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99 プロジェクト:デート

 俺はマッサージ教本を取り寄せ一生懸命勉強し、自分の体でツボを確かめたりもして、満を持してヒヨリにリラクゼーションマッサージをした。


 が、残念ながら不評だった。


 ヒヨリは見た目こそ人間だが、中身が人じゃない。

 血行を良くするツボを押しても何も感じなかったり、気持ちよくなるツボを押すと痛がったりした。

 筋肉の揉み解しはけっこう人間と同じ感じで効いたので、最初はそれを中心にマッサージしたのだが、途中で好奇心を刺激されたのが良くなかった。


 ヒヨリの特異な身体内部構造に最適化したマッサージ方法を探求するために聴診器を持ち出すところまでは黙ってされるがままでいてくれたのだが、鍼灸針を刺して人間との反応の違いを調べようとしたところでヒヨリが怒り、マッサージをやめさせられた。

 曰く「実験台になったみたいで不愉快」との事。


 俺の反論の試みは、続いた「入間の悪い影響を受けたんじゃないか」という言葉で完全に封殺された。

 スーパーショック!

 俺は膝から崩れ落ち、両手を見つめてガタガタ震えた。


 そうかも知れない。

 ヒヨリに快適なマッサージをするという名目で、自分の好奇心を満たしたいだけなんじゃあ無かったか?

 彼女の柔肌に躊躇いもなく針を打つなんて、どうかしてたんじゃあないか?

 倫理観ぶっ壊れ入間とのあの一晩の研究で、俺の倫理もおかしくなっていたんじゃあないか?


 ヒヨリは俺の彼女なのに、無自覚に研究対象として見てしまった。

 不躾に、無遠慮に扱ってしまった。

 まるで入間のように。


「ごめん……」


 謝罪の言葉は自分でもビックリするぐらい、弱々しく小さかった。

 ヒヨリが入間を引き合いに出してまで非難するなんて、俺は余程の事をしてしまったのだろう。思い返せば、自分でも気遣いが足りなかったと分かる。

 ネットで期待の新作アニメ見てたら、良い展開になってきたところで突然長々と視聴者アンケートが始まったようなもんだろ?

 そりゃあ「は?」ってなるよ。

 冷めるし、失望する。

 俺はヒヨリのためのマッサージを完遂すべきだったのだ。

 

 それなのに俺ってやつは。

 入間の影響を受けた。

 入間みたい。

 入間並。


 うわああああああッ!

 ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!

 無理ッ!


「ごめんヒヨリ。もう軒下に入って一生ダンゴムシと一緒に暮らすわ。俺にはそれがお似合いだ」

「!? い、いや私も言い過ぎた。悪かったよ」


 謝るべきなのは俺なのにヒヨリに謝られ、一層惨めになる。

 ああ、奥多摩に引っ越す前の大学生時代を思い出す。研究室の教授は良い人だったから、俺が謝ると「気を遣ってやれなかった」と逆に謝ってくれ、それが申し訳なくて肩身狭くて研究室から足が遠のいたんだよな。


 人間は、苦手だ。

 でもヒヨリの事は苦手になりたくない。


「ヒヨリ、ごめんな。対人カスでもせめてヒヨリにだけは気遣えたらなって思うんだけどさ。本当に分かんなくてさ」

「大丈夫だ。大利がこうなのは分かっているさ。全部分かった上で、私はお前が好きなんだ」


 ヒヨリは項垂れる俺の横に座り、背中をさすって慰めてくれる。

 な、情けねぇ~!

 普通の彼氏ってもっと頼れる感じじゃないのか?

 こう、あの、「お前は俺の彼女だ。泣かせたりしないぜ(キリッ)」みたいな。

 逆じゃね? なんで俺がポカやって俺が慰められてるんだ?


 俺がショゲかえっていると、傍に寄り添ってくれるヒヨリがしばらく考えてから言った。


「大利」

「ああ……」

「今度デートをしないか」

「ああ……ああ? する、けど」


 一瞬奇襲をかけられた気がして変な声を出してしまったが、別に奇襲でもなんでもなかった。

 そうだよな。俺達、付き合ってるんだもんな?

