表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/188

77 魔王グレムリン

 俺は風呂に入り身を清め、前日にたっぷり寝て頭をシャッキリさせ、作務衣(さむえ)を着て、作業手袋をつけ、オクタメテオライトに祈祷を捧げ、工房の床に正座して魔王素材の到着を出迎えた。

 アメリカの国章が入ったでっけぇ箱を担いで入ってきたヒヨリがびくっとして、ちょっと引いた声を出す。


「ど、どうしたお前……」

「礼を尽くしてる」

「そ、そうか。あと二箱ある。持ってくる」


 合計三箱ってことですか!? やったー! 魔王素材いっぱいだ!

 と喜んだのも束の間、俺は三箱目にバッチリデカデカと蛍光色の放射能標識が描いてあるのを見て全力で部屋の端まで退避して壁に張り付いた。

 おおおおおいッ!! ヤベーもん家に運び込んでくるんじゃねーよ!


「やばいやばいやばいって! なんで核!?」

「グレムリンのへき開面観察用の放射性物質だそうだ。えーと、主成分はセシウム137とストロンチウム90。使用済み核燃料の廃液をガラスと混ぜ合わせたガラス固化体で……? あー……鉛とコンクリートで密閉されているから害は無いらしい。ほら荷物リストだ。自分で読め」

「ええ? ほんとに大丈夫なのか?」

「いざとなったら治癒魔法で治してやる」


 荷物リストを俺に渡しながらサラッと言うヒヨリが無限に頼もしくて安心する。

 被曝すら治せる治癒魔法強すぎる。世界最強呪文かな?


 渡された荷物リストには魔王から採れた素材とその詳細、価値評価が長々と何ページにも渡り記されていた。原文は英語だが、ちゃんと同じ内容の日本語訳もついていて分かりやすい。

 リストでは例外的に「魔王に吸収されていた変異者(ミュータント)の死体」には価値評価がついていない。三箱の荷物にも死体は入っていなかった。

 リストには注釈があり、「取り決め通り0933は魔王から得られる全てのモノに対し優先獲得権を持ち死体も例外ではない。しかしどうかアメリカのために身を捧げた英雄達は祖国に眠らせて欲しい」と書かれていた。これを承認すれば、魔王素材の総獲得量に色をつけてくれるらしい。


 もちろんOKだ。アメリカの取り越し苦労で儲けてしまった。

 超越者は特異体質の人が多いから、倫理を無視すれば死体は非常に研究しがいのある素材なのだろう。理屈は分かる。

 でも要らないです。人体解剖とか怖いよ。

 俺が魔法杖職人じゃなくて魔法医とかだったら医学解剖? みたいなヤツをしたのかも知れませんがね、職種が違うんで。


 魔王素材は全て核爆撃で被曝していたが、放射性物質による汚染は全て聖女の魔法によって完全に清められているので、そのあたりの心配は要らないらしい。


 魔王はダイダラボッチや大怪獣並の巨体で、全ての素材を日本に送るのは効率が悪い。だから今回送られてきた三箱の荷物は全体の一部に過ぎない。俺がどの素材が欲しいか実際に目で見て触り決めるためのサンプルだ。

 早速箱を開けて戦利品チェックに入る。待ちわびたぞこの時を。


 魔王から一番たくさん採れた素材は血液だった。

 これはアンプルに封入され、氷と凍結魔法陣で冷やした見本がある。いかにも人外らしいドロリとした紫の血で、資料によれば80%が水分。18%が地球由来の固形成分で、2%がグレムリンとの事。

 魔王はドラゴンと同じように、体内の炉で融かしたグレムリンを血中に巡らせパワーアップしていたらしい。強い。

 血液にはあまり惹かれないが、記念としてアンプルをいくつか貰っておきたいな。


 血液の次に多く採れたのは骨で、こちらは地球の生き物と同様にカルシウムが主成分なのだが、未知の金属が混ざっている。アメリカの調査によれば、既知のいかなる金属とも一致しない新金属との事。

 骨に含有されているこの未知の金属はごく微量で、アメリカもまだ発見しただけで性質について全然分かっていない。

 これはとても興味ありますねぇ! いっぱい欲しいぞ。


 魔王の骨を削り出して作った魔法杖とか、いかにもなファンタジー装備って感じでワクワクする。ガチ呪いの装備にもなりそうだけど。

 未知の金属成分も面白そうだ。魔法文字に使う合金とはまた別物らしい。何か特別な性質があるに違いない。魔法杖作りに使えそう。


 骨の次に多く採れたのは表皮。

 こちらは勇者パーティーがズタボロにしたので、保存状態が良い表皮はあまり無いとの事。

 ヒヨリの言った通りウネウネした黒い触手が絡まり合ったような感じで、手袋越しに触ってもヌラリとしていて気色悪い。キモいよこれ。えんがちょ!

