97 グランドクエスト開示
80年が経つと思いもよらなかった物が変わっている。中でも国民の祝日が変わっていたのはちょっと面白い。
例えば、2月6日は日本にアメリカ使節(黒船)がやってきた日だ。
日米国交再開10周年を記念する式典が開かれた時、2月6日は「友好の日」として国民の祝日に設定された。
一方で元々5月3日だった憲法記念日は、グレムリン災害後の新憲法施行の日付に合わせ、5月21日に変更されている。
だから今日は祝日だ。
なお、確定祝日三連休が崩れた事により、ゴールデンウィークは死語になってしまい、現代っ子は知らない。悲しい。
俺は自営業者だから、好きな時に仕事をして、好きな時に休める。
祝日は関係ないのだが、なんとなく休もうかな~という気分にはなる。
そんな俺ののんびりムードとは裏腹に、ヒヨリはここ数日新型キュアノスに慣れるために毎日河原で頭から湯気を出しながら頑張っている。
俺には魔力コントロールの感覚が分からんが、今までモールス信号で操作していたのに、急にキーボード操作を要求されたような難易度差があるらしい。
80年かけて旧型キュアノスの無詠唱機構に慣れ切ったヒヨリは超絶爆速でモールス信号を打てる。が、キーボード操作に関してはド素人で、ローマ字が理解できているからローマ字入力は可能なのだが、指一本でカタ……カタ……カ……タ……とタイピングするような激遅入力になっている。
つまり、旧型キュアノスを使っていた時と比べ無詠唱魔法発動速度がガクンと落ちてしまった。
ヒヨリはこれを深刻な問題と考え、少しでも早く新型キュアノスに慣れ、無詠唱魔法発動速度を上げるために頑張り中というわけだ。
いまは一時的に入力速度が下がってしまっているが、世界最速モールス入力より高速キーボード入力の方が入力が速い。慣れさえすれば革新的なパワーアップになるだろう。ヒヨリには頑張って欲しい。
本人の慣れの問題なので、俺には何もアドバイスはできない。
しかし応援はできる。
俺は賢いので、ヒヨリに「応援したい。ヒヨリが休憩する時に食べるオヤツ作りたいけど、好きな食い物あるか?」と聞き、チョコムースが好きだという情報を得る事に成功した。逆に今までヒヨリが好きな食べ物を何一つ知らなかったの、無知過ぎるな。まあこれから知っていけばいいんだけども。
80年前は同じ量の魔法合金より貴重だったチョコレートも、現代では高価だが普通に買えるようになっている。
俺は三時のオヤツの時間帯にあわせ濃厚なめらかチョコムースケーキをワンホール作り、物欲しそうなモクタンに後で丸コゲフルーツケーキを作ってやると約束し、配達に出た。どうも、ウーバー大利です。
俺の家からヒヨリが練習している河原までは徒歩三分ぐらいなのだが、家を出た途端に茂みに半分身を隠したでっけぇ蜘蛛さんを見つけてニッコリしてしまった。
お久しぶりですねぇ! 元気してました?
「こんにちは、蜘蛛の魔女さん。しばらく見ない内に大きくなりましたね! 成長期ですか?」
「ううっ……お、大利。久しぶり……」
俺が声をかけると、蜘蛛の魔女はモジモジしながら全然隠れられていなかった茂みから出てその雄大な御姿の全容を見せてくれた。
蜘蛛の魔女は前よりも二回りぐらいデカくなっていて、それだけでテンションが上がる。蜘蛛とビーバーはどんだけデカくたっていいですからね。昔ネットで見た全長100mのビーバーがジブラルタル海峡にダムを作る漫画は面白かったな。蜘蛛の魔女さんも是非全長100mぐらいを目指して欲しい。
「死んでる間色々してもらったみたいで、ありがとうございました。今からヒヨリにケーキ届けに行くところなんですよ。一緒に来ます?」
「う……あ、あの……えっと……ご、ごめんね大利。私が……私が入間に操られたせいで大利は……しっ、しっ、死んで……!」
「あ、大丈夫です生き返ったんで。で、ヒヨリは河原にいるんですけど、どうします? 蜘蛛の魔女さんってヒヨリに会うの苦手でしたっけ?」
普通に尋ねたはずなのだが、蜘蛛の魔女さんは七つの複眼からポロポロと涙を流し始めた。
予想外過ぎてビビる。なんで!? ヒヨリに会うの泣くほど嫌!?
