第22話 戦斧を握る理由
俺たちは東の砦に向かって進んでいた。
ネヤが話していた通りに東の砦に近づくにつれて、魔物の数が多くなっている。
数的には10匹から20匹の群れといったところか。それに伴い冒険者たちも、10名以上で組まれている隊が大半を占めている。
そんな中、二人という少数で行動している俺たちに対して、冒険者たちが奇異の眼差しを向けてくる。
しかし、俺は極力戦闘を避けたいから、魔物と戦っている冒険者たちの近くを狙って進んでいるので仕方がない。
それでもすでに、30匹ほどの魔物を倒している状況なので、冒険者ギルドが魔物討伐を発令するのも頷ける。
冒険者たちがここで魔物を食い止めていなければ、村は魔物に攻め込まれているからな。
〈みぎにながいのがいるよ〉
俺の肩にのっているマークⅠが報告する。
マークⅠが俺の肩にのっている訳は、この進軍のあまりの恐怖にルルルがダークを抱きしめているからだ。
足を止めた俺は右の方向を凝視する。
あれは百足だな。正直、マークⅠの索敵能力には本当に助けられている。
魔物たちの索敵能力よりも、マークⅠの索敵能力の方が高く、魔物に標的にされる前に俺たちが移動できるからだ。
「あいつは百足だ。次からはあいつのことを百足と言ってくれ」
〈うん〉
「マークⅢ、百足は強いのか?」
〈ここからではアプレーザルの魔法は届きませんの。ですが、レベル1のセンチピードの全長は約6メートル。攻撃力は約250、守備力は約200、素早さは約130。コンフューズドの魔法と『毒牙』と『堅守』を持っていますわ〉
百足はセンチピードという名前なんだな。
「コンフューズドの魔法と『堅守』の効果はどんな感じなんだ?」
〈コンフューズドの魔法は対象を混乱させますの。『堅守』は守備力が1.5倍になりますわ〉
混乱ってマジかよ? 『堅守』も厄介だし、センチピード種は下位種も含めると、8匹いるから逃げるしかない。
俺は左に方向転換して、センチピード種の群れをやりすごし、魔物と戦いを繰り広げている冒険者たちに向かって移動する。
冒険者たちに近づくと周辺を見渡し、魔物と戦っている別の冒険者たちを目指して進む。
要するに、戦闘している冒険者たちの周辺には魔物はいない。これを利用して、冒険者から冒険者へと進んでいるのが現状だ。
だが、その間に魔物の群れがいることも多く、標的にされる前に目標を変えて進み続ける。
俺たちはそれを繰り返して進んで、ようやく東の砦に到着した。
想定以上に、ここで戦うのは困難だということが理解できた。連戦を強いられるからな。
だからといって、後手に回るつもりは毛頭ない。
おそらく、村で野営している連中は、皆がそうしているから南の砦付近で戦っているが、そこから先の展開を想定できていない奴らが大半だろう。
ネヤの話からすると、東の砦は戦力が十分に揃ってからというのが通説らしいからな。しかし、それでは遅すぎる。戦力が充分に揃うのはいつなんだということだ。
下級職の彼らがレベルを上げて装備を整えて仲間を増やす。それに掛かる月日は一年? 二年? あるいは死ぬまでかもしれない。
だったら、それらをすっ飛ばして、転職の神殿で転職することが最優先だと俺は考えている。
そのためには東の砦から、さらに東に進んだ先にある街を目指す必要がある。
俺は砦から東に向かう冒険者たちに話し掛ける。無論、内容はマークⅢに丸投げだが、マークⅢは俺が知りたかった情報を聞き出してくれた。
その内容は、ここから東にある街までの難易度だったが、ここで戦うのと変わりがないということらしい。
これにより、無理をすればラードたちを連れて、東の街に行けることが確定したが、問題は金だ。
マークⅢによると、上級職に転職する費用は、500万もかかるらしいからな。
まぁ、転職は資質が全てで、どんなにレベルを上げても転職できる訳ではないらしい。
だから、一回目で誰も転職できなかった場合、レベル10、レベル15、レベル20といった感じで、転職の神殿を訪れることになるだろう。
俺たちは東の砦を後にしてしばらく進んでいると、唐突に悲鳴が響き渡る。
声を耳にした俺が声の方角に視線を向けると、そこには魔物の一団から逃走する冒険者たちの姿があり、慌てた様子で東の砦に向かって駆けていく。
だが、冒険者たちはもう一組いて、魔物の群れと戦っている。
「オークが10匹か……しかも、俺が戦った豚鼻が2匹もいやがる」
それに片方は、俺が倒した豚鼻よりもさらにでかい。
〈あの大きいオークは、オークアヴェンジャーですわ〉
「一応確認しておくが、通常種なんだよな?」
〈ええ、そうですわ。オーク種は通常種の亜種が多彩ですの〉
「なるほどな。でかいほうのアヴェンジャーのステータスはどんな感じなんだ?」
〈レベルが20で攻撃力が1.5倍になる『強力』を加味すると、攻撃力が800ほど、守備力が600ほどですわ〉
「はぁ!? マジかよ……」
強い部類の上位種並みの値じゃねぇか。どおりで冒険者たちが逃げ出す訳だぜ。レベルが20でこの数値になるんなら、俺が倒した奴は低レベルだったということか。
〈アヴェンジャーの守備力が高いのは、オーク種が持つ『徒党』が原因ですの。『徒党』はそれを持つ者が5人集まると、守備力が1.5倍、10人で2倍になりますの〉
「それで奴らは10匹いやがるのか」
頭の悪いあいつらがそれを考えてやっているのかは疑問だが、実際にやっているってことは、レベルが上がると知性も上がるのかもしれないな。
辺りを見回した俺は、静かに後方にある岩陰に身を隠しながら、戦況を静観することにした。
オークの群れは嘲うような笑みを浮かべながら進軍している。冒険者たちは一定の距離を保って後退しながら戦っている。
ていうか、あいつら勝てるのか?
