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78 進捗1%

 魔王グレムリンを構成するパーツは、一個0.4~2.2mmの大きさだった。部品の種類によってバラつきがある。だいたい砂粒サイズで、工房に見学に来たヒヨリは吐息で作業机にキチンと並べておいた部品を飛ばしてしまったので(後で苦労して全部回収した)、分解作業中は出禁にしている。

 三日かけて6000個のパーツを本体から取り外し、進捗はようやく1%。長くても半年で全て分解し終えるだろうという見込みは甘く、一年ぐらいかかりそうだった。

 これは俺の記憶力の問題だ。

 分解点数が800個を超えたあたりで、脳内立体設計図がこんがらがりはじめたのだ。


 ただ分解するだけでいいなら倍速でいける。

 しかし、どの部品がどの部品とどう組み合わさっているのかを記憶しながら、つまり分解した物を元通りに組み立てられるように記憶しながら、となると速度が落ちる。

 機械構造を立体的に記憶する能力には自信があった。しかし総部品数約60万個になると流石に暗記だけでは手に負えない。

 分解した部品を元通りにできるよう、メモを取りながら作業するようにしたせいで、分解完了予定日は大きく後ろにズレ込んだ。


 全体の1%しか分解していないので、まだ学べた事は少ない。分かった事より、分からなくなった事の方が多いまである。


 分かった事の代表例としては、同種部品がいっぱいある事だ。

 60万個の部品には共通した規格のパーツも多い。極めて精密に加工された、俺の眼でも全く見分けがつかない双子グレムリンパーツとでも呼ぶべき部品が何十個も、下手をすれば何百個も使われている。

 ほんの僅かな狂いも無い、凄まじい精度だ。

 俺では真似できないとまでは言わないが、60万個ものパーツを全てこの精度で彫り出そうとしたら完成前に寿命が来てしまう。


 この精度一つをとっても、魔王グレムリンを作った(?)何者かの高度な技術文明レベルが窺える。前文明最盛期である2024年地球科学文明の最先端加工技術に匹敵するかそれを上回っている。

 これが加工機械によるものなのか、それとも俺のような天才職人の手によるものなのかは不明。そもそも魔王が生命の進化の果てとしてこういう生体部品を獲得しただけという可能性も全くないとは言えないし。


 逆に分かった事によって分からなくなった事の代表例は、グレムリンのバリエーションだ。

 魔王グレムリンを構成する全てのパーツはグレムリンなのだが、部品によって性質が違う。

 普通のグレムリン、これは分かる。

 融解再凝固グレムリン、これも分かる。

 しかし、ぷにぷにした弾力性を持つ弾力グレムリン。これはワケが分からない。魔法の発動媒体としては使えるし、機能的に普通のグレムリンと違わないのだが、ゴムのようにぷにぷにしている。

 一見して普通のグレムリンのようだが、磁石を近づけると魔法発動体としての機能を失うグレムリンもある。

 硬度が低下する代わりに強度が上がっているグレムリンもある。


 驚くべきはこれだけ様々な性質のグレムリンを包含する魔王グレムリンが、全体として一つの普通のグレムリンのように機能している事だ。

 砂糖、塩、酢、唐辛子が全部混ざった調味料なのに、砂糖の味しかしないような奇跡。もはや技術を超え、芸術の域に達している。


 恐らく多種多様なグレムリンは全て普通のグレムリンを何かしらの方法で加工・変質・精製する事によって作られるものだと考えられる。

 明確な根拠がある訳では無い。世界の誰よりもグレムリン精密加工に卓越した職人としてのカンだ。しかし的外れではないと思う。

 魔王グレムリンを構成する部品素材の一つ、融解再凝固グレムリンに関しては魔法を知ってから十年も経っていない地球文明でも製法が分かっている。これから研究が進んでいけば弾力グレムリンや磁性反応グレムリン、高強度グレムリンなどの製法も分かるようになるに違いない。


