第32話 転職後の初陣
無事に戦士の村に帰還できた俺たちは、異世界に来てから初めて宿屋を利用した。
ラードとミコの転職祝いと皆には説明しているが、新たに仲間に加わった女獣人たちが酷く汚れている上に、悪臭を放っていたからでもある。
まぁ、風呂がある宿を選んだので、あとはレシアたちが上手くやってくれることを祈るしかない。
一応、転職祝いと銘打っているので、酒場に赴いて祝いの席を設けたが、食事の最後に女性陣全員からプリンを強請られた。
そろそろ本気でプリン屋の開業を考えているところだ。
俺たちは宿に戻ったが、ルルルが俺たちの部屋に入ってきて、ダークに餌を与えている。
ダークはルルルに懐いているが、ダークにとっての一番はマークⅠだ。なので、ルルルが女部屋にダークを連れていこうとしてもダークは動かないので、ルルルは寝る前の間だけでもダークと一緒にいたいようだ。
「なぁ、祝ってくれることは嬉しいが、まだまだ金がいるのに無駄金を使っていいのか?」
「はした金だ。それにお前とミコの転職によって戦力は上がっているから問題ない」
しかし、もっともな意見だ。女獣人たちを風呂に入れるためだとはとても言えない。
翌日、買い物を済ませた俺たちは、南の砦を目指して移動していた。
小屋はまだ散見されるが、いつまでこれが続くんだ?
ルガーはこの世界に転移してから、半年ほど経過していると言っていた。そのことから、少なくとも半年もの間、小屋が出現し続けていることになり、南の小屋は一日で消失するから、仮に15人がこっちに来ていると仮定すると、半年で2700人ほどになる。
だが、現状に鑑みるとその程度の数では少ないと言えるだろう。ガーラとソフィですら未だここから動けないことが、何よりの証拠だからな。
そういえば、俺たちが日本に帰還するためには、最低でも大連合が必要だとルガーは言っていたが、本当にそれしか手段はないのか?
「マークⅢ、日本への帰還方法を知ってるか?」
「知らないですわ」
じゃあ、ルガーはどうやって日本への帰還方法を知ったんだ?
「なら、この国の王城はどこにあるんだ?」
「ありませんわ。この地はエルザフィールという地名があるだけで、王が統治していない空白地ですの」
「はぁ?」
いったい、どういう経緯でそうなってんだよ? けどまぁ、よく考えてみると俺たちは、この世界のことを何も知らないんだよな。
「そもそもは最初に魔物の村が誕生し、その後にガダン商会の資本を元に戦士の村、次にエルザフィールの街が興りましたの」
マジかよ……魔物が大量発生しているこんな場所に、村や街を開発できるガダン商会ってやばすぎるだろ。
「じゃあ、この地には戦士の村と、エルザフィールの街しかないのか?」
「そうなりますわ」
こうなると、ルガーがどうやって日本への帰還方法を知り得たのか、分からないままだが、ルガーと合流したときに聞けばいいと俺は棚上げした。
俺たちは魔物と戦うことなく南の砦に到着する。
「で、どこで戦うんだ?」
「東だな」
この辺りだと五匹以下の魔物の群れが大半だが、東に進むにつれて魔物が多くなる。つまり、魔物の数を調整できるからだ。
俺たちが東に向かって進んでいくと、遥か前方にアント種の群れが佇んでいた。
「通常種が三匹、下位種が四匹だが戦うのか?」
「当然だろ。基本、通常種はラード、ミコ、下位種はネヤ、ラゼで倒してくれ。
ラードたちは静かに頷いた。
「中衛は俺とルルルだが、俺は適当に動くから基本的にはルルルに任せる」
「ほ、ほんとに大丈夫なのかルルル?」
戸惑いを隠せない様子のラードがルルルに問い掛ける。
「うん」
ルルルが平然と答えると、ラードは目を見張った。
「後衛はレシアとキャニルだが、魔物の解体要員として獣人たちの世話も頼む」
マークⅢによると、獣人たちのステータスの値は30前後で職業は【村人】らしい。鍛えることも可能だが、今はネヤたちを上級職にするほうが優先なので、魔物の解体作業をやってもらい、戦闘効率を上げるほうがいいだろう。
「分かりました」
「にゃ?」
「わふ?」
獣人たちはレシアにべったりだ。
だが、レシアたちは獣人たちのことをワンちゃんと猫ちゃんと呼んでいる。
しかし、これは仕方のないことだった。
マークⅢによると、猫語や犬語などの種族語には数と名詞ぐらいしかないらしく、彼女らの名前は数らしい。しかも、その数の言葉を人族語にすると“パ”と“メ”になるようで、さすがに一文字の名前では呼び難く、名前があるので新しい名前もつけられない。
そういう理由があるので、彼女らの名前はワンちゃん、猫ちゃんのままだ。
「で、それらを踏まえた上で、優先するのはネヤ、ラゼ、キャニルがレベル10になることだ。では、行くとするか」
俺たちはさらに東へと進み、前衛たちがアント種の群れに突進する。
ラードとミコが通常種を一匹ずつ相手取り、ネヤとラゼが下位種の群れを押し止めようとするが突破される。
結果、通常種一匹と下位種二匹が、俺たちに向かって突撃してくる。
「マークⅠは通常種を止めろ」
〈わかった〉
即座にダークに乗ったマークⅠが飛んでいき、ダークが糸を吐いて通常種は動けなくなる。
雑魚二匹はどうするか?
