第41話 器が小さい男 ☆ソフィ ヒュリル
俺たちは東の砦の周辺で戦い続けていたが、俺が腕時計に目をやると針が正午を指していた。
四時間ぐらい戦いっぱなしだな……そろそろ休憩にするか。しかし、前から思っていたがこの世界に太陽らしきものが見当たらない。どういう現象なんだよ?
空を見上げる俺は不可解さを拭えなかった。
俺たちは東の砦へと戻り、門の前へと移動する。
門の前には多数の冒険者たちが陣取り、何隊もの冒険者たちが砦の周囲を巡回している。
砦の中に入るのはなんとなくだが面倒そうだな。何か条件があるかもしれないしな。
「巡回の邪魔にならないように各自食事を取ってくれ」
仲間たちは防壁を背にして座り、食事を取り始める。
俺は魔物の襲撃を警戒して念のために見張りに立つ。食事が不要なマークⅡたちが俺の隣に並び立ち、ダークはルルルから干し肉を与えられて嬉しそうに食べている。
「なんとかなりそうな感じだな」
ラードが干し肉を食べながら俺に話し掛けた。
「俺たち抜きでもいけると思うか?」
「たちってことは、お前とマークⅡたちもってことだろ。絶対無理だ。特にマークⅡは強すぎる。魔法撃ちまくりでやべぇだろ。MPどうなってんだ?」
「マークⅡは俺のペットたちの中でも特別製なんだ」
「特別製?」
「これまでは一つの物体に対して『生命付与』を使っていたが、マークⅡは二つ使用している。要するにコアと体って感じだ。そのコアは魔物の村で入手したMPの塊みたいな魔導具だ。だから、異常な魔力を保有してるんだよ」
マークⅢによると、ミスリル魔導合金はMPを消耗すると周辺の大気から魔力を吸収してMPを回復し、それでも足らなければMPを自己精製するという狂った性能らしい。
「なるほどな。ていうかお前、魔物の村にも行ってたのかよ」
「まぁな、安全かどうかが分からなかったから俺たちだけで行ったんだ。で、俺だけならいけそうなのか?」
俺は西の小屋巡りや【無銘の刀】の活動もあるから、抜けることが多くなるからな。
「いけなくはないと思うが、お前がいないときはこれまでのように休みでいいんじゃないのか? 俺たちはお前のおかげで異常なほど早く強くなってるし、ここから先の成長は時間が掛かるから、無理をする必要性を感じない」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
どうやら俺はあれこれと物事を急ぐ癖があるようだ。ラードがいるから俺は一度立ち止まり、考え直すきっかけになる。お前がいてくれて本当に助かるぜ。
それから、俺たちはこれからの戦術について検討したが、ラードはマークⅡを中衛から前衛に変えるべきだと提案した。
俺もそれは考えていたのだが、マークⅡは無尽蔵に魔法を撃てる。それによってマークⅡに経験値が偏り、ラードたちの経験値効率が悪くなることを懸念して、俺は行動に移さなかったという経緯がある。
さらにマークⅢによると、マークⅡはアイアンバレットの魔法、マジカルライズの魔法、パワーブーストの魔法、『鉄壁』『鋼壁』という特殊能力に目覚めているらしい。
アイアンバレットは、無数の鉄の弾を撃てる魔法だ。
マジカルライズは、一時的に魔法力が上昇する魔法だ。
パワーブーストは、一時的に攻撃力が上昇する魔法だ。
『鋼壁』は鋼の壁を作り出せる特殊能力だ。
どう考えても、マジカルライズとパワーブーストは、ミスリル魔導合金のせいだろう。
しかし、マークⅡがあまりに強くなりすぎているので、このままだと戦闘バランスが崩れかねない。なので、マークⅡにはアイアンランスの魔法以外はあまり使うなと言ってある。
ちなみに、マークⅠはレベルが上がって俺の予想通りにファテーグの魔法、そして俺が待ち望んだ『気配探知』という生物の場所を特定できる特殊能力にも目覚めている。
俺が渋っていると、ラードは安定性と戦闘速度が上昇すると食い下がる。
彼によると、長時間の戦闘を考慮すると前衛が重要で、現在の前衛はラード、ミコ、ラゼ、ネヤの四人だ。
ラードの提案は、マークⅡを前衛にする代わりに、前衛のうちの二人を中衛に下げて、前衛を三人にする。
そして、前衛の二人が疲れたら、中衛の二人と入れ替えて、これを繰り返す。
結果、マークⅡが前衛に居続けることで前衛が安定し、一回の戦闘速度も上昇し、それによって経験値の総量も上がるはずだと彼は訴える。
反論が思い浮かばない俺は「試してみるか」と了承したところで、俺たちは突然、声を掛けられる。
「どうしたんだロスト? 砦に何か用があるのか?」
俺が声の主に顔を向けると、そこにいたのはルガーたちだった。
「ふ~ん、あなたが私からルガーを奪おうとしているロストなのね」
俺を上から下まで見た女は鋭い目つきで俺を睨みつける。
初対面だと思うが何だこいつは?
