81 試作魔王杖レフィクル
秋も深まり、魔王グレムリン分解も17%まで進んだ。構造図スケッチや部品分類、考察を書いたメモ用紙の束は日に日に厚くなり、俺は工房に新しく専用の書棚を作った。
今日は分解したパーツの魔力的挙動を確かめるため、魔力コントロールの名手、青の魔女様にお越しいただいた。
今度は部品を息で飛ばして無くさないように厳命して工房に通そうとしたのだが、ヒヨリは話があると言って待ったをかけた。
「大利。実は未来視が奥多摩に移住希望を出している」
「え? ダメ」
何言ってんだ? 良いわけねぇだろ。
俺の返事ぐらい分かり切っていると思うのだが、ヒヨリは重ねて言った。
「まあ一応聞け。向こうもダメ元のようだが、」
「ダメ元ならダメだ」
「だから一応聞け。そう邪険にするな。話は聞いた、という義理は通すべき相手だろう?」
窘められ、渋々頷く。
どうせ断るにしても、話すら聞かずに突っぱねるのは良くないか。あの未来視の魔法使いの頼みだもんな。
俺個人としては直接世話になった覚えが無いが、彼の指示が無ければヒヨリも大日向教授も死んでいた。親友と友達の命を救ってくれた相手なんだから、話ぐらいは聞くのがスジか。
話を聞くと、未来視は働き過ぎでしんどくなっちゃったので、結婚してリタイアしたいらしい。
で、昔からの夢である田舎でスローライフ生活をするために、移住先として奥多摩に目をつけた。
奥多摩は山あり川あり人なし魔物なし魔女の子アリ、という優良エリアだ。旧青梅線沿いに荒廃しているとはいえ道路が都心まで通っているし、交通の便だって悪くない。
奥多摩の端っこでいいから……という話で、色々と好条件を並べられたのだが、全て聞いた上で俺は頷いて答えた。
「ダメだ」
「まあそうだろうな」
「スローライフしたいなら奥多摩じゃなくていいだろ。北海道とか良い土地余ってんじゃねぇの?」
「ああ、第二候補が東北で、第三候補が北海道だったかな。未来視の移住をハネるコミュニティなんて奥多摩ぐらいだろう。どこに行っても歓迎されるさ……ああ、この話はまだ公式には出ていない。誰にも話すなよ」
「話す相手いねーよ」
交渉結果の未来は視えていただろうに。ダメ元過ぎるだろ。
まあたぶん、日本一スローライフ生活体制が完備されたベストプレイスだろうし、ダメ元で移住希望を出したくなる気持ちも分かる。
春は山菜取りや魚釣り。
夏は虫取りに川遊び。
秋は稲刈り、松茸狩り。
冬は雪景色、足を延ばせば温泉だってある。
他にも自家製味噌やら糠床やら、水車も井戸もあるし、セキュリティだって万全だ。ポストアポカリプス世界でこんなまったりスローライフできる場所、他に無いぞ。
だが、悪いが奥多摩は俺が独り占めだ。人間一人暮らしに慣れ切った今となっては、奥多摩のどこかに誰かが暮らしていると思うだけでじわじわモヤモヤする。
未来視は自分で別の安住の地を開拓してくれ。セカンドライフの健闘を祈る。
ヒヨリの用事は終わったので、今度は俺の用事に付き合ってもらう。
工房に通し、デカい天板にズラリと並べた分解パーツの前に連れて行って説明する。
「この部品に一個ずつ魔力を通してくれ。強弱を変えて、魔力を送り込む角度も変えて、最低四回ずつ。俺は部品に触りながら観察して変化を確かめるから、ヒヨリも何か特別な反応が感じ取れたら教えてくれ」
「あー……と、例えばこの細長いパーツなら、こっちの端から弱く一回、強く一回。反対の端から弱く一回、強く一回魔力を流す。という事でいいのか?」
「そう、そういう事だ」
「仕事は分かった。嫌な予感がするんだが、この部品全部でいくつある?」
「16000個」
仮面で表情は見えないが、ヒヨリの絶句は伝わってきた。
「こんな細かい部品に、一つあたり四回魔力を流す作業を、一万六千回やれと?」
「やれなんて言ってねぇよ。お願いします、やってくれませんか、って頼んでんの。なあ頼むよ、こんな仕事お前にしか頼めないんだ。お礼になんでも言う事聞くからさあ」
