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68 洗練する

 古寺に巣をかけ終わった蜘蛛の魔女が言うところによると、東京は今領土奪還に動いているのだそうだ。


 東京魔女集会が最大版図を持ったのは入間クーデター直前。

 そこから入間クーデターで魔女や魔法使いが多数死亡するも、空白になった管理地を目玉の魔女が使い魔の数にあかせてカバー。

 次に大怪獣進撃で吸血の魔法使いが死亡し、港区が落ちる。魔女集会の管理能力はクーデター後の対応で既に限界だったため、港区は一度失われる。

 続いて地獄の魔女も東京を離れ、彼女の管理地であった足立区も失われる。


 その後、港区は魔石杖と儀式魔法十三祭具によって奪還される。

 一度はこの勢いに乗って生存圏を拡大するぞ、という流れになったのだが、パンデミックによって出鼻を挫かれる。

 パンデミックによって魔女が三名死亡し、板橋、墨田、八王子が失われた。


 東北と北海道との繋がりを得て、パンデミックのダメージからようやく立ち直り、今度こそ領土奪還を、というところで今度は荒瀧組が攻めてきてまたもや出足を挫かれる。

 もう出鼻も出足もボロボロだ。何度挫かれればいいのか。


 更に荒瀧組襲撃から間を置かず、甲類魔物が異変を起こし強大化。魔女は対応に追われ、とてもではないが領土奪還にリソースを割く余裕は無かった。

 で、甲類魔物異変を乗り越えやっと一息つけるというところで今度は黒船来航。

 東京魔女集会の主戦力、青の魔女と竜の魔女が一時離脱した。


 青の魔女が抜けた代わりに、蜘蛛の魔女が奥多摩へ移動。

 蜘蛛の魔女の管理地である練馬と、竜の魔女の管理地である武蔵村山・東大和・東村山にかけての領地には、本来足立区と板橋区の奪還を行うはずだった魔術師部隊が着任し領土防衛を引き継いだ。


 そして今、残りの魔術師部隊によって墨田区と八王子市の奪還作戦が進んでいる。


 数年前と比べ、魔術師のレベルは飛躍的に向上している。

 大学の戦闘学科によって魔術師戦闘のイロハが纏められ広まった。

 迂回詠唱研究によって唱えられる魔法が増えた。

 市販品質の魔法杖は性能を向上させた。

 北海道魔獣農場が東京に輸出してくれた砲台鳳仙花は養殖が進み、領土防衛に使えるだけの数が揃った。

 アミュレットでささやかだが魔力回復速度が上がった。

 原料の一つである硝酸の生産問題がネックで大量生産ができないが、ダイナマイトもできた。

 魔力鍛錬によって魔力量が増大し、全てが底上げされた。

 副作用が厳しいが、魔力回復薬すら手に入れた。

 トドメが魔王による甲類魔物招集。今、日本には甲類魔物が一時的にいなくなっている。


 失われた領土を奪還するタイミングは、今しかない。

 時間が経てば、野生動物が変異を起こし再び新しい甲類魔物が現れはじめるだろう。

 そうなる前に、また何か大事件が起きる前に、今この時を逃してはいけない。


 領土奪還のために編成された魔術師部隊の半数以上は魔法大学卒業生で、つまり俺が作った汎用杖を持っている。

 領土奪還が成った暁には、ぜひ「0933の杖のお陰で領土奪還できたし、彼女ができたし仕事も上手く行ったし宝くじも当たった」ぐらいは言って宣伝して欲しい。期待している。


 東京が満を持しての領土奪還に注力している間、俺はといえば魔法文字のお勉強に注力している。

 魔法文字は、難しかった。


 文字を書けるようになるのはすぐだった。見て真似するだけだから、簡単にできる。

 しかし文法がクソややこしい。大日向教授から魔法語の発話に関してそこそこ学んでいたからまだ取っ掛かりがあるのだが、それが無かったら諦めていたかも知れない。


 一般に、外国語を学ぶ時は母語から離れているほど習得が難しいとされている。

 つまり日本人はお隣の韓国語や中国語は割と楽に学べる。しかし英語やフランス語は遠く離れた全然違う言語だから、難しい。

 その観点でみれば魔法語は外国語どころか地球の言語ですら無い。難しくて当たり前。習得難易度は間違いなく最大レベルをぶっちぎっている。


 勉強の教科書として使っている資料には魔法文字の用例が書いてあるから、それをそっくりそのままコピーすれば勉強しなくても一応魔法文字を使用する事は可能だ。

 しかし原理を知らずに使うと事故が怖い。

 不具合に対応できないし、アレンジもできない。

 杖に魔法文字を導入したとして、販売先から「魔法文字がおかしい」とクレームがあったら問題だ。まさか「原理分からないんで直せません」なんて言えるはずがない。職人の名が廃る。