そんな嫌いだったっけ!? ヤバいヤバい! 失言したっぽい!
「す、すみません。そんなにヒヨリが苦手だとは」
「ごめん。ごめんね……ちがうの。大利があんまりいつも通りだから。いつも通りにしてくれるから……私のせいなのに……」
「は、はあ……?」
グズりながら泣いている理由を教えてくれるが、教わってもなお涙の理由を理解できなくて首を傾げる。
うーん、つまりアレか? 俺がいつも通りで良かったって話だろ。復活バグが怖かったって事?
ゾンビ魔法とかあるしな。俺も蜘蛛さんが死んで生き返ってアーウー呻く知性の無いゾンビになってしまったら泣くかも知れん。それが怖くて泣いたというなら理解可能だ。なるほどね。
「この通り健康なんで大丈夫です。脱影病の予防接種もしましたし。ピンピンしてますよ。すみませんね御心配おかけしちゃって」
「うん……うん……良かった。本当に良かったよ……」
蜘蛛の魔女はしばらく泣いていたが、やがて泣くだけ泣いてスッキリした様子だった。改めて話を振ると、ヒヨリの応援についてくると言ったので、背中に乗せてもらって河原に下りる。デッカくなった蜘蛛さんは背中の大棘も巨大化し、背もたれとして安心感がある。
騎乗用の鞍とか作ったらつけてくれるかな? いやそんな露骨に乗り物扱いは侮辱になるか? それとも服を着る感じで普通に装備してくれるだろうか。むむむ、分からん。
河原に下りた蜘蛛ライダー大利を見たヒヨリはトレーニングを中断し、蜘蛛の魔女に微笑みかけた。
「勇気を出せたか」
「うん。やっぱりもう一度話せて嬉しい。背中を押してくれてありがとう……」
「こちらこそ。ずっと大利を守ってくれてありがとう」
二人は言葉を交わし、和やかな空気を出す。
むむ? 何やらほんわかフワフワした空気だ。さては蜘蛛の魔女とヒヨリは仲が良いな?
俺にもこういう機微が分かるようになってきた。我ながら己の社交性の急成長が恐ろしいぜ。
「そうだ。蜘蛛さんも一緒にケーキ食べます? ヒヨリのために作ったんですけど、ワンホールはデカいし」
「ん゛っ……私は遠慮するよ……二人だけで食べてね……」
「あー、そっか肉食か」
蜘蛛さんは一瞬ヒヨリの方を見て、奥ゆかしく遠慮した。残念だ。今度は蜘蛛さんも一緒に食べられるケーキを作ろう。ミートケーキ? いやミートパイかな。
ヒヨリと一緒にチョコムースケーキを食べていると、話題は蘇生魔法になった。
俺はまさにこの河原のこの場所で死に、この場所で生き返ったのだ。なんとなーく復活の呪文は聞き覚えているのだが、結局どういう魔法だったのだろう? 入間みたいに魔法解除魔法喰らうと即死する疑似復活とかではないんだよな?
今更過ぎる不安を覚えて聞くと、ヒヨリはホールケーキをフォークで切り崩しながら「大丈夫だ」と太鼓判を押してくれた。
「大利は完全に蘇生している。治癒魔法が通るし、魔法解除魔法を受けても何も起きない。蘇生魔法の使い手は同じ相手を二度蘇生した事があると言っていたが、それも問題無かったそうだ」
「ほう。じゃ、死にたい放題なのか」
「…………。大利が自分の死をあまり重要視していないのは知っている。だが、私や蜘蛛の魔女もそうだとは思うな」
「え。それは、ごめん?」
「気を付けろ。あと、蘇生魔法にも制約はある」
話によれば、蘇生魔法はまず魔力消費がデカい。
が、超越者であれば賄える。
問題は追加コストにあった。
吸血の自己強化魔法は、魔力の他に血を追加コストとして消費する。
さざれ石のゴーレム魔法の追加コストはグレムリンだ。
そして蘇生魔法の追加コストは幽霊グレムリンだった。
だいたい乙類最上位から甲類ぐらいの幽霊系魔物を除霊魔法で倒す事によって得られる、大粒の幽霊グレムリン。それを消費して初めて、蘇生魔法は効果を発揮する。
木端幽霊の小粒幽霊グレムリンでは、魔力が十分に高まりきらず不発してしまうのだとか。
通常のグレムリンは魔獣を利用した肥育・量産法が確立しているのだが、幽霊系の魔物は調教も養殖もできていない。入手は自然発生天然モノに限られ、しかも大粒でなければ意味がない。
俺の蘇生には少なからぬコストがかかっていたのだ。
す、すまん。気軽に死に放題じゃん! とか言って。蘇生ってお高いんですね。
「じゃあ、蘇生魔法を習う時に対価払うの約束したってのは幽霊グレムリンを納品しますって話なのか。なるほど」
「あー……いや……」
以前聞いた話が腑に落ち納得したのだが、ヒヨリは言葉を濁した。
あれっ。違う? そうじゃないんですか?
