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06 魔法のある暮らし

 朝起きて井戸の水で顔を洗っている時、俺は山の上から顔だけ見えているクソデカい怪獣の氷像を目にした。


「えっ……」


 泡だらけの歯ブラシを取り落とす。

 何あれ?

 東京雪まつり? いま夏ですけど?


 デカすぎてよくわからんが……デカすぎてよくわからん。

 何? なんなの?

 魔物なの? 作り物なの? 実物? 幻?


 ポケーッと怪獣の氷像を眺めていると視線を感じ、家の門扉の影から仮面を被った青の魔女が顔を覗かせているのに気付いて飛び上がった。

 びっっっくりした! 来てたなら言ってくれ! なんで音も気配も消してこっち見てるんだよ!


「声ぐらいかけてくれ! 心臓止まったぞ」

「?」

「いや、確かに話しかけないでくれって頼んだのは俺だけどさあ」


 青の魔女は「そうだろう?」と言わんばかりに頷いた。

 そうなんですけどね?


 青の魔女は仮面で顔が隠れているせいか、会ってもあんまり怖くなくなってきた。

 最初は配達サービスのお姉さんぐらいに思っていたが、今ではなんだか近所の妖精さんのように感じられる。自然と敬語は外れるし、タメ語も出る。

 俺は人と会うのは嫌だけど、妖精さんと会うのは嫌じゃない。


 ふむ。


「試しに喋ってみてくれん?」

「?」

「そう。喋るなって言ったり喋ってくれって言ったりですまんけど。一旦、ちょっとだけ」

「あー、おはよう……?」


 意を測りかねたように困惑した青の魔女の声は仮面越しでくぐもり、良い感じに人間味が削がれていた。ラジオ越しに聞く人の声に近い。これならストレスを感じずに済みそうだ。


「オッケー、これからは普通に喋ってくれ。筆談めんどくさかったろ? でも大声は無し。仮面は絶対つけっぱにしてくれ。お触りもダメ」

「注文が多い男だな。まあ、分かった」

「悪いね、頼むわ。で、聞きたいんだけど。アレ何か知ってる?」


 俺が遠くの怪獣氷像を指さして聞くと、青の魔女は物資の入った紙袋を投げて寄こしながら答えた。


「今日はその件で来た。アレは昨日、東京を襲った魔物なんだが」


 青の魔女が語ったところによると、昨日、あの怪獣が東京湾から現れ、街を破壊し大暴れしたらしい。

 で、青の魔女がそれを氷漬けにして倒した。つよい。

 ところが余波で街まで氷漬けになってしまい、しかもその氷が普通の火では溶けない。氷が発する冷気によって東京都心は夏とは思えない寒さになってしまっているとか。

 今朝から継火の魔女という人が魔法の火で街の解凍作業を始めたらしいが、何しろ凍結規模が羽村市全域。解凍完了はいつになるやら。


「都会って怖いなー。山奥暮らしで良かった」

「大利も他人事じゃないぞ。私が魔法杖を持っているとバレた」

「え、良い事じゃん?」


 まるで何かマズい事が起きたかのような口ぶりに首を傾げる。

 そもそも、俺が作った魔法杖を青の魔女が宣伝して売るという約束だったはずだ。

 東京を襲う巨大怪獣をキュアノスであんなに派手に倒してくれたなら、むしろ大歓迎だ。宣伝効果バッチリ!

 不思議に思う俺に、青の魔女は溜息を吐いた。


「宣伝にも限度がある。銃を作ったなら売れるさ。ミサイルを作っても、相手を選べば売れるだろう。しかし核爆弾クラスになると売れない。君はオッペンハイマーになったんだよ」


 青の魔女が深刻そうに言うので神妙に頷いたが、いまいち言いたい事が分からない。オッペンハイマーって何?