 難しかろうがなんだろうが、杖に魔法文字を使うなら、本格的な勉強が必須だ。


 とはいえ、ずっと勉強ばかりしているのも疲れるので、息抜きに色々魔法文字の使い道を妄想したりもする。

 が、ほとんどの妄想についてはアメリカが既に試した後だった。


 例えば「魔法陣」。

 魔法文字は横一直線に引っ張った線上に文字を記していく大原則を持つ。

 では、その線を湾曲させ、ぐるりと一周させ円にしたらどうなるか?

 魔法文字で円形の魔法陣を描くのである。いかにも何かが起きそうだ。


 思いついた時は「これは!」と思ったのだが、資料を確かめると魔法陣についてのページがちゃんとあり、既にアメリカが研究・実用化していたのが分かった。


 ザックリ言えば、魔法陣を使えば魔法を連射できるようになる。

 魔法陣を使って魔法を唱えると、円に沿って魔力が発光しながらグルグル回る。魔力が文字を通るたびに、文字が示す魔法が発動する。つまり、一回呪文を唱えるだけで同じ呪文が魔力が続く限りリピート発動するのだ。


 この魔法陣技術はアメリカの超越者達の瞬間火力を爆発的に向上させた。

 なにしろ一回の詠唱で魔法一つだったのを、一回の詠唱で十回とか数十回、下手をすれば数百回の魔法に変えられるのだから。

 単発式の銃が機関銃(マシンガン)に変わったようなものだと考えれば分かりやすい。そりゃ強いよ。

 超越者たちは魔力保有量が桁違いだから、魔法陣による魔法自動リピート連射でガンガン魔力を消費してガンガン即死級の大魔法を撃てる。トリガーハッピー状態だ。


 流石に魔力消費が激しく継戦能力がガクンと落ちるが、瞬間火力は急上昇。

 魔法陣を使うアメリカの超越者たちは甲2類魔物を物ともせず、甲1類ですら5,6人で束になってかかれば一気にブチ抜ける(ブチ抜けなければ返す刀でやられる)。俺の銃杖(ガン・ワンド)を持った東北狩猟組合のダイダラボッチ狩りと同じレベルの事を、魔法陣を使って実現できるのだ。

 日本が誇る魔法杖より瞬間火力偏重ではあるものの、魔法文字の発展活用技術「魔法陣」も相当やりおる。


 魔法文字は可能性に満ち満ちている。魔法杖に上手く組み込めれば性能は飛躍的に向上するだろう。

防具やアクセサリに組み込んだり、シンプルに紙や板に書きつけるやり方だって悪くはない。


 俺が魔法文字の基礎習得と可能性探求に夢中になっている間、ヒヨリがやってくれていた業務は蜘蛛の魔女が引き継いでくれている。

 蜘蛛の魔女は奥ゆかしいから、本人はいつも古寺にこもっている。疑似餌を青梅市に置き、疑似餌を介して他所との交流業務をしている。


 変質者が0933に探りを入れて来ようとするのはカットしてくれるし、大学関連の受注や製品配達も請け負ってくれる。有り難い事だ。

 ただ、蜘蛛の魔女はヒヨリより心優しいので、ヒヨリが問答無用で突っぱねていた話が俺に流れてくるようになった。


 例えば、竜の魔女は俺に魔石を加工して貰いたがっていたようだ。

 竜の魔女所有の魔石は本人と共に今は海外だから依頼キャンセル状態ではあるものの、依頼書を読む限りでは「ピカピカキラキラにカッティング」して欲しかったらしい。

 なんか前も聞いた事あるフレーズだな。あいつ、マジで魔石に宝石としての価値しか見出してない。


 竜の魔女はかつて俺を誘拐して手錠をかけ、奴隷同然で働かせようとしやがった。

 ヒヨリが依頼をハネるのも当然なのだが、竜の魔女は巣にたんまり貴金属を貯め込んでいる。

 東京のみならず周辺の都道府県からも集められた金銀財宝は、今まで無駄すぎる道楽でしか無かったが、魔法文字が伝来した瞬間に実利が生まれた。

 竜の魔女は魔法文字の運用に必須となる貴金属をしこたま持っているのだ。


 魔石カッティングと引き換えに貴金属を仕入れる→全然利用しないままほったらかしにしていた品川区の俺の金属加工場で合金を製造→杖作りに利用、というルートが構築できそう。

