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61 クヴァント式魔法圧縮交叉円環

 甲類魔物の「渡り」が完全に終わり、空も海も静かになった十月末。

 久しぶりに奥多摩に遊びに来たオコジョがちょっとやつれていたので、俺は居間のテーブルに敷いたブランケットに小さな体を横たえ、櫛で優しくブラッシングした。


「お疲れ教授」

「あぁ~……!」


 くすぐったそうに身を捩ったのは一瞬の事。教授はすぐに涎を垂らし、恍惚とした表情でフニャフニャになった。

 頭から尻尾まで丁寧に梳いてやり、最後に顎を軽くくすぐってやると、オコジョは疲労感を吹き飛ばした血色の良い顔色でスヤスヤ深い眠りに入った。

 ククク。俺は中学時代、このゴッドハンドで近所の猫集会を制圧した武勇伝を持つ。ちんまいオコジョでは抵抗すらできまい……!


 紅茶を勝手に淹れて飲んでいたヒヨリが、あられもない腹出し仰向けスタイルでバンザイして寝てしまっている教授の姿にゴクリと息を飲む。


「わ、私もオコジョ変身覚えようかな……」

「なんだ毛繕い希望かぁ? 卑しい女め! そんなに毛を弄って欲しいなら髪でも編もうか?」

「それだ。頼む」


 からかったつもりが素直に背を向けて髪を差し出してきたので、仕方なく髪に櫛を通していく。髪は女の命という格言はいったいどこへ? アッサリ命差し出されたぞ。

 しかしお客さん、良い髪してますねぇ~。髪に血を吸わせてそうな戦歴してる癖に、日頃の丁寧なケアが窺える上品で艶やかな黒髪をしてやがりますね。大変よろしいかと。


「おお。流石に上手いな。しかし、うーん。これは器用なだけとは思えない。女の髪を扱い慣れているような……おいまさかっ! 大利、彼女がいた経験は!?」

「まさか過ぎるだろ! いねぇよ一度も! 姉がいるんだよ。思い出してみりゃあ姉ちゃんに褒められたの風呂上りの髪手入れの腕前しかねぇな」


 でもまあ、俺も姉ちゃんを褒めた記憶無いしお相子か。


「なんだ家族か……」

「前言ったかも知れんけど、俺家族に絶縁されてるから。あんまこの話掘り下げるなよ。で、髪型の希望とかあるか」

「ん……適当にまとめてくれ。激しく動いて邪魔にならない髪型ならなんでもいい」

「オッケー任せろ」


 ヒヨリの髪はちゃんと手入れされている一級品だったので、俺としても大粒の宝石を扱うぐらいの心構えで丁寧に梳かしていく。

 ヒヨリは最初リラックスして肩の力を抜きフニャフニャしていたが、しばらくするとちょっと退屈になったらしく、話を振ってきた。


「慧ちゃんも私も十月は忙しかったからな、なかなか遊びにも来れなかったが。奥多摩はどうだった?」

「今年度の大学卒業生用の杖作って、フヨウの知育用にグレムリンパズル作ってた。変わった事は甲類魔物が「渡り」で遠くの空飛んでくのが見えたぐらいだな。奥多摩は平和なもんだったけど、あっちこっち大変だとは聞いてる」


 東京魔女集会は、甲類魔物異常のピークから「渡り」の開始、そして終わりまでをほぼ犠牲無しで乗り切った。

 対応力の飽和で東京瓦解もあり得たという異常事態を、魔術師の再起不能者数名と数十名の重軽症者で乗り越えたのは良くやったと思う。俺は田舎で杖作ってただけだから、どれほどの激戦があったのかは伝聞でしか知らんけど。

