第30話 噂の四人 ☆ルガー
転職の神殿を後にした俺たちは、西門に向かって移動していた。
「この街はRPGみたいだよな」
「……そうだな。戦士の村にはいなかった白亜人や獣人がいるからな」
だが、黒亜人を何匹も倒しているから、白亜人を見ると思わず身構えてしまいそうになる。
「マークⅢ、白亜人や獣人も人族語で喋るのか?」
俺は視線をマークⅡの頭部に向ける。
「そうですわ」
くくっ、やはり、マークⅡの頭部の中のほうが違和感がないな。
壊れやすい水晶玉のマークⅢが攻撃されることを危惧した俺は、試しにマークⅡのヘルムの中にマークⅢを入れてみた。
そして、マークⅢがマークⅡの頭部に入っている間は、日本語で話せとマークⅢには指示を出している。
これによって、マークⅡが話している体を装えるので、マークⅢを手に持って話すというやり方が現地人に奇異の目で見られることの対策にもなる。
「で、獣人に違いはあるのか?」
俺がそう思うのは、全身が獣の獣人と人族の顔に獣の耳がついていて、腕や脚には毛が少ない獣人がいるからだ。
「獣人は大きく分けて、獣寄りと人族寄りに分かれますの。獣寄りは身体能力に優れていて、人族寄りは知性に優れていますわ」
「じゃあ、獣寄りの獣人と白亜人はどっちが強いんだ?」
「あえて答えるなら獣寄りの獣人ですわ。ですが、獣寄りの獣人と白亜人という括りでは、それぞれに種族がありますし、白亜人には階級もありますので無理がありますの」
「……そりゃそうだよな」
人族と魔物はどっちが強いと聞いているようなもんだからな。我ながら嫌になるほど頭が悪いぜ。
「私があえて獣寄りの獣人と答えたのは、獣人は人族と同様に職業に就けるからですわ。しかも、獣人は転職の神殿を利用せずに職業に目覚めることがほとんどですの。それに対して白亜人は、進化によって階級が上がり、魔法や特殊能力に目覚めますの。つまり、魔物と同じですわ」
人族特有のものだと思っていた職業が、身体能力が一番高い獣人にもあるのは反則でしかない。今、思えば天の声が言っていた肉体改造の大部分が職業への適合なんだろうな。
「なら三種族の中で人族が一番弱いってことか……」
「そうなりますわ。けれども知性は逆で、人族、人族寄りの獣人、白亜人、獣寄りの獣人の順になりますの」
知性か……戦うことだけで考えると、獣寄りの獣人の戦力はエース級だと言えるだろう。仮に獣人たちと戦うことがあるのなら、全員がエースであるがゆえの連携の不備を突くことぐらいしか対策が思いつかない。いずれにせよ、獣人たちとの戦闘はできる限り避けたいものだ。
「ロ、ロスト!? やはり生きていたか!!」
唐突に聴こえた声の方角に俺は思わず顔を向けると、そこには20人ほどの人族の姿があり、全身鎧を纏っている者と剣士風の男が俺に向かって歩いてくる。
「なぜ俺の名を知っている?」
俺は警戒心を強める。
「まぁ、そう思うのも無理はない。あんたは俺の顔を知らないからな。だが、俺からすればあんたの顔は忘れはしない」
全身鎧を纏っている者が、ヘルムのバイザーを上げて微笑んだ。
「……アヴェンジャーと言えば分かるか? あの時は本当に世話になった」
俺の両手を強く握りしめた全身鎧の男が深く頭を下げた。
「――っ!? あの時の男か!! どうやら無事に生き残れたようだな」
「あんたのおかげだ。俺の名はルガー。俺があんたの名を知っている理由は順を追って話すと長くなるが構わないか?」
「ああ」
「東の砦に逃げ込んだ俺はなんとか治療を終えたが、激しい疲労ゆえに意識を失ったんだ。翌日、俺は砦に常駐しているソフィにアヴェンジャーのことを訊ねたんだ。だが、ソフィは砦にアヴェンジャーは来ていないという。俺はあんたが死んだと思っていたから訳が分からなくなったが、もしかしたら、生き延びたのかと考えて現場に赴いたんだ。そこにはオークたちの死体が数体転がっていたが、全て首がなかった。そのことから俺は戦士の村の冒険者ギルドに急ぎ向かったんだ。受付嬢はアヴェンジャーの首を含む首を換金した男の名は、ロストだと俺に告げたんだ」
「なるほどな」
「単刀直入に言う。俺はあんたの下につきたいと考えている」
「ル、ルガーさん!?」
剣士風の男が訝しげな声を上げる。
「はぁ? 何を言い出すんだお前は……」
「俺は真剣だ。もちろん、あんたの下につくのは俺だけだ。後のことはヒャダルに任せるつもりだからな」
剣士風の男を見つめるルガーは、瞳に強い決意をにじませている。
「ま、待って下さい。ルガーさんがロストさんの下につくのなら俺たちもついていくのは当然ですよ」
何言ってんだこいつらは? 下につくとしても俺の下でなくてもいいだろう。
「……下につくのなら、ソフィのほうがいいんじゃないのか。彼女は最上級職の【聖騎士】なんだからな」
「あんたに出会わなければ俺はソフィの下についていただろう。だが俺はあんたのような猛将の下につきたいんだ」
ルガーは揺るぎない眼差しで、俺の目を正面から見つめる。
「くくっ、俺が猛将だと? 俺は奴らの背後から不意打ちしてポイズンの魔法で削り殺しただけだぞ」
「過程や手段は問題ではない。俺たちが手も足も出なかったオークの群れに、あんたは単騎で挑んで奴らを皆殺しにして、生還したんだからな」
「なぁ、話に割り込んで申し訳ないが、ロストがあんたを助けたことは分かった。だが、さっきから言っているアヴェンジャーって何なんだ? それにあんたらがオークの群れごときに勝てなかったというのも腑に落ちない。ここに辿り着けてる時点で、あんたらのほとんどが上級職のはずだからな」
ラードは不可解そうな表情を浮かべている。
「そうか、アヴェンジャーを知らないのか。となると、あんたらはここに来てそんなに月日が経過してないんだな」
「ざっと二週間といったところだな。ネヤたちのことは分からないが」
「二週間!? それは早すぎる……」
ヒャダルが驚きの声を上げる。
「確かに早いな。俺たちがここに来てから半年は経っているからな」
半年? それでは感覚的に時間の勘定が合わない。ここと日本では時間の流れが違うのか?
