表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/165

07 魔女集会

「青ちゃんが参加してくれるなんて嬉しいわ。お茶菓子を出せたら良かったんだけどねぇ。今度贈るわ」

「いい。リモート参加にしたいと言ったのは私だ」


 魔女集会当日。青の魔女は自宅から目玉の魔女の使い魔越しに集会に参加していた。


 今では「東京魔女集会」と呼ばれている日本の中枢を牛耳る魔女たちの集会は、元々グレムリン災害直後の混乱期の緩い集まりだった。

 発起人は目玉の魔女で、世界で今何が起きているのか、自分の身に何が起きたのか知るために似た境遇の者と定期的な情報交換の場を作ったのが始まりだ。


 吸血の魔法使いが加わってからは政治色が強くなり、東京を区画分けして魔女と魔法使いの縄張りを明確化。バランス良く配置転換する事で治安維持を担える強者が一カ所に集中する事を防ぎ、東京全体の治安向上に大きく貢献した。


 他にも相性の悪い魔物が出現した時に他の魔女に応援を要請する仕組みを作ったり、食料・医療品・燃料など自分の管理地区に不足している物資を交換する場を設けたり、埼玉や千葉から流入する難民を振り分けたり、技術者や医療従事者を集め技術保全と活用を計画したり、これまで数多くの有益な政治的決定が成されてきた。