両手を合わせ頭を下げて頼み込むと、ヒヨリはひっそりとした、しかしどこかスゴ味のある声で言った。
「……なんでも?」
「なんでも」
「じゃあ、今年の12月25日は予定を空けろ。私に一日付き合ってもらうぞ」
「あ、クリスマス? オッケー。せっかくだしアメリカから本場の七面鳥仕入れてターキー焼こうぜ!」
「ああ。クリスマスが楽しみだ」
クリスマスなんていう陽キャの祭典とは無縁だったが、クリスマス後の割引ケーキとか割引チキンにはよく世話になった。アニメのクリスマス回とかも好きだぞ俺は。
フレンズと過ごす日になるなら、自作クリスマスディナーとかに挑戦してみるのも悪くは……あっ。
「そうだ。ヒ、ヒヨリの家にはまだサンタさん来てるか?」
「……おい。まさか」
驚愕を露わにするヒヨリの声で勘違いを知り、慌てて弁明する。
「ちげぇよ!? サンタさんの正体ぐらい18歳の時に気付いてる! 馬鹿にするなよ! ヒヨリはピュアなとこあるし、気付いてないんじゃないかって思っただけだ!」
「18か。ふふふ」
何笑ってんだコイツ。せっかくサンタさんの代わりにプレゼント用意すべきかどうか気を遣ってやったのに。
しかし考えてみればヒヨリは親がいない。サンタさんが来てるはずもないか。聞くだけ無駄だった。
機嫌を良くしたヒヨリはそれから根気強く地道なデータ集め作業を手伝ってくれた。
16000パーツの試験は当然一日で終わるはずもなく、たっぷり七日もかけて部品のチェックをした。
そしてこれも当然だが、データは集めて終わりではない。
ナマのデータが集まったら、分析の時間だ。素材毎の反応の差、重量や長さ形状毎の違い、強弱に応じた違いなどを統計データとしてまとめて比較する。
統計データに偏りや特徴が見られれば、次はそれが何を意味しているのか推測を立てる。
推測の正しさを確認するためにはどのような実験を行えばいいのか考え、検証実験。
検証実験のデータを集めたら、まとめて、統計を作り、何を意味しているのか考え……というループに入る。
気の長い地道な作業だ。丸一日数字と睨めっこして終わる事もある。
ヒヨリは九割方俺が何をやっているのか分から無さそうな顔をしながらも地道な作業に付き合ってくれた。頭が上がらない。
一方で俺も入手したデータが何を意味しているのか理解できない事が多々あったので、東京魔法大学グレムリン工学科のクヴァント教授に何度も質問書を送り付けた。クヴァント教授は幾何学に造詣が深く、魔王グレムリンに見られる幾何学構造やその特性に関して非常に多くの知見を俺に授けてくれた。
協力の見返りに魔王グレムリン分解パーツを要求されたので、全く同じ物がいくつもある被りパーツを1000個送り付けておく。解剖図については俺が使うので、すぐ返してもらう約束で貸した。
マジで返してくれよ。信じてるからな! 解剖図が無いと組み立て直せなくて困るんだから。
結局、俺はデータ解析に二ヵ月近くも費やしてしまった。
全体の分解進捗は17%でストップしていて、かなりの寄り道になったが、成果は大きい。
リバースエンジニアリング開始から四カ月目にして、ようやく技術を吸い出し利用した杖が作れそうだ。
俺が工房の製図台に齧りつき新型杖の図面を引いていると、ヒヨリが入ってきて分解パーツが息で飛ぶ場所に置かれていないのを念入りに確認してから図面を覗き込んできた。
「またややこしい設計図を描いているな。何か分かったのか?」
「ああ。簡単に言うとテンセグリティ構造が魔法学的スタビライザーの働きを担っていて、ベルナール・モランの反転球面が半導体に相当するのが分かった。反転球面の素材は弾力性グレムリンだけだし、弾力性グレムリンはそれ以外のパーツでの使用が確認できていないから、たぶんそれじゃないとダメなんだろうな。テンセグリティ構造は全部構造同じだけど素材が二パターンあるから、たぶん何かしらの使い分けがされているはず。コレは反転球面と構造色を組み合わせた半自動回路を組み込んだ杖の試作設計図だ」
俺が図面を指で示しながら解説すると、ヒヨリはしばらく沈黙した。