「他の魔女たちからこのオーバーテクノロジーの出所を追及されてね。なんとか誤魔化して振り切ってきたんだ」

「なんで? 絶好の売り込みチャンスじゃんか」


 購買層の興味を引けたなら、すかさず売り込みをかけるべきだ。その役割を青の魔女に任せたのに、なぜ売ろうとしないか分からない。


 俺がますます首を傾げると、青の魔女は頭を抱えてしまった。

 自分が変な事を言っているらしい事は察したが、何が変なのかが分からない。

 核爆弾クラスの魔法を使える杖だから売れない……? なんで? 俺の杖のおかげであの怪獣を氷漬けにして倒せたんじゃないの? みんな欲しがるじゃん? 売ればいい。


 素直に疑問をぶつけると、呆れかえった青の魔女が解説してくれた。

 技術者の責任や棍棒外交、武力均衡の概念について懇切丁寧に説明を受け、俺はようやく自分の立場を理解する。

 要するに核兵器が悪い奴の手に渡ったら、お前が開発した技術のせいで大惨事! という話だ。


 そ、そんな。ひどい!

 俺はただ、スゲー魔法杖を作ってドヤりたいだけなのに。

 性能低くて売れないのは分かるけど、性能高いから売れないなんて事ある?


 でも一度理解すると青の魔女の主張もよく分かる。

 そうだよな。みんながみんな、俺の魔法杖を正しい目的のために使ってくれるわけじゃないもんな。考えてみれば当然の話だ。

 ファンメイドのアニメグッズを売るのとはワケが違う。俺が作ったのは容易く世界を破壊できる兵器なのだ。

 悪用する奴は当然いるだろう。人を脅したり、殺したり、支配したり。


 俺が作った杖で惨事が起きてしまうのは胸糞悪い。杖の評判は高めたいけど、悪評は嫌だ。

 NO! 炎上商法!


 事態の深刻さにしばらく腕組みをして悩んだが、同じく深刻そうに考え込んでいる青の魔女を見て気付く。

 俺の魔法杖は核兵器だって言うけど、青の魔女は正しく使ってくれたじゃん?

 東京を破壊する怪獣を退治した英雄だ。


 道具が悪いんじゃない、使う人間が悪いんだ、って言うし。

 単純に相手を選んで売れば良いのでは?

 いや、なんなら無料で譲ってもいい。

 正しき心持つ者に授けられる、凄まじい力を秘めた魔法杖!

 激熱じゃん。高値でバラ撒くより良い気がしてきた。


「あのさあ」

「ん?」

「やっぱ売りたい。でも売値にはこだわらない。正しく使ってくれそうな人見繕って売ってくれん?」


 提案すると、青の魔女は仮面越しでも分かるぐらい困ってしまった。


「それが良いのは分かる。荒んだ時代だ、正しく使われる力は多ければ多いほどいい。だが、私は人を見る目が無い」

「俺よりあるでしょ」

「それはそうだが。対人能力0点と比較しても意味はない」


 言ってくれるねぇ! でも0点は言い過ぎ! 3点ぐらいはあるぞ!


「頼むよー、せっかく作った魔法杖を死蔵するのは嫌なんだ。作品は誰かの手に渡ってこそだろ? 悪用さえしないでくれたら観賞用に飾りたい人とか、演劇の小道具に使いたい人とかに売ったっていいからさあ」

