09 正十二面体フラクタル型魔法杖アレイスター
大日向教授の90分に渡る魔法語講義により、俺は魔法語の基礎知識を学んだ。
発音記号の暗記や文法、修辞などまでは頭がこんがらがってしまいそうで一息には覚えられなかったが、基本は押さえられたと教授に太鼓判をもらった。優秀な生徒と褒められて悪い気はしない。
色々と学ばせてもらったが、「安全音」を修得できたのは分かりやすくデカい。
安全音というのは、研究の中で魔法を暴発させがちな魔法語学者が考案したセーフティーシステムだ。
魔法語は日本語と発音が全然違うから、日常会話の中でウッカリ魔法を唱え暴発させる危険性はない。しかし、日常的に魔法語を話す魔法語学者は別だ。他の魔法語学者と魔法語について話す中で、誤って魔法を暴発させてしまう危険が大きい。
「凍れ系統について相談したい事が」などと言い出した瞬間に冷凍ビームが暴発したりしたら危なっかしくて仕方ない。
だから、魔法語学者は魔法語を喋る時、文の先頭に必ず短い擦過音をつける癖をつけている。
この擦過音は現状把握されている魔法語では一切使われていない音であり、魔法語に存在しない発音だと目されている。
従って、この擦過音を魔法語に混ぜ込む事により、魔法語は不適切発音になり、必ず魔法が不発する。
魔法語の暴発を防止するための、安全装置音。だから「安全音」。
安全音は聞き取り難く短く小さな音なので、よっぽど注意深く聞かないと雑音として聞き逃す。安全音をつけて喋っても会話に支障は出ない。
魔女や魔法使いには無用の安全音だが、俺達のような一般人にはとても役立つ。
魔法語学者が編み出した立派な研究成果の一つと言えるだろう。
まあもっとも、迂回詠唱や改造詠唱の実験の時には魔法を発動させる必要があり、安全音をつけて不発にするわけにはいかないから、安全音を覚えたところで魔法語学者はやっぱり致命的事故から逃げられない。
魔法語学者が詠唱事故から身を守るためには、もっと根本的な対策や新手法が必要だ。
講義を終えて喋り疲れたオコジョ教授に小皿に注いだ缶ジュースを出し、俺も休憩に入る。久しぶりにゴリゴリに脳みそ使ってくたびれたぜ。
トイレ(ぼっとん便所)に行って作業室に戻ろうとすると、書斎から青の魔女が顔を覗かせ呼び止めてきた。
「大利。講義は終わったか」
「終わった。これ以上教えてもらっても今日はもう覚えらんなさそうだし」
「じゃあちょっとこっちに。相談がある」
手招きされるがまま書斎に入ると、青の魔女は言いにくそうに仮面から零れる髪を弄りながらモソモソ言った。
「実はだな」
「ああ」
「そのー、言いにくいんだが」
「ああ」
「怒らないで聞いて欲しい……」
「その言葉で怒りそうだ。はよ言え。コミュ障枠は俺一人で間に合ってるぞ」
促すと、青の魔女はやっと話し始めた。
「実は空手形を切ってしまって。いやハッキリ明言したわけではなくて、方法を考えておくとボカしはしたんだが。要するに、今回の魔法語講義の対価として、日本の、少なくとも東京周辺一帯の食料問題を解決しなければならなくなったんだ」
「何言ってんだお前」
どういう話の流れだよ、それは。
なにをどうすればそうなる?