 このキモ表皮には魔法耐性があるらしい。ヒヨリ曰く、生きている時より段違いに耐性が落ちているが、それでも氷槍魔法(ドゥ・ヴァアラー)程度なら散らしてしまうぐらい防御性能が高いそうだ。簡単に切ったり潰したりできそうなブニブニ感触なのに物理強度もかなりのもの。


 でもキモいしな……

 見た目を気にしなければ強い防具を作れそうだけど、キモいから要らん。俺、防具職人じゃないし。


 血、骨、皮ときて、あと剥ぎ取り品は数量限定のレアドロップになる。

 つまり、角、臓器、魔石、グレムリンだ。


 魔王の頭に生えていた湾曲した二本角はムチャクチャ強度が高い。堅すぎて加工は現実的ではないらしい。勇者コンラッドの魔法剣でも跡をつけるのがやっとだ、と俺にはピンとこない表現で桁外れの強度が強調されていた。加工不能って訳じゃないけど、加工しようとすると現実的じゃない労力がかかる感じだ。


 面白そうな素材ではある。でも実質加工できないんじゃなあ。

 新素材の加工法を探すのも職人の楽しみだが、二本しか採れなかった角は価値評価がバカ高く、角を手に入れると他の物が手に入らなくなる。

 まあ、魔王の角を加工したり強度の秘密を解き明かしたりすれば、凄まじい武具を作れる。戦闘関連だけではなく、工業、農業、あらゆる分野に役立ちそう。高評価の理由も分かる。

 興味は惹かれるけど、素材優先入手権の多くを費やしてまで手に入れたいかと言われればそうでもない。もうちょっとお買い得な価値評価なら欲しかったけど、割に合わないな。


 臓器についてはごちゃごちゃっとしている。

 地球上の生物が持っていない臓器だらけで、何が何やら分からない。生物的役割が分かっているのはドラゴンが持っているのと似たグレムリン融解臓器ぐらいらしい。

 研究価値は高いが、俺はあんまり惹かれない。臓器の素材研究と活用は生物学とか医学畑の人に任せよう。


 魔石についてはバーゲンセール状態だった。

 なんと、魔王は88個もの魔石を吐き出したのである。

 魔石が貴重だという話はどこへ?


 アメリカが奪われた魔石は19個だったのだが、魔王は人類が発見していなかった魔石をアメリカ全土から収集していたらしい。

 魔石は全て未加工品で、大きさも色合いも輝きも多種多様。サンプルとして送られてきた20個の魔石と残り68個のカラーイラストを見ているだけでウキウキしてしまう。

 魔石で魔法杖作りてぇ~! 贅沢に一本の杖に三つぐらい魔石使えたりしちゃうぞ。

 青い綺麗な魔石をヒヨリフィギュアに加工してもいいな。最高の無駄遣いだ。


 しかしその大量の魔石ですら、魔王レアドロップの目玉商品には負ける。

 嬉しい事に、魔王のグレムリンは消滅せず残ってくれた。


 魔王グレムリンの素材価値評価は文句無しの全素材トップ。

 色合いは甲類魔物異常の時に見た物と同じ漆黒。大きさは直径122mmの球体で、世界最大サイズを更新。しかも天然の二層構造になっている。

 グレムリンや魔石の多層構造加工は俺の得意技だ。しかし、魔物の中にはこの多層構造グレムリンを生まれつき持っている種族がいる。有名なのはドラゴン(野良)で、アメリカでは天然の多層構造グレムリンは(Dragon)(Reactor)グレムリンと呼ばれ珍重されている。

