第13話 ミニ四駆は曲がれない ☆ダーク
俺の目の前をマークⅠが通り過ぎると、その後ろを黒いモフモフがとことことついていく。
まるで親鳥を追いかけるひよこのようだ。
俺たちが豚鼻たちを倒して小屋に戻ると、羽化に一、二週間はかかると思っていた黒い繭が抜け殻になっていた。
マークⅠが小屋の中を探し回っていると、樽の中の干し肉を食い漁っている黒いモフモフを発見し、それがきっかけで黒いモフモフはマークⅠのことを、親だと思っているみたいだ。
まぁ、幼虫の時の記憶かもしれないが。
黒いモフモフの大きさは30センチほどで、その姿はカイコ蛾によく似ている。
確かカイコ蛾には口はあるが物を食べず、羽があるのに飛べなかったはずだが、このモフモフは干し肉や果物をバクバク食べるし、普通に飛ぶこともできる。
さらに、糸を吐くのは幼虫のときだけだったはずだが、このモフモフは黒い糸を吐きまくっていて、マークⅠが小屋の中で糸を吐くなと注意している。
で、結局、このモフモフは虫なのか虫の魔物なのかは、その見た目からは判断できない。
水晶玉は自分のステータスしか視れないからだ。
〈ねぇ、むしのなまえをマークⅡにしていい?〉
「だめだ。マークⅡは俺が次に『生命付与』で名付ける予定だからな」
〈……どうしようかな〉
「そうだな、黒いから黒っぽい名前でいいんじゃないか? 例えばブラック、クロ、アン、ダークとかそんな感じでどうだ?」
〈じゃあ、ダークにするよ。きみのなまえはダークだよ〉
マークⅠはダークにそう言った。
「お前の名前はダークに決まった」
俺はダークを両手で掴んで、ダークの目を見ながらそう言った。
まぁ、ダークに話し掛けても、言葉を理解できるとは思わないが、やらないよりはマシだろう。
マークⅠの思念の声は、俺にしか聞こえないし、ダークに伝わらないからだ。
だからといってマークⅠにそれを伝えても、〈なんとかしてよマスター!!〉とこいつは言ってくるだろう。そうなると俺にはマークⅠの意識を、黒亜人の死体に移動させることぐらいしか手段が思い浮かばない。
しかし、それをすると死体は腐るので、定期的に黒亜人の死体を手に入れなくてはならなくなり、面倒だ。
そして何よりも、死体は腐臭を放つので、そんなものと一緒に生活したくない。
だが、マークⅠの意識を黒亜人の死体に移動することで、何かしらの魔法や特殊能力に目覚める可能性は高いので、悩みどころでもある。
「あ、あの私もダークちゃんを触ってもよろしいでしょうか?」
顔を紅潮させたレシアが俺に聞いてくる。
どうやらレシアとルルルは、俺たちのやり取りを聞いていたようだ。
ちなみに、ルルルとは金髪ギャルの名前だ。
この適当な名前を怪訝に思った俺が、何でそんな名前を選択したのかルルルに聞いてみると、それしかウィンドウに表示されてなかったそうだ。
小屋の中に置かれている物が違うように、水晶玉に表示される内容もそれぞれらしい。
ちなみに、瀕死だった黒髪の男と赤髪の女はまだ目覚めていない。
ルルルによると、黒髪の男の名はラード、赤髪の女の名前はキャニルらしい。
俺はレシアの目の前にダークを近づけてみたが、ダークが嫌がる素振りを見せなかったので、ダークをレシアに手渡した。
「う、うわぁ、すごくモフモフです」
レシアは破顔した。その様子をルルルが羨ましそうに眺めている。
俺はその様子を横目で見ながら、小屋の端に立てかけてある二本の鉄の槍を手に取り、小屋から外に出て、台車の前に移動した。
……攻撃力がなさすぎるんだよな。
巨木の中身をくり抜いて、タイヤをつけただけの代物だからな。
俺は台車の前面に、二本の槍の穂先がつき出るように、強引に槍を取り付けた。
まぁ、気休め程度だが、これで突撃すれば少しぐらいのダメージは与えられるだろう。
俺は『生命付与』を台車に発動した。
「ん?」
前回は意識が飛ぶほどきつかったが、今回は余裕だな。
俺は黒亜人たちや豚鼻を倒したことでレベル6になり、SPが300もあるからな。
おそらく、前回と同様にSPは50程度しか減っていないと思うが、対象物の違いでSPの消費が違うかもしれないから、後で水晶玉で確認しておくか。
ちなみに、俺の攻撃力、守備力、素早さの値はなぜか同じで、レベルが上がる度に二倍になっている傾向だ。
つまり、俺の基本ステータスである攻撃力、守備力、素早さは320まで上昇している。
この値は、上級職と最上級職の中間ぐらいに達している。
もしかすると、俺のような戦闘職ではない転移者は、最初は弱いがレベルが上がると強くなるのかもしれないな。
〈あなたが私のマスターですか?〉
「ああ、そうだ。お前の名前はマークⅡだ」
なんとなく、マークⅠより賢そうな印象だな。
俺は『生命付与者解析』で、マークⅡのステータスを視る。
名前: マークⅡ 台車
全長: 約2メートル
職業: 【無し】レベル: 1
HP: 200
MP: 50
SP: 200
攻撃力: 5
守備力: 10
素早さ: 5
魔法: 無し
特殊能力: 無し
魔法や特殊能力は無しか……まぁ、レベル1だからそんなもんだろうが、HPとSPの値は高いな。
〈分かりました〉
「この小屋の周りに展開している結界が分かるか?」
〈はい〉
「その範囲内で体の動きを学習しろ。最初に言っておくがお前の体は俺が作ったからできが悪い。近い内に村を探す予定だから、そこでちゃんとした台車があれば購入する予定だから、それまではその体で我慢してくれ」
〈分かりました〉
マークⅡはゆっくりとタイヤを回転させて動き始める。
だが、マークⅡは前にしばらく進むと停止して、元の位置まで後退してからまた前に進むことを繰り返している。
〈前後の動きに問題はありませんがそれしかできません。そのことから、前面に槍がついていますが、命中させることは困難だと思われます〉
「――っ!?」
は、恥ずかしい……左右に曲がることが不可能なことに、今気づいてしまった……まぁ、構造上、ミニ四駆みたいなものだからな。作った時は俺が押すことを前提に作ったから仕方がないが。
「お、おう。とりあえず、動けることが分かったから小屋に戻るぞ」
〈分かりました〉
なんとかしてやりたいが、ここでは道具や素材がなさすぎる。今後の戦闘のことを考えると木製じゃ話にならんし、ここで下手にいじるよりも、村で鉄で補強した台車を買った方がいいだろうな。
そう考えながら俺はマークⅡと一緒に、小屋に戻ったのだった。