まるで意味が分からんぞ。
詳しく話を聞くと、どうやら魔女集会で政治的取引があったらしい。
大日向教授を保護している未来視の魔法使いが実は食料問題担当大臣で、部下を貸し出す代わりにウチが抱えてる食糧増産プロジェクトを手伝え、みたいな。
いかに現在の日本が深刻な食糧危機にあるかという話を長々とされたが、まとめるとそういう事だ。
「青の魔女が約束したんだろ。そっちでなんとかしてくれよ」
「私は農業について詳しくないんだ。小学校でアサガオを育てた経験しかない。大利は家庭菜園と田んぼをやっているだろう?」
「いや個人のガーデニングと国策規模の農業問題を一緒にすんな」
「でも私よりは詳しい。大利はキュアノスを作っただろう? 農業革命を起こすような魔法杖を作れないか?」
「ざけんな。無茶ぶりが過ぎる」
言いながら考える。
キュアノスを未来視の魔法使いに貸して超増幅豊穣魔法をブッ放させれば済む話だが、そのへんは入間の魔法使いが極悪大惨事な前例を残しているらしく、その二の舞になる危険を考えると絶対に貸せないと言う。
まあ、俺はその未来視の魔法使いがどんなヤツか全然知らんしな。
青の魔女が「信じたいが、信じ切れない」と言うならそうなのだろう。
「お前がキュアノス持って全国津々浦々豊穣魔法施し巡りすればいいだろ? ……ああ、青梅から動きたくないのか」
青の魔女が答える前に自分で納得した。
ほなキュアノス使ってどうにかするのは無理か。オクタメテオライトについても同じ事が言える。
「人海戦術はどうだ? こんな事もあろうかってワケじゃあないけど、暇つぶしに作ったグレムリン製の汎用二層型魔法杖が300本ぐらい倉庫に眠ってる。その豊穣魔法をパンピーに教えて、300人がかりでチマチマ豊穣魔法をかけて回れば」
「人海戦術はできない。豊穣魔法は発音不可音を含む。魔女と魔法使いにしか使えない」
「マジか~! いや待て、大日向教授がそういう研究してるって言ってたぞ。発音不可音を迂回して、人間でも唱えられる呪文に改造する研究だ!」
指を鳴らして青の魔女を指す。
頭の中で情報が繋がった。なるほどね。大日向教授の「すぐ実利に繋がる研究をしてる」って言ってたのはそういう事か。
なーんだ、ほっといても大日向教授が問題解決してくれるじゃん! と安心したのもつかの間、青の魔女は重々しく首を横に振った。
「このままでは間違いなく、研究完成前に慧ちゃんは死んでしまう。詠唱実験の死亡事故率が高すぎるんだ。なんとか説得して実験を辞めさせるつもりでいるけど、そうすると魔法語研究者が誰もいなくなる」
「あー、死にまくって今は一人しか残ってないんだっけか。新規採用しろよ」
「魔法語研究者は殉職率九割超え。警備隊より死亡率が高い。人員募集はしているというが、誰も集まらん」
出す案を全て否定され、キレそうになる。
じゃあどうしろってんだよ!
「詰みじゃねぇか」
「ああ。だから困っている。大利の知恵を借りたい」
「無理」
俺、ただの一般伝説的杖職人ぞ?
俺より賢い教授とか、俺百万人より社交性がある政治屋諸氏が解決できてない問題なら、俺にだって無理だ。
当然の結論として匙を投げたのだが、青の魔女はしぶとく頼み込んでくる。
「そう言いたくなるのは分かる。だが、何か方法が無いか考えるだけ考えてみてくれ。私も考えるから」
「……考えるだけな?」
「ああ、それで構わない。助かる。無理を言って悪かった」
青の魔女はホッとした様子で頭を下げた。
俺は伝説の魔法杖職人として引きこもって気楽に高みの見物をしていたい。そのために対外交渉を全部青の魔女に丸投げしているのに。
日本の未来なんて背負わせないでくれよな。頼むぜ、マジで。
考えるだけなら、まあ、いいけどさあ。気が重いよ。
けっこう話し込んでしまい、休憩に入ったまま大日向教授をほったらかしにしていたのを思いだす。休憩してから質疑応答タイムに入る予定だったのに。
怒ってないかな、と戦々恐々としながらそーっと作業部屋に戻ると、大日向教授は膝掛けの上に丸まってスヤスヤ寝ていた。
か、可愛い……!
思わず撫でようと指を伸ばすと、眠ったまま指先を小さな舌で舐められる。
なんだこのあざとい生き物ォ!
