第29話 転職の神殿
戦闘を回避しながら東の砦に辿り着いた俺たちは、そこからさらに東に向かって進み始める。
「なぁ? 次のターゲットとの間に魔物の群れがいるぞ。どうすんだよ?」
そんなことは見れば分かる。同じことを繰り返しているんだからな。
俺たちが魔物と戦いを繰り広げる冒険者たちに、50メートルほど近づいたところで俺は足を止めた。
俺は視線を冒険者たちに向けて観察する。
彼らは魔物と戦いつつも前衛の数人が、次の獲物である魔物群れを捕捉して身構えている。
くくっ、この辺りは連戦を強いられるから、当然の対応だろうな。
「戦ってもいいが、避けた方が無難だろうな」
「おいおい、戦うって相手はスコーピオン種の群れだぞ」
スコーピオン種など雑魚でしかないが、そういえば、ラードたちは俺の強さを知らないんだったな。ラードたちが転職できる可能性を少しでも上げるためには、戦闘経験をできるだけ多く積ませることぐらいしか思いつかない。だとすると、俺が前面に出て魔物と戦うことは悪手になるか。
俺は左に転進し、スコーピオン種の群れをやりすごす。
「で、冒険者たちも魔物もいないがどっちに進むんだ?」
「なら当然、東一択だ」
魔物の接近があれば、魔物たちが俺たちを察知するより早く、マークⅠが俺に報せにくるだろうからな。
俺たちは東を目指して進み、一度も魔物と戦うことなく東の街に辿り着いた。
「……街と言っても戦士の村と、ほとんど変わらないんだな」
ラードは意外そうな顔をしている。
まぁ、そう思うのも当然だろう。見渡す限りが防壁だからな。
俺たちは門に向かって進み、門に到着すると、ラードが門番と人族語学習セットで対話し始める。
へぇ、人族語学習セットを使いこなしてるんだな。俺はマークⅢに頼りきりだから、人族語学習セットの箱すら空けていない。
ほどなくして、俺たちは街の中へと通された。
「この街はエルザフィールって言うらしいぜ。それで転職の神殿はこっちだ」
俺たちはラードに導かれて、転職の神殿に直行する。
「ここが転職の神殿らしいぜ」
転職の神殿の前には長蛇の列ができている。
「な、なんかイメージと違う……」
ネヤが呟き、皆一様に微妙な顔だ。
確かに神殿というからには、俺も白っぽい石で作られた巨大な建物を想像していたからな。だが、そこらに転がっているようなありふれた石で、転職の神殿は建てられていて、何よりも建物の大きさが小さめの神社といった感じだ。
「しかし、この列に並ばないといけないのか」
不満そうな表情のラードは列に並ぶ者たちに声を掛けて、人族語学習セットで対話を行っている。
しばらくすると、ラードが戻って来た。
「並んでいるのは青エリアが目当ての人らしいから、俺たちは中に入っても問題ないらしい」
「青エリア?」
ネヤが訝しげな声を上げる。
「要は転職の神殿は三つのエリアに分かれてるらしいんだ。基礎職の白エリア、一般職の青エリア、戦闘職の黒エリアにだ。俺たちは黒エリアだから列に並ぶ必要はないということだ」
「なるほどね。そういう仕組みになっているんだ」
「じゃあ、行くぞ」
俺たちが転職の神殿の中に入ると、地面が三色に塗られていた。俺たちは黒に塗られた地面を進んでいくと受付があった。
にこやかに微笑んだ受付嬢が、俺たちに話し掛けるが言葉が分からない。
すかさず、ラードが人族語学習セットを用いて対話を試みる。
「こっちだ」
受付嬢から札のような物を受け取ったラードが歩いていく。俺たちも後を追うと、部屋がカラオケボックスのように並んでいて、ラードは扉に書かれている文字と、札に記載されている文字を見比べて扉を開けた。
「たぶん、ここだと思う」
ラードが部屋の中に入ると、俺たちも中に入る。