 丙類魔物にも天然多層構造グレムリン持ち種族がいるから、グレムリンが多層構造であれば強大な魔物というわけではない。しかし、間違いなく使う魔法は強力になっている。


 世界最大グレムリンであり、天然の多層構造というだけでも凄いのに、魔王グレムリンにはまだ特異な特徴がある。

 へき開面がおかしいのだ。


 へき開面は結晶構造に見られる「割れやすい面」だ。グレムリンのへき開面は通常視認できないが、放射線に曝露させる事で退色しへき開面が一時的に可視化される。

 魔王グレムリンに対しこのへき開面可視化処理を行ったところ、他のグレムリンや魔石では見られない特徴が判明した。

 可視化されたへき開面が、幾何学的で整然とした、何かしらの法則に基づいて走っていたのだ。それは全く生物的ではない。むしろ工学的だ。それも極めて高度な。


 アメリカはこれを根拠に、魔王グレムリンは知的生命体による人工物であると考えた。

 極論すれば侵略兵器だ。


 元々、グレムリンが侵略生物兵器であるという考えはあった。

 日本にあった考えだし、アメリカにもあった。たぶん、世界中のどこでも提唱された説だろう。

 人類はグレムリン災害によって電気を失い、溢れ出す魔物によって壊滅的被害を被った。

 これを災害ではなく侵略だと捉える考え方は、おおいに説得力がある。


 シャンタク座流星群が地球に降らせた魔石が生物兵器による侵略の第一波であり、胞子の種となってグレムリンを拡散。人類の電気技術を破壊し尽くす。

 魔物によって更に人類に追い打ちをかけた後、侵略の最終段階として魔王が魔石を回収し、超越者たちを取り込み、人類の抵抗手段を奪いトドメを刺す……まあ、概ね筋は通っているように聞こえる。


 しかし、グレムリンや魔王が侵略軍の生物兵器だというなら、しっくりこない面も多い。


 まず、魔物が人類に敵対的ではない。

 もちろん、縄張りから人類を追い出そうとする事はある。

 腹が減って人類を食べる事もある。

 人類に病気をバラ撒く事もある。

 人類を好んで食べる魔物だっている。

 しかし、それは地球の動物だって同じ事だ。何も魔物だけが特別人類に害を成しているわけではない。

 理由もなく、ただ殺すためだけに熱心に人類を殺す魔物は、グレムリン災害後から今に至るまで確認されていない。魔物は自らが生存し繁栄するために、結果的に人類と敵対する事が多いが、悪意ある侵略生物兵器か? と言われると首を傾げるところだ。


 人類に敵対的な知的侵略者がいたとして、だ。

 本当に人類を皆殺しにしてお掃除したいなら、キノコパンデミックの原因になったキノコの魔物のような、致命的能力を持つ魔物をしこたま湧かせるだけでいい。キノコパンデミッククラスのバイオハザードが世界規模で三、四回連続して起これば、充分人類は死滅する。

 でもそうはなっていない。

 できなかったのか、やらなかったのか、やるつもりがないのか。


 グレムリンにしても、電気技術を破壊し人類の文明を150年は後退させたが、逆に魔法技術を授けるプロメテウスにもなった。文明を滅ぼす生物破壊兵器としては効果が一貫していない。


 魔王だってそうだ。

 魔王が執拗に執着したのは魔石と超越者の吸収だ。普通の人間には見向きもしなかった。破壊のための破壊、殺戮のための殺戮も無かった。

 魔石と超越者を失えば人類は途轍もなく厳しい状況になるから、結果的には人類を滅ぼす脅威には違いない。

 しかし、魔王は人類を滅ぼすのが目的だったのか? と言われると、これも首を傾げてしまう。

 人類の反撃の鍵に成り得る魔石と超越者を全て潰しきってから改めて人類滅亡に邁進する予定だったのだ、という説もあるし、人類の敵だという論も理解はできるけれど。


 魔法生物の生態や体内構造はワケが分からない。

 魔王グレムリンの規則的幾何学へき開面も、人類目線で人工的に見えているだけで、単にそういう構造を持つように進化した(?)普通の生物という可能性だってある。


 アメリカとしては、グレムリン災害や魔王は魔法文明による侵略だと考える派閥の声が強い。

 実際、魔王によって国土を散々に荒されたのだから恨み骨髄なのも無理はない。

 しかし諸々の奇妙な点があるため「魔法文明は侵略者である」との断定は避けられている。


 魔王グレムリンに添えられていたアメリカの資料には、長々と魔王グレムリンの価値や研究意義について書かれていたが、まとめると「魔王グレムリンは、魔法文明とは何なのかを突き止める手がかりに成り得る」という話だった。


