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第38話 無銘の刀①


 戦士の村に帰還した俺は、小屋に姿がなかった六人のことが気になって南門へと足を運ぶ。


 防壁沿いに並ぶテントを横目に見ながら進んでいくと、両脚を失った男が車椅子に腰掛けて、うつろな目で遠くの空を眺めていた。


 その姿を目の当たりにした俺は、金縛りにあったようにその場から動けなくなる。


 無くなった部位は治せないのか……瀕死のラードが助かったことで、俺はこの世界の回復魔法は万能なんだと勘違いしていたようだ。


 俺の存在に気づいた男が、俺に顔を向けて話し掛けてくる。


 「何か用か?」


 「い、いや……」


 俺には掛ける言葉が見つからなかった。


 「……まぁ、なんだ、俺の仲間は優しい奴らだからこんな姿になっても俺を見捨てないでいてくれる。けどよう、俺にできることと言ったらテントを見張るぐらいなもんで何の意味もない……何の意味もないんだ……だからよう、同じ思考がぐるぐる回るんだ。いったい俺は何のためにこの世界に来たんだってなぁ……そんなことばかり考えちまう……もう死にてぇよ」


 男は生気がごっそりと抜け落ちた目で虚空を見つめている。


 「俺は命の危険を冒してこっちに来た時点で、皆同志だと思っている。あんたさえよければ、困っている奴らを支援する仕事をやってみる気はないか?」


 「困っている奴らを支援?」


 「そうだ。まずは日本人の寄り合い所のような拠点を構える。そこであんたのように、戦いたくても戦えなくなった奴らや、この世界に来たばかりの連中に情報提供を行ったり、金がなくて傷や毒を治せない、あるいは飯が食えない連中を助けるといった感じの内容だ」


 「……金はどうするんだ?」


 「俺が工面する。俺はここの状況が気に入らなかったんだ」


 俺は日本人が日本を取り戻すために団結し、熱い談義を繰り広げているものだと思っていたからな。それがどうだ? こんな隅に追いやられて、日々の生活すらままならない状況に陥っているのが現状だ。


 「ほ、本気なのか?」


 「二言はない」


 「だ、だったら利き腕を失くして困ってる奴がいるんだが、そいつと組んでもいいか? 俺だけだとこの様なんで移動に支障があるから……」


 半ば死んでいる人のような表情だった男に、僅かだが生気が戻り、男の声が弾む。


 「構わない。むしろ戦闘に自信のない者も無理に戦うべきではないと俺は考えている」


 「どういうことなんだ?」


 男は怪訝そうな顔をする。


 「強い者に護り育ててもらうほうが安全に強くなれるからだ。俺は戦闘において、ぎりぎりの戦いは得るものがあると思うから否定はしないが、それで死んだら意味がない。それに、たとえば【剣士】に就いたとしても子供の頃から剣の技術を磨いていた訳ではないから、この世界で剣術を磨こうとしても付け焼き刃でしかない。それならばレベルを上げることや、転職することに照準を定めた方が皆の総力が上がる」


 「そ、そりゃそうかもしれないがその強い奴はどこにいるんだよ? 仮にいたとしても、上級職以上の奴らは俺たちなんかのことを気にもしていないだろう」


 「ここにいるだろ」


 「えっ? あんた強いのか?」


 「強いといっても、俺の仲間たちを下級職から上級職に導くことに成功した程度だがな」


 「十分強いだろ。下級職じゃ通常種に歯が立たないのは誰もが知っている常識だ。つまり、あんたが通常種を潰して回ったってことだからな」


 的確な状況判断力だ。おそらく、こうなる前はリーダー的ポジションだったと推測できる。


 「で、上級職以上の奴らがここの奴らを気にしないのは、俺からすれば当然だと言える。ガチャで言えば上級職は当たり、最上級職は大当たりだからな。要するに、日本を奪還する責任を背負ってるってことだ。だが、外れを引いた奴らが残っているという問題が生じている。だからそれを俺たちでなんとかしたいんだ」


 「是非、一緒にやらせてほしい」


 「無論だ。一緒にやろう。俺の名はロストで、こっちはマークⅡだ」


 「エゼロスだ」


 俺たちは即座に動き、利き腕を失った男の元に赴いて、事情を説明すると男は快諾した。


 彼の名はハゴンという。


 ハゴンはその場で仲間たちに別れを告げた。その後、彼らはエゼロスの仲間に話を通すために、エゼロスのテントに向かい、俺は不動産屋に足を運ぶ。


 狙うは南門に続く道沿いにある物件だ。門に近い防壁の辺りは農地ばかりで、建物は農地の所有者や倉庫ぐらいしかない。そんな訳で、借りれそうな物件は、農地区画を超えたところまで行かないと存在しないらしい。


 まぁ、交渉はマークⅢに丸投げなので、なんとかしてくれるだろう。


 マークⅢが選んだ物件は、部屋が20ほどある廃業した元宿屋だった。しかし、宿屋として登録されている物件なので、本来なら商業ギルドに入会する必要があるのだが、日本人は例外的存在なので、商売をする場合においての税金が免除されるので、商業ギルドに入会しなくていいらしい。


 ちなみに、この対応はエルザフィールを統治している者がいないので、戦士の村とエルザフィールの街を所有しているガダン商会が決めたことだ。なので他の国での対応は不明だ。