 竜の魔女との関係性を見直す時が来たのかも知れない。一考の余地ありだ。もっとも全ては奴が帰国してからの話になるが。

 ヒヨリは帰国確定だけど、竜の魔女は魔王戦から生きて戻ってくるか分からない。割と強いという話は聞いてるけど、ヒヨリから逃げ出し命乞いしてる印象が強いからイマイチ実感わかないんだよなぁ。


 もう一つヒヨリがハネていて蜘蛛の魔女が通してきた話としては、煙草の魔女の馬主の話があった。

 煙草の魔女は自領にある横田飛行場を牧場に改造し、グレムリン災害後に失われそうになっていた競走馬を保護し、育てている。

 いずれ競馬を復活させる目論見があるようで、最近は東京の有力者に「馬主にならないか」という誘いをかけている。俺に話が来たのもその流れ。

 前に杖の受注を受け付けた時も思ったけど、随分愉快な魔女だな。


 実際、俺は魔法杖製造でめっちゃ稼いでいて、金が余っている。余った分は品川の工場に投資していたのだが、いくらか馬の育成に回すのも悪くない。お馬さん嫌いじゃないし。

 でも、特別好きでもない。競馬にも興味はない。馬主になったところで、人が犇めく競馬場に顔を出すなんて自殺行為だ。

 むしろ乗馬体験とか、ポニーを飼うとか、そっち系に興味がある。馬は賢いって聞くし仲良くなれそう。

 これもまた一考の余地ありだ。競走馬の馬主にはならないけど、馬そのものには興味あるから金出すってのは煙草の魔女的にはOKなのかな。


 そんな感じで数週間の間、蜘蛛の魔女は滞りなく交渉受付業務をしてくれていた。

 しかし何やら物思いにふける頻度が段々増えてくる。

 蜘蛛の表情は読みにくいが、数週間も付き合っていればなんとなく分かるようにもなる。


 魚肉を丸めた肉団子を手土産に古寺を訪ね、何か悩みでもあるのかと尋ねると、蜘蛛の魔女は大袈裟にのけぞって驚いた。


「分かるの? 青の魔女は『大利は鈍感だから、ハッキリ言わないと何一つ気付かない』って言ってたのに……」

「あっそれは合ってます。俺の対人スキル死んでるんで。たぶん自覚無いだけで色々気付いてない事あると思います。でも蜘蛛の魔女さんの事なら分かりますよ。なんでも話して下さい。俺に助けられる事なら力になります」


 真摯に言うと、蜘蛛の魔女はキィと鳴いた。

 口をカチカチ言わせて悩んでいたが、しばらくして小声でもそもそ話してくれる。


「あのね。青梅に疑似餌を置いていろいろ人と話してるでしょ? 疑似餌を見た人が不気味がるの。認識を歪める能力がダメっていうより、できそこないのノッペリ人形みたいな見た目してるのがダメみたい……」

「うーん……? まあ、分からなくも無くは。デッサン人形とかマネキンが不気味だって人は不気味がりそう」


 疑似餌の姿を思い出し、軽く頷く。

 俺は嫌いじゃないけど、確かに嫌う人もいそう。人形が動くってホラーでありがちなテーマの一つだもんな。人間が動いてる方が怖いと感じる俺の方が少数派だというのは流石に分かるぞ。


「服を着せたりもしてみたんだけど、そもそも体型からして人間とちょっと違うから。ねぇ大利。嫌だったら全然断ってくれて大丈夫なんだけど、私の疑似餌を人間っぽくできないかな……」