部屋の中は薄暗く、中央にある台座には巨大な水晶玉が鎮座し、淡い光を放っている。
ラードが札を台座に差し込むと、巨大な水晶玉が輝いて部屋が明るくなった。
「どうやら合っていたようだな」
「水晶玉に触ったら確認できるの?」
ネヤはまじまじと水晶玉を見つめている。
「そうらしいぞ。だが本人しか内容は視えないらしい。ちなみに、転職できなくても、水晶玉の使用料金として一万円がかかるらしいから、転職可能か試す奴は、自分のステータスもちゃんと確認しとけよ」
「そうなんだ。じゃあ、私から確認する」
ネヤは躊躇なく水晶玉に触れた。
「ダメみたい……上級職の一覧にも最上級職の一覧にも、職業が表示されてないわ」
肩を落としたネヤが戻って来る。
「マークⅢ、ネヤのレベルはいくつなんだ?」
〈8ですわ〉
「ネヤのレベルは8だから、次に試すのはレベル10が目安だな」
「えっ? そうなの?」
「ああ、転職はレベルぐらいしか判断基準がないからな」
「次は私が試す」
能面のように無表情なラゼが水晶玉に触れる。
「何も表示されてないわ」
ラゼは全く表情を変えずに言った。
「……なら私ね」
意を決したような表情を浮かべるミコが、水晶玉に手を伸ばす。
「私は【剣豪】に転職できるわ!!」
ミコは高らかに宣言する。
「くくっ、さすがだな」
俺は感嘆の声を漏らす。
誰も転職できなかったら、どうしようかと思っていたから良かったぜ。
「じゃあ、次は私だよね」
キャニルは神妙そうな顔で水晶玉に触れた。
「ダメみたい……」
キャニルは心底悔しそうにしている。その結果にラードが視線をレシアとルルルに転ずると、彼女らはオロオロして動く気配がない。
「……俺が試すしかないようだな」
苦笑するラードが水晶玉に触った。
「よぉし!! 俺は上級職の【闘士】になれるぜ!!」
ラードは喜びに打ち震えている。
「やったな、ラード」
俺は満足げに微笑んだ。
「私は今の職業のままでいい」
ルルルの言葉に、レシアがおずおずと水晶玉に触れる。
俺もルルルと同様に、【カスタードプリン】のままのほうがいいだろうな。ステータス値の上昇が異常に高いからな。
「……わ、私は【聖職者】になれるようです」
レシアが気まずそうに言った。
「はぁ!? マジかよ!? すげぇな……」
ラードは羨望の目をレシアに向けている。ネヤとミコとキャニルは呆けているが、ラゼは無表情のままだ。
「レシア、よくやった」
この時点で最上級職になれるとは恐れ入ったぜ。
「は、はい!」
両手を頬に添えたレシアの顔が桜色に染まる。
「だが、今回はミコとラードの転職を優先させる。すまんが今回は我慢してくれ」
「分かりました」
レシアは素直に了承した。
「ということだ。ミコとラードは転職しろ」
ミコとラードは頷いて、順番に転職したのだった。
「これが転職か……確実に強さが増したような気がするぜ」
「確かにこれはすごいわね」
俺たちは部屋を後にして、ラードが札を受付嬢に手渡した。
「水晶玉の使用料が6万で、転職費用が1000万だとよ。本当に大丈夫なのか?」
ラードは心配そうに俺を見ている。他の仲間たちも青ざめた顔で不安そうだ。
だがそれを意に介さずに、俺は予め用意していた金袋を受付嬢に手渡した。
金貨を数え終えた受付嬢がにこやかに頭を下げる。仲間たちはまたもや呆けた顔を晒している。
「じゃあ、行くぞ」
こうして、俺たちは転職の神殿を後にしたのだった。
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明日も10時に投稿する予定です。
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