第31話 わふぅとにゃあ ☆ワンちゃん 猫ちゃん
俺たちが西門の近くに達したところで、金切り声を耳にした俺は足を止めて声が聴こえた方角を見る。
そこにはローブを着た女と、獣人が揉み合っていた。
「なぁ、あの獣人はおかしくないか?」
なんか着ぐるみを着ているような獣人なんだよな。しかも、犬っぽいのと猫っぽいのがいる。
「彼女たちはおそらく、先祖返りのような突然変異個体だと思いますの」
先祖返りだと? いくらファンタジーな世界だと言っても戻りすぎだろ……しかも見た目では全く分からないが女なのか……
「わふぅ! わふぅ!! わふぅ!!」
犬の女獣人は力比べをしたいのか、ローブを着た女の両手を掴んで力を込めている。
「ちょ!? な、なんなの? すごく力が強いんだけど……」
「はぁ?」
呆れたような表情の剣士風の男が歩き出し、ローブを着た女と犬の女獣人を強引に引きはがす。
「お前が【魔法師】だから力が強いと思うだけだ……結局、この獣人は何がしたいんだ?」
犬の女獣人はしょんぼりしている。訳が分からないといった様子の冒険者たちが、西門に向かって歩き出す。
「あの獣人の発声はどう聴いても鳴き声だろ。何で人族語で喋っていないんだ?」
「それは分かりませんわ……片言なので聴き取り難いですが、犬語で話していますわ。おそらく、パーティに加えてほしいのだと思いますの」
はぁ? 何でだよ?
犬の女獣人は酷く汚れて瘦せこけているが、単純に困窮しているからという理由で仲間になりたいのか? だとしても獣人同士でいいはずだ。
俺が逡巡していると、女獣人の鳴き声で俺は我に返る。
「にゃ! にゃにゃあ! にゃ!!」
今度はキャニルを相手に、猫の女獣人が力比べをしている。
「えっ? 何で私? ていうか、勝てる気がしない」
キャニルは困惑している。その様子を見ていた犬の女獣人もこっちにきて、レシアに組み付いた。
「うわっ!? ワンちゃん、力が強いです」
こいつら本能かなんかで、力の弱い奴を狙い撃ちしているのか?
「にゃ! にゃ! にゃ!!」
キャニルから離れた猫の女獣人は、満足げに腕を曲げて力瘤を作り、力強さをアピールしている。
それを見た犬の女獣人が、今度はルルルに近づいてルルルの手を掴もうとしたが、ルルルに抱かれているダークが前脚で、犬の女獣人の手をペシッと叩き落とす。
「わふっ!?」
犬の女獣人は面食らったような表情をしている。
ぷっ、ダークにあしらわれるほど弱いのか。
「マークⅢ、こいつらは何で獣人たちに助けを求めないんだ?」
俺の問いかけに、皆の視線がマークⅡの顔に集中する。
「獣人たちは彼女らが弱いことを知っているからですわ。獣人や亜人の社会構造は実力主義なので、弱い者は放置されてますの」
「かわいそう……」
レシアは悲痛な表情で呟いた。
まぁ、そりゃそうか。人権や平等の概念なんかあるわけないもんな。
「ていうか、こいつらは何でこんな危険な街にいるんだ?」
戦士の村辺りなら弱いこいつらでも戦えそうだが、どう考えてもここで戦うのは無理があるだろう。
「聞いてみますわ。わん、わん、わわん、わん」
こいつ、犬語も話せるのか。高性能すぎるだろ。
犬語を耳にした犬の女獣人はきょとんとしていたが、一転してマークⅡに抱きついて、必死そうに鳴き声を発しながら何かを訴えている。
「あまりに片言なので私の推測で補う必要がありますが、それでよろしいですの?」
「任せる」
「彼女らはおそらく10人ほどのパーティだったようですの。ですが魔物との戦いでパーティは壊滅し、彼女らを護り育てていた存在と共にここに逃げ込んだようですが、その存在も怪我が原因で死んだようですの。取り残された彼女たちには、パーティに入れてもらうことしか生きる術がないので、それを繰り返しているようですわ」
「なるほどな」
獣人とはいえ、この辺りの魔物は強いからありそうな話だ。
「そして、私の推測では彼女らを護っていた存在は、日本人だと思いますの」
「なっ!?」
予想もしていなかった言葉に、俺は強い衝撃を受けた。
そういうことか……力の弱い奴を狙っていたわけではなく、こいつらを護っていた存在が、女の日本人だったということか。
「ロ、ロストさん、猫ちゃんとワンちゃんを連れていったらダメですか?」
レシアは決意に満ちた表情を浮かべている。
くくっ、さすがレシア。女日本人の意思を継ぎたいといったところだろうな。
「ロストさん、私からもお願いするわ」
キャニルの言葉に、ルルルもうんうんと頷いていて、ネヤたちもまんざらでもなさそうだ。
うちの女たちは情に厚い女ばかりらしい。
「好きにしろ」
歓喜の声を上げたレシアたちが、女獣人たちに抱きついたが、訳の分からない女獣人たちはぽかんとしている。
「わん、わわん。にゃ、ににゃん」
マークⅢが女獣人たちに話し掛けると、女獣人たちは嬉しそうに瞳を輝かせたのだった。
ちなみに、彼女らは身分証を所持していないので、台車に乗せてペット扱いで西門を通過した。
彼女らの身分証を作ろうかと考えたが、人族語学習セットの犬語、猫語バージョンも販売されていないので、身分証の作成を断念するしかなかったのだった。