 入間の魔法使いがクーデターを起こした際にも、大きな犠牲を出しつつ鎮圧し、市民の支持に結び付ける事に成功している。


 しかし、魔女と魔法使いの多くは政治に疎い。

 彼女たちは力を得た一般人に過ぎず、魔法を使って魔物をぶっ殺せばいい明瞭簡潔な魔物狩りはできても、複雑な利害関係の下に成り立つ政治は難しかった。

 全体の音頭を取り統制していた吸血の魔法使いが死亡し舞台を去ると、魔女集会の出席率は激減。

 魔女同士の衝突や軋轢が増え、進行していたいくつものプロジェクトが停止・延期した。


 全盛期は魔法使い7名、魔女22名で構成されていた魔女集会も今は参加人数を減らし、魔法使い1名と魔女19名になっている。

 このうち定例集会に顔を出すのはたった6名に過ぎない。


 吸血の魔法使い亡き後、魔女集会の取り纏め役になった目玉の魔女は、良く言えば調和を重んじ、悪くいえば決断力が低い。

 本人も自覚している事ではあるが、平和な時代のPTA会長程度の役職なら全うできても、東京の命運を左右する魔女集会の纏め役は荷が重かった。

 しかし目玉の魔女以上の適役もいない。魔女集会の定期開催を続け、形だけでも連携を保ち、せめて現状の悪化を防ぐ。それだけで精一杯だ。


 青の魔女は青梅から動かないので、新宿で開かれる魔女集会に足繫く参加していたのは集会結成初期のみ。

 今回のリモート参加は、大怪獣侵攻事件の直後にあきる野市で臨時開催された集会以来の事だった。


「政治ごっこには参加しない。未来視に用を済ませたら抜ける」

「そうなの? 何も話さなくていいから、会議の話を聞いてくれてるだけでも良いのよ? 青ちゃんのためになる話もきっと聞けるわ」

「間に合ってる。未来視、そこにいるか」


 青の魔女が声をかけるとしばらく間が空き「答えなって! 青の魔女が聞いてるんだから!」と小声で誰かが怒る声がした後、くたびれた中年男性の声が答えた。


「いる。残念ながら」

「用件は一つだけだ、すぐに済む。お前のとこで魔法語の研究者を保護してただろ」

「……殺す気か?」

「殺すか! 私は無差別殺人鬼じゃない。そいつが持ってる資料を貸せ。魔法語の」

「魔法語研究はまだ全然形になってないぞ。資料なんて何に使うんだ」

「魔法語の勉強以外にあるか?」

「ハッ、今まで興味の欠片も無かったくせに、怪しいもんだ! まあ青の魔女様の御要望に逆らうつもりなんてございませんがね、資料を貸すのは難しいな。残念ながら」

「何故だ」

「研究資料が原本一揃いしかない。コピー機が動かないからな。貸して無くされたら困る」


 未来視の言葉は道理に沿ったものだ。つまりは複製できない機密文書、ホイホイ貸す方がおかしい。

 しかし青の魔女としても貸してもらえなければ困る。大利に魔法語の資料を持っていくと約束したのだ。


「青ちゃんなら心配しなくていいわ。借りた物はちゃんと返す子よ」


 目玉の魔女の援護射撃が入ったが、未来視の魔法使いは無視して続けた。


「どうしても貸して欲しいなら担保が要る。吸血の魔法使いが残した秘蔵っ子が手掛ける、いずれ世界に革命を起こす一大事業の秘密を、お前にだけ貸すための担保がな」

「ふん、いいだろう。ではそうだな。千人分の食料と水を一週間分でどうだ」

「話にならん。魔法杖キュアノスと交換だ」

「あぁ?」


 思わず低い声が出て、気付いた。

 未来視の魔法使いは最初からキュアノスが欲しかったのだ。青の魔女が魔法語資料を欲しがったので、これ幸いと乗っかったに過ぎない。


「お得意の未来視で私が断る未来は視えなかったのか? 臨時集会で何度も言っただろうが。キュアノスは誰にも渡さない。貸しもしない」

「聞いたさ。でもなあ、聞けよ青の魔女。これはお前のいない魔女集会で散々言って来た事なんだが」


 前置きして、気の抜けた中年の声に力が入る。


「このままだと二年後に食料不足で未曾有の大飢饉が起きる。来年だって餓死者こそ出ないが栄養失調で倒れる奴がゴロゴロ出る」

「だから農林水産改革を進めてるんだろ」

「やっぱり分かってないな。全て計画通りいっても全然足りん。

 いいか? まず農耕機械が動かなくなったのは分かるな? これだけで生産効率はガタ落ちだ。作物の種類によるが20~75%効率が低下する。

 食料輸入が止まった。これも痛い。日本の食料供給源の62%が消えたんだ。

 化学肥料なんて100%カットだ。潤沢な肥料を前提にした農作はできなくなった。

 道路が寸断されて貨物列車も運送トラックも動かない。穀倉地帯で生産した作物が都市部まで届かなくなった。

 農林水産業に従事していた方々の平均年齢は68歳だった。魔物が暴れて医療がストップし夏冬の冷暖房が止まって、高齢者は真っ先に犠牲になった。農林水産業のノウハウを持ってる層は壊滅的被害を受けた」


 未来視の魔法使いは数字を根拠にスラスラと日本の食料生産の惨状について語った。

 大量の備蓄食料を一人で(大利を含めれば二人で)独占し、食料問題に危機感を持ってこなかった青の魔女も真顔になる。

 人類文明崩壊後のポスト・アポカリプス、前文明の残響と略奪の時代は終わりつつあった。

 新時代に適応した産業を早急に打ち立てなければ、疲弊した人類は飢餓によって更なる追い打ちを受ける。


「まだあるぞ。

 日本にある約10万隻の漁船は全て壊れた。漁業は壊滅。年間漁獲高250万トン、300万人を養うはずだった食料の損失だ。生き残っている川釣り海釣り養殖ヨット船、全部合わせても焼け石に水。

 なんとか生産を続けてる農地も厩舎も養殖場も、魔物に食い荒らされる。笑えるな、おい? 俺達が魔物出現を察知して駆けつけて狩った時には、貴重な食料はもう奴らの腹の中だ。鹿だの猿だの雀だの、普通の害獣なんて可愛いもんだ。葛飾区の開墾地は根こそぎやられた。

 種苗会社が文字通り潰れて生産性の高い品種が何十種類も失われた。取返しのつかない損害だ、お前にはピンと来ないだろうが国会議事堂なんて守ってる暇があったら一社でも種苗会社を守れば良かったんだ。

 東京は総人口の約80%が死んだ、必要な食料も80%減った、しかし食料生産量の減少は80%じゃ利かない。いいか――――」

「もういい。分かった」


 青の魔女はうんざりして気の滅入る解説を遮った。

 青梅に一人引きこもり、外で起きる問題を無視する決断をしたのは己自身ではあったが、改めて惨状を聞かされると暗澹たる気持ちになる。

 大怪獣を単騎で落とし、まるで自分が東京を救ったかのような気になっていたが、二年後に来るという食料枯渇問題の前では東京の滅亡も遅いか早いかでしか無かったのかも知れない。


「だからお前の杖が要る」


 未来視の魔法使いは喋り疲れたようにまた声を萎ませた。

 いつもくたびれているとは思っていたが、彼が取り組む問題の大きさを思えば納得だった。


「パワーが要るんだ。火力でもいい、マンパワーでもいい、未知の新エネルギーでもいい、なんでもいい。今すぐ全てを一気に解決してくれる、都合の良い超パワーが要る。

 あと二年しか無い。

 俺は馬鹿みてぇな対価を払って花の魔女から豊穣の魔法を習った。あとはお前がキュアノスを貸してくれさえすれば、増幅した豊穣の魔法をばら撒いて食料生産量を爆上げして、東京近郊だけで300万人以上が餓死するクソったれの未来を変えられるんだ」

