第33話 プリンが繋ぐ縁
俺たちが南の砦の周辺で魔物と戦い続けて五日が経過した頃、キャニル、ネヤ、ラゼのレベルが10に達した。
転職費用の2500万も貯まっているので、俺たちはエルザフィールの街に赴いて転職を試みる。
結果、俺の予想に反して彼女らは、上級職の転職に成功した。
マークⅢによると、レベル10ぐらいからレベルアップに大量の経験値が必要で、レベル20ぐらいからステータスの上昇も減少するらしい。
なので、前衛職のネヤとラゼが転職できなければ、女獣人たちを育てるつもりだった。だが、ネヤとラゼが転職できたことにより、俺は時間が惜しいので彼女らを育てることを棚上げした。
キャニルとラゼが転職できた職業は、現在の職業から派生しやすい【魔法師】【格闘家】だ。
【魔法師】は多彩な魔法を使えるようで、【格闘家】は内部を破壊できる『発勁』が強いらしい。
しかし、意外だったのがネヤが【騎士】に転職できたことだった。【騎士】は上級職で一番強い職業と言われているからだ。
そして、【騎士】に就くことによって期待したくなるのが、【騎士】から派生しやすい職業の【聖騎士】【天馬騎士】【竜騎士】への転職だ。まぁ、最上級職に転職できること自体が稀なので、期待はしていない。
レシアは前回の時点で【聖職者】に適性があったが、しばらく水晶玉を眺めていた彼女がおずおずと申し出る。
【聖女】にも就けると。
この発言に誰もが言葉を失ったが、マークⅢが「【聖職者】と【聖女】なら【聖女】一択ですわ」と太鼓判を押した。
これにより、レシアは【聖女】に転職し、俺たちはレシアを褒め称えた。
ちなみに、【聖女】は【賢者】や【回復師】と並ぶ、激レア最上級職とのことだ。
俺たちはエルザフィールの街から戦士の村に帰還し、やらない訳にはいかなくなった転職祝いを酒場で行った。
食事後に女性陣全員から、プリンを強請られたのは言うまでもない。
俺は仲間たちと別れて、東門から最も近い酒場の【戦士の頂亭】に移動し、店の中に入るとカウンター席につく。
適当に飲み物と食べ物を頼んだが、転職祝いの席でそれなりに食べているから食が進まない。当然、隣に腰掛けるマークⅡは飲食ができないので、ダークが食べ物を食い散らかし、酒を飲んだことでポテッと倒れた。
「どんな感じだ?」
「あちらの日本人が良さそうですの」
「じゃあ、行くか」
俺はマークⅡを伴って、マークⅢが探り当てた日本人が腰掛けるテーブルの前に移動した。
四人掛けのテーブル席には男二人が左の席に座り、女二人が右の席に腰掛けている。
俺はマークⅢに金を持っていそうな日本人、つまり、この酒場でもっとも強い日本人を探させていた。
「なぁ、美味いプリンを100万で買わないか?」
「あぁ? いきなり何言ってんだお前?」
テーブル席の手前に座る戦士風の男が奇異な眼差しで俺を見る。
まぁ、そりゃそうだろう。100万だからな。だが、うちの女性陣が美味いという俺のプリンが、どれほどの価値があるのか俺は知りたくなったんだ。
「なら10万でどうだ?」
「高すぎるだろ!! 話にならねぇ」
手前の男が苛立たしげに声を荒げたが、手前の女は俺と目も合わせずに、複雑そうな表情を浮かべている。
10万でも即買いされないのか……無論、プリン1個で10万は高いと分かってるつもりだ。だが、プリン屋を開業する手間や時間を考慮したら、魔物を狩ったほうが稼げることは明白で、10万でも割が合わないんだよな。
「……邪魔したな」
俺が踵を返そうとした瞬間、手前の女が慌てた様子で俺を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! あなたは判断するのが早すぎよ」
「……何だ、買うのか? 実験は終了したから俺としてはどうでもいいんだがな」
「か、買うわよ。はい、これお金」
手前の女はテーブルの上に金貨を一枚置く。
「マークⅢ、プリンを出してやれ」
「分かりましたわ」
突如、マークⅡの顔付近の空間が開けて、そこから皿にのったプリンが出現する。
このプリンは俺があらかじめ、10セットほど作っておいたものだ。
「えっ!? 何それ!? この世界にアイテムBOXみないなのってあったんだ……」
手前の女は目を剥いて驚いていて、他の三人も絶句している。
「プリンだ」
俺が皿を手に取り、手前の女の前に置くと、彼女はプリンを凝視していたが、やがてスプーンを手に取ってプリンを口に運んだ。
「……な、何これ!? こんなの日本でも食べたことない!! 滅茶苦茶美味しい!!」
ぱーっと表情が明かるくなった手前の女が感嘆の声を上げる。
その光景を目の当たりにした後ろの席に座る女が、日本人の女に何かを訴えているが、その言葉は俺には理解できない。
おそらく現地人だろうな。とはいえ、やはり、言葉が分からないのは不便でしかない。
「この子もプリンを食べてみたいんだって」