俺がふとルルルに視線を転ずると、ルルルの前に四つの水球が浮かんでいた。
はぁ? 何だあれは?
「えいっ!!」
ルルルの掛け声と共に四つの水球が飛んでいき、突っ込んでくる二匹の下位種の体に命中し、レッサー・アントたちは一瞬で体が溶け落ちて絶命した。
マジかよ? だが詮索は後だ。
「キャニル、動けないアントに止めを刺しに行け。マークⅡはキャニルの護衛だ」
「分かったわ」
〈分かりました〉
走り出したキャニルとマークⅡが、糸で動けないアントとの距離を詰める。
「フレイム!!」
キャニルがフレイムの魔法を唱え、地面から吹き上がる炎に体を焼かれたアントが奇声を上げる。
だが、炎によって糸が焼かれて体が自由になったアントが、キャニルに目掛けて突撃する。だが、その突撃を大盾を構えたマークⅡが受け止めて押し返すが、キャニルは恐怖に顔を歪めて後ずさる。
アントは何度もキャニルに向かって攻撃しようとするが、マークⅡがそれをことごとく防いでいて、それを目の当たりにしたキャニルがようやく落ち着きを取り戻す。
「フレイム!!」
再びキャニルがフレイムの魔法を唱えて、体が炭になったアントは崩れ落ちる。
俺はラードたちに目を向けると、ラードは優勢に戦っていた。ミコはすでに相手のアントを仕留めて、その首を手にラードの戦いを眺めている。
くくっ、やはり、ミコは頭一つ抜けて強いな。
マークⅢによると【剣豪】は攻撃力が約300、守備力が約100、素早さが約150ということらしい。つまり、攻撃特化の職業だ。
それに加えて『斬撃』と『強力』、攻撃を避けやすくなる『回避』を所持している。
だが、【剣豪】が所持する『回避』は盾を持つと発動できないので、盾を持たない【剣豪】が大半を占めているらしい。
【闘士】は攻撃力、守備力、素早さが約200で、特殊能力は『強力』のみなので、上級職の中で弱い部類らしい。それでも、下級職よりはマシだろう。
ネヤたちはすでにレッサー・アントを仕留めていて、キャニルとマークⅡが俺に向かって歩いてくる。
「キャニル、マジックポーションをマークⅢから受け取っておけ」
マークⅡの顔の近くに、マジックポーションが現れるという異様な光景が起こっている。
「……あ、ありがとう」
呆気にとられていたキャニルが、マジックポーションを手に取った。
マジックポーションはMPを50ほど回復できるが、10万円もする高額な商品だ。それでも後衛のキャニルは経験値を稼ぎにくいので、大枚をはたいてでもレベルを上げるつもりだ。
「それにしてもマークⅡは強いのね。びっくりしたわ。それにルルルもすごく強くなってる」
「まぁ、マークⅡはラードよりは強いんだが、お前らのレベルを上げるために補助にまわしてる。で、ルルルに関しては俺も驚いている。マークⅢ、ルルルのあの特殊能力は何なんだ?」
「あれは『デロデロフェスティバル』ですわ。強力な溶解液の水球を無数に出現させて、放てる特殊能力ですの。もちろん、無数と言ってもSP次第ですが」
「……一瞬で追い抜かれてしまったわね」
キャニルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
無数ってのがやべぇな……くくっ、いよいよルルルも化け物じみてきたな。
〈あっちからサソリがくるよ〉
スコーピオン種か……ラードたちには通常種は無理だろうな。レベル1でも守備力が300を超えてるから、ミコしかまともなダメージを与えられないからな。こいつらには楽な魔物を倒させて経験値を稼がせる。そして、俺が強い魔物を倒して効率良く金を稼ぐとするか。
「マークⅡ、問題ないと思うがこっちは任せる。行くぞ、マークⅠ」
〈分かりました〉
〈うん、こっちだよ〉
俺はマークⅠたちの後についていき、俺がスコーピオンの群れを倒し、マークⅠたちが上空から魔法でレッサー・スコーピオンの群れを攻撃し、スコーピオン種の群れを瞬殺した。
即座に俺はマークⅡを呼び寄せて、マークⅢにスコーピオン種の死体を収納するように指示を出し、俺がマークⅠを連れてパーティに戻ると、マークⅠが俺に魔物の接近を告げる。
こうして、俺たちは日が暮れるまで魔物と戦い続けて、戦士の村に帰還したのだった。
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明日もたぶん10時に投稿する予定です。
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