「誰なんだこの女は?」
「ソフィだ」
ルガーがバツが悪そうに頭を掻く。
はぁ? こいつが、あの【聖騎士】ソフィだと? マジかよ……
ソフィの容姿は金髪のショートカットに童顔で、可愛らしい感じの美少女だ。その小柄な体に白銀に輝く武具を身に着けている。
装備はやっぱり、ミスリルか……ていうか、イメージと違う。聖騎士って何となく、凛としたグラマーな美女ってイメージだったからな。
「……奪うって意味がよく分からないな」
「ルガーは前から私が目をつけていたのに、あなたが私から奪おうとしているってことよ」
「はぁ? それはルガーが決めることだろ」
俺は思わず失笑する。
「だ~か~ら、あなたがいなければルガーは私のところに来たはずよ」
「ソフィはルガーのことが好きなんですの」
唐突にマークⅢが言い放つ。
「な、ななななに言ってるのよあなたはっ!?」
ソフィはあからさまに狼狽している。
へぇ、そういうことか。だが、恐ろしいな。アブレーザルの魔法は誰が好きなのかも分かるということだからな。
ていうか、マークⅢは魔法名を言っていないのに、何で魔法が発現してるんだ? 俺は心の声で魔法が発現するか試してみたが無理だった。だが、マークⅢが発声せずに魔法を使えているってことは、思念の声でも魔法は使えるってことか。そもそも、マークⅠとマークⅡは話せないのに魔法を使えている時点で気づくべきなんだが、俺は本当に頭が悪すぎるな。
「で、どうするんだルガー?」
「……俺はロストについていくと決めている」
「そうか、なら諦めろソフィ」
「な、何でそうなるのよ!!」
ソフィが俺に食ってかかる。
「ルガーが決めたことだ、仕方ないだろ。ていうか、何でそんなにルガーをお前の隊に入れることにこだわるんだ?」
ルガーのことが好きでも隊は別で構わないだろ? それにソフィがルガー隊に入るという手もある。いや、それだとルガーが俺の隊に入ったらソフィも入ることになるからダメだな。彼女には俺より先に日本に帰還してもらわないと、日本の状況が分からないからな。
「私には人望がないし、人の育成が下手で、戦術や戦略にも長けてないからよ」
ぷっ、自分でそれを言うのか……一周回って面白いなこいつ。
「……でも、ルガーはそれを全部備えてる。ルガー隊は現在、一番人数が多い隊なのよ。だから、私はルガー隊を取り込んで日本に帰るのよ」
「なるほどな。ルガー隊を取り込んだら大連合に届くってことか」
「何でそうなるのよ。言ったじゃない私には人望がないって」
「はぁ? どういうことなんだ?」
「ソフィ隊にはソフィしかいないんだ」
ルガーが苦々しく笑う。
……こいつ、どんだけポンコツなんだよ。
俺が愕然としていると、突然、女が話に割り込んできた。
「面白い話をしてるわね。私も入れてほしいわ」
「……あなたは誰なのよ」
ソフィは訝しげな眼差しを女に向けている。
「私はヒュリル。私もルガー隊が欲しいと思ってたのよね」
ヒュリルはにこやかに微笑む。彼女の容姿はスレンダー美女といった感じで、薄い緑色の髪を腰まで伸ばしていて、装備は軽装で短い丈のローブのような服を着ている。
