85 学び、適応する
入間の魔法使いは、ゾンビの魔女が蘇生ではなくゾンビ化によって自分を起こした事を咎めなかった。既に起きた事を咎めても無意味であると判断したからだ。
ゾンビ化は弱体化が大きい復活法だ。
まず、魔法解除魔法がカスっただけでゾンビ化が解け即死するようになる。
加えて体を大きく損傷すると魔法的死を引き起こし、塵になる。そうなってしまえば二度と復活できない。
ゾンビの魔女が試したところによると、治癒魔法も効かない。吸血の自己強化も使えない。
魔力の自然回復も無い。
入間の魔法使いは生前より遥かに死にやすく、制限の多い状態になっていた。
文句を言う暇があれば、少しでも制限を取り払い力を取り戻す事に労力を割くべきだ。
差し当たって、入間の魔法使いは自分が死んでいた六年間についてゾンビの魔女から話を聞きつつ、ゾンビの魔女が持っていた複数の未知の魔道具の検分に取り掛かった。
「なるほど。それは僕も知らなかったよ。あの茸は単純に戦力として操っていただけで、パンデミックを起こすつもりなんて全く無かった」
「すっごく恨まれてるわよ? 入間が残した時限爆弾だーって」
「分かっていないね。僕は支配者であって殺戮者じゃない。支配のためにならない無駄な殺しなんてしないよ。何十万人もの命が無駄になったなんて……もったいないな」
入間の魔法使いは心から悲しそうに言い、量産型魔法杖を置いてアミュレットを手に取り調べ始めた。
ゾンビの魔女にとって、入間が目指す世界こそが理想郷だ。
入間が世界を侵略していき、ゾンビの魔女はエキゾチックな異国の美男美女を集める。
入間が生者を傀儡にして操り、入間が操れない死者はゾンビの魔女が操る。
そうして全てを手中にするのだ。
再び入間を躍進させるために、ゾンビの魔女は知る限りの知識を伝え、持っている道具の全てを与えていく。そうすれば必ず投資以上の物が返ってくると知っている。
「それはアミュレットね。例のキノコの魔物のグレムリンを参考にして魔法杖職人0933が発明し、魔法大学の半田教授が性能を向上させた、魔力回復速度促進魔道具よ」
「ふぅん……この力場が頭部の不可知魔法臓器に干渉するのかな。一つ一つ力場が微妙に違うね?」
「自分の血を混ぜて製造した自分専用のアミュレットじゃないと回復効果が無いみたい」
「なるほど。とても興味深い」
言いながら、入間の魔法使いは美男子ゾンビたちをディスプレイしていた机や椅子をもってきて自分の周りに置き、複数のアミュレットを色々な配置で置いたり動かしたりし始めた。
何をしようとしているのか、ゾンビの魔女には分からない。だが話をやめろとは言われていないので、ゾンビの魔女は話を続けた。
パンデミックを切っ掛けに東京魔女集会と交流を持つようになった旧五大生存圏の残り四つ、東北狩猟組合、北海道魔獣農場、琵琶湖協定、荒瀧組について聞いた入間は終始楽しそうだったが、荒瀧組侵攻の話には不愉快そうにした。
「バカなのか? 僕の魔法の劣化版があるなら端から切り崩していけばいいだろう。僕の魔法と違って魔法にかけられているのか判別する方法が無いなら、十年でも二十年でもかけてゆっくり末端から浸透作戦を仕掛ければ良かったんだ。それなのに無駄に犠牲を出して、貴重な人材をいたずらに殺し。愚かの極みだよ」
「そうかしら? 私は未来視を多方面作戦で潰すのは良いアイデアだと思ったけど」
「そうだね、そこはその通りだ。君の話を聞く限り、荒瀧組の行動はどうもチグハグだ。実動班と別に優秀なブレインがいたんだろう。そいつは現場に出ず安全な場所で状況を見ているタイプだ。察するに、青の魔女が解き放たれたあたりで逃げの一手を打ったね」
入間の魔法使いは椅子と机を積み上げ、高い位置にアミュレットを置き、足元に置いたアミュレットの力場と重なった部分の重複力場の変化を観察しながら思慮深げに考察する。
「荒瀧組組長が死亡すれば琵琶湖と九州本拠地の洗脳は解ける。ブレイン役は悪知恵が働くようだから、怒り心頭の勢力が血眼で荒瀧組残党を探すであろう南方には逃げない。逃げるなら北だ。
小コミュニティに隠れる事はないね。力をひけらかしたい性質のようだから、必ず再起を志し大規模コミュニティに潜伏する。
東北狩猟組合は話を聞く限り、人口総数や立地から想定される事件発生数が少なすぎる。間違いなく優秀な秘密警察がいるか、防諜組織のようなものがあるね。荒瀧組のブレインを捕まえたら流石に公表するだろうから、ブレインは上手く東北を抜けて北海道に逃れたのだと思うよ」
「入間がそう考えるのならそうなんでしょうね」
「はぁ……そういうところが君の欠点だよ。君は頭の出来は悪くないし、他人の計画に乗っかるのは得意だ。でも自分で考えるのは少し苦手だね。僕の推測が全て正しいなんて、僕自身も思っていないさ。君も思わない事だよ」
「あらお説教? 継ぎ接ぎ美形ショタに窘められるのも悪くないわね」
ぞくぞくするゾンビの魔女に、入間は苦笑した。
