第10話 白いローブの女 ☆レシア
俺が目覚めるとすでにマークⅠは起きていて、黒い繭を見つめていた。
〈いつでてくるの?〉
「一、二週間ぐらいじゃないか?」
〈えぇ!? そんなにかかるんだ……〉
「まぁ、地球ならそのぐらいだ。だが、ここは異世界だからどうなるかは分からない」
〈そ、そうなんだ……〉
俺は干し肉を食べながら、樽の水をコップですくってマークⅠにかけると、マークⅠは瞬時に水を吸収した。
「お前、水を吸収するけど腹もふくれているのか?」
〈はら? へらないよ〉
「マジかよ」
永久機関じゃねぇか……我ながらとんでもないものを創り出しちまったな。
「よし、今日は森で黒亜人を倒しまくるぞ」
〈うん〉
俺が槍を手に取ると、マークⅠが俺の左肩に跳びのった。
俺たちが小屋から出ると、結界内に白いローブを着た女が座り込んでいた。
女の髪色はライラックで髪型はミディアム、顔は整っているから所謂美人というやつだ。
歳は二十代といった感じに見えるが、そもそも異世界に来た時点で肉体改造されているので、見た目の歳は当てにならない。俺自身、地球にいた頃は何歳だったのかも覚えていないし、どんな顔だったのかも思い出せないからな。
「申し訳ありません。ここで勝手に休ませてもらっています。私の小屋は消えてしまったので……」
その言葉に、俺は左の小屋に視線を転ずると、彼女が言う通りに小屋は跡形もなく消え去っていた。
「ああ、構わない。何なら小屋の中で休んでもいい」
結界内に女が入れるってことは、俺の敵ではないことは間違いないからな。
「ありがとうございます。私はレシアと申します」
「俺はロストだ」
「あの……できればあなたのパーティに入れてもらいたいのですが」
「……あんた、職業は何なんだ?」
「司祭です」
「司祭っ!? 上級職じゃねぇか……」
水晶玉によると、ヒーラー系の職業は下級職の【僧侶】、上級職の【司祭】、最上級職の【聖職者】だ。
最上級職以上の階級はないが、その最上級職の中で、さらに強さの強弱があるらしい。
ちなみに、ヒーラー系の最上級職は【聖職者】の他に、【結界師】や【回復師】があるらしく、いずれも激レア職業らしいのだ。
「……俺はあんたとパーティを組む気はない」
「えっ!?」
レシアは面食らったような顔をした。
戦闘職ではない俺が、上級職の【司祭】である彼女とパーティを組むことは戦犯だと俺は思っている。
彼女のような貴重な戦力は、戦闘職に就いているパーティと組むべきなのだ。
「だが、心配するな。俺の準備が整い次第、あんたを近くの村まで送り届けるつもりだ。おそらく、そこには戦闘職で組まれたパーティがいるだろうからな」
「で、ですが、私はあなたとパーティを組みたいと考えています」
「はぁ? なんでだよ?」
「私はあなたが黒亜人と戦っているところを偶然見かけたのです。あなたには躊躇も油断もありませんでした。そんなあなただからこそ、私はあなたとパーティを組みたいと思ったのです」
「……レッサー・コボルトとの戦いのことを言ってるのか?」
「はい」
「いやいや、レッサー・コボルトなんて雑魚だろう」
「レッサー・コボルトのステータスの値は水晶玉から得た情報により、私も知っています。ですが、あなたがここに来る前にいた男性はレッサー・コボルトに殺されたのです」
「ほう、詳しく聞かせろ」
そいつが戦闘職なら余裕だろ? いったいどういう状況だったんだ?