 魔王グレムリンを通して魔法技術・魔法文明の先にあるモノが垣間見えると、地球の魔法文明は未だヨチヨチ歩きの初歩段階なのだと思い知らされる。

 研究と研鑽あるのみだ。ヨボヨボの爺ちゃんになって死ぬ前には、無名叙事詩で謳われる魔法文明の文明レベルを超えるクラスの超次元的魔法杖を作って伝説を残したいな。


 さて。


 俺は作業に夢中になり過ぎると過集中状態になる事がある。睡眠も食事も忘れ、食べたばかりなのに妙に腹が減ると思って時計を見たら10時間経っていた、というような事がよくある。

 魔王グレムリン分解も面白い作業で、俺はついつい過集中状態に入ってしまいそうになるのだが、一年近くかかると見込まれている作業を飲まず食わずでやっていたら死ぬ。

 これは一気に終わらせられる仕事ではない。ロングスパンの根気強い仕事になる。ゆえに、しっかりたっぷり休みを取りながら腰を据えて取り組まなければならない……と、ヒヨリは主張した。


 もっともな意見だ。

 でも、それとその水着姿には何の関係が?


「去年、来年も川遊びをしようと約束しただろう」

「したっけ……?」

「一週間前にも言ったぞ。来週川遊びをすると」

「言ったっけ……?」

「昨日も言った」

「それはなんか言われた気がする……?」


 首を傾げていると、ヒヨリは膨らませたシャチの浮き輪の鼻先で俺をつついてきた。


「お前危ないぞ。本当に。脳のリソースを趣味に割き過ぎだ。日常生活が怪しくなってる。ちゃんと息抜きしろ」

「ああ、まあ。じゃあ今日は川行くか。あっ! そうか、それで玄関にビーチパラソル置いてあったのか? なんか置いてあるなとは思ったんだよな」

「今気づいたのか!? 全く……他に何か気付かないか? 言いたい事とかは?」


 そう言ってヒヨリは腰に手を当て胸を張った。

 去年と同じ黒のビキニ、と思いきや、なんかちょっとデザインが違う。あと、俺が去年入れたクレームを覚えていてくれたのか、腰に薄いスカートみたいなひらひらしたヤツを巻いて下半身を隠し、露出する肌面積を抑えてくれていた。優しい。


「水着が変わったな」

「ああ、今日のために新調した。感想は?」

「水着の? いや、特には。去年のカスタマイズ版だろ」

「…………はぁ」


 大きく溜息を吐いたヒヨリを上から下までじっと見ていると、俺は妙な事に気が付いた。

 体型は去年と変わっていない。肌艶にも変化はない。永遠の美少女18歳って感じだ。

 しかし、肉体的変化が無いにも関わらず、印象が変わっている。

 妙だぞコレは。


「なあ、今何か魔法使ってる?」

「いや? 今度は何を言い出すつもりだ?」

「本当に? 発情魔法とか、幻惑魔法的なやつとか」

「使う訳がないだろう! 精神操作系は大嫌いだ。入間を思い出す」


 声を大きくしてキッパリ否定され、ますます謎は深まる。


「なら変だな。去年と見た目変わってないのに、去年より美人に見える」

「!?」

「去年より可愛いし、去年より見ててドキドキする」

「はへ……」

「おっかしいなぁ。お前の種族って寿命長いっぽいけど、加齢はしてるんだろ? たぶん。年とって綺麗になるなんて事あるかあ? ただでさえ世界一の美少女なのにまだ磨きがかかってるぞ」

「あぅ……」

「ヒヨリお前、大丈夫なのか? 人のいない青梅に住んでた頃はよかったけどさあ、今は大学に氷の塔建てて住んでるわけだろ? 男子学生とかに口説かれまくってるんじゃないか? お前の顔見てるとなんか悪い男に誑かされたらどうしようって心配になる」

「へぅ……」


 整った顔を見つめながら心配すると、ヒヨリは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 そしていくら話しかけても反応しなくなってしまう。