中身が人だから躾もいらねぇ、餌は自分で用意できるし、うるさくもしない。最強生物かよ。
「…………」
思ったより温かな舌に好きに指を舐めさせている内に、だんだん実感が湧いてくる。
そうか。
このままだと、この愛くるしい小動物は無謀な実験を敢行して、死んでしまうのか。
それは嫌だな。悲しい。
ちょっと本気で考えてみよう。
日本の食料問題を解決し、オコジョ教授の事故死を防ぐ方法を。
爆睡している大日向教授はふかふかの毛布を敷いたバスケットに移され、青の魔女によって丁重に運ばれ帰っていった。
日本の食糧問題を背負わされた上、オコジョになって、コミュ障男とのマンツーマン講義を捻じ込まれ、心身共に疲れ切っていたのだろう。
事故死の前に過労死しない事を祈りたい。小6女子に対して世界が厳しすぎる。
来客が去り心地よい一人の世界が戻ってきて、頭の回転も良くなる。
俺は問題を整理し、要するに魔法語実験の死亡率をゼロにできればいいという結論に達した。
完全にゼロにはできなくても、ゼロに近づけられればいい。
魔法語実験の死亡率が激減すれば、魔法語研究の人員募集にも人が集まるだろう。大日向教授のワンマンチームではなくなり、彼女の負担は激減する。大日向慧の心配をしてやまない青の魔女も一安心。
研究効率は上がり、豊穣魔法の迂回詠唱完成が早まる。
誰にでも唱えられる豊穣魔法が完成すれば、俺の倉庫に眠る300本の汎用魔法杖が火を噴く。300本で足りないなら増産してもいい。
未加工グレムリンでも非効率だが一応魔法発動媒体になるから、最悪杖の数が足りなくても改造豊穣魔法の詠唱文を広めさえすればそれこそ人海戦術で低出力豊穣魔法をかけまくり、食料問題は解決するだろう。
では、どうやって魔法語実験の死亡率を下げるのか?
難しい問題だが、俺の取柄は器用さワールドチャンピオン。魔法杖製作で俺の右に出るものはいない。自分の持ち味を生かし、魔法語実験の死亡率を下げる魔法杖を作るのが良いだろう。
魔法語実験失敗時の死亡事故事例をいくつか聞いたが、パワーダウンすれば死亡が避けられるものが多かったように思えた。
血が沸騰して死んだ事故は、パワーダウンして血があったまるだけになれば血行が良くなるだけで済んだだろう。
急激な増血で身体が弾け飛んだ事故は、パワーダウンすれば鼻血が出やすくなる程度で済んだだろう。
オコジョ変身だって、パワーダウンすれば耳だけオコジョ耳になるとか、尻尾が生えてくるだけどか、その程度で済んだだろう。
今まで俺が作る魔法杖は、全て威力を向上させるものだった。未加工品と比べて最低でも二倍。キュアノスなんて強化倍率が高すぎて未だに何十倍に増幅されるのかハッキリしていない(100倍に届くかも知れない、と青の魔女は言っていた)
そこで逆に考える。
加工によって魔法の威力を上げられるなら、下げる事もできるのでは?
強化倍率が2倍とか3倍だから困るのだ。例えば強化倍率1/1000の魔法杖を作れれば、魔法語実験で事故が起きても死亡するほどのものにはなるまい。
強化効率マイナス魔法杖を作る。
目標が設定できたら後は俺の得意分野だ。
そういう加工法を開発し、作ればいい。
俺は製図板と睨めっこしながら、一昼夜かけてあーでもないこーでもないと加工法を考えた。床は破り捨てた殴り書きで埋まり、いつの間にか作業部屋のドアの取っ手にひっかけられていたウーバー青の魔女のお弁当を食べながらウンウン唸る。
単純に考えるなら、球形に加工すれば強化倍率が上がるのだから、球形の逆の形に加工すれば強化倍率が下がるはずだ。
しかし、球形の逆……?
球形に逆なんてあるか……?
幾何学専攻の数学者なら何か閃くのかも知れないが、俺にはサッパリだ。
だが幾何学的アプローチが必要そうだったので、押し入れから高校と大学で使っていた数学の教科書を引っ張り出し、良いアイデアを探す。
グレムリンをランダムで不規則な形状に加工してしまえばもちろん出力は下がるが、せいぜい1/2~1/3ぐらいなんだよなぁ。
出力が半減しても十分人を殺せる魔法は多い。不規則な形状のグレムリンで魔法を使うと、魔法が狙った方向に飛ばなかったりするし。的を狙って撃った殺人魔法がバグって自分に飛んできたりしたら目も当てられない。不規則加工は論外だ。
たぶん、球形や球体を利用した加工は魔法を強化してしまう。
やるとしたら螺旋とか。正方形とか?
思いついたままグレムリンを螺旋形に削りだしたり、正方形に削り出したりしてみたが、どちらも威力減衰は1/2~1/3に留まった上、真っすぐ飛ぶはずの固有振動数ビームがぐねっと曲がって明後日の方向に飛んで行った。危なすぎる。ダメだ。
また一枚設計図を破り捨てた俺は、数学の資料集のコラムに書かれているフラクタル構造に目を惹かれた。
フラクタル。図形の部分と全体が自己相似になっているものを指す幾何学概念……?