 俺が作った魔石杖と、大学の魔力鍛錬法による魔術師水準底上げが効いたのは間違いない。


 琵琶湖協定にも魔石杖を送ったが、その甲斐あってか向こうも異変を乗り切ったらしい。

 いや、厳密にはかつての生存圏の三割を放棄し、防衛範囲を縮小して辻褄を合わせたらしいから、「乗り切れた」というより「潰されなかった」が正しいのかも知れないが。

 荒瀧組にボコられ内政をぐちゃぐちゃにされていたというのによくやったよ、琵琶湖協定は。


 琵琶湖協定は元々タカ派とハト派で魔女・魔法使いの対立構造があったコミュニティだが、荒瀧組からの甲類魔物異変という波状攻撃の前には団結を強いられ、依然としてわだかまりは残るものの、軋轢は少なくなったようだ。その証拠に、東京魔女集会に琵琶湖協定主要メンバー全員の連名で経済圏参入の申し入れが届いているという。

 大日向教授が疲れていたのは、経済圏拡大に関しての有識者会議に連日出席していたからだ。マジでご苦労様。俺が参加してたら有識者会議初日の会議6時間前とかに胃潰瘍で緊急搬送されてるぞ。


 元荒瀧組支配地の九州では、庇護者を失い40万人が露頭に迷っていた福岡市に小規模生存者コミュニティを細々と守っていた魔法使いが二名合流。

 甲類魔物に敗北し沖縄から命からがら焼け出されてきた魔女も合流し、三名の超越者が力を合わせ、辛うじて4万人の人口と共に甲類魔物異常を乗り切った。

 40万人の人口は1/10まで激減。全滅こそ免れたが、九州は力を失った。


 東北狩猟組合は封印弾やマモノバサミで甲類魔物の時間加速を相殺し、高い連携力を元に集団で一体ずつ確実に潰し、犠牲なく乗り切った。

 特筆すべき事が無かった事そのものが特筆すべき事だ。東北狩猟組合は非常事態でも安定感がある。その代わり厳しい風土って感じするけど。


 北海道魔獣農場は概ね安定していたが、最後に波乱があった。

 北海道では魔物の調教使役が盛んに行われている。新硬貨のデザインにも使われた守護獣「山熊」は中でも有名で、元々甲2類魔物として猛威を振るっていたのを調教された存在だ。山熊の他にも使役されている甲類魔物がチラホラいる。

 甲類魔物の異変は敵味方問わず起きた。

 つまり、野良の甲類魔物が強大化していっても、同時に調教された味方側の甲類魔物も強大化していく。だから北海道魔獣農場は武力の均衡がとれ、甲類魔物異変の最終局面まで安定していた。


 ところが「渡り」が始まると、使役していた魔獣たちまで一斉に東へ向かおうとした。コミュニケーションが一切取れなくなり、制御不能と化し、何体かは実際に海の向こうへ消えていった。

 最大戦力である山熊も危うく離反しかけた。がむしゃらに東へ向かおうとする山熊を魔法使い三人がかりで抑え込んでいる間に、魔女が一か八か元凶と思われる黒グレムリンを摘出。

 すると山熊は渡りを中止し、正気に戻った。


 興味深い現象だった。

 各地から集められた情報を統合し魔物学科が出した結論によれば、どうやら「渡り」は黒グレムリンの優越によって発生するらしい。


 元々、甲類魔物は黒グレムリンを持っていなかった。

 しかしどこかのタイミングで体内に黒グレムリンが発生。黒グレムリンは時間経過と共に育って巨大化していく。巨大化するほど、黒グレムリン由来の時間加速魔法も強力になっていき、甲類魔物は力を増す。

