そのやり取りに見かねたのか、ラードが話に割って入る。
「私が説明しましょう」
ソックの言葉に、ラードたちの視線がソックに集中する。
「昨日の最後の狩りでのことです。我々の後方には彼女らがいました。彼女らは10匹ほどのアント種の群れと戦っている状況でしたが、アリゲータ種の群れが彼女たちに迫っていたのです。ですが、我々は魔物と戦い始めたばかりという状況で、彼女らが二人を残して街に向かって逃走したのです」
「……確かにやべぇ状況だな」
ラードが顔をしかめた。
「私はロストさんに状況を報告しました。するとロストさんは「その程度のことで狼狽えるな。うちの顔役なら平然としろ」と言ったんです。そして、ロストさんは一人で彼女らの元に赴き、アント種の群れを倒して二人を逃がしてから、アリゲータ種の群れも瞬殺したのです。そして、ラードさんたちが魔物の群れを殲滅する前に、何事もなかったかのように戻ってきたのですよ」
熱弁するソックの鼻息は荒い。
脚色しすぎだろ。そんなふうに言った覚えはない。だが、他の隊との連携を取るときには、ソックは俺たちの顔役になるから、そうあってほしいとは思うが。
「ていうか、お前はどんだけ強いんだよ」
ラードは呆れたような表情を浮かべている。ネヤたちやキャニル、デインたちも驚きを隠せない様子だ。
「やっぱり、ロストさんはすごいです」
レシアは感嘆の声を上げるが、ルルルだけが全く動じていない。
「そんな経緯があったのでロストさんは、なぜそうなったのか聞きたいのだと思います」
その言葉に、おのずとラードたちの視線が二人の女に注がれる。
「……私の職業は【騎士】で名前はマロンです。隣のマミの職業は【剣豪】です。ですが私たちの隊には上級職が私とマミしかいないんです」
マロンが言いにくそうに話を切り出した。
「そうなったのは私たちが仲間を失った子や、困窮している子の集まりだからです」
ほう、なるほどな。俺以外にもそんな奴らがいたのか……
意外な答えが返ってきたことに対して、俺は驚かずにはいられなかった。
「私たちは魔物を倒してお金を貯めました。ですが無理をしないとできないことがあります。それが転職なんです」
こいつらの思考は俺に似ている。だが、こいつらに足りなかったのはマークⅠという索敵手段だろうな。
「そういう理由から私たちはポーションなどの回復薬を大量に買い込んで、強引にエルザフィールの街を目指しましたが、結果はご存じの通りです」
「あんたらなりに足掻いた結果だったと分かって安心したぜ。悪く言ってすまなかったな」
俺は素直な気持ちで頭を下げた。
こんなことが起きないように月一ぐらいの頻度で、俺が転職したい奴らをエルザフィールの街に連れて行く案を【無銘の刀】に提案してみるか。
「そ、そんな!? 頭を上げて下さいっ!! 助けてもらったのは私たちなんですから」
マロンはひどく取り乱している。
「そもそも私たちがこんな状況なのは、こっちに来た男どもが不甲斐ないのが悪い。奴らは自分のことばっかりで周りがまるで見えていないからな。それに引き換え君は男の鏡だ。名前は何て言うんだ? 彼女はいるのか?」
持論を語ったマミが興味深げに俺を見つめる。
「名前はロスト、女はいない」
「そ、そうか!! 女はいないのか……だったら私を女にしてくれ。あの時、ロストは振り向きもせずにこう言った。「二度言わせるな」と。正直、私はあの言葉に痺れたんだ」
その衝撃発言に場は騒然とし、マミは俺の両手を握って恍惚な表情を浮かべている。
うぅ……美人なマミにこんなストレートに告白されたら、男として悪い気はしない。
俺が狼狽えていると、いつの間にかルルルが俺の隣で俺をジト目で見ていて、怒りの形相のレシアが声を荒げる。
「て、手を放してください!!」
レシアは必死そうに俺とマミの手を切り離そうとしている。それに呼応したのか、女獣人たちも鳴き声を発しながらマミの手を引きはがそうとしている。
なんだこの状況は?
俺が困惑していると、にやけ顔のラードが俺に問いかける。
「で、どうするんだロスト」
「……どうもこうも、俺はマミのことを何も知らないからな」
「ほう、脈はあるのか……それが分かっただけでも告白して良かった」
花が咲いたような笑みを浮かべるマミはそっと俺の手を放す。それでも怒りが収まらないのか女獣人たちは激しく威嚇しているが、全く怖くないので、むしろ微笑ましい光景だ。
「あの、できれば私たちをロストさんのパーティに加えてもらえませんか? それがダメなら戦士の村に戻る日を教えてほしいです。私たちだけで戻るには危険すぎるので」
「パーティへの加入は俺の一存では決められないな。だが、戦士の村に戻るだけなら、俺は五日ほどの周期で村に戻っているから、あと三、四日後だな」
「ロストさんなら一人でも街と村の行き来は可能だと思うので、よろしくお願いします!!」
「ああ。俺たちはこの宿に泊まっているから、とりあえず、三日後に声を掛けてくれ」
「分かりました。でも私たちは弱いので、助けると思って私たちをパーティに入れて下さい。お願いします」
マロンは縋るような面持ちで訴える。
「まぁ、うちにはセカンドパーティがいるから、あんたらが入るとしてもサードパーティになるがそれでもいいか?」
「はい。ロストさんがいれば安心です」
「そうか。では三日後だ」
俺たちは通路の奥へと進んで各自、部屋に入った。だが、俺は「また情報収集に出る」とラードに伝え、マークⅡたちとともに夜の狩りに赴くのだった。