 逆に交際はじめて二ヵ月近いってのにまーだデート回数ゼロなのがおかしい。

 と思う。たぶん。スローペース寄りのお付き合いをしている気がする。


 デートの概念は知っている。

 誘われたのは嬉しい。

 が、よく分からないので、俺は今度こそ失言しないよう気を付けながら慎重に質問した。


「付き合ってすぐにさ、俺、交際関係について調べたんだよな。デートについても辞書引いて調べたんだけど」

「あ、ああ。真面目だな」

「デートの定義って『男女が日時を決めて会うこと。その約束』なんだよ。これってどういう事なんだ?」

「というと?」


 ヒヨリがピンと来ていない様子なので、俺はかねてからの漠然とした疑問を考え考え言葉にした。


「つまり、友達と遊ぶのとデートは何が違う? 例えばヒヨリと遊園地行ったらそれはデートになる。でも、蜘蛛の魔女と遊園地に行っても友達と遊ぶだけだろ? 同じ『男女が日時を決めて会うこと』なのに。違いが分からん。

 デートが何をもってデートとされるのか知りたい。この質問の仕方で伝わるか?」

「ああ、言いたい事は分かる。そうだな……」


 ヒヨリは腕組みをして真面目に考え始めた。「そんな事も分からないのか?」という呆れ顔をされなくて安心する。その一点だけで、こうして俺のしょーもない疑問に真向から向き合ってくれるだけで、ヒヨリが彼女で良かったと思う。

 すまんね、恋愛要介護者で。俺が得意なのは器用さだけなんだ。


 どうやら恋愛弱者大利賢師にも分かるような説明を考えてくれたらしいヒヨリは、やがて考えをまとめ、頷いて言った。


「友達と遊びに行くと、一緒に遊んで、ああ楽しかった、と解散するだろう?」

「そうだな」

「デートの場合は、一緒に過ごした後にキスをする」

「!?」

「頬や額にするキスじゃないぞ。口と口のキスだ」

「!?!?」

「舌も入れる」

「!?!?!?!?!?!?!?」


 かつてない衝撃に、脳が揺れた。

 ワ、ワ、ワワワ……!

 キスするんですか!? しかも、し、し、し、舌を!?


 えっち! えっちです!

 デート、ヤバすぎる!

 俺の中で「友達と遊ぶ」が一瞬にしてオママゴトになってしまった。そりゃあデートとはレベルが違うわけだ。


「どどどどどどどうしてキスをするんだ? くっ、口と口で。舌、舌まで入れるなんてそんな。どうしてそんな事を?」

「こうやって顔を赤くして動揺する大利が見れるだけでキスをする価値はある」


 ヒヨリはニヤニヤ笑いながら嬉しそうに答えた。


 何ニヤニヤしてんだ余裕かましやがって! こっちは大変だよ!

 マッサージ失敗で落ち込んで、かと思ったらデートに誘われて。

 底まで下げられた後にドカンと引っ張り上げられて、もう俺の情緒はグチャグチャだ。


「あ、頭がおかしくなりそうだ。もう俺にはデートが分からない……!」

「難しく考えるな。想像してみろ。デートの最後にキスが待っていると知りながら一日一緒に遊ぶのを」

「!!! デートってすごいな……!」


 ヒヨリの分かりやすい総括に、さしものコミュ障大利も感服つかまつる。

 まだデートが始まってもいないのに、もうドキドキだ。

 言葉だけで人をこんなにドキドキさせるとは。

 青山ヒヨリ、魔性の女ッ!


 ヒヨリはデート日を一週間後に設定し(雨天決行・地震延期)、デートプランを俺に任せ、躍るような軽い足取りで帰っていった。

 俺にデート計画なんてできる訳がないからヒヨリに任せると言ったのだが、ヒヨリは大利に考えて欲しいと言った。「どんなに失敗してもいいからエスコートして欲しい」とまで言われたら折れるしかない。エスコートの定義を尋ねたらヒヨリの方が折れかかっていたが。


 正十二面体フラクタル製造より高難易度の問題を前に、俺は早々に単独解決を諦めた。

 古寺を訪ね、何かの肉塊をコネてせっせと生肉団子を作っていた蜘蛛の魔女に事情を説明し、助けを乞うと、しばらくの沈黙の後にまず褒められた。


「相談してくれてありがとう。大日向教授に行かなくて良かったよ……まだ私で良かった……」

「前に恋愛講義頼みに行こうとしたら止めたじゃないですか」


 おかげで未だに「こいびとってなあに?」がイマイチ理解できていない。しかし蜘蛛の魔女の要領を得ない説明によると、とにかくオコジョには恋愛全般の話題を避けた方が良いという事だったので、大人しく従っている。