 そして黒グレムリンの大きさが甲類魔物が元々持っていたグレムリンの大きさを上回ると、一心不乱に東を目指すようになる。


 そして北海道から九州にかけての東への移動データが集まった事により、甲類魔物の移動先も判明した。

 どこも東へ移動していったのだが、微妙に角度が違う。

 北海道では少しだけ南寄り。九州では少しだけ北寄り。

 各地の甲類魔物の移動経路を地球儀上に図示すると、全ての線が概ね一カ所で結ばれる。

 その場所はアメリカだった。ロッキー山脈やイエローストーン国立公園を有する、アイダホ州のあたりだ。


 アイダホ州に何があるのか、何がいるのか分からない。

 しかし、日本だけでなく日本の西からやってきて東へ去っていく推定中国の甲類魔物の姿も確認されているから、アイダホ州には世界中の甲類魔物が集結している可能性が高い。

 甲1類魔物ダイダラボッチにすら黒グレムリンはあった。魔物の軍勢には甲1類魔物も多数含まれるだろう。

 今、アイダホ州は間違いなく地上の地獄と化している。

 ヤバすぎる。アメリカ滅びたな。


 日本は甲類魔物が軒並み消えて一息ついているが、他人事ではない。

 もし甲類魔物の集結地が日本だったら、日本が終わっていた。

 青の魔女は甲1類魔物ですら瞬殺できるが、その瞬殺は魔力全消費と引き換えだ。甲1類魔物が複数体現れたら、さしもの最強魔女も分が悪い。

 アイダホ州に集結した甲類魔物がワールドツアーを開催したら世界がヤバい。


 甲類魔物の異変はひと段落ついた。しかし遠い異国でまだ事態は続いている。

 アメリカに調査隊を派遣するべきだという話もあるが、何しろ太平洋を隔てた別大陸だ。簡単な話ではない。

 外に目を向ける事も必要ではあるが、まずは足元を固めようという意見が主流だった。


 甲類魔物が日本から消え、日本に現在いるのは最大でも乙1類。

 縮小するばかりだった人類生存権を押し広げ、領土奪還を進める大チャンスである。


 失われた領土を跳梁跋扈する魔物どもの魔手から取り返したとて、継続的に維持できなければ意味はない。領土維持には基本的に魔女か魔法使いが必要だが、港区はその例外として偉大な先例を作った。

 領土の中央に監視塔を設け、儀式魔法部隊が呪殺で監視し、強力な杖で武装し訓練された魔術師部隊が警邏する。これによって領土維持は可能だ。

 しかも魔力鍛錬によって呪殺部隊の魔力量は底上げされ、いずれは甲類の呪殺あるいは別の大魔法による撃滅にまで手が届くのではないかと希望が持たれている。


 問題は肝心要の儀式魔法祭具の製造が難しい事だ。

 儀式魔法祭具は一塊の巨大なグレムリンから、全く同じ形状のコアを幾つも削り出さないといけない。港区で使われている儀式魔法十三祭具は、甲1類魔物の80mmサイズ巨大グレムリンから削り出した。

