63 泰平の眠りを覚ます上喜撰
正月の三が日も明けたある冬の日の事。
夜のうちに降った雪は辺り一面に積もっていて、俺は防寒着を着て裏庭に雪像を作っていたのだが、山の方からくしゃみが聞こえた。
花の魔物でも風邪とか引くのか? と思って、予備のマフラーを持ってコッソリ様子を見に行く。すると、フヨウの周りを三匹の火蜥蜴がぐるぐる円を描くように走り回って雪を溶かしていた。
寒さを物ともしない火蜥蜴たちは、フヨウが根っこで捕まえようとしてくるたびにサッと避けミーミー笑う。フヨウは怒った声を上げていたが、顔は笑っていた。
仲良くなってんじゃん。
いや仲良くなってるのか……? まあじゃれ合うぐらいの仲にはなったのか。
俺は子供たちの遊びの輪に割り込むような無粋はせず、マフラーを近くの木の低い枝に目立つように引っかけて退散した。仲良く喧嘩しな。
白い息を吐きつつ裏庭に戻ると、ヒヨリが来ていた。
俺が作った雪像をじろじろ見ていたのでちょっと恥ずかしくなる。
「よー、ヒヨリ。それは参考資料無くてさあ。細部の作りは正直怪しい」
「いや分かる。牛だろ? なんでこんなリアルな牛の雪像を作ろうと思ったんだ」
「昨日の晩飯牛鍋だったから」
正確には牛の魔物の肉だけど。
グレムリン災害後に畜舎の多くは肉食魔物に襲われ、純正牛肉生産量は激減。未だ回復していない。外国からの輸入停止に合わせ、牛肉は貴重品だ。
値段はもちろん高いし、そもそも流通量が少ないから買い逃すと金があっても食べられない。
でも魔物肉だって悪くない。秘伝のタレに漬けないと食べられないから、どうしても秘伝のタレの原料である胃液由来の酸っぱさがほんのり残ってしまうが、慣れれば気にならない。
ヒヨリがしゃがんで雪牛の足元に雪兎を作り始めたので、俺は牛の背中に雪オコジョを作る。どんなポーズに仕上げようか構図を考えていると、へたくそな雪兎を量産するヒヨリがふと手を止めていった。
「言い忘れるところだった。ビッグニュースだ、大利。来月アメリカが来るらしいぞ」
「ふーん……ん!? アメリカが来る!? 何が!?」
「黒船来航だ。未来視がアメリカ国旗を掲げた蒸気船が入港する未来を視たと言っていた」
「大事件じゃねぇか!」
「そうだな。まだ公式には発表されていない。口外するなよ」
いや言いふらす相手なんてフヨウと火蜥蜴ぐらいしかいないから。
というか、滅んで無かったのかアメリカ! アメリカは甲類魔物の渡り先だ。とっくに更地にされたものとばかり。
話を聞くと、少なくともアメリカによる日本侵略ではないらしい。蒸気船に乗ってやってくるアメリカ人と思われる人々は非常に友好的で、贈り物もあるとの事。
それ以上の詳細はもう少し来航の日時が近づかないと分からないが、魔女集会では概ね歓迎する方向で話が進んでいる。
黒船来航と聞くと、日本の歴史的にあんまり良い印象はない。
江戸時代には武力を背景に無理やり開国させられ、不平等条約を結ばされたからな。
だが、前時代では日本とアメリカは同盟国だった。開国はむしろ大歓迎だし、どちらかというと日本が武力を背景に圧をかける側だろう。
俺は指折り月日を数え、感心した。
「グレムリン災害から五年と八カ月だろ? よく蒸気船建造して太平洋横断なんてできるよな。復興はえー」
東京ではやっと造船所が落成したところで、船の建造はこれからだ。
向こうもグレムリン災害で大打撃を受けただろうに、もう蒸気船を作れるほど産業を再生させたとは。アメリカの生産力には恐れ入る。流石USA、日本とは国力が違うぜ。
「でもアメリカは甲類魔物の渡り先だろ? まさか全部ぶっ倒してきたのか? ヤバ過ぎだろ」
「さあ、それは分からない。私は難民を乗せて逃げてきた船ではないかと思っているが」
「ああ、そっちの方がありそう」
魔物学科の推計によると、全世界からアメリカに甲類魔物が集結したとするならば、少なくとも50体以上の甲1類魔物が上陸しているはずだ。そこに甲2類と甲3類、乙1類の上澄み集団が数万から十数万体くっついてくる。
勝てねぇよそんなん。
仮に日本が集結地点だったとしたら、十回滅んでもまだお釣りがくる。現実的に対応するなら、どこかの離島に魔女と魔法使いをかき集めて立てこもり、細々と息を繋ぐぐらいしかないだろう。