「な、何を言ってるのよあなたは? 私たちはリーダー同士で話をしているのよ」
「あら私もリーダーなのよ。私も君と同じように一人しかいないけどね。だから人を育てられるルガーが欲しいのよ」
「あなた全然分かってないわね……私は【聖騎士】だから、私の肩に日本の未来がかかっているのよ!! だから私にはルガーが必要なのよ」
ソフィから発せられた声は相手を圧倒するような気迫に満ちていた。
全くもってその通りだろう。日本人なら反論の余地はない。
「その理屈だと私も最上級職の【風使い】だから権利はあるわね」
「なっ!?」
俺は雷に打たれたように顔色を変える。
こいつが最強職の自然使いなのか……ていうか、即座に反論されている俺は格好悪すぎるだろ……
「……【風使い】って強いの?」
「ああ、強い。俺が聞いた日本人の職業の中で間違いなく最強だろう」
ルガーは眉を寄せ、重々しく答えた。
「ぐっ……」
ソフィは悔しそうに固く唇を噛みしめている。
「モテモテだなルガー。じゃあ、俺たちは行――」
「ちょっと待てよロスト」
俺が最後まで言い終わる前にルガーが言葉を重ねてくる。
「ここにあんたのパーティがいるってことは、ここで戦える準備が整ったってことじゃないのか?」
ルガーが不審げな眼差しを俺に向ける。
「まぁな」
「やっぱりそうなのか!! それにしても早すぎるだろ……」
ルガーはただならぬ表情を浮かべている。
「まぁ、俺たちは勝手にやるから俺たちのことは白紙に戻そうぜ」
ルガーはどちらかを選ばずにはいられないだろうからな。
「ソフィ、ヒュリル聞いてくれ。お前たちは俺のことを優秀だと言うが、俺よりも優秀な奴を俺は知っている」
「えっ? 誰なの?」
ソフィは意外そうな表情を浮かべていて、ヒュリルは興味深げにルガーを見つめている。
「それはロストだ」
「!?」
意表を突かれたのか、ソフィとヒュリルは振り返って俺の顔をまじまじと見る。
「ロストたちはこっちに来てまだ三週間ほどなのにもかかわらず、ロストは仲間たちを上級職に転職させて、もうここで戦える隊になっている。それに俺の見たところではセカンドパーティも育成しようとしているようだ。こんなことが可能なのはロスト自身がおそろしく強い上に、高い指揮能力と人望を併せもっているからだ。つまり、全てにおいて俺の上位互換だということだ」
畜生……ルガーの奴、俺になすりつけやがって……
「……ふ~ん、ルガーにそこまで言わせるなんてすごいじゃない」
「たったの三週間で隊を上級職に導くなんてやるわね君。一人の私でも今の強さに至るまでに二か月かかってるのに」
ソフィとヒュリルは獲物を狩るような目つきをしながら、じりじりと寄ってくる。
「待て。俺はソフィとヒュリルとは組む気はない」
「何でよ?」
ソフィは眉をひそめた。
「俺は弱い職業だからお前らが気に入らないんだよ」
「……あなた器が小さいわね」
ソフィは憐れむような表情を浮かべている。
くくくっ、そうだ、それでいい。俺を小物と思ってくれればこいつらと組まずに済むからな。
「じゃあな」
俺は仲間たちを連れて東の砦から離れたのだった。