 蜘蛛の魔女ほどのお方が言うならそうなのだろう。いずれ俺の恋愛スキルが伸びていけば、理由が理解できる時も来ると信じている。


「うん。私は一番マシな選択肢だと思うよ。でも、デートプランはできれば大利が自分一人で考えた方がいいかな……」

「いや、だから分かんないんですって」

「青の魔女は『失敗してもいいからエスコートして欲しい』って言ってたんでしょ? 分からなくていいんだよ……大利が青の魔女のために自分で考えないとダメ。私が口出ししたら、私が考えたデートプランになっちゃうでしょ……?」

「でも俺が一人で考えるとたぶんマジで悲惨ですよ」

「そうかな? 一応、参考に聞かせて。大利は今、どんなデートプランが良いと思ってるの?……」


 優しく聞かれて、一瞬考える。

 一人では手に負えない問題だと最初から決めつけ、素案すら持っていなかった。

 それはマズいか。

 うーん、そうだな……


「まずですね。二人で出かけるんで、二人とも楽しい時間にならないといけないと思うんですよ。どっちか一人だけが楽しむのは良くない」

「うん……」

「俺は魔法杖作るの楽しいですけど、ヒヨリはそれ見てても面白くないだろうし。ベストなのは『二人だからこそ楽しい』事をするデートだと思います」

「うん、うん。いいね……」

「だからヒヨリの甲2類魔物退治とかに俺が同行するのはどうかなと。協力プレイで強い魔物を倒すってアツくないですか?」

「なるほど。私が全面協力するからプラン練り直そう……」


 案の定、俺が全力を振り絞り考え抜いた至高のデートプランには何かしらの欠陥があったらしい。指南を頂けるようなので、有り難くお話を伺った。

 とはいえこれは本来俺が一人で考えるべきモノには違いない。蜘蛛の魔女がアイデアを出し、どのアイデアを採用するかを俺が決める、という形に決まった。それなら俺自身が考えたプランでありつつ、悲惨なデートにはならない。たぶん。良い折衷案だ。


 曰く、デートには色々あるが、非日常感のアクセントはあった方が無難だという話だった。「おうちデート」なる家でゆっくり過ごすデートもあるが、それではいつもとやる事が変わらないので却下した。ヒヨリが楽しくても俺がつまらん。

 すると、どこかに出かける事になる。


 俺は目ぼしいデートスポットを下見するため、蜘蛛の魔女の背に乗せてもらい散策に出た。

 散策に出て早々、自宅周辺NGは決まった。フヨウやモクタンの目があるのはよろしくないし、おうちデートみたいなものだから。

 朽ち果てた温泉旅館の温泉に入る温泉デートは、蜘蛛の魔女が難色を示した。デート終わりにキスをするレベルなら、温泉デートは早過ぎるだろうとの事。それはそう。


 俺を乗せ奥多摩の道を歩きながら、蜘蛛の魔女は思慮深げに言う。


「初デートなら午前に出かけて、ランチ食べて、午後にどこかに寄って、夕方に解散ぐらいが基本だと思うよ。でも、デートプランは目安だから。何かしたい事があれば、プランは変更して大丈夫……」

「ふむ。どこかに寄るって例えばどこですかね? 映画館……は無いのか」

「あるよ……」

「あるんですか!? 電気使えないのに!?」


 ぶったまげて確認するが、蜘蛛の魔女は頷いた。

 話によれば、「幻灯機(げんとうき)」というスライド映写機の原型にあたる機械を使った映画館が東京にあるらしい。ランプとレンズを使い、ガラスに描かれた絵を銀幕に拡大投影する方式で、音は声優や音響担当が拡声魔法を使いライブで流す。

