第19話 職業は人を表すのか? ☆ネヤ ミコ ラゼ
翌朝、俺たちは狩りに赴くための準備を整えていた。
といっても、樽の水で顔を洗って装備の点検をするぐらいしかなく、その装備品も駆け出しの俺たちには限られているのですぐに終わる。
俺たちの前方には100組ほどの冒険者たちが野営していて、後方には後から来た冒険者たちの姿が10組ほどあった。
やはり、夜間戦っている冒険者たちは少ないことが窺える。
すると、昨日、情報提供してくれた女が、仲間を二人連れて俺たちに話し掛けてきた。
「ねぇ、今日一日私たちとパーティを組む気はない? 金銭的に困ってない状況なら皆、気軽にパーティを組んでるのよ」
「ありがたい申し出だ。受けさせてもらう」
ラードは快諾した。
なるほどな。様々なパーティと組むことにより、相性なんかを確認しているんだろうな。そもそも、日本人の寄り合い所みたいな場がない現状では、なかなか仲間も増やせないからな。
「報酬の分配方法は頭割りでいいわよね?」
「悪いが俺はパーティを抜けるから辞退させてもらう」
「えっ? そうなんだ」
「ああ、ロストは元からパーティを抜ける予定だったんだ」
「わ、私も辞退する。役に立てそうにないからロストについていきたいの」
ルルルは気まずそうに言った。
頭割りって言葉を気にしているんだろうな。今後は仲間を増やすために、パーティを組むことを繰り返すことになるから、ルルルにとっては悩みの種だろう。
「ルルル、本当にそれでいいんだな?」
ラードはルルルの目を正面から見つめる。
「う、うん」
躊躇いがちに答えたルルルだが、目はラードから逸らさなかった。
彼女は派手な見た目とは裏腹に気が弱そうな感じだな。まぁ、ステータスの値が1だから気後れしているのかもしれないが。
「ロスト、ルルルを頼めるか?」
「無論だ。そもそも俺は、ルルルのような境遇の者たちを助けるつもりだからな。そっちこそレシアをよろしく頼む」
「ああ、任せてくれ」
ラードは決意に満ちた表情を浮かべている。だが、俺を見つめるレシアの目は不服げだった。
プリンが食えなくなるからだろうな。
「じゃあ、そっちも三人ね。私はネヤ、職業は【戦士】でこのパーティのリーダーよ」
ネヤは黒髪のベリーショートで鉄の斧に鉄の鎧、鉄の盾、皮のブーツといった装備で、ごつい体格をしている。
「私はミコ。職業は【剣士】」
ミコはピンク髪のショートで鉄の剣、鉄の鎧、小ぶりの鉄の盾、皮のブーツといった感じだ。体型はごついというより、太っている。剣士って速度重視の職業のように思えるんだが、大丈夫なのか?
「私は【武道家】で、名前はラゼよ」
ラゼは茶髪のポニーテールで装備は両手に鉄のナックル、鉄の胸当て、鉄の靴だ。顔は整っているが能面のように無表情で、露出している腹筋は割れている。
「俺はラード、職業は【傭兵】だ」
「へぇ、現地人の【傭兵】はたくさんいるけど、日本人で【傭兵】は珍しいわね。聞いたことないわ」
「そ、そうなのか」
ラードは複雑そうな表情を浮かべている。
「私はキャニル。【魔法使い】よ」
「私はレシアと申します。職業は【司祭】です」
「えっ!? 上級職じゃない!! ヒーラーは引く手数多だけど【司祭】ならなおさらよ」
「ヒーラーはそんなにも人気があるんですか?」
「そりゃそうよ。ポーションは1万円、キュアポーションは5万円もするから痛い出費を抑えられるのよね。だから、仲間を募集するなら是非私たちを入れてほしいのよ」
レシアの両手を掴んで興奮しているネヤの鼻息は荒い。
舞い降りた幸運を逃がさないといったところか。確かにキャアポーション1本で5万は高い。下位種を10匹倒す必要があるからな。
「こっちとしても前衛は早く補充したいと考えている。今日一日組んでみて、仲間たちの意見を聞いてから判断させてもらう」
「分かった、それでいいわ。じゃあ、出発しようか」
「そうだな。ロストたちはどうするんだ?」
「お前たちについていくつもりだ。だが、俺たちのことはいないと思ってくれ」
まぁ、ネヤたちが加わったことで俺が見守る必要はないと思うが、戦場を見てみないことには判断できないからな。
「はぁ? ついてくるなら一緒に戦えばいいのに」
ネヤは釈然としないような表情を浮かべているが、俺はそれに答えずにルルルに指示を出す。
「ルルル、マークⅡに乗ってくれ」
「うん」
ルルルがマークⅡに乗ると、俺はマークⅢをルルルに手渡した。ルルルは大事そうにマークⅢを胸に抱きかかえ、俺の傍にいたダークがトコトコと歩いてマークⅡに飛び乗った。
「えっ? その子たちを台車に乗せたまま戦場に出るの?」
俺は無言のままマークⅡを押して歩き出す。