「…………は? ん? 何がなんだって?」
「あー、テンセグリティ構造っていうのは……説明めんどくさいな。自分で勉強してくれ」
チンプンカンプンらしいヒヨリに、俺は幾何学の参考書を押しつけた。
魔王グレムリンは非常に高度な技術の塊だ。それをリバースエンジニアリングして得られた知識を使い何かを作ろうとすると、必然的に高度で専門的なものになる。
俺も説明しながら気付いたが、魔法杖はこれから専門知識が無ければ機能説明の理解すら難しい領域へと踏み込んでいくだろう。
専門用語まくしたててスマン。でも、ここまで複雑な機構を専門用語無しで説明するのキツすぎるんだよ。
ヒヨリは言われるがまま幾何学の参考書を読み始めたが、途中で諦め、参考書を理解するために教科書を開いた。そして教科書を読むのも途中で諦め、入門書を読み始める。
そうなんだよなあ。俺も通った道だ。入門レベルから順番にステップアップしていかないと、参考書なんて何書いてあるかさっぱり分からんただの呪文集だぞ。
ヒヨリは俺の言葉を理解できなかったのがよっぽど悔しかったらしく、入門書と教科書と参考書を持ち帰っていった。それクヴァント教授に借りたやつだから、ついでに返しておいてくれるとありがたい。
リバースエンジニアリング技術を利用した杖の図面を引くのに、俺は四日かけた。制作には三日だ。
杖の素材に関しては、残念ながらゼロから作れないものがあったので、一部の部品(弾力性グレムリン)を魔王グレムリンパーツから流用した。
魔王グレムリンからパーツを流用しなければならなかったのは正直かなり悔しい。まるで宇宙ステーションを分解して取り出した部品を使って鉱石ラジオを作っているが如き所業だ。元がとんでもなく凄い物なのに、ダウングレードにもほどがある。
いつか弾力性グレムリンや幽霊グレムリンといった素材の製法が分からない部品をゼロから作れるようになりたい。
だが、リバースエンジニアリング技術の最初の一歩としては現状程度が限界だし、この程度でも立派なものだろう。
今回製造した新作杖の銘は、荒瀧組事件の時に失ったヘンデンショーくんに敬意を払い「ヘンデンショー2世」にしようかと最初考えていたのだが、ちょっとダサいのでやめた。
そもそも名前の由来が「変電所から採れたグレムリンを使っているから」というやっつけ仕事だし。今度は立派な名前をつけてやりたい。
そこで考えたのが「試作魔王杖レフィクル」だ。
魔王グレムリンのリバースエンジニアリング技術の最初の結晶なのだから、名前の由来には魔王を絡めたい。
欧米では、魔王といえば天使ルシファーが堕天した存在とされている。
しかし、俺の杖は世界を滅ぼしかけた魔王から生まれた物でありながら、素晴らしき魔法杖技術の先駆けとなる光側の存在だ。
だから魔王の反転存在と定義し、ルシファーを逆から読んだ銘とした。
試作魔王杖レフィクルは、魔王グレムリンと比べれば相当原始的な構造になっている。ただし魔王グレムリンに使われていなかった構造色グレムリンも組み込んでいるから、単なる魔王グレムリンの劣化模倣でもない、俺オリジナルの機構といえる。
杖の見た目は既存のものと大差ない。
長い木製の柄があり、先端に球体の二層構造のコアがある。コアを取り巻く鎖はもちろんクヴァント式魔法圧縮円環だ。
内部構造としては、コアと柄の接合部あたりに逆流防止機構が組み込まれ、持ち手のところに構造色グレムリンが埋め込まれ魔力残量が分かるようになっている。
しかし、見た目が同じでも既存の杖とは性能に天地の差がある。
秘密は杖のコアだ。一見して一つの塊から削り出されたように見える直径50mmの乳白色球体コアは、実際には255個の部品が精密に組み合わせられている。部品がバラけないように魔法合金の細い銀色の金属線で囲んで固定してあるのだが、ただの固定器具ではなく見栄えがよくなるよう芸術的な模様を描く配線にした。
正十二面体フラクタル、メビウスの輪など、今まで発見してきた魔法的幾何学構造を余すところなく利用し、魔王グレムリンから得た技術と合わせて出来上がったこの試作魔王杖レフィクルは、俺の魔法杖職人としての集大成であり、新時代の幕開けを飾る試作機でもある。