定義を読んでもピンと来なかったが、横の挿絵を見ると一発でどういうものなのか分かった。
ほう。
ほうほうほう!
平面図形じゃなくて立体でもフラクタルを作れるのか。
しかも再帰性がある。
フラクタル構造は樹木や海岸線、積乱雲、雪の結晶でも見られる自然界に現れる形状であり……ふむふむふむ。
感覚的なものだが、このフラクタルってやつは「魔法的」な図形っぽく感じるな。
頭で理解したわけではないが、今まで何百ものマジカルストーンを精密加工し触れ合ってきた経験を持つ俺の神の手が、フラクタル図形に疼いている。
指先で資料集の挿絵に例示されている正十二面体フラクタルをなぞり、そこに魔法的意味を見出した。
大日向教授が話していたが、魔法言語学には「吉田予想」というものがある。
魔法語研究チームの故・吉田助教が提唱した「吉田予想」によると、魔法語には現在確認されている発音不可7音に加え、あと5音の未知の発音不可音があるらしい。
合計12音だ。
なぜそんな事が分かるかまでは説明を省略されたので知らないが(専門的な説明をされてもどうせ理解が追いつかなかっただろう)、けっこう信頼性の高い予想らしく、研究チーム内では「限りなく事実に近い予想」という扱いなのだそうだ。
十二音の発音不可音。
十二面体フラクタル。
どちらも十二。これは偶然か必然か。
むむむ、考えすぎてワケわかんなくなってきた。
そうあって欲しい、関連していて欲しいという願望が全く無関係の二つを結び付けたがっているだけのようにも思えるし。
調査と試作と思考実験の末に真理に辿り着いたような気もするし。
まあいいや。加工して実際に正十二面体フラクタルを作ってみよう。
資料集の挿絵を見る限り眩暈がするような複雑で繊細な加工になりそうだが、やってみるのはタダだ。
未だかつてない複雑な加工になるので、所持している中で一番大きく加工しやすい横浜火力発電所で採取された直径28mmの最大級グレムリンを使う。
加工を始めてすぐ、俺はこれは一筋縄ではいかないと気付いた。
キュアノスの球形多層加工も大概難しかったが、フラクタル加工はその上を行く。同じ構造が何重にも重なる入り組んだ構造を慎重に削り出していると、目も手もおかしくなりそうだ。
キュアノスの時はぶっ続けで加工できたが、フラクタル加工をしていると集中力が持たない。俺は何度も休憩を入れ、蒸しタオルで目を癒し手を休めた。
300本以上の魔法杖作りは無駄ではなかった。
散々目と手を慣らし加工技術精度を上げていなかったら、いくら俺でもこの超精密加工はできなかっただろう。
米粒から大仏を削り出すのを器用レベル1だとすると、この加工はレベル100ぐらいある。大袈裟じゃなくて、マジでそれぐらいある。
やがて集中し過ぎて時間の感覚を失い、終わりが来ないように思えた精密加工をようやく終えた俺は気が抜けて倒れ込みそうになった。
あ、あぶねえ。危うくせっかく苦労して加工した試作を落として壊すところだ。
フラクタル加工を施した試作グレムリンは、中がスカスカになりかなり割れやすくなっている。扱いは慎重にしなければならない。
後で隙間に樹脂を充填して補強しよう。この試作品が失敗に終わったとしても、苦労の記念としてとっておきたい。
部屋の隅に重ねて置いていた空の弁当箱の数から考えると、俺は丸三日加工に集中していたらしい。道理で眠いわけだ。腹が満ちていても脳がもう限界。
この試作のテストが終わったら寝よう。加工に熱中し過ぎた。
「ア゛―ッ!」
ちょっとフラつきながらフラクタル加工試作を掲げ、いつもの固有振動数呪文を唱えるが、なんか様子がおかしい。
白いビームが発射されず、代わりに正十二面体フラクタルがチカチカと規則的に明滅している。
なんだ? なんか起きたぞ!
期待していたが、本当に何かが起きるとは思っていなかった。
眠気が吹っ飛び、俺は未知の異変を起こしたフラクタルを調べる。
が、分からない……!
何が起きてるのかよくわからん!
