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 公共の電波に乗せられないレベルのドスケベ発言をかまされ、なんと言えば良いのか分からず絶句していると、ハッと気付いたヒヨリから慌てて修正が入った。


「いやっ、違う! いや違わないか? いや違う! セッ、あの、そういうお誘いでは無いからな!? ほら、継火に騙されて放火させられてこんな事になった訳だろう? だから本当に汚れた思い出を大利と一緒に放火して塗り潰して欲しいだけで、大利の子供が欲しいとかそういう意味では。まだ、そういうのはまだ早い……!」

「お、ああ。そっ、そうだな?」


 必死の弁明で逆にマジっぽさが出てしまっている気がするが、とりあえず納得して頷く。彼氏彼女になってからまだ一日も経ってない。キスもデートもまだなのに一気に交尾は流石に野生動物だ。

 そうだよな、ただ放火するだけだよな。他意のないただの放火だ。

 ……他意の無いただの放火は単なる犯罪では?


 混乱してきた。

 継火! お前が俺の脳内辞書の「放火」に変な意味追加するからだぞ! 俺の記憶を汚すなバカ!


「えーと、一緒に放火するのは良いんだけどさぁ」

「よ、良くないですっ! こんな真昼間から、白昼堂々と卑猥な……!」

「黙れ、卑猥の魔女」


 口を挟もうとした継火はヒヨリの言葉の槍に貫かれ、一瞬で萎れて煤けた。せっかく再点火したのにもう灰になりそうだ。こうはなりたくない。


「話続けるな? 実際さあ、一緒に放火するのは良いんだけどちょっと危ないよな。また火蜥蜴生まれるかも知れないし」

「生まれないだろう。放火で子供ができるのは継火の種族の特性だ。私と大利には関係ない」

「いや分からんぜ。卑猥の魔女が『まさか子供なんて出来ないだろう』でタカくくってヒヨリに手を出した結果が今日の修羅場だぞ」

「む……」


 燦然と輝く悪例を前に、ヒヨリは考え込んだ。

 そう、魔女の生態は複雑怪奇。キスしたら赤ちゃんできましたとか、コウノトリが赤ちゃんを配達してきましたとか、そんな子供騙しのヨタ話が笑えない。


「俺は火蜥蜴グレムリンを手の甲に埋め込んでる。ヒヨリは魔女だ。一緒に放火して火蜥蜴が生まれる可能性はある。それは避けたい。結婚もしてないのに子供なんて無責任すぎる」

「確かにそうだ。一時の感情に身を任せて子供ができかねない事をするなんて、誰にとっても不誠実だ。なぁ継火、お前もそう思うだろう?」

「はぁっ、はぁっ……! ぅぅ……思います……!」


 黙れと言われたり同意を強制されたり忙しい魔女だ。過呼吸起こしかけてるぜこいつ。

 でも全然可哀想じゃない。もっと反省しろお前は!


「でもさ、継火に汚された記憶を消したい気持ちも分かる。実際にヤられたヒヨリとは比べ物にならんだろうけど、俺も脳内辞書の「放火」の欄に汚い落書きされたし。

 だから……うーん。そうだな、今度一緒にケーキの蝋燭に火を点けるとかどうだ? 蝋燭を二本ケーキに差してさあ、俺が一本、ヒヨリがもう一本に火を点ける。これなら火が混ざらないから放火ックスにはならないし、でも一緒に放火するようなもんだろ」

「誕生日ケーキのようなものか。ふむ、放火とは違う気がするが……」

「いや誕生日じゃなくて記念日な。そろそろ86周年だろ? それに合わせよう」

「? …………!? 大利、お前……!」


 ヒヨリは数拍置いて理解し、感激して抱きついてきた。

 俺とヒヨリが初めて出会ったのは2025年4月13日。

 今日は2111年4月8日だから、もうすぐ86周年になる。

 まあ俺の感覚だと先月六周年記念プレゼントしたばかりだけど、ヒヨリにとっては80年ぶりだ。

 毎年祝えなくてスマンかった。でも死んでたし勘弁してくれ。今年は俺がケーキ作るから一緒に食おうぜ!