 あーあー、まーた壊れちゃったよ。真面目に会話してくれねーかなあ? 真面目な話してるんだから。

 自覚ないだろうけど、お前は一度悪い女(継火の魔女)に誑かされて子持ちにされてるんだぞ? 前科があるんだからな。俺はまたどこぞの誰かに誑かされないか心配だよ。


 蜘蛛の魔女大先生が言うには、ヒヨリが故障する時は俺が褒めた時らしい。褒めていない時も壊れるが、それは俺が無自覚なだけで褒めてしまっていると言う。

 ふーむ? ヒヨリは赤面しているから、照れている。

 照れていて故障したなら、俺の言葉の何かしらが意図せずして誉め言葉になっていたのだろう。

 事実を言って心配しただけで褒めた事になるのか……? 対人コミュニケーション難し過ぎでは。世の中の人々はよくこんな高難易度ミッションを日常的にこなせるよな。


 壊れたヒヨリが再起動するまでかなり時間がかかったが、俺達は今年も抜けるような青空の下で多摩川へ水遊びに繰り出した。

 最初はロボットみたいなぎこちない動きでギクシャクしていたヒヨリも、昼休憩を挟んで川にでっかい石を積み上げダムを作りはじめた頃には普通に戻った。石の隙間から余裕で水が漏れるが、ダムの上流と下流でちゃんと数センチ水位が変わるからオモロい。


 そうしてたっぷり一日川遊びをして、最後にバーベキューをして解散。

 今年も楽しかった。

 でも蜘蛛の魔女と教授がいればもっと楽しかったのにな……

 ヒヨリはどうして川遊びに俺しか誘わないのだろう? ちょっと不思議だ。


 慧ちゃん大好き青の魔女がオコジョを誘わないのは謎だ。

 別に水が苦手って事はないはずだが。


 蜘蛛の魔女を誘わないのは……いや、まあ妥当か。

 ヒヨリは蜘蛛の魔女の疑似餌が気に食わないらしいからな。

 分かるぞ。自分のドッペルゲンガーがいたら誰だって不気味に思うよな。


 蜘蛛の魔女も疑似餌を破壊しようとしてきた青の魔女には腰が低い。まあ、疑似餌は蜘蛛の魔女のお腹のところにある窪みに格納しておけば砕けても再生されるから、破壊されて困る事はない。治癒魔法でも修復できるみたいだし。

 でもそれはどうせ元通りに伸びるから髪の毛を丸坊主にしてもいいよね? というような話だ。疑似餌を壊されても痛みは無いし、元に戻るが、嫌に決まっている。


 そういえば疑似餌で思い出したが、疑似餌を彫刻した時の感触と魔王グレムリンのパーツに使われていた高強度グレムリンの感触が近かった気がする。同じでは無いと思うが、かなり似ている。

 ふーむ?

 魔王グレムリンは自然界(?)の仕組みを参考にしている可能性があるな。

 

 地球にも鮫肌を参考にしたスイムスーツとか、蜂の巣を参考にしたハニカム構造などがある。自然界の中でも特に優れた物を工学に取り入れるというのはよくある話。

 竜炉グレムリンのような天然多層構造グレムリンの例もある。魔王グレムリンの構造や部品についても、魔女や魔法使い、魔物の身体構造を調べれば似た物があるのかも知れない。

 ある程度魔王グレムリンの分解作業が進み特徴を掴めたら、魔法大学の魔物学科とか変異学科あたりに近い構造を持つ魔物や超越者がいないか調査してもらうのも良さそうだ。


 そのためにも分解解析を進めていかないといけない。

 これは俺にしかできない仕事だし、最初の想定より遥かに奥深くて楽しい。

 楽しい上に新技術獲得まで見込めるなんて最高だぜ!

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― 新着の感想 ―
カリカリ超えて炭になるまで灼いてる
砂粒が如きパーツが乗っている机の上を全力で息を吹きかけたい
青ちゃんの体内の氷溶けちゃいそうですねぇ(о´∀`о)
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