後ろの女が俺の前に金貨を一枚置いた。俺は目線でマークⅢに指示を出し、マークⅢが見えない空間からプリンがのった皿を出現させると、マークⅡが皿をテーブルの上に置く。
「こっちにプリンはないのか?」
「プリンっていう商品はないけど、似たような見た目のスイーツはあるわよ。でもあんまり美味しくないのよね」
プリンを一口食べた後ろの女は、目を白黒させたまま微動だにしない。
「やっぱり、現地人でもこのプリンは美味しいみたいね」
手前の女はにんまりと笑う。
へぇ、甘味の感覚も似てるのか。【戦士の宴亭】で食べた定食もそこそこ食えたから、そうではないかと思っていた。だが、俺は現地人のことを亜人や獣人と同じように、人の別種として捉えている。
まぁ、現地人に限らず、こっちの世界の全ての生物や現象を懐疑的に見なければ、取りかえしのつかない事態に陥る可能性があるからだ。
「プリンを高額で売ってるってことは、あなたはお金に困っているの? でも実験は終了したからどうでもいいって言ってたわよね……」
日本人の女は考え込むような表情を浮かべている。
「俺は副業としてプリン屋を開業しようと考えていたんだが、1個100万で売れないようなら開業はしないと決めていたんだ」
「……確かにこのプリンはびっくりするほど美味しいけど、いくらなんでも100万円は無理じゃない? でも、そうなるともうこのプリンを食べれないのね」
まぁ、そりゃそうだろう。俺も半分冗談でやってるからな。だがこいつはプリン1個に対して10万を払った事実を失念しているだろ。
「俺を見つけたら売ってもいいぞ。だが、俺たちは狩場をエルザフィールの街に移すけどな」
「えっ? あなたってあっちで戦えるほど強いんだ。でも、私たちも狩場はあっちだから都合がいいわね」
意外そうに俺の格好を上から下まで確認した日本人の女が、嬉しそうに微笑む。
俺の格好はガダン商会の鉄の装備だから、彼女がそう思うのも無理はない。
「あっちが狩場ならあんたは何でこっちにいるんだ?」
「私はどんな言葉でも理解できる『言語』を持っているのよ。だから積極的に現地人に接触してるのよ」
そんな特殊能力もあるのか……無茶苦茶欲しいぜ。だが、現地人と話して何になるんだ?
「何の意味があるんだと言いたげな顔ね」
顔に出てたか……勘のいい女だ。
「私が積極的に現地人と関わっている訳は、困難な日本への帰還に協力してもらうためなのよ」
「――っ!?」
俺は鉄の棒で頭を殴られたような衝撃を受けた。
こいつ、できる……現時点で最も実現可能な帰還方法だと言うほかない。
「時期はまだ不明なんだけどあなたもどう?」
「ああ、よろしく頼む」
俺は自力で帰るつもりだが、帰還できる選択肢は多いほうがいいからな。
「うん、よろしくね。私はアフネア、帰還する時期が決まったら伝えるわね。でもその前にプリンを買いに行くかも……」
アフネアはいたずらっぽく笑う。
こいつらはガーラ隊やソフィ隊が日本に帰還すれば、魔物に対抗できると考えているんだろうな。天の声は上位種が現れたから干渉したと言っていたから、上位種に対抗できるのは最上級職しかないというのが、こいつらの共通認識だろうからな。
つまり、ガーラ隊やソフィ隊が通用しない未来を、全く想定していないということだ。
まぁ、俺も十中八九は大丈夫だと思うが、この最悪の事態を防ぐために俺だけでも動くべきだろう。俺は不遇職だからな。
「俺はロストだ。ではな」
俺は金貨二枚を回収してから【戦士の頂亭】を後にして、宿に帰還する。
俺が部屋に入ると、ラード、ルルル、レシア、女獣人たちの姿があった。ルルルはマークⅡに抱かれてぐったりしているダークの姿を目にすると、慌てた様子でマークⅡに駆け寄った。
「ダークちゃんは大丈夫なの!?」
「勝手に酒を飲んでそうなった。まぁ、明日になったら治ってるだろう」
ダークを大事そうに抱き寄せたルルルの顔に、虚脱したような安堵の色が浮かぶ。
女獣人たちはベッドに腰掛けているレシアに、力比べを挑んでいるが力関係は逆転し、レシアは平気そうに女獣人たちをあしらっている。
レシアは【聖女】に就いたことにより、前衛の上級職並みにステータスの値が上昇しているからな。最早、女獣人たちでは相手にならないだろう。
「ていうか、何でダークが酒を飲んだんだ?」
ラードの言葉に、皆の視線が俺に集中する。
「酒場に行ってたんだ。プリンを売りにな」
「はぁ?」
ラードが怪訝そうな声を上げた。
「だが、100万でプリンは売れなかった。プリン屋の開業は断念だな」
「そりゃそうだろう。誰が100万でプリンを買うんだよ」
ラードは呆れたような表情を浮かべている。
「だが、10万で2個は売れたぞ」
「へっ!?」
ラードは愕然としたのだった。
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