ネヤの問いかけに答える気はない。俺たちのことはいないと思ってくれと言ったからな。それにルルルのことを説明することで、なし崩し的に俺のことや、特殊能力についてまでの説明をするはめになるから面倒だ。俺は自分のことをべらべら話すような性分ではないからな。無論、ネヤたちがラードたちの仲間になった後なら話は別だが。
「……それにしても手作り感満載の台車ね……水晶玉まで持ってきてるし、モフモフのペットまでいる……格好からしてあなたは【魔物使い】ね、正解でしょ?」
この女、空気を読めないようだな。
仕方なく俺は言葉を返すことにした。
「悪いが答えるつもりはない」
「えっ!? 何でよ!! 私たちはあなたたちに情報提供したのにズルイ!! ズルイよ!!」
ぷっ、ズルイって子供かこいつは? それに情報の礼は干し肉で返したはずだ。
俺がラードたちに視線を向けると、ラードたちも笑いを堪えているようだ。
「なぁ、ネヤ。どこの狩場に行くつもりなんだ?」
俺に気を使ってくれたのか、ラードが強引に話を逸らす。
「えっ? そうね。狩場は南の砦一択よ」
「何で東の砦はダメなんだ?」
「東の砦は魔物の数が多いから充分に仲間が揃ってないとキツイのよ。だからソフィ隊が東の砦にいるわけよ」
くくっ、上手くラードが話を逸らしてくれて助かったぜ。
俺はしれっと速度を落とし、ラードたちの最後尾まで後退する。俺たちが村から南に進んでいくと、小屋が点在する場所に出る。
この辺りがネヤたちの小屋があった場所だろう。周辺は見通しのきく平原で、俺たちと異なる点は小屋が横並びに三軒並んでいることだ。
そんな三軒並びの小屋が五カ所に点在していて、確かにこれならお隣さんといった感じで、パーティを組みやすいだろうな。だが、いつまでこれが続くんだ? だが考えても詮なきことなので、俺は考えを棚上げする。
俺たちは小屋エリアを抜けて南にしばらく進んでいくと、冒険者たちが魔物の群れと戦いを繰り広げている光景が散見される。
それを目の当たりにしたラードが足を止める。
「冒険者って予想以上に多いんだな」
「大半が現地人の冒険者よ。ここから先は常に細心の注意を払う必要があるわ。いつ魔物に襲われるか分からないからね」
「分かった」
俺たちは再び南に進んで、魔物と戦うことなく南の砦に到着する。
なんか貧弱そうな砦だな。
俺が砦を見た第一印象がそれだった。ラードたちも砦を目の当たりにして表情を曇らせている。
石の外壁は三メートルほどの高さしかなく、あちこちに亀裂が走っていて、崩壊している箇所もある。
「皆、この砦を見るとそんな暗い顔になるのよ。私たちもそうだったし。だけど、中に入ると分かるけど外壁は三重構造で、地下空間が本当の拠点なのよね」
「えっ!? マジかよ……」
ラードが驚きの声を上げる。
やるなぁ、俺もまさか地下空間を活用しているとは思わなかったぜ。
「まぁ、私たちが砦の中に入るときは緊急時ぐらいなものよ」
「で、ここで狩るのか?」
「私たちだけだったらそうしてたわ。外壁を背にするだけでも全然違うから。だけど、ラードたちがいるから、もっと南に行ってみるのも手だと思うけどどうする?」
「……そうだな、無理そうだったらここに引き返せばいいし、行ってみるか」
「了解」
俺たちは砦からさらに南下していくと、散見された冒険者たちの姿が極端に少なくなる。
「ここら辺がいいかも。言っとくけど他の冒険者たちが、戦ってる魔物を横取りするのはマナー違反だからね」
「えっ? そうなのか。俺は倒したもん勝ちだと思ってたぜ」
俺もだ。こんな世界にそんなルールがあるはずないと思ってたからな。
「だけど冒険者たちが逃げだしたら倒していいのよ。助けを求められた場合は助けてもいいし、見捨ててもいい。リスクを承知の上での商売だかららしいわ」
「なるほどな。俺たちは駆け出しだから助けを求められることはないだろうが、助けを求められたら助けられる冒険者になりたいものだ」
ふっ、ラードらしい考えだ。俺もそうありたいしな。
「へぇ、意外ね。助けないって言うと思ってたわ」
「何でだよ?」
「職業でその人の行動が分かるっていうのが通説なのよ。だから、ラードは【傭兵】だから見捨てると思ったのよ」
「なっ!? そんなのがあるのか……だけど、なんとなく分かるような気がするな。【聖騎士】とかは正義の心を持ってる奴にしかなれない気がするし……」
確かに一理あるのかもしれないが、俺は【カスタードプリン】で食べ物だぞ? 意味が分からん。
〈ねぇ、マスター、なんでたたかわないの?〉
俺の肩にのっているマークⅠが、痺れを切らしたのか尋ねてくる。
「もう少し待て」
俺は小声で返す。
〈……うん〉
マークⅠが不満げな声で返す。
マークⅡとマークⅢは普通なのに、なんでこいつはこんなに戦闘狂なんだ?