「俺たちは転職するために、ロストに強引に連れてこられただけなんだ。だから、俺もさっきまでは下級職だったんだ」
「よく辿り着けたものだ。それで、アヴェンジャーとはオークの通常種の中で最強の個体のことなんだ。奴は鉄の装備で身を固めていて、その全長は三メートルを超える巨体だ」
「そ、それって俺たちが殺されかけたオークのことだよな……ロストはまたあれと戦ったのか」
「アヴェンジャーが厄介なのはレベルが低い段階では脅威ではないんだが、レベルが上がるにつれてステータスの値が著しく上昇することにある。だからアヴェンジャーの討伐金は上位種扱いだ。つまり、レベルの高いアヴェンジャーは上位種並みの強さということだ」
「マ、マジかよ……そんなのにどうやって勝つんだよ」
ラードは絶句している。
「それにだ、オーク種は『徒党』という特殊能力を持っている。オークが5匹集まれば守備力が1.5倍、10匹以上で守備力が2倍になる。俺たちが遭遇したオークの群れは、アヴェンジャーが2匹にオークメイジが1匹、それにオーク7匹というものだった」
「10匹だから守備力が2倍になってる状況じゃねぇか」
「その通りだ。俺たちの本体の前衛は全員が上級職だが、アヴェンジャーはともかく、オークにすら傷を負わせることができなかった。後衛たちも魔法での攻撃を試みたが、オークメイジが展開するマジックシールドの魔法の前に、全て防がれるという始末だ。なんとかしてオークメイジを仕留めようとしたが、奴らもオークメイジの重要性を理解していて、オークメイジをオークたちが囲んで護っているから手出しができなかった」
「……どうしようもないじゃないか」
「だから俺とヒャダルは仲間たちを逃がし、最後に俺はヒャダルも撤退させてから奴らに特攻したんだ。そこに突然ロストが現れた。俺はそのおかげで逃げおおせたんだ。そんな状況だからまさかロストが生きているとは思わないだろ? だが、ロストは単騎で奴らを皆殺しにしてたんだ。だから俺は猛将であるロストの下につきたいんだよ」
ラードやキャニル、ネヤたちは信じられないといった顔だが、レシアは尊敬の眼差しで俺を見つめている。そして、ルルルだけが平然としていた。
「……まぁ、そこまで言うのなら好きにすればいい。だが、合流するのは俺たちがもっと強くなってからだ」
「だろうな。同じ狩場で戦うには無理があるからな。だが、いずれにせよ、最終的には大連合ぐらいの数はいる」
「大連合?」
「こっちでの部隊の呼び方だ。50人規模の隊を大連合、それ以下の隊の集まりを連合と呼ぶ。日本へ帰還するためには最低でも大連合ぐらいの数がいる。要するに、この地を出てメローズン王国に辿り着く必要があるからだ」
「なるほどな」
ここに来てから、日本への帰還方法を聞いたことがなかったから、この地には日本に帰還する術はないと睨んでいたが、やっぱりか。
「おそらく、現状では最初に日本に帰還するのはガーラ隊が濃厚だ。だが、最近、頭角を現しだした日本人が四人いるらしい」
「何? ガーラとソフィ以外に最上級職が現れたのか?」
「いや、あくまで噂だから職業までは分からないが、風を自在に操る奴がいるんだ。そいつがガーラとソフィ以上の実力だと噂されている。あとは魔物を使役する奴、魔法を連発する奴、魔物の死体を食う奴がいるらしい」
「くくっ、頼もしいじゃねぇか……」
そういう奴らがどんどん出てこなければ、日本の奪還は難しいからな。
「俺はあんたが五人目だと思うんだがな」
ルガーは熱い眼差しで俺を見ている。
「風を自在に操る者の職業は【風使い】で、自然を操る自然系の使い手は最上級職の中でも最強職ですの。ですから【聖騎士】や【暗黒剣士】では全く相手になりませんわ」
「ほう、詳しいな」
ルガーは意外そうな顔をする。
だとすると、火や水の使い手もいるんだろうな。
「じゃあ、俺たちは行く」
「ああ、東の砦で待ってるぜ」
俺たちは再び西門に向かって歩き出したのだった。