来月やってくる第二次黒船は、滅びから逃れてきたノアの箱舟か。
それともまさかの大穴、甲類魔物の軍勢を撃滅してやってきた最強超大国アメリカの友好使節か。
黒船が到着し、話を聞ければハッキリするだろう。
「おい、言っておくが黒船を見に行きたいなら私に言えよ。護衛につく」
「え、止めないんだ。黒船停泊中は奥多摩に引きこもってろ! って言われるかと」
「荒瀧組の時は……」
「あ。いやすまん悪かった」
そうだった。
俺、出るなよ絶対出るなよって念押しされたのに勝手に奥多摩を出た前科があった。
勝手にフラフラ動かれるより、外出許可出して護衛についた方がまだマシだと思われたらしい。
「リアル蒸気船はちょっと興味ある。けど、どーせ野次馬いっぱいだろ? 行かない」
「そうしてくれ。それでこの話を大利にした理由なんだが、お前贈呈品作らないか?」
「贈呈品……贈り物? アメリカに?」
「そうだ。向こうは何か贈り物を用意してきているらしいからな。こちらとしても返礼品を用意しておきたい。北海道魔獣農場は黄金鷲の魔獣を来航までに準備すると言っている。東北狩猟組合はダイダラボッチの素材。琵琶湖協定はまだ見繕っているが、何かは準備する。東京魔女集会からはできれば大利に魔法杖を作ってもらいたい」
「おおっ……! やるやる! 超やる!」
俺は感激した。
素晴らしい。
奥多摩の杖職人から始まり。
東京の杖職人になり。
日本全域に知られる杖職人になり。
そして今、俺の魔法杖は世界に羽ばたくのだ。
ネットオークションをやってた頃ですら海外に商品を発送した事はなかった。
黒船でやってくるアメリカさんに魔法杖を気に入ってもらえれば、俺の魔法杖は世界的な地位を得る事だって夢じゃない。
世界に刻め、魔法杖。
俺は早速工房にこもり、外交贈答品用の魔法杖の設計製作に取り掛かった。
ヒヨリが言うには、技術流出を気にする必要は無いという話だ。
そもそも、俺の杖の「多層構造」「クヴァント式魔法圧縮円環」は模倣しようとした日本の腕利き職人たちの心をバキバキにへし折ってきたオーバーテクノロジー。原理が分かってもどうせコピーできない。というかコピーできたら賞賛モノです。
原理さえ分かれば比較的簡単に真似できる魔力逆流防止機構でさえ、モノだけ見てすぐ真似するのは難しいだろう。融解再凝固グレムリンは見た目では普通のグレムリンと区別つかないからな。魔法の発動媒体にならないから、普通のグレムリンと違うのはすぐ分かるだろうけど。
ただ、一つだけ、オーバースペックにはするな、と釘を刺された。
今回作るのはあくまでも贈答品。俺的には商品サンプルなのだ。
当然品質は最高にするべきだが、キュアノス並の大量破壊兵器を贈ると色々困った事になる。友好の証に核兵器を贈るやつがあるか! という話で。
もっとも過ぎる。
アメリカといえば銃社会なので、俺は以前作った銃杖「巨神殺し」をベースに5.56mm口径の実弾射撃に対応した杖を設計した。
試射用の実弾はヒヨリがブラックマーケットをあたって前時代の物を見つけてきた。
俺としては封印弾をアメリカに見せびらかしたいところだが(絶対ウケる!)、外交担当青の魔女様の意見を窺うと却下された。封印弾はオーバースペックだから駄目、との事。
まあそれはそう。封印弾を使えば、魔術師どころか一般人でもワンチャン魔女や魔法使いを殺し得る。狙撃で時間停滞かけて足元にダイナマイト積み上げれば爆殺できるしな。マジで危ない。
結局、贈答用の銃杖はほどほどの性能にまとめた。
コアはグレムリン製で三層。
クヴァント式魔法圧縮円環はつけたが、二重の交叉タイプにはせず、一重の輪に留める。
逆流防止機構はフルスペックでいい。
そして杖モードと銃モードを切り替える変形機構付き。
ちょっと遊んだのは杖の柄ぐらいだ。フヨウがずっと練習してくれていた木材生成の初実践として、杖の木製部分には全てフヨウが作った軽くて頑丈な木材を使った。たぶん青銅ぐらいの強度はある。それでいて重さは普通の木と変わらないのだから大したものだ。
最後に完成した銃杖を贈答品に相応しい上質な桐箱に丁寧に収め、出荷。
あとは結果を待つだけだ。
黒船来航は近い。
俺の魔法杖を見たアメリカの反応やいかに。