 そんな巨大なグレムリンは滅多に手に入らない。

 儀式魔法祭具を作りたくても素材が無いのだ。


 1つランクを下げて甲2類魔物のグレムリンを使おうとすると、40mm程度にまでサイズがガクッと落ちる。

 40mmグレムリンでも祭具は作れる。しかし、サイズの問題で、十三祭具にはならない。精々三~四祭具ってところだ。

 祭具のメリットは魔力消費を頭割りできる事。100Kの魔力の持ち主を十三人集めれば、十三祭具で消費魔力1300Kの大魔法を使える。

 しかし四祭具だと400Kだ。一般人基準なら図抜けた魔法を使える。しかし乙1類や甲3類あたりを敵として想定すると心許ない。


 甲類魔物は一時的に日本から消えたが、時が経てばまた動物が変異し、新しい甲類魔物が現れ始めるだろう。

 だからその前に領土奪還をしたい。

 領土奪還のためには儀式魔法祭具が必要。

 しかし儀式魔法祭具の素材が無い。

 さて困ったぞ、というのが現状である。


 髪を弄りながら話しているうちに反応が鈍くなり、ヒヨリは寝てしまった。

 髪弄りのついでに作ったバレッタで長い髪を留めて仕上げ、椅子に座ったスヤスヤのヒヨリに毛布をかけてやる。

 それからお休みの女性陣を起こさないように、大日向教授がお土産にもってきたグレムリン工学科の研究資料を手に足音を立てず工房へ向かった。


 さて、さて。

 俺の最新作賢者の杖はウケが悪く、魔力定規製作はウケが良かったが退屈でダルい仕事だった。

 そろそろ一発良い感じの新作を出したい。


 新作の着想を得るために大日向教授にグレムリン工学科の研究資料を持ってきてもらったのだが、中々面白い研究をしている。

 融解再凝固やアミュレットといった既知の分野の他に、魔石の性質研究も行われている。

 完全新規研究としては、グレムリンを利用した電気回路代用品製作、グレムリンをエネルギー源として利用する動力の研究、グレムリンから電気を抽出する試みなどだ。

 どれも全く目ぼしい成果が上がっていないものの、魔力鍛錬法が数年の雌伏の果てに大発見をした事を思えば期待が持てる。

 例え散々研究した末に「この分野には未来が無い」と分かっても、それはそれで大成果だ。以後はその分野に労力を割かなくて良くなるのだから。


 グレムリン工学科の研究資料は面白いものばかり。

 ざっと全てに目を通し、中でも一番目を惹かれたのはまだ理論構築どころか思いつきメモに過ぎない「グレムリン鎖」だった。

 発案者はワルディフリード・クヴァント教授。半田教授の後任だ。名前がやたらカッコイイ。さてはドイツ人だな?


 クヴァント教授は幾何学や木工細工に造詣があるらしく、そのあたりを絡めた発想を多く出しているっぽい。グレムリン鎖はwood chain、いわゆる木彫りの鎖のグレムリン版である。

 普通、鎖は金属かプラスチックで作られる。輪っかを一つ一つ作り、それを繋げていくのだ。だから輪っかには継ぎ目がある。

 しかし木彫り鎖は違う。輪っかに継ぎ目が無い。一本の木から、最初から鎖の輪が全て連結した状態で削り出されるのだ。


 この木彫り鎖をグレムリンで作ったらどうなるのだろう? というのが「グレムリン鎖」。

 どうなるんですかクヴァント教授! と思ってページを捲ったら、続きは白紙だった。マジで思いついてメモしただけらしい。

 まあね。ただでさえ難易度の高い木彫り鎖を、超高難度加工素材であるグレムリンでやろうという話なのだから、大学では実物を作れないだろう。

 でもねぇ、俺なら作れるんですねーこれが!


 遠回しに「大学では試せない思いつきメモを大日向教授にパスして0933の目に留まれば勝手にやってくれないかな」という意図を感じる。でも喜んで乗せられておく。オモロそうだから。


 とりあえず40mmサイズのグレムリンの在庫を一個使って鎖輪径3mm、長さ100mmグレムリン鎖を彫り出してみる。

 端を手に持って宙でプラプラ揺らすと、チャリチャリと小気味良い音が鳴った。

 フーム。アクセサリのチェーンとして良さそうだな。お洒落で綺麗だ。しかもたぶん俺にしか作れない。


 次に魔法を試してみる。

 多層構造は威力増幅、フラクタルは発動待機&威力減少、メビウスの輪は等倍&発光&共鳴だった。

 鎖はどうだろう?


 念のため工作机の後ろに隠れながら、机の上のグレムリン鎖に魔法を唱える。


撃て(ア゛ー)!」


 すると、グレムリン鎖は白い光に包まれ、空中に浮かび上がり天井にぶつかった。

 おおお!? 浮いたーッ! なんか起きた!


 天井を見上げると、グレムリン鎖は白い光を帯びたまま天井に張り付きっぱなしだ。

 継続的な浮力の発生? それとも反重力?

 白い光は……「撃て(ア゛ー)」の白ビームと同じ色だな。魔法がエンチャントされたのか? でも「撃て(ア゛ー)」に浮遊効果とかは無いよな。どうなってるんだろう。


 脚立を持ってきて天井に張り付いているグレムリン鎖を引っ張ると、弱い抵抗はあったが簡単に地上に引っ張り戻せた。しかし手を離すとまた浮かび上がり、天井に張り付く。

 むむむ。浮かび上がる力はそんなに強くないな。水中に沈めたビート板よりずっと弱い。

 糸を使って錘をグレムリン鎖につけていくと、100gちょいで落下した。

 100mmのグレムリン鎖をちょん切って10mmにすると、光と浮力を失う。また魔法を唱えれば白く発光し浮いたので錘をつけると、今度は10gちょいで落下した。長さ1mmあたり自重+約1g分の浮力を発生させると考えて良さそうだ。


 今度は「凍れ(ヴァアラー)」を唱えると、これまた浮かび上がった。浮力は「撃て(ア゛ー)」と同じ長さ1mmあたり自重+約1g。魔法が違ってもここは同じらしい。

 ただし、今度は白く光るのではなく、青白く光った。触るとほんのり冷たい。

 ははあん。効果的にはエンチャント+浮遊か?