 けっこう良いお値段がする娯楽だが、大抵の映画では投影魔法を使った立体シーンも織り込まれ、迫力があり人気なのだとか。

 めっちゃ面白そうだ。


「大利、周りに人いっぱいいるのダメでしょ? 私か青の魔女の名前出せば二人きりの上映会開いて貰えると思う。映画観るなら手配するから言ってね……」

「助かります」


 俺が基本的に人混みがダメなので、遊園地や魔物園(前時代の動物園に相当する)は却下。

 奥多摩を出て、青梅を散歩し、小腹が空いたところでランチ。近場でイベントを二人で過ごし、夕方頃に解散。

 こういうルートが良かろう、という方向で話がまとまり始める。

 流石蜘蛛さん、頼りになるぜ。俺一人だったら150%明後日の方向にすっ飛ぶデートプランになっていた。


 俺が散歩経路を厳選したいと言うと、蜘蛛の魔女は快く俺を背に乗せたまま青梅市に連れていってくれた。

 青梅市は典型的な前文明の残骸という感じで、鬱蒼とした深い森でありながら、木の根や倒木の間に塀や電柱の残骸が見える。このあたり丘になってるな、と思ったら、だいたいそこは崩れたマンションやデパートだ。

 基本は森に還った青梅市だが、旧青梅線沿いは街道とも獣道ともつかない道路が通っていて、多摩川沿いも開けている。散歩コースは二択だ。


 見晴らしのよい多摩川沿い河原コースをひとまず歩いてみる。

 奥多摩よりも河原の石が細かく砂利に近く、歩きやすい。見晴らしが良ければ風通しも良く、清々しい。土手にはノビルやムラサキノマイの小さな花も咲いていて季節感もある。青梅市以南の多摩川流域は迷いの霧が張られていないので日差しが燦々と照っていて、野草がどれも元気だ。

 ふーむ、悪くないのではなかろうか。


 とりあえず河原ルートを第一候補にして、他のルートも下見しよう、という話になったところで、俺は妙な生き物を発見した。

 奥多摩の川の中に、変な生き物がいた。

 河童っぽい生き物が、両手両足で巨大な怪魚を抱きかかえ、ばっちゃんばっちゃんと川面を跳ねている。


 え? 河童? マジで?

 いや、河童みたいな魔物であって河童ではないんだろうけど。

 いや河童か? 河童なのか? 河童は実在した……!?


「蜘蛛さん。そこ見えます? あそこ、その中州のあたり。なんか河童みたいなのいません?」

「河童……? あ、マモノくんさんだ……」

「マモノくんさん!?」


 俺の驚愕の声に驚いたのか、マモノくんさんと呼ばれた河童はホールドしていた怪魚を逃してしまった。ガックリと項垂れるのも束の間、俺達の方へずんずん歩いてくる。


 近づいてきて分かったが、河童ではなかった。

 河童の被り物をしている、水着の人間だ。

 いや人間か? 首のあたりに普通に切れ目が見えるから被り物だとは思うが、被り物のクオリティが高すぎて河童にしか見えない。

 素晴らしい造形、そしてフィット感の被り物。さぞや名のある職人による作とお見受けする……!


「なにやつ!? ただ者ではあるまい! 名を名乗れッ!」


 俺が身元を問うと、奇天烈な恰好の河童男は物凄く普通の成人男性の声で普通に答えた。


「あ、こんにちは。私はマモノくんと申します」

「マモノくん……マモノくんとは? それ本名ですか?」

「ソウルネームですね。あなたとは初めましてですよね? 私、日本魔物学会副会長を務めさせていただいております、マモノくんです。どうぞ、気軽に『マモノくん』とお呼び下さい。

 ところで蜘蛛の魔女様、御無沙汰しております。ここで会ったのも何かの御縁。奥多摩に生息する魔物調査について是非再考頂きたく思うのですが?」


 怪しさ満点の河童男は怪しいのか真っ当なのか分からない名乗りを上げると、そのまま普通に蜘蛛の魔女と話し始めた。


 なんだこの河童!? 今の説明だけじゃ状況吞み込み切れないって。

 もう少し詳しい説明をくれないか!

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― 新着の感想 ―
初デートでモンハンはじめるのはサスガになぁw あと、個人的な希望なのですけれども次のエイプリルフールネタで蜘蛛さんルートオナシャス
大利にはデートがわからぬ。大利は、杖の職人である。グレムリンを削り、火蜥蜴と遊んで暮して来た。けれどもえっちに対しては、人一倍に敏感であった。
嘘やろ…アラフォー(多分)でこんなウブいことある…?w
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