入間の継ぎ接ぎの肉体は、生前とは容姿が変わっている。当然だ。生前と同じ容姿はこれ以上ないほど憎悪されている。せっかく作り直す容姿をわざわざ不利な物にする必要はない。
それでも、生前とはまた違った美しさがあり、ゾンビの魔女は新しい入間を気に入っていた。
荒瀧組侵攻の後に起きた主な事件や技術革新について話していくと、黒船来航の後のスクロール発明に触れた辺りでずっと手を止めずアミュレットを弄り回していた入間の魔法使いが待ったをかけた。
「さっきから聞いていると0933ばかりだね? グレムリンの球状仕上げ、多層構造加工、フラクタル加工、メビウス加工、儀式魔法祭具。このアミュレットもそうだし、マモノバサミ改良、封印弾、魔力鍛錬棺の小型化、クヴァント式魔法圧縮円環も実質0933だろう。挙句の果てにスクロールも0933だ。何者だい?」
「さあ……? 青の魔女が後生大事に隠してるから、全然情報が出回っていないのよ」
「ふーん……?」
「私は青梅にグレムリン災害の難を逃れた電子工作機械があると睨んでいるわ。そうでも無ければこんなの有り得ないもの。根拠は――――」
「違うね」
ゾンビの魔女が0933の謎について自信満々に自説を講釈しようとすると、入間は言葉を遮りキッパリと否定した。
「青梅に特別な何かなんて無いよ。傀儡にした青梅の人間全員に自己申告させて確認をとったから間違いない。それより怪しいのは青の魔女が避暑地に使っている奥多摩だ。青梅と奥多摩の二カ所に迷いの霧が張られていて、青梅が違うのなら、秘密は奥多摩にある。
そして、その秘密の正体は人か超越者だ。
青の魔女は感情で動く女だ。地元でもない場所にある工作機械を守るために労力を費やす事はしない。奥多摩に居を構えるグレムリン加工に卓越した職人集団のうちの一人と青の魔女の仲が良いか、さもなければ21世紀最先端の電子制御加工技術に相当する魔法か体質的器用さを獲得した超越者個人と深い親交がある。
その青の魔女と仲の良い職人は、非常に没交渉だ。たぶん、元々奥多摩に住んでいて、グレムリン災害後もそのままそこにいるという形なのではないかな。個人にせよ集団にせよ、名誉欲のようなものは窺える。杖に銘を刻んだり、ロゴを入れたり、有力者に売り込んだり、名声を高めようとしている。
自身の名誉には興味がなく、自分の作品に強いこだわりを持つ芸術家肌だ。女性……いや、男性? 性別は分からないな。しかしとても意欲的に新作に取り組み続けている。年齢は十代後半から四十代の間だろう。グレムリン災害前も芸術系の部活か趣味、仕事をしていた。突然ゼロから魔法杖職人業をこれほどのレベルで始めたとは考えられないから。
同好の士が集まった内輪で固まる仲良し集団か、人嫌いで偏屈な個人か……
奥多摩市の住民台帳が手に入れば候補者を50人ぐらいに絞り込めると思うよ」
さらさらと流れるように語った入間はそう結び、楽しそうに笑った。
「人物はいるものだね。下手な超越者20人より、0933の方が価値があるよ。半田教授とセットで是非欲しいな」
「あ、ごめんなさい言っていなかった? 半田教授は荒瀧組侵攻で死んでるの。バラバラ死体だし、魔力が多い人でも無かったようだから、もうゾンビ化も不可能よ」
「…………。つくづく惜しいな。僕がいればそんな悲しい結末にはさせなかった。悲劇を防ぎ、荒瀧組も東京大学の優秀な人材も全員操り人形にできたのに」
「そうねぇ。可愛いオコジョちゃんが死んでいればきっと墓を暴いてゾンビにできたのに」
二人はしばし、荒瀧組侵攻の悲劇的決着を想い、悲しんだ。
それから魔王戦役の結末について聞き、現在時間軸までの情報を概ね知った入間の魔法使いは、複数のアミュレットを立体的に配置する事で構築された波打つ幾何学的力場の中に立ち、沈思黙考した。
長い長い六年間の話をしているうちに、朝が近づいてきていた。
ゾンビの魔女はそわそわと入間の魔法使いに尋ねた。
「ねぇ、これからどうするつもり? 世界征服計画は続行するのでしょう?」
「ん、それはもちろんだよ。六年前とはもう状況が全く違うから、大きく計画を変更する必要がありそうだ。君の主観を通して語られた情報を鵜呑みにして動くわけにはいかないから、しばらく情報の裏取りをして……その後に、まずは0933を獲りに行こうか?」
そういう入間の魔法使いの継ぎ接ぎの身体から溢れる魔力は、復活直後よりも少し増えていた。
それに気づいたゾンビの魔女は唖然とする。
「ちょっと待って? あなた、魔力が回復してない? ゾンビは魔力回復しないはずよ?」
「ああ、偉大なりし0933! アミュレットを発明してくれて僕は本当に嬉しい。0933の作品はどれもこれも最高だ! どんな職人なんだろうね? 今から操るのが楽しみで仕方ないよ」
嗤う入間を見て、復活後の一晩で技術革新を起こしてみせた入間を見て、ゾンビの魔女は確信した。
たとえどれだけ弱体化しようと、やはり入間は最強の魔法使いだ。全てを学び血肉に変え、全ての上に立つ王たる器。
きっと世界全てを手中に収め、素晴らしき世の中を作ってくれるに違いない。