ヒヨリはしばらく視線を彷徨わせていたが、やがて観念したように言った。
「蘇生魔法の使い手はルーシ王国の魔女だ。蘇生魔法を習う対価として、私はクォデネンツの調査を約束した」
「何がなんて?」
「ルーシ王国は旧ロシア領の国だね。かなり閉鎖的な内陸国。人口は60万人とかだったかな……クォデネンツは私も初耳……」
物知り蜘蛛さんが補足してくれるが、その蜘蛛さんでも知らない言葉が混ざっているようだ。じゃ、分かんねぇよ。
ヒヨリ! 説明!
俺と蜘蛛の魔女が目で続きを促すと、ヒヨリは後ろめたそうに渋々話した。
「今から話す内容はあまり言いふらすなよ?
ルーシ王国にはクォデネンツと呼ばれるアーティファクトがある。王国は、グレムリン災害以降クォデネンツを中心にして栄えた。
クォデネンツは現地語で『魔剣』のような意味の言葉なんだが、私が見た限りではむしろ槍か杖のように感じたな。クォデネンツはシャンタク座流星群が降り注いだあの夜に空から降ってきて、ロシアの大地に突き刺さった。
クォデネンツは周囲半径約10kmに不可知の防衛圏を形成している。この防衛圏内に侵入した魔物や魔人は塵になる。魔法的死だ。例外は無い。対空迎撃もする。
超越者は通れるから、防衛圏内には人間と超越者しかいない。魔物が侵入せず、内部で発生する事もない、安全地帯だ」
「すっげ。ヤバくね? オクタメテオライトの上位互換じゃん」
推論に過ぎないが、オクタメテオライトも御健在であらせられた時は奥多摩に魔物防御結界みたいなやつを張ってくれていたらしい。丙類程度の雑魚魔物は素通しだったし、火蜥蜴やフヨウもスルーだったから、謎基準の割とユルい防衛圏だった。
それでも、そのおかげで俺はグレムリン災害初期に当然襲ってくるはずだった強力な魔物に襲われず生き残る事ができている。
クォデネンツはオクタメテオライトより更に厳しく強力に魔物を弾き出している。強い。
「そうだな。防衛範囲はオクタメテオライトと同程度のようだが、上位互換と考えて良い。クォデネンツの存在は国家機密だ。私もルーシ王国の危機を救ってようやく存在を明かされたぐらいだ。
その国家機密であり、国家の根幹でもあるクォデネンツに数年前から異変が起きている。
クォデネンツは極めて高度な魔法技術の結晶だ。尋常の手段では解析できない。そこで、私は蘇生魔法を習う代わりに魔王グレムリンを解析してのけた稀代の職人0933をルーシ王国に連れて行き、異変の原因を突き止めさせると約束した」
ヒヨリは言葉を結び。沈黙した。
俺と蜘蛛の魔女も黙り込む。
えーと?