「…………」


 青の魔女は迷った。

 もしもまだ青梅の住人が生きていて、青梅の13万人のために、と縋られたら、躊躇こそすれ最終的にはキュアノスを貸していただろう。

 だが見ず知らずの300万人のためと言われても実感が湧かない。

 青の魔女は病気の妹のために三日三晩徹夜で看病できる女だが、コンビニの募金箱には一円も入れない女でもあった。


 青の魔女の沈黙に焦ったのか、未来視の魔法使いは必死に言う。


「お前がキュアノスの悪用を危惧しているのはよーく理解できる。躊躇うのは分かる、だがどうしても必要なんだ。この際キュアノスの出所は気にしない。絶対悪用しない、必ず返す。だから頼む! キュアノスを貸してくれ!」

「似たような事言われて入間の魔法使いに魔石を貸した江戸川の魔女は、魔石を渡した途端に殺されたぞ」

「あー……」


 目玉の使い魔越しに、青の魔女は中年男性が頭を抱えて呻く姿を幻視した。


「それを言われると残念ながら言い返せん。あのガキ最悪の前例残して死にやがったな……いや! それでも頼む! 信じてくれとしか言えんが、絶対に悪用しない。誓う。そうだ、魔法語の勉強がしたいなら資料じゃなくて研究者本人をそっちに送ろう。なんなら人質にしてくれたって――――良くないか、それは。流石に」


 未来視の魔法使いは一線を越えかけたが、ギリギリ我に返り踏みとどまった。

 300万人の命を救うために1人を人質にはできないと判断するあたり、吸血の魔法使いと仲が良かっただけある。

 数字だけで考えれば愚かな判断だったが、青の魔女の好感度は少し上がった。

 一考し、譲歩案を出す。


「私の方でも食料問題の解決策を考えておく。キュアノスは貸せないが、それで手を打たないか」

「考えておくって、お前な」

「アテはある。私は無からキュアノスを取り出したわけじゃないぞ」


 奥の手を匂わせつつ大利の存在を伏せるギリギリのラインで信用を買おうとする青の魔女の言葉は、未来視の魔法使いを散々悩ませた。

 しかし、未来視の魔法使いはその名の通り未来が視える。選択の結果を先読みするため、彼は呪文を唱えた。


教えてくれ(×××クナック)来月も満月かスバスハス・トシャーチァ?」


 未来視の魔法使いは未来が視えると豪語しているが、実際、何がどこまで視えるのかは本人以外誰も知らない。

 今の魔法で何が視えたのかは不明だ。


 青の魔女は約束を反故にするつもりなどない。未来視の魔法使いにとって都合の悪い未来は視えないはずだ。

 それでも未来は不確定。青の魔女は未来を視た男に結果を聞いた。


「何が視えた?」

「なんかだいじょうぶそう。じゃあ、それでやくそくな」


 幼児退行した呂律の回らない声に唖然とする。

 別の誰かが喋っているのかと疑ったが、近くで聞いているはずの他の魔女たちからツッコミが入らない。本人の変わり果てた声らしい。


「おいどうした。お前が大丈夫か?」

「えあ~、ぼくげんき!」

「絶対魔力逆流しただろ……」


 はい休憩室行きましょうね~、良い子ですからね~、と継火の魔女が中年オジを優しくあやす声がして、未来視の魔法使いの声は遠ざかっていった。


 ここまで黙ってやりとりを聞いていた魔女集会の魔女たちがひそひそ囁き交わす声がする中、感激も露わな目玉の魔女の声がした。


「ねぇ青ちゃん。やっぱり毎月集会に顔出してくれない? こんなに穏やかに交渉がまとまったの久しぶりに見たわ。ちゃんと意見を言い合って、受け止めて、譲歩し合って。お姉さんジーンってしちゃった」

「もう参加しない……たぶん。じゃあな」


 青の魔女は話に付き合ってごたごた政治劇に巻き込まれる前に会話をぶった切り、中継用の目玉の使い魔を窓の外に放り投げた。


 食料問題は深刻だ。しかし大利に相談すればきっとなんとかなるだろう。

 世界を変革する力を秘めた魔法杖キュアノスを作ってのけた男なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この小説、書籍化します!!
1巻は2025年9月25日発売。予約受付中(リンク先は特装版。通常版も有)↓
g4zbk5tv8pcdevcr5u1jm2jf4w2g_vn9_i8_px_6ihe.jpg
― 新着の感想 ―
正直300万とかどうでもよくね? 世界的に見れば何十億単位で餓死者が出る(もしくはもう死んでる)だろうし、300万なんて誤差でしょ。 そもそも魔女の人らに、そいつらの寝食に責任持たなきゃいけない意味…
うん…未来視の能力次第、 大利の存在特定が即バレよね…魔法怖い まあ多分同じく未来視で誘拐殺害などすると青の魔女よる殲滅報復が付いてくるから、牽制になる? でも大利の情報特定バレ自体は不可避な気がす…
意味がわからんw 研究資料貸せないどうしてもって言うなら信用のために核爆弾貸せよって言っておいて悪用しないから核爆弾かして!ってアホかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