 何もせずしばらく見守っていると、5分前後で浮力と光を失い落下した。

 「撃て(ア゛ー)」だと1分ちょいで効果を失い自然落下。唱えた魔法の消費魔力1Kあたり70~80秒浮かぶ感じか。ふむふむふむ。


 俺が好奇心の赴くままに新しいオモチャで実験していると、足音がして明らかに寝起きのヒヨリが工房にひょっこり顔を出した。


「なあ大利、髪の……なんだそれ? なんだ? 今度は何を作った? またワケの分からんアーティファクトを作ったのかお前は」

「いい所に来た。ヒヨリ的に見てこれどう? 魔力の動きとか」

「んー? これは、あー、鎖か。また妙なものを。いや魔力の流れも妙だな?」


 俺から鎖を受け取ったヒヨリは、黙り込んで動かなくなった。

 代わりにグレムリン鎖が手を触れず何も喋っていないのに浮かんだり落ちてきたりしはじめる。発光もしていない。

 ええ? 詠唱無しで操ってない? 念力ですか!?


 しばらく鎖を生きているかのように浮き沈みさせていたヒヨリは、やがて頷き、鎖を俺に返した。


「魔力を注ぐと力場が発生する。浮力についてはよく分からんが、注いだ魔力と発生効果の比から考えて、浮くのはオマケだ。魔力の力場が主要効果だな」

「魔力の力場って、アミュレットみたいな?」

「それとは別の力場だ。ここから、こう……」


 ヒヨリは鎖の周りを指で螺旋を描くように示したが、すぐに説明を諦めた。


「魔力コントロールができない大利には説明できない。ただ、そうだな……強いて言えば……あー、魔力や魔法が引っ張り込まれて反発して落ちていくような?」

「????」


 何言ってるのか全然分からんぞ。説明になっていない。いや説明できないって言ってるんだし当たり前だけども。


 なんとか説明しようとしているヒヨリも困ってしまったが、少し考えて鎖の端と端を繋げて輪っかにした。


「大利、この輪の中に手を入れてみろ」

「オッケー。おお? なんだこれ、変な感じする」

「分かるか? 物理的な力場が集中していると同時に、魔力的な力場も輪の中心に集中している」


 輪の中に突っ込んだ手がムズムズする。輪から輪の中心へ見えない圧力のようなものが出ている感触だ。ゴムの塊に手を捻じ込んで、圧迫されてるみたいな。そんなに強い圧力ではないが、確かに感じる。


「それと……んー、いや、ここでは危ないな。裏庭に行こう」

「なんだなんだ。まだ何かあるのか」


 ヒヨリに背中を押され、工房を出て裏庭に行く。

 ヒヨリは輪っかにしたグレムリン鎖を片手で持つと、立木の方に向けて呪文を唱えた。


凍る投げ槍(ドゥ・ヴァアラー)


 魔法は聞き慣れたいつもの物。

 しかし、発動した魔法はいつもと違った。

 一抱えほどもあるデカい氷の槍が射出されるはずが、鎖の輪の中に形成されたのはボールペンサイズの小さな氷槍だった。

 そして、それが瞬きの間に破裂音と共に消滅し、射出軌道上にあった木の幹に風穴が空く。遠くの方で、木が倒れるような音がした。


 俺はびっくりしたが、ヒヨリもびっくりしていた。

 なんで披露したお前がびっくりしてるんだよ。説明!