「遠いけど正面の四匹が良さそうね」
「正面? なんだあれは? 半魚人か?」
「サハギンっていう亜人よ。けど、黒い肌だから魔物」
へぇ……顔が魚なのに亜人なのか。ていうか、よく考えてみたら下半身が魚の人魚も亜人だよな。
「勧めてくるぐらいだから勝てるんだろうな?」
「サハギンの通常種は、一言でいうとウォーターの魔法を使うオークが近いかな」
「一対一ならオークは倒したことはあるが、魔法が厄介そうだな」
「へぇ、意外に戦ってるのね。で、下位種が三匹で通常種が一匹だけどどうする?」
「俺が通常種を引き付けている間に、あんたらの内の二人で下位種を倒してくれ。残った一人は後衛の護りを頼む」
「すごい意外だわ。四対四で挑むと思ってたから」
ネヤは感心したような表情を浮かべている。
「……そうか? 普通だろ。で、誰が戦うんだ?」
「私とミコで行く」
無表情のラゼが両手のナックル同士を叩きつける。
彼女は行動と表情が伴ってないから少し不気味だな。
「じゃあ、行くか」
ラードたちはサハギン種たちに向かって歩いていった。
「相手が魔法を使えない奴だったら近づいて、あなたに魔法で攻撃してもらうんだけどね。だけど私たちは安全、確実をモットーに戦ってるから、今回はここで静観する」
振り返ったネヤがキャニルに向かって話し掛ける。
「安全に戦えることを考慮してくれるのは、私にとってすごくありがたいですね」
結構、難しい判断だな。俺ならキャニルたちを連れて、サハギンを攻撃させるからな。だが、それは俺がキャニルのレベルを上げたいと考えているから生じることだ。
ネヤが言うように安全、確実を軸にして、着実に成長していくのもありだと思う。結局、リーダーの考え方次第ってことだな。
レッサー・サハギンたちとの戦いはミコが二匹を瞬殺し、ラゼが残り一匹を楽に仕留めた。
ミコ強ぇ……太ってるから動きが鈍重だと思っていたが、それは日本にいたときの感覚だったと痛感するぜ。そもそも、日本にいた頃よりも身体能力が30倍以上に上がっているんだから、太っていることなんか些細なことなんだよな。俺はいつも気づくのが遅くて嫌になるぜ。
ラードはサハギンとの戦いに苦戦している。相手は三又の槍の攻撃でラードを近づけさせず、ラードとの距離が離れるとウォーターの魔法で攻撃してくる。
まるで俺みたいな戦い方をサハギンがしているので、ラードがどう攻略するのか興味深い。まぁ、ミコたちが戦いに加わればすぐ終わると思うが。
ミコたちはラードの戦いを静観していたが、ミコが動き出す。ラードがサハギンから距離を取るのと同時にミコが突進する。
サハギンがミコに目掛けて狙いすました槍の一撃を繰り出すが、ミコは突進速度を落とさずに、剣で槍を跳ね上げて突き抜けた。
首がずれ落ちて、胸からも血を噴き出したサハギンは、ゆっくりと倒れて地面に突っ伏した。その光景を目の当たりにしたラードは呆然としている。
あの瞬間に二連撃かよ……マジで強いな。レベルはいくつなんだ?
ラードたちはサハギン種たちの首を回収し、四本の槍も回収して戻って来たのだった。