「人間っぽくですか。俺、化粧の事は分かんないですよ? 頑張ってみますけど」

「ううん、違うの。顔とか手先とか整えて、疑似餌がちゃんと人間に見えるように彫刻できないかな……」

「ああ、不気味の谷を超えたいって話ですか。それならいけると思います」


 俺は快諾した。

 不気味の谷とは、人間に似た姿を不気味に感じる現象の事だ。


 例え人型でも、金属剥き出しでいかにもロボロボしたロボットを人は不気味だと思わない。

 まるで人間に擬態しているかのような「人に似せている」感のあるロボットは気色悪く感じる。

 しかし人間と見分けがつかないぐらい人間そっくりのロボットは、人間ではないと分かっていても不気味には感じない。

 中途半端に人間に似ているパターンだけガクッと好感度が下がる、この現象が不気味の谷。


 蜘蛛の魔女の疑似餌はまさにこの不気味の谷に該当する。

 確かに中途半端に人間っぽいんだよな。完璧に人間そっくりにすれば不気味さも消える事だろう。


「彫刻って言っても色々ありますけど。ギリシャ風とか和風とか。なんか希望あります?」

「ギリシャ……? ごめん、彫刻については詳しくないから分からない……でも、ええっと、そのー……び、美少女にして欲しい……」

「OK。世界一の美少女にしますよ」


 蜘蛛の魔女は脚先でモジモジ古寺の床板を引っ掻きながら恥ずかしそうに言ったが、何も恥じる事は無い。綺麗に可愛くなりたい・したいという欲求は自然な事だ。もっと堂々と言っていいんスよ。


 俺は一時的に青梅から奥多摩に呼び戻された疑似餌を早速ノミとタガネと彫刻刀で削りにかかった。俺が彫刻をしている間、蜘蛛の魔女には蜘蛛糸でウィッグを作ってもらう。髪の有る無しで印象全然違ってくるからな。そこは必須だ。


 以前「疑似餌はかなり頑丈」と言っていたのは本当で、強度も硬度も相当なものだった。グレムリン切削用に研ぎ澄ました彫刻刀では刃が立たなかったので、金属ヤスリを持ってきて少しずつゴリゴリ削っていく。

 形ができたらサンドペーパーで磨き上げる。人間っぽい肌の質感を出すため、磨き過ぎに注意だ。


 丸々三日間かけて細部に至るまで完璧な1/1スケール美少女に仕上げ、最後に蜘蛛の魔女製作のウィッグを被せる。

 俺は完成した疑似餌Ver.2の出来栄えを満足して眺めたが、妙な既視感に襲われた。

 この疑似餌、どこかで見た事あるような気がする。どこだっけ……?


「どうしたの……? 良い出来栄えだと思うけど。そっくりだよ……?」

「そっくり? 何に?」

「えっ。いや、青の魔女に……」

「!!!! それだーッ!」


 おずおず言った蜘蛛の魔女の言葉で違和感が氷解する。

 そうだ。この疑似餌、ヒヨリにそっくりなんだ。

 髪の色は蜘蛛糸だから白だが、それ以外はヒヨリと瓜二つ。


 そっか、そうだよな。美少女にしてくれという注文で世界一の美少女にしたんだから、ヒヨリに似て当たり前だ。全然意識してなかった。


「無意識だったんだ。見せつけられてるのかと思った。じゃあ世界一の美少女って言われて無意識に青の魔女の姿に……? ううっ、脳が焼けそう……」


 蜘蛛の魔女が急に悶え始め何事かと思ったが、作品の出来栄えそのものにはOKが出る。

 何か引っかかる言い方だったので、不満点があれば直すと言ったのだが「感情ぐちゃぐちゃで不満なのかどうかも分からない……」と言われ困惑する。


 どういう事なんだ一体。注文通りの超絶美少女に彫刻したのに。

 考えてみても分からず、聞いてみても要領を得ないので、俺は首を傾げながら古寺を後にした。まあ、とりあえずヨシ! 後から改善要求が出たら都度修正すれば良かろう。


 彫刻は良い気分転換になった。

 さて、地道な魔法文字のお勉強に戻ろう。

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― 新着の感想 ―
相変わらず罪な男だ…
まあ間近で見た美少女の例が青の魔女しかいなかったのあるかもね!! もっとまともで同じくらいの美少女魔女がいれば可能性もあったかも。
カリッカリに灼かれてる…
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