杖を完成させた俺は、もうウッキウキで友達を奥多摩に呼んだ。
裏庭に集合してくれた蜘蛛の魔女、大日向教授、ヒヨリの三人を前にして、俺はお辞儀して杖のお披露目をする。
俺は試作魔王杖レフィクルを握り、10m先の木の枝にぶら下げた的に向かって構える。
すると、魔女二人がギョッとした。
「えっ!?」
「馬鹿な! 大利、お前魔力コントロールを!?」
「フハハハハー!! 見ろ、魔法杖はここまで進化したのだッッ!!」
杖の持ち手部分の構造色グレムリンに触れている指から微量の魔力が吸い上げられ、柄内部の導線を通りコアに送られる。
コアに送られた魔力は反転球面と構造色を組み合わせて作った単純な回路を走り、正十二面体フラクタルに蓄積されていく。回路の不安定性はメビウス輪グレムリンを通す事によって解決する。
そして、蓄積容量限界を超えた瞬間、黒いビームのような魔法となり、二層構造によって増幅され撃ち出された。
鉛筆程度の太さの黒いビーム魔法は的のド真ん中に命中し、軽くデコピンでもしたように小さく揺れる。
その偉大な成果を目の当たりにして、真っ先に大興奮の叫び声をあげたのは教授だった。
「無詠唱魔法!? スクロールみたいなチャージ解放ではないですよね!? わぁーっ! わあああーっ! す、すごい! 凄すぎますよ大利さん! 無詠唱魔法を! 普通の人間が無詠唱魔法を……! オリジナルの魔法を! 大利さん、何てことをッ! あなたはもう、もう、わあああっ!」
感極まったオコジョが地面を駆けてきて足をよじ登り、俺の胸元をテシテシ前脚で叩いて大興奮を伝えてくれる。
うむ、うむ。凄かろう。ここまでテンションをブチ上げてくれるとお披露目会を開いた甲斐があったというものだ。
「でも音が出ないな……」
が、ちょっと予想外な部分もあり、杖を調べながら首を傾げる。
効果と威力は想定範囲内。でも無音なのか。じゃあ理論がどこか間違ってるな。改善の余地アリだ。
ああ、また数字と理論との戦いが始まりそうだ。うぐぐ。
反応が無い魔女二人に目をやると、興奮よりも驚愕が勝っていた。まだ唖然としていて、言葉が出ない様子だ。
俺には魔力の流れが認識できないが、理論上はまるで呪文を唱えず魔力コントロールだけで魔法を構築&発動したように見えたはずだ。
魔力が認識できない俺や教授よりも、魔力が認識できる魔女の方が実際に何が起きたか目で見える分、驚きが大きいのかも知れない。
やがて驚愕の波が過ぎ去ると、二人はひそひそ話し始めた。
「どっ、どうやって?」
「青の魔女、あのコントロール真似できる……?」
「真似? 無理だ。できるわけがない。魔力の流れが速すぎるし細かすぎる。並列処理までしているように見えたぞ。いやしかしあの回路? 導線? の構造の助けを借りればできるのか……? 蓄積がネックか。蜘蛛の魔女はどう見る?」
「あ、私は無理。青の魔女より無理だと思う。魔力コントロール下手だし……ただ、大利は5秒か6秒ぐらいかけて魔力溜めてたけど、私なら1秒も要らないかな。0.5、いや0.2秒もあれば……」
「そうだな、充填速度に関しては私達の方が断然速い。しかし驚いたな。こんな事が有り得るのか」
クックック、二人の畏敬の目線が気持ちいいぜ。
俺がもう一度レフィクルで無詠唱魔法を撃って見せると、今度は三人から惜しみない拍手喝采が上がった。
どっやあ……!
レフィクルはこうして無詠唱魔法を使える他、従来の詠唱魔法も1.0倍で行使できる。
若干の構築理論不備は見つかったが、試作なのだから不備があって当然だ。
ほぼ想定通りの出来に仕上がって喜びもひとしお。これからはレフィクルくんを俺の愛杖として使っていこう。プロトタイプってカッコイイし。
魔王グレムリン分解進捗17%から吸い出した技術でさえ、ここまでの事ができた。
全てを分解して得られる技術はいったいどれほどのものになるだろう?
今から楽しみで仕方ない。