 この物件以外だと、貴族が住んでいるような屋敷があり、一月の賃料が最低でも200万はするらしく、高すぎるのでマークⅢが除外したとのことだ。


 納得した俺は不動産屋と契約を交わし、二か月分の賃料の100万円を不動産屋に支払い、契約書と鍵を受け取った。


 すぐに俺はエゼロスたちの元に向かうと、テントは撤去されて二人しかいなかった。


 どうやら、別れは済ませたみたいだな。


 「じゃあ、俺たちの拠点に行ってみるか」


 俺は元宿屋の契約書をエゼロスに手渡す。


 「あんた、ほんとに行動が早いな」


 エゼロスは絶句している。


 「まぁ、ぼろいと思うが我慢してくれ。こっちだ」


 俺たちが歩き出すと、ハゴンがエゼロスの車椅子を押してついてくる。


 「活動内容は、困っている奴らを助けるということは理解しているつもりだが、あんたが言った戦闘に自信のない連中はどうするんだ?」


 まぁ、当然の質問だろうな。無制限に受け入れることはできないからな。


 「まずは俺たちの活動に賛同して、こっち側になってくれる奴を優先したい」


 「なるほどな。戦闘に自信のない連中をあんたが護り育てて、上級職にしたとしてもいなくなったら、いたちごっこになるからな」


 「理解が早くて助かる。まぁ、そいつらが上級職になれるかどうかも問題なんだがな。それに安定して通常種を倒すには【魔法使い】が欲しいところだ」


 「【魔法使い】は難しい。人数の少ない下級職ばかりの隊だと扱いにくいから人気はないが、前衛が上級職の隊には人気があるから引き抜かれることが多いんだ。だが、そういう引き抜きによって、残った前衛たちがパーティを組むんだが、知っての通り、下位種の魔物は現地人とも奪い合いになっている。結局、前衛たちが金を稼げなくなって、解散を繰り返しているのが現状なんだ」


 「西門辺りの魔物は、下位種が多いことを知っているか?」


 「大半の日本人は知らないだろうが俺は知っている。だが、あそこは森ばかりで視界が悪い上に、稀に出現するアヴェンジャーに気づくのが遅れて、全滅するケースが相次いでいるから、現地人でも行くことはない」


 ……言われてみればその通りだ。俺はそんなポイントをラードたちに勧めてたのかよ……いい加減、自分の馬鹿さ加減に吐き気がしてきたぜ。


 「ここですわ」


 マークⅢの言葉に、俺たちは足を止める。


 宿屋は石で建てられているので、思っていたよりも悪くないように見える。


 「小さい小屋みたいなのを想像してたが、宿屋を借りたのか……」


 ハゴンは意外そうな表情を浮かべている。


 「まぁな、部屋は20ほどあるんだ。家賃も二か月分払ってある」


 俺たちは宿の扉へと進んで、俺が鍵で扉を開けて中に入る。


 そこら中に蜘蛛の巣が張られて部屋中が埃まみれだ。それに経年劣化が進み、木で作られたものは傷んでいるように見える。


 俺たちは部屋を一つずつ見て回り、俺は傷んでいそうな箇所には手を当てて強度を確かめる。


 多少のガタつきはあるが、すぐに崩れるような気配はないので俺は安堵した。


 宿屋は2階建てで、1階に部屋が10室と炊事場、食堂、風呂場があり、2階にも部屋が10室ある。


 宿の作りを調べ終えた俺たちは、食堂に移動してテーブル席に腰掛ける。


 「まずは組織名を決めないとな。何か希望はあるか?」


 エゼロスが俺に視線を向けてからハゴンに顔を向ける。


 「【集まれ下級職】とかどうだ?」


 俺が即座に返す。


 くくっ、さすがにこんな間抜けな組織名は採用されないだろう。だが、積極的に提案されないような組織名を提案したい。俺からすれば、二人が決めてやる気が出る組織名なら何でもいいからな。


 「ぷっ、さすがにそれはダサすぎる」


 ハゴンが噴き出す。


 「だが、分かりやすいな。だから下級職は残すとして【灼熱の下級職】とかどうだ?」


 エゼロスが真顔で言った。


 「いやいや、どういう意味だよ!? 全く分からんし、それなら【灼熱】だけのほうがいい」


 ハゴンが両手を振りながら首を横に振る。


 「【大半の日本人は下級職】はどうだ?」


 俺が間髪入れずに提案する。


 「それはただの説明だろ!!」


 ハゴンが突っ込みを入れる。そんな感じで話し合いが続き、最終的にエゼロスが提案した【無銘の刀】という名に決まった。

 うん、悪くない。無銘ってのが俺たちのことを指しているような気もするし、刀がついてるから日本人っぽくていいな。


 「リーダーはエゼロス、あんたに頼みたい」


 「いや、リーダーはどう考えてもあんただろ、ロスト」


 「……実は西門の方にも小屋は出現してるんだ。俺の小屋はそっちにあったんだ」


 「えっ?」


 エゼロスは面食らったような顔をする。


 「俺はそっちも見て回りたいし、仲間たちと金を稼ぎながら、ここに集まった奴らも育てるつもりだ。要するに、俺にはリーダーらしいことをする時間がないってことだ。だから、あんたの判断で【無銘の刀】を運営してほしい。あんたなら任せられると俺は思ってる」


 まぁ、これからは忙しくなりそうだが、日本を奪還するために最善を尽くしたいからな。


 「……分かった、引き受けさせてもらう」


 エゼロスは真剣な硬い表情で頷いた。


 「助かる。とりあえず、これで色々買い揃えてくれ」


 俺が予め用意していた金袋をテーブルの上に置くと、エゼロスが金袋の中身を確認する。


 「ご、500万!? い、いいのか?」


 エゼロスは驚愕に息を詰まらせた。


 「ああ」


 エゼロスなら無駄遣いなどせずに、必要なポーションやキュアポーションなんかを備蓄し、困ってる奴らを助けてくれるだろう。


 こうして、俺は宿屋を後にしたのだった。

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明日もたぶん10時に投稿する予定です。


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