第17話 戦士の村
村に入った俺たちは、二重目の防壁を目の当たりにして絶句していた。
「すげぇな。ここまでしないと魔物の侵攻を止めれないのか……」
ラードは複雑げな表情を浮かべている。
一重目の防壁に比べて、二重目の防壁の分厚さが三倍以上もある。さすが最大規模の村と言ったところだな。
二重目の防壁の門は開かれていた。門番もいないので俺たちが門を抜けると、そこには広大な農地が広がっていて、長い一本道が伸びていた。
「なんだかとんでもない田舎に来た感じね」
キャニルの言葉に、皆が一様に頷く。
ていうか、確か一辺が50キロだったよな。とりあえず、村の中央に行くにしても、20キロ超えの道のりになる。
「レシアたちはマークⅡに乗ってくれ。この農地がどこまで続いているのか分からないが、とにかく先を急がないと日が暮れるからな」
レシアたちがマークⅡに乗り込むと、俺は台車を連結させている糸をほどいて、マークⅡと台車二台を切り離す。
「マークⅡは道なりに進んでくれ」
〈分かりました〉
マークⅡが進み始めると、ダークに騎乗したマークⅠがふわふわとマークⅡを追いかける。
マークⅡはレベルが2に上がったことで、SPが400、攻撃力と素早さが10になった。何よりも『スタミナ回復』に目覚めているから、問題なくレシアたちを運べるはずだが、最悪、ラードに押してもらえばいいだろう。ラードは最低でも攻撃力が80以上はあるはずだからな。
俺は多数の樽を載せた台車と、大量のアイテムを載せた台車を押して進み始める。
道は舗装こそされていないが、踏み固められたように硬く、道幅も広いので台車を押すことに何の支障もない。
俺たちが一時間ほど進んだところで道が石畳に変わり、建物が立ち並ぶ区画に到着した。
「皆はどこに行きたい? 俺はまずこの大量のアイテムを売りさばきたいと思っているんだがな」
「えっ!? 休憩しなくてもロストさんは大丈夫なんですか?」
俺がずっと二台の台車を押していたからか、レシアが心配そうに俺に尋ねた。
「何の問題もない」
俺がそう答えると、レシアたちは驚きの表情を見せた。
まぁ、レシアたちは、俺の基本ステータスの値を知らないから無理もない。
「ならアイテムを売りに行くってことでいいんじゃないか?」
「分かった。とりあえず、通行人に場所を聞いてみる」
俺は通りかかった戦士風の男に話し掛ける。
「すまないが、武器や防具なんかを売り買いできる店の場所を教えてもらえないだろうか?」
当然、日本語が通じるはずもなく、戦士風の男は面倒くさげな顔をした。
日本語に戸惑うことがないってことは、同郷の奴らがこの村に結構な数がいるんだろうな。
俺は素早く掌の上にのせたマークⅢを戦士風の男の前に差し出し、情報収集をマークⅢに丸投げした。賢いマークⅢならいろいろな情報を聞き出してくれるだろう。
戦士風の男はマークⅢが発する言葉を聞いて、ぎょっとしたような顔をしていたが、しばらくすると会話が終わり、戦士風の男が踵を返したので、俺は軽く頭を下げた。
〈この辺りで武器、防具、道具などを扱っているお店はこっちですわ〉
さすがマークⅢだ。いい仕事をするぜ。
俺たちはマークⅢの指示通りに歩いていくと、大きめの建物の前に到着した。
ゲームみたいに、看板に剣や盾のマークでも描かれているのかと思ったが、文字しか書かれておらず、たぶん、これが人族語なんだろうな。
俺たちが店内に入ると、店の中央辺りに武具が飾られていて、壁際に様々な道具などが置かれている。客は少ないが。
〈買い取りはこっちですわ〉
俺たちはマークⅢの言う通りに歩いていくと、カウンターの前に到着した。
俺の掌の上にのっているマークⅢが、店員に話し掛ける。
がたいのいいおっさんは、マークⅢの言葉を耳にして面食らい、俺たちとマークⅢを何度も見比べていたが、マークⅢは俺に何かを確認することもなく、話を進めている。
〈レッサー・コボルトの槍は美品で一本3000円ですが、大半が美品ではないので値段が下がるようですわ〉
「美品で3000円か……ていうか、こっちの通貨も円なのか?」
〈そうですの。金貨1枚10万円、銀貨1枚1000円。銅貨1枚10円ですわ〉
マジか……そんな偶然があり得るのか?