冒険者たちの後衛が攻撃魔法で攻撃しているが、その度に杖を持ったオークが前面に姿を現し、透明の盾を展開して魔法を防いでいる。
〈あれはオークメイジですわ。マジックシールドの魔法を持っていますの。他にも攻撃魔法や回復魔法も持っていますわ〉
「厄介すぎるだろ」
てことは、アヴェンジャーが2匹に、メイジが1匹、残りの7匹が通常種のオークってことか……
オークたちの前衛はアヴェンジャー2匹とオーク3匹だが、魔法で攻撃される度にオークメイジが前面に出てきて、魔法を防ぐと後方に下がり、オークメイジはオークたちに囲まれて護られている。
冒険者たちの前衛は果敢に攻めているが、武器による攻撃が体に直撃しているにもかかわらず、オークたちは笑っている。
だが、風を纏った剣の一撃だけは、アヴェンジャーが武器で受けているといった感じだ。
「あの風を纏った剣の攻撃は何なんだ?」
〈あれは【剣豪】の『斬撃』ですの〉
……つまり、特殊能力による攻撃はあのでかいアヴェンジャーでも、ダメージを受ける可能性があるということだな。
実際、『斬撃』を繰り出している冒険者の相手は、でかいほうのアヴェンジャーが相手をしているからな。
しかし、これでは後衛による攻撃はメイジに防がれて、前衛の唯一のダメージ源がアヴェンジャーに潰されていることになる。
どうするつもりなんだ?
俺がそう思ったのと同時に、後衛たちが東の砦に向かって撤退し始めた。
「はぁ? いまさら逃げるのかよ?」
〈戦術的には正しい判断だと思いますわ。あのままだと犠牲が出てしまいますの〉
だったら一組目の冒険者たちのように、最初から逃げればいいじゃねぇか。
俺は違和感を抱かずにはいられなかった。
それから傷を負った前衛たちも撤退していき、俺たちの前を通過するときには前衛は二人だけになっていた。残る前衛の二人は最早、満身創痍でアヴェンジャーは嘲笑っているだけで、オーク二匹が二人の相手をしている状況だ。
オークたちは、岩陰に隠れる俺たちには気づきもせず、進軍している。
もしかしたら俺たちの存在に気づいているのかもしれないが、奴らの目的は一つ。それは奴らが進軍する先にある東の砦だろうからな。その目的の前には俺たちなんてどうでもいいのだろう。
「皆逃げおおせたか?」
「はい、ポーム隊はもとより、我らの仲間も逃げきれると思います」
全身鎧に身を包んだ冒険者の言葉に、『斬撃』を放っていた剣士風の冒険者が答えた。
「なんだと!?」
こいつら同郷だったのか……
俺は驚きを隠せなかった。
「お前も行け。ここは俺一人で食い止める」
「馬鹿なっ!? 俺も残ります!!」
「お前まで死んだら日本はどうなるんだ!! 我らの目的を見失うなっ!!」
全身鎧に身を包んだ冒険者が鋭く声を発した。
「ぐっ、ぐううぅ……」
うめき声を漏らしたた剣士風の冒険者は、心底口惜しそうに身を翻して駆け出した。
「日本を頼んだぞ。ここは死んでも通さん」
全身鎧に身を包んだ冒険者が、オークたちに目掛けて突進する。
察するに、最初に逃げていた冒険者たちも日本人で、こいつらはその日本人たちを逃がすために留まっていたんだな。
「マークⅢ、でかい斧を出せ」
全身鎧に身を包んだ冒険者の漢気に触発された俺は、我知らずそう言葉を発していた。
〈戦斧のことですわね?〉
亜空間から戦斧が出現すると、俺は戦斧を掴んで身を翻す。
「マークⅠ、お前は残って魔物の接近を感じたら上手く逃げろ」
〈うん〉
マークⅠが俺の肩から離れると、俺はオーク達を背後から強襲するために全力で駆けるのだった。
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