「私が異世界に来た時には、その男性の小屋は私の小屋のすぐ近くにありました。翌日、私が小屋の外に出てみると、彼がレッサー・コボルトと戦っていたのです。ですが、レッサー・コボルトはもう一匹いたのです。彼はそのことに気づいておらず、槍の投擲を受けてそれが致命傷になり、レッサー・コボルトに殺されたのです。私は恐ろしくて結界から出て彼を助けることができませんでした」
レシアは悲痛な表情を浮かべている。
「なるほどな……」
そいつは俺と同じで戦闘職ではなかったってことだな。戦闘職ならたとえ槍の投擲をくらったとしても、それが致命傷になることはないはずだ。
ステータス的に10倍ぐらいの違いがあるからだ。
仮に槍の投擲が致命傷になるとしたら相手が高レベル個体か、あるいは下位種ではない場合が考えられるが、その可能性は低いだろう。
「俺があんたとパーティを組まない理由は、俺が戦闘職じゃないからだ。だが、あんたのように戦闘職に就いている者は、日本を救うために必要な人材だろう。だから俺なんかとパーティを組んでいる場合じゃないはずだ」
「た、確かにあなたの言う通りです。ですが、あなたは戦闘職にこだわり過ぎていると私は思います。ステータス的にレッサー・コボルトよりも、私のほうが勝っていると分かっていたのにもかかわらず、私は動くことすらできなかったのです。つまり、私が言いたいのは職業よりも、あなたのような精神力を持ち得た者こそが、日本を救うために必要な人材だと私は思うのです」
「……」
全く分かってないな。精神力でなんとかなるのは序盤だけだ。ステータスの値が上がれば上がるほど、そんなものは通用しなくなるのは自明の理なのにな。
「これ以上、話を続けても平行線になるだけだ。とにかく、俺はあんたを村に連れて行くだけだ。あんたは小屋で休んでてくれ」
踵を返した俺は森に向かって歩き出す。
「ま、待って下さい。私も連れていって下さい」
「はぁ? 魔物が怖いんじゃなかったのか?」
「も、もちろん恐ろしいです。ですが私も変わらなければいけません」
レシアは決意に満ちた表情を浮かべている。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「それで死ぬのでしたら、私はそこまでだったということです」
男を見捨てたことで自暴自棄になっているんじゃないのか? 俺としては彼女には小屋で待機していてほしいところだが、俺が森で殺されることもありえるからな。そうなると彼女は一人になってしまう……
「そもそも、ヒーラーってのは、回復魔法を使うだけでレベルが上がるのか?」
まぁ、おそらく上がらないだろうが念のための確認だ。上がるなら危険を犯す必要はないからな。
「魔法を使うことによって経験値は上がると思いますが、レベルが上がるほど経験値は得られないと思います」
だろうな。魔法を使うだけでレベルが上がるなら、魔法を使える者は簡単にレベルを上げることができるからな。
「いったん、小屋に戻るぞ」
「は、はい」
俺たちは小屋に引き返す。
「武器はこれを使え」
俺は壁に立て掛けている槍を一本手に取って、レシアに手渡した。
「ありがとうございます」
レシアは深々と頭を下げると、持っていた木の杖を壁に立て掛けた。
「腹は減っているか? 干し肉と果物ならあるぞ」
「えっ!? 食べ物があるんですか!? 私の小屋には水が入った樽しかありませんでした」
「何? そうなのか……」
小屋によって支給されるものは違うのか。そういえば彼女は白いローブを着ているな。俺は日本で着ていた服のままだが……
「で、では果物を頂いてもよろしいですか?」
レシアはりんごのような果物を手に取って、ごくりと喉を鳴らす。
小屋が消えるまでの十日間をよく水だけで凌いだものだ。
「ああ、好きなだけ食えばいい」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
レシアは樽一つ分の果物をペロリと平らげた。
「ありがとうございます。お腹が一杯になりました」
「……お、おう」
俺は苦笑する以外にない。
「あの、ずっと気になっていたのですが、ロストさんの肩にいる子はいったい何者なのですか?」
「あぁ、マークⅠは俺のペットみたいなものだ」
「ペットみたいなもの? ですがロストさんは戦闘職ではないはずです。つまり、上級職の【魔物使い】ではないはずなのに、なぜ魔物をペットにできたのですか?」
ほう、職業についても調べているのか。情報取集に余念がないようで好感がもてる。
「まぁ、雑に言えば物を使役できるのが俺の特殊能力なんだ」
「えっ? それはすごい特殊能力ですね」
「まぁな。マークⅠは小さいが結構強いんだ。喋ることはできないが俺たちの言葉を理解している」
「マークⅠちゃん、よろしくお願いします」
〈うん〉
「……」
レシアの様子から察するに、マークⅠの思念の声は俺にしか聞こえていないようだな。
「あと水晶玉の横にある、黒い繭みたいなものはなんですか?」
「あれはマークⅠが外で捕まえた幼虫だ。だが、俺たちが狩りから戻ると繭になっていたんだ。羽化したらマークⅠが飼う予定だ」
「えっ? マークⅠちゃんが飼うんですか……」
レシアは絶句している。
「くくっ、驚いただろう。俺も耳を疑ったからな。では、そろそろ行くぞ」
「は、はい」
俺たちは小屋から出て森に向かったのだった。