俺は違和感を抱かずにはいられなかった。
「とりあえず、台車に載っているアイテムは全て売却で頼む」
〈分かりましたわ〉
がたいのいいおっさんが台車のアイテムを選別し始めると、ダークが俺の傍に寄って来た。
〈ねぇマスター、あのおっちゃんはなにしてるの?〉
マークⅠの声からは不安の色が感じ取れた。
アイテム大好きなマークⅠからすれば、アイテムを奪われると思っているんだろうな。
「アイテムを売って金に交換してるんだ」
〈……こうかん? ならいいや〉
マークⅠは意外にも簡単に引き下がった。
こいつからすれば、金もアイテムの内なのかもしれないな。
〈マスター、買取価格は31万円とのことですわ〉
「へぇ、結構な額になったな」
ただその31万が、どのくらいの価値があるのか不安だが。
〈巨大なオークの鎧と靴がレアだったからですわ。とても珍しいようで鎧と靴を店に飾るから、買取価格の合計が上がりましたの。この値段で売却しますの?〉
なるほどな。やっぱり、あの巨大なオークはそんなにいないようだな。あのオークが使っていた巨大な斧も売れば買取価格はもっと上昇するだろうが、あの斧は俺が使っているから売る気はない。
「ああ、売ってくれ」
俺はがたいのいいおっさんから、金貨3枚と銀貨10枚を受け取った。
すぐにダークが俺の傍に寄ってきて、マークⅠが硬貨を凝視している。
〈それになったんだ……〉
マークⅠの声はなんとなく不満そうだ。
「これは金といって値段がついているものは、何でも交換できる万能アイテムなんだぜ」
俺はマークⅠが金を気に入るように、ちょっとかっこ良さげに言ってみた。
〈えっ!? ばんのうアイテムなんだ!!〉
「そうだ。頑張ったお前には5000円やろう」
俺は銀貨5枚を、マークⅠが身に着けている皮の服に差し込んだ。
「やったぁ!! なにとこうかんしようかな」
マークⅠは嬉しそうに、キョロキョロと辺りを見回している。
「とりあえず、30万ぐらいになった。ちなみに、ここでの通貨も円らしい」
俺がそう報告すると、皆は驚きを隠せないようだった。
「とりあえず、買える範囲内で、ラードの武器と鎧を購入すべきだと俺は思うがどうだ?」
「いや、ちょっと待ってくれ。その金の大半はロストが集めたアイテムを売った結果だろ。その金を差し引いて残った金を皆で分配すべきだと俺は思う」
「まぁ、正論だな。だが前衛というリスキーなポジションのあんたの装備を最優先することが、これから先の戦いのリスクを軽減することになると思うんだ。前に言ったように、俺は抜けるからこの提案をしてるんだ」
ラードの装備は鉄の剣と皮の鎧と皮のブーツといったもので、しかも鎧はすでにボロボロだ。
「ぐっ……」
ラードは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている。
「私もロストさんの意見に賛成よ。あくまでもロストさんがそれでいいのならの話だけど」
キャニルが俺の意見に同調し、レシアとルルルは判断できずにオロオロしている。
キャニルの装備は赤いローブに木の杖といったところだが、後衛はこの際後回しでいいだろう。
「決まりだな。まずは剣と鎧だ。最低でも鉄製がいいだろうな」
〈こっちですわ〉
俺たちは武具が置かれている中央の区画に移動した。
「剣だけでもいっぱいあるな。だいたい、こういうのは値段で善し悪しが分かるものだが、その値段が俺には読めん」
皆が俺の言葉に頷く。
〈一般的な鉄の剣で高品質なものは15万円が相場ですの。ですが例外があり、実用的なデザインで、シンプルなこの剣は高品質なのにもかかわらず、値段が1万円なのですわ〉