 従って魔王グレムリンの素材評価値はエゲつなく高い。

 グレムリンとしての評価以上に、研究価値が高すぎるのだ。


 俺はアメリカがつけてくれたグレムリンへき開面可視化装置を使い、実際に自分の目で魔王グレムリンをチェックしてみた。

 すると、漆黒の色が透明に変わり、幾何学的に内外に細かく走るへき開面が露わになる。


「ほー。これは確かに……人工物っぽいよな。人工的にコレが作られたとしたら……うーん……」

「そんなに人工物っぽいか? ヒビだらけのようにしか見えないが」

「ヒヨリの目じゃ細かい部分見えないだろ。顕微鏡使えば分かる……いや待てよこれ内部に正十二面体フラクタル構造あるな? ここのとこそうだよな? そうなってるよな? 構造の一つとして? 部品なのか……?」


 魔王グレムリンを色々な角度から覗き込んで観察すると、見れば見るほど面白い。

 へき開面可視化効果は一時間ほどで切れ、色が戻り元の黒色になってしまったが、俺の決断を固めるには充分な時間だった。


 俺はもう一度魔王素材リストを確認し、「魔王グレムリン」に大きくマルをつけた。

 それだけで獲得権のほぼ全てを使ってしまったので、余りで血液アンプル三本と骨一本を貰って終了だ。


 魔石は魅力的だ。骨ももっと欲しい。欲を言えば角だって欲しい。

 しかし、魔王グレムリンが欲しすぎる。他の全てを投げうっても手に入れる価値が、魔王グレムリンにはある。

 アメリカは魔法文明の謎に迫る側面から大きな価値を見出しているようだが、俺目線だと魔法杖製造に応用するための価値だって抜群だ。


 魔王グレムリンを分解解析すれば、魔法的意味を持つ幾何学構造が大量に新発見できるだろう。へき開面が正十二面体フラクタル構造を成していたのはどう考えても偶然ではあり得ない。俺が今見て分かったのがフラクタルだけで、他にももっと幾何学構造が隠れていると考えるのが妥当だ。

 魔王グレムリンの構造には、間違いなく全て魔法的意味がある。魔法杖製造に転用できるであろう技術や理論の宝庫だ。

 

「よーし。ヒヨリ、マルつけた素材以外は全部アメリカに返してくれ」

「もう? もっと吟味した方がいいんじゃないか」

「何日悩んだって結論変わんねぇよ」


 作業机に置いた魔王グレムリンを前に腕が鳴る。

 まずはじっくり観察して、スケッチして、非破壊検査で採れるだけのデータを取ろう。

 そうしたらへき開面に沿って魔王グレムリンを幾何学パーツ毎に分解する。

 恐らく、総部品点数は50万~100万点といったところだろう。

 パーツを壊さず全てバラすには半年はかかりそうだ。

 しかし、その価値がある。間違いなくある。


 これは言わばリバースエンジニアリング。

 魔王グレムリンが魔法文明の人工物だというのならば、分解し、解析し、その素晴らしい技術を我が物としてくれよう……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍化しました!
コミカライズ連載中!!
下記画像リンクから特設サイトに飛べます!
14f6s3b4md58im3azh77p2v1xkg_8ak_1jk_xc_s147.jpg
― 新着の感想 ―
魔王グレムリンが人工物なら、魔法文明の人類はすでに地球に降りているのかな?もしそうなら、魔法使いや魔女の中に紛れ込んでる可能性もあるかも それとも、魔石の様に隕石みたいな感じで、地球外から魔王グレムリ…
魔王グレムリンはクリスタルパズルLv9999999みたいなイメージってことかな。 これを造った(?)魔法文明も分解・解析しようとする大利もどっちもすげえよ
魔王が討伐されなかったら、魔石や超越者をこの世から消し去り人の世を取り戻して下さるお方!とか魔王崇拝する人が出てきた可能性が…?なんかポスアポ世界だとそういうカルト宗教が発生しそうなイメージがある。ま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