メトロノームを使って計測したところ、フラクタルの白色明滅は規則的な周期で繰り返されているらしいと分かった。
そしてそれ以上の事は何も分からない。熱くなっているわけでもなし、振動しているわけでもなし。ただ、ピカピカ光っているだけだ。電光掲示板に使えそう。
調べても分からんので、俺はとりあえずもう一度叫んだ。
「ア゛―ッ!」
叫んだ途端に今度は白く細いビームが飛び、壁の的に当たり、紙製の的をそよとも揺らす事なく頼りなく掻き消える。
おおっ!? 弱いぞ!? めちゃめちゃ威力が減衰してる! なんで一回目バグったのか分からんが、めちゃ威力が減衰してる!
これはいけるのでは!?
「凍れ!」
今度は覚えたばかりの冷凍呪文を唱える。
が、また不発し、フラクタルが青白く点滅し始める。
むむ?
これは……
「凍れ。ははぁ、やっぱりな。発動待機か? 凍れ、凍れ、凍れ、凍れ。間違いなさそうだ。じゃあヴァーラー……これは完全に無反応、と」
何度も呪文を唱えて試したところ、このフラクタル加工品は一度目の詠唱で魔法発動待機状態になり、二度目の詠唱で発動すると分かった。不適切な詠唱には反応しない。
その上、威力がガン下がりしている。
二回詠唱しないと発動しない天然のセーフティーロック!
威力大幅低下で事故率大幅低下!
どちらか一つだけでも素晴らしい機能なのに、二つ兼ね備えてしまっている。
自分の天才性に震えた。目指していた理想以上の出来だ。
最近、自分の事を世界一の天才魔法杖職人だと思ってたけど、こりゃ宇宙一だったかも知れん。
俺はウキウキで世紀の大発明の仕上げに取り掛かった。
構造の隙間に樹脂を注ぎ込んで固め、全体を樹脂で保護しひし形に削り出す。魔法の杖に嵌る宝石といえば球体が定番だが、球体にするとせっかく低下させた威力が上がってしまうかもしれない。ひし形だって悪くない。
全体としてはひし形透明結晶の中に白い正十二面体フラクタルが浮いているような形になった。
なかなかカッコええやん? 良い感じ!
杖の柄には120cmの長い桐材を贅沢に使った。桐は磨くと美しい光沢が出る柔らかい素材で、国産最軽量の木材だからデカ杖にしても重さが気にならない。キュアノスと違って芯に金属を通していないから強度は低いが、戦闘用ではなく研究室で使う用だから大丈夫だろう。
軽い木材といっても120cm。持ち主となるオコジョの体躯には大きすぎる杖だが、問題ない。
俺、小さな生き物がデッカい武器持ってるの好きだから!
幼女がクソデカハンマー振り回してるのとかも性癖です。
彼女には是非身の丈に合わないデカ杖を一生懸命運んで欲しい。想像しただけでニコニコしてしまう。
柄に彫り込む意匠には彼女の父が教鞭をとっていたという大学の校章を取り入れた。大日向教授はパパッ子みたいだし、ウケると踏んだ。
何年か前の大学戦争アニメを見た時に買った校章総覧本がまさかこんなところで役に立つとは、未来視の魔法使いでも見通せなかっただろう。
最後に銘として二十世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリーからとったAleisterをオシャレフォントで刻めば完成だ。
杖を完成させ、取扱説明書を書き、持ち心地を確かめていると、折よく部屋の前で足音を忍ばせる人の気配がした。
いいタイミングだ。ドアを開けて弁当を届けにきた青の魔女を迎える。
青の魔女は突然内側から勢いよく開かれたドアにびくっとした。
「おはよう!」
「あ、ああ。おはよう。今は夕方だが。休憩か?」
「そんなもん。それであのさあ、頼まれてた食料問題の解決策なんだが」
「ああ」
「考えるだけでいいって言ったよな?」
「ああ」
「なんかできたわ」
「……ああ?」
「食料問題の解決策。できた」
「…………!?」
「はいこれ正十二面体フラクタル型魔法杖アレイスターと取扱説明書。大日向教授に渡してくれれば分かるから。じゃ、頼んだ。俺は寝る」
天才でスマンッ!
俺は手先が器用なだけが取り柄の男だ。
だが、手先の器用さだけで全てを解決するぞ!
この小説の主人公が持つチート能力は「すごく器用」です。よろしく!