「はぁ? なんでだよ?」
〈ガダン商会の武具だからですの。ガダン商会はこの大陸で最大手なので、薄利多売が可能なのですわ〉
「へぇ、駆け出しの俺たちにはそれで充分だろ。鎧もあるのか?」
〈高品質の鉄の鎧は100万円ほどしますわ。ですがガダン商会の鉄の鎧は高品質で3万円ですの〉
「だったらそれでいいじゃねぇか」
俺がマークⅢから聞いた情報をラードたちに説明すると、ラードはガダン商会の武具で何も問題ないと納得したので、ガダン商会の鉄の剣と鉄の鎧を購入した。
締めて4万円だ。予想よりも遥かに安く済んだのでありがたい。
「鉄の槍はどうなんだ?」
〈ガダン商会の鉄の槍は1万円ですわ〉
「俺も一本買っておくか。お前らはどうする?」
「私は武器をもって戦うつもりはないわ」
キャニルは即答したが、レシアとルルルは考え込んでいる。
「迷うくらいなら買っておけ。どれがガダン商会の鉄の槍なんだ?」
〈左の棚ですわ。一番多く並べられているのがガダン商会の鉄の槍ですの〉
俺は左の棚から鉄の槍を手に取ってみる。
へぇ、マジでシンプルだな。飾り気が全くなく、穂の形状は直槍で柄は鉄製なので、どう考えてもレッサー・コボルトの槍よりは威力がありそうだ。
俺はガダン商会の鉄の槍を三本持って会計を済ませたついでに、マークⅢに頼んで、金貨を銀貨に両替してもらうように伝える。
鉄の槍をレシアとルルルに手渡した俺は、両替してもらった銀貨を仲間たちに分配した。
一人当たり、4万8000円だ。
ラードたちは呆気にとられた後、申し訳なさそうな表情をしばらく浮かべていた。
「後は道具だな」
〈道具類はこっちですわ〉
俺たちは様々な道具が置かれている区画に移動し、道具を購入した。
旅人セットが2万円で売られていたが、ガダン商会の駆け出しセットのほうが3000円と安く、セット内容も変わりはないので、俺たちはそれぞれが駆け出しセットを購入した。
ちなみに、駆け出しセットの内容は、大きめの皮の鞄の中に、ナイフ、火打石、松明、寝袋、ロープ、水筒などの旅に役立つ道具が入っている。
〈マスター!! これがほしい!! こうかんできるかな?〉
そう声を上げたマークⅠの傍に俺は歩いていく。
すると、そこには棚の上に、30センチほどの人形が多数並んでいた。
人族の人形が多くを占めているが、耳の長いエルフと思われる人形や魔物の人形もある。
俺は人族の人形を一つ手に取ってみた。
「へぇ、腕や脚がちゃんと動くんだな」
体は木製で色も塗られていて、武器や防具などは鉄製というこだわりようだ。
マークⅠが選んだ人形はゲームで言うところのスケルトンで、他の人形と違って等身が三等身だった。
俺はスケルトンの人形を手に取ってみる。
「ん? この人形は体も鉄だな。高いんじゃないのか?」
〈その人形は3000円ですわ。人形によって値段が違いますの〉
「銀貨3枚で買えるぞ」
〈かう? どういうこと?〉
「金で物を交換することなんかを、買うっていうんだ」
〈じゃあ、かうよ!! 3まいでいいんだよね?〉
「ああ、そうだがそのくらいの値段なら買ってやるよ」
値段さえ分かれば買うのは簡単だ。
俺は銀貨3枚を店員に渡してスケルトンの人形を購入し、マークⅠに手渡した。
〈ありがとう!!〉
嬉しそうな声を上げたマークⅠは、人形をじーっと見つめている。
こうして、俺たちは武器を後にしたのだった。
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