「いや、こういう感じになるとは思ったが、ここまで極端だとは思わなくてな。結論からいえば、この鎖の輪は魔法圧縮装置になっている」

「ほう……! 威力アップとは何が違うんだ?」

「今の槍を見ただろ? 消費魔力は変わらないし、威力も、まあ、結果的には変わったが、込めた魔力が増幅された訳じゃない。ただ、小さく圧縮されて、圧縮された結果初速も上がっている。もうちょっと分かりやすい魔法を使おうか。結晶の(グリスタ・)季節が巡る(ヒァーズィ)幽界捕食者の(×××××)恵みあれ(ウェウェント)


 唱えられた豊穣魔法を見ると、分かりやすかった。

 豊穣魔法はキラキラ光る波動を扇状に放射する魔法だ。しかし、グレムリン鎖の輪の中から発射された豊穣魔法はキラキラ光る一直線のビームと化し、立木に直撃してそろそろ冬だというのにワサワサと緑の葉を茂らせた。


「ははあ、なるほど? 輪の中に魔法を通すと範囲魔法が単体魔法に変わる感じか。単体魔法なら貫通魔法になるみたいな」

「大体それで合っている」


 じゃあ、強いじゃん!

 使えるぞコレ!


 威力は変わらないとは言うが、威力を一点集中させれば事実上の威力アップだ。平手打ちのパワーを針サイズに集中すれば、パワーが同じでも頬に穴が空く。つよい。垂れ流しのパワーを一点集中すると最強になるって色んな漫画で読んだ事ある。


「魔女か魔法使いなら、多かれ少なかれ同じような事はできる。蜘蛛の魔女も迷いの霧を集中させて疑似餌に纏わせていただろう? 原理的にはアレと同じだ。しかしこの鎖の輪は圧縮率が違う。魔力コントロールも要らない。私は今この鎖に魔力を注いで力場を展開しているが、大利がやっていたみたいに鎖に対して魔法を唱える事でも力場を展開させられるようだし……」

「いいねぇ! 超越者専用スキルを装備で再現できるわけだ! アツいアツい! テンション上がってきた!」


 俺は工房に取って返し、滾る情熱と溢れるアイデアに身を任せ、夢中でグレムリンを加工し鎖を掘り出しまくった。

 飯を作る時間も惜しい。俺は寝食を忘れて作業に熱中した、と言いたいところだが、たびたびヒヨリや教授に食卓やベッドに連行され、食わされ、寝かしつけられた。

 時間感覚が曖昧になり、どれだけ加工や試作、研究に熱中したか覚えていない。

 しかしようやくひと段落ついて満足した時には、既に十一月も半ばになっていた。二週間ぐらい夢中になっていたようだ。


 楽しすぎる二週間だった。でも体感三日。それぐらい楽しかったし、成果も大きい。


 俺は「クヴァント式魔法圧縮交叉円環」と名付けた二重に交叉させたグレムリン鎖輪システムをキュアノスに組み込んだ。

 クロスした二本の鎖の輪がキュアノスのコアを土星の輪のように囲み、魔法を圧縮。範囲を限定し、大きさを縮小し、貫通力を上げ、強度や射出速度を上昇させる。

 可能なのは圧縮だけだから、魔法の範囲を広くしたり、巨大化したいような時には向いていない。しかし、そうしたい時は円環の起動をキャンセルして不活性状態にすれば、従来通りの魔法を使える。


 最強の杖が更に強くなってしまった。アーティファクトに更にオーバーテクノロジーを盛っていくこの楽しさよ。キュアノスなんてナンボ強くしたっていいですからね。ヒヨリなら必ず使いこなしてくれるという信頼もあるし。


 キュアノス以外でも、クヴァント式魔法圧縮円環は通常の汎用杖強化にも使える。魔法杖のコアを鎖の輪で囲めば、手軽にアップグレード可能だ。

 魔力コントロールができない一般魔術師は

 ①グレムリン鎖で魔法を使い圧縮円環起動

 ②改めて使いたい本命の魔法を唱える

 という手順が必要にはなるものの、お試しで使った大日向教授がオコジョダンスを踊るぐらいには素晴らしい効果を発揮した。


 魔法杖の進化は止まらない。圧縮モードと通常モードの切り替えで、世の魔術師たちには是非暴れ散らしてもらいたい。

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― 新着の感想 ―
オコジョダンス見てみたい
わかった、クノン君みたいなんだこの主人公
つまり散水ノズルの拡散とジェットということか
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