話をまとめると、そのルーシ王国とやらに、オクタメテオライトと魔王グレムリンを合体させたような、ヤバいアーティファクトがあると。
で、俺は生き返らせてもらったお礼にそれを解析しなければならん、と。
こういう事で合ってますかね。
俺は挙手して質問した。
「クォデネンツを奥多摩に持ってきてもらう事はできんのか? それが一番楽なんだけど」
魔王グレムリンだってお取り寄せして解析したんだからさ。
クォデネンツくんもお取り寄せしたい。かなり興味をそそられるし。
俺の質問、というか頼みに、ヒヨリは首を横に振った。
「無理だ。国家機密だぞ? そもそも動かそうとしても動かせないし、動かせたとしても、クォデネンツに護られている60万の民までは動かせない」
「あー……」
確かに。クォデネンツを奥多摩に郵送できてしまった場合、ルーシ王国の護りがガバガバになって死ぬのか。そりゃダメだな。
俺が納得する横で、蜘蛛の魔女も前脚で挙手して質問した。
「こんなにのんびりしてて大丈夫なの……? 異変起きてるんでしょ? 急いでルーシ王国に行かなきゃいけないんじゃ……」
「80年間死んでいた人間の蘇生は前例が無い。蘇生後の静養と、0933の説得のため、という名目で三年間の猶予を取り付けている。
異変は昨日今日始まったものではない。原因が分からないし、異変を放置すると何が起きるか不明だが、一ヵ月二ヵ月待たせてどうにかなるほど事態の進行は速くないんだ」
「なるほど……」
蜘蛛の魔女も頷き納得した。
ふむ。
クォデネンツは聞いた感じだいぶ面白そうだし、高度な魔法技術の結晶だというなら、魔王グレムリンのようにリバースエンジニアリングによって得られる技術もデカいだろう。是非、調べに行きたい。
幸い急ぐ必要は無いという話だし、東京でしばらくのんびりして、東京で得られる物を得られるだけ得てから改めてヒヨリに誰にも会わずルーシ王国まで遠征する方法を考えてもらえば良さそうだ。
「オッケー。まだしばらく東京にいるけど、やる事やりたい事済ませたらルーシ王国行こうぜ」
「いいのか? 私はてっきり大利は奥多摩を離れたくないのかと……」
「ただの旅行なんだろ? 永遠に帰って来れないわけじゃないんなら気にしない」
俺の答えにヒヨリは安心した様子だった。
俺は引きこもり生活しがちだけど、外出だってできるからな?
散歩するし、外で畑仕事するし、山に入ったり釣りをしたりもする。
そもそも地元愛知から奥多摩に単身上京引っ越しするぐらいには土地移動に忌避感はない。国外旅行も全然OKです。ヒヨリがなるべく人に会わないようにエスコートしてくれれば。
「で、そのクォデネンツってどんなヤツ? 魔剣だの杖だの槍だの言ってたけど。高度な魔法技術の結晶なんだろ?」
興味本位で聞くと、ヒヨリは思い出し思い出し答えた。
「杖で例えると、コアと柄の上半分が地上に突き出して、下半分が地面に突き刺さり根を生やしているような感じだな。現地の学者曰く、コアの形状は……なんだったかな? そうだ。正二十四胞体だそうだ」
「ワッツ? 正二十四胞体? マジで言ってんの!?」
とんでもない単語を聞き、俺はぶったまげてのけぞった。
それ四次元幾何学構造じゃねーかァ!!!!!!
おいっ! どうなってんだよ!
四次元構造!?
魔王グレムリンは三次元構造ですけど!?
クォデネンツは魔王グレムリンより次元が上って事!? 文字通り!
「ヤバ過ぎる。解析できるか自信無くなってきた」
「そ、そんなになのか? しかし大利が解析できないなら他の誰にもできないだろう」
「いやそんな事は……あるな? じゃあ俺がやるしかないか」
魔王グレムリンこそ魔法技術の極みだとばかり思っていたが、上には上がいるものだ。
ルーシ王国行きが俄然楽しみになってきた。
しかしまずは足場固め。クォデネンツが魔王グレムリンの上位技術ならば、せめて魔王グレムリンの分解を完了させなければクォデネンツには手も足も出なさそうだ。
いやはや、世界は広い。
なんか0933の超技術にビビっているという世の職人や技術者、学者の気持ちが分かった気がする。こんな感覚なんだな。
でもビビらされたのには腹立つから、山上氏をイジってスッキリしよう。
新作の幾何学立体グレムリン、シェルピンスキー二十面体を山上氏に送りつけちゃうぜ。前回の正十二面体フラクタル5個ですら腰抜かして立てなくなったって話だから、今度は失神を狙いたい。
クォデネンツが俺をビビらせ、俺は山上氏をビビらせる。完璧な流れだな。ヨシ!