 ヒヨリに頭をグリグリ押し付けられほんわかフワフワした気持ちになっていると、継火がまるで12ラウンドかけて丹念に全身ボコボコにされて負けたボクサーのように燃え尽きた灰と化していた。書斎の文机の脚に背を預け、魂が抜けている。


 気が済むまで長々と俺を抱擁したヒヨリは、かなり落ち着いた。大騒ぎだった修羅場は終わり、事後処理に入る。

 ヒヨリは四代目火継の魔女を呼び、事の発端と顛末について丁寧に話した。


 全てを聞いた火継の魔女は開封された古びた封書を継火に突きつけ(大昔に俺が書いたヤツだ)、内容通りに継火をヒヨリに土下座させた後、いくらか気が済んだ様子で修羅場の後始末を手伝ってくれた。


 俺を除いたメンバーでの話し合いの結果、三匹の火蜥蜴の親権は大利賢師が得る事で満場一致の同意が得られた。

 そもそも俺が制止しなければ、ヒヨリが火蜥蜴たちを野良魔物だと思って殺してしまっていた。何も知らないヒヨリが娘殺しをしてしまう恐ろしい未来もあり得たわけで、実母のヒヨリと実母の継火から改めて俺への感謝の言葉があった。


 これでセキタンのフルネームは「大利・セキタン・エライゾ」になる。

 たぶんあとの二人は「大利・ツバキ・スゴイゾ」と「大利・モクタン・カワイーナ」あたりかな。長旅に出たツバキの自認は分からんが、家に帰ったらモクタンが自分のフルネームをどう認識しているか聞いてみよう。


 ヒヨリは今まで火蜥蜴たちを友人のペットだと思って接していた。

 今更母親として名乗り出るのは本当に余りにも今更すぎ、火蜥蜴たちにとって迷惑にしかならない、という考えの下、血縁関係は秘密になった。要するに、ヒヨリは今まで通り火蜥蜴たちを可愛がる。


 継火はヒヨリが申し付けた通り、これから影に日向に火蜥蜴たちを支え助けて生きていく事になった。火継一族のお屋敷での滞在許可が降り、当面の間は東京にいるセキタンとモクタンへの種族的教育指導を行う。

 継火の魔女は、グレムリン災害以降かなり苦労して炎のコントロールを身に付けた。その知見の伝授は羽化したばかりの火蜥蜴たちにとって非常に役立つものになるだろう。種族特有の感覚を含む性教育も折を見て継火が行う。

 いずれはツバキの足取りを追い、ツバキにも指導を行う。

 ヒヨリと同じく、三匹に血縁関係は明かさない。


 御先祖様の醜聞が暴露され大騒ぎだった四代目火継の魔女からは、継承権や相続権の話が出た。

 工業地帯のど真ん中にあるクソデカいお屋敷と大勢の使用人から薄々分かっていた事だが、火継一族はエゲツない大富豪だった。財産や権利の問題は非常に重要だ。


 火継一族……日森家は、品川区一帯の工場の利権を殆ど全て手中にしており、その莫大な資産は国内総生産(GDP)の2.4%に及ぶ。

 数字としてはピンと来ないが、要するに前時代における石油王、あるいは不動産王と考えればいい。ただの成金や小金持ちとは格が違う、世界的影響力を持つホンモノだ。


 家業は金属加工業。古くは前時代の役に立たない金属遺物を鋳潰し、時代に適した新製品に作り変える事業が主だった。

 しかし、魔法文字の伝来により、魔法合金製造業を担うようになり事業は拡大。

 深淵金(アビスゴールド)真空銀(ホロウシルバー)といった魔法金属が発明されると、その製造も担い、凄まじい利益を上げるようになる。

 企業買収や竜の魔女との提携などにより、鉱山採掘から金属精製、加工、製品化、販売までのルートを一本化したり、魔法大学への出資や独自の研究開発機関への投資も怠らない。

 近年では琵琶湖で行われている石油生産プランクトンプラントで技術革新があり、石油産出量が増加した事により、蒸気機関の運用ハードルが低下。これを受け、蒸気機関の生産と運用に力を入れている他、石油プラントの買収計画も持ち上がっていて、ますますの大躍進が期待されている。


 80年前、火継の魔女は超越者でも無いのに血縁関係と特殊な魔法杖のお陰で東京魔女集会の末席に加わった魔術師の一人に過ぎなかった。

 しかし現在では並の超越者より遥かに高い影響力を持つ、世界的大富豪なのだ。凄すぎる。


 そしてだからこそ、継火の魔女が起こした修羅場は一族の屋台骨を揺らがせかねない激ヤバ大騒動だった。

 俺やヒヨリにとってはドロドロした昼ドラだったが、火継一族にとってはリーマンショック。青の魔女との関係劣悪化と醜聞の流布は一族の系列企業に甚大なダメージを与え、大量の失業者を生み、誰も幸せにならない業界のバランス崩壊を引き起こす可能性があった。

 もちろん、尊敬していた先祖がしでかしていた放火ックスに胃を痛め失望したショックも大きかっただろうが、何万人もの系列社員を危うく路頭に迷わせるところだったという心痛は察するに余りある。

 俺だったらストレスでもう一回死んでるな。今回の大騒動の一番の被害者は火継の魔女だ。


 火継の魔女からの説明と頼みにより、ツバキ、セキタン、モクタンの三名は火継一族に関係する利権の全てを持たない事とされた。

 本人たちに説明しないのは申し訳ない。だが、あいつらは可愛さと賢さをトレードしてしまっている。幼い頃からエリート教育を受け育ってきた火継一族の一員に組み込まれても困るだけだろう。

 ただ、利権放棄の代わりに、火継一族は魔人支援協会を新設。三人娘の暮らしを手厚く支援する事を約束した。

 義務を伴う大きな権利を持ち生きるより、適度なサポートを貰いながら好きに生きる方がきっと三匹に合っている。養子とはいえ大利家の子だし。


 最後に継火の魔女に関してだが、こちらは初代の遺言で「継火の魔女が復活次第、彼女を発端として一族が得た全ての権利を譲り渡す(返却する)」事になっている。義理堅い妹さんだ。

 まあ、グレムリン災害初期には姉のお陰で命が助かり、姉が魔女集会の重鎮だったお陰で不自由無い暮らしを送り、姉の残した遺産と太いパイプのお陰で封印後も非常に助けられたという話だ。尊敬し、尊重するのは当然なのかも知れない。

 うーん、継火の魔女と卑猥の魔女が同一人物というのはちょっと信じ難いな。晩節を汚さなければ清廉な偉人だったのに……


 その清廉な偉人になり損ねた継火の魔女は、四代目火継の魔女への全権信任を宣言した。

 実妹の想いを汲み、譲られた権利をしっかり受け取る。その上で、再び権利を信じて預ける。

 受け取って、渡したわけだから、権利の所在は結局何も変わらない。だが外面のためにも必要な手続きだったようだ。


 グレムリン災害後の動乱を切り抜け産業の基盤を作ってみせた経歴は本物で、継火は俺には理解できない細々とした取り決めを火継と交していった。

 80年後の言葉について時折質問しながら書類に目を通していく継火の魔女の姿は如何にも生真面目で誠実そうで、ほんの一時間前の醜態とは似ても似つかない。

 これからはずっとその猫被りモードでいて欲しい。

 今度やらかしたら封印装置じゃなくて去勢装置を作るハメになるかも知れない。頼むぞ、本当に。


 継火と火継の話はまだまだ長引きそうだったので、俺とヒヨリは一言断ってお暇した。

 執事っぽい人からお土産に貰った軽食のサンドイッチを食べながら、夕暮れの街を奥多摩に戻る。


 目の回るようなハードな一日だった。


 生き返り。

 80年の時の流れを知り。

 ヒヨリが彼女になって。

 モクタンが羽化し。

 継火の魔女の封印を解き。

 修羅場を繰り広げ……


 しかし、最後にはどうにか丸く収まった。丸く収まって良かったよ、マジで。今日はもう疲れた。ヘトヘトだ。


「大利、帰ったらどうする? 風呂に入るか? 先に夕食か? それとも、」

「寝るッ! すぐ寝る。俺の体感さぁ、ゾンビパニック事件から24時間経って無いんだよな。体の使えるエネルギー全部使った気がする」


 激動の一日ってレベルじゃねぇよ。

 ヒヨリ目線だと入間騒動から80年の長すぎるインターバルがあった訳だけど、俺目線だと入間騒動から間髪入れず継火の修羅場だ。

 両方深刻な事件だったが、温度差で風邪引きそう。どっぷり休ませてくれ。本当に疲れた。


「……すまない。生き返ったばかりなのに引き回してしまった」

「正直明日にして欲しかった。でも悪いのは全部継火だからヒヨリは気にしなくていい。一気に時代感に慣れたし、悪い事ばっかりでも無かったさ」


 今日帰ったらたっぷり寝て休んで。

 蜘蛛の魔女と大日向教授に会うのはその後だ。


 ヒヨリは80年経っても変わっていない。

 品川はガラリと変わっていた。

 蜘蛛さんとオコジョはどうだろうか?


 会うのが楽しみであり、ちょっと尻込みしてしまう部分もあり。

 何にせよ、時の流れの結果は会えば分かるだろう。

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魔法合金製造業とかいうロマンワード好き。魔法が文明に根差している感がすごい。
作者さんが前章の最後の方の返信欄に書いてたストレス管理 これって今の流行りの作品に共通の要素だと思った 前章最後の方のようなストレス展開が長続きしてたらここまで辿り着けなかったかもしれない そう言う意…
「俺も脳内辞書の「放火」の欄に汚い落書きされたし。」 ここ思春期中学生が辞書にイタズラでS⚪︎xのところに線引くところを感じられて草
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