「しかし悪用しないと信じて売った結果、悲劇が起きたらどうする? 私は信じた父と母と幼馴染に裏切られた女だぞ」

「ええ? いや、それは裏切る方が悪くない? 何があったか知らんけど」


 自分の人を見る目が無いみたいに言うけど、信じられる人筆頭三本柱に裏切られたのは青の魔女のせいじゃねぇよ。

 俺の社会不適合ぶりに愛想をつかした俺の両親ですら、もう勝手にしろと突き放しこそすれ裏切りはしなかったぞ。


「青の魔女が信じた人に売ってそれで失敗したら、しゃーなしドンマイだ。俺は人を見る目ないっつーか人の目見て話せないから、売り先を選ぶのは全部任せる」

「無責任過ぎる……」

「いやしょうがないだろ。適当に売りさばいて大惨事が起きたらこっちが悪いけどさ、ちゃんと相手を吟味して売ったのに大惨事が起きたらこっち悪くねーよ」


 自分が切っ掛けで起きた全ての事に責任をもっていたら何もできなくなる。

 青の魔女は色々辛い思いをしてきたみたいな辛気臭い雰囲気出してるけど、そう悲観しなくていいと思う。

 世の中悪い奴いっぱいいるけど、良い奴もいっぱいいるからさ。なんとかなる。なるって事にしておこうぜ。


 俺が二度と魔法杖を製造しなければ売る売らない問題は根本から消えるのだが、俺は作りたいし売りたいから仕方ない。

 己の欲望のために頑張って青の魔女を説得しようとしたが、ここで説得が成功するなら俺はコミュ障の称号を返納しなければならない。


 結局、「売っても良い奴を見つけたら売る」という「行けたら行く」みたいな事を言ってお茶を濁された。

 こりゃダメだ。一本も売れ無さそう。

 いったん諦めて、青の魔女の気が変わるのを気長に待つしかないな。


 別に焦って売らないといけない理由もない。青の魔女がキュアノスを使ってくれていれば俺の臆病な自尊心と尊大な羞恥心はひとまず宥められる。

 のんびりいこう。







 大怪獣氷漬け事件から三カ月が過ぎた。

 俺は相変わらず奥多摩で引きこもり生活をしている。青の魔女がせっせと食料・物資を配達してくれるおかげで狩りに出る頻度は大きく減り、代わりに田んぼの世話をする時間が増えた。


 今はまだ文明崩壊前の缶詰や保存食が残っている。皮肉にも人口が大幅に減ったおかげで消費が抑えられ、市街地の遺産は食べ尽くされずに済んでいる。

 しかしいつかは無くなる。食料安定供給は大きな課題だ。

 この田んぼが成功すれば少なくとも俺一人分の食料問題は解決する。いい加減、古米や古古米より新米食べたいしね。


 どこから逃げ出したのか山の中で野生化しているニワトリを見つけて飼育しようともしたが、普通に脱走されて失敗している。2メートルの高さの柵のてっぺんに羽がついているのを見つけた時は絶望した。

 翼退化して飛べませんみたいな顔してたのに飛んで逃げやがった。騙された! おのれーっ!


 一方で成功した事もある。

 今まで釣りか仕掛け罠だった漁法は大きく改善され、魔法で魚を採るのを覚えた。

 大きな魚影を見つけたら、魔法ビームをぶち込む。すると、気絶した魚が浮き上がるから網ですくって捕まえる。これだけ。

 簡単な方法だが、有効だ。


 稽古をつけてくれた青の魔女によると、俺は割と魔力が多い方らしい。青の魔女の200~250分の1ぐらいだという話だ。

 人類文明を崩壊させたグレムリン災害以降、人類は誰もが多かれ少なかれ魔力を持つようになっているという。

 人間は誰でも生体電流を持っている。本当に微細な電気だが、その電気の影響で体内に健康に影響が無く自然排出される程度の魔力が生まれる。

 帯電体質にもなると大量の魔力が生成される代わりに体内で結晶化したグレムリンが身体を内側から破壊するというから、俺はほどほどの魔力で助かった。

 魔女並の大魔力は憧れるけど、命の危機を味わってまでは欲しくない。


 さて。

 そうして魔法を学び、農耕に勤しむ日々を過ごすある日の事だ。


 俺は裏庭で青の魔女から初歩的な魔法を習っていた。


 俺はヘンデンショーを構え、青の魔女は素手で、それぞれ立木の枝にぶら下げた厚紙に描いた的を狙う。


「ヴァーラー!」

「違う。ヴァアラー。ヴァーと伸ばさず、ヴァの後にアを発音する感じで」

「ヴァアラー?」

「近くなった。後は音程だ。聞いて覚えるのが一番いい――――凍れ(ヴァアラー)!」


 青の魔女が鋭くお手本の呪文を唱えると、構えた手のひらから青白い冷凍ビームが出て的を撃った。的は一瞬で凍り付き、薄っすら氷をまとって白いモヤを出す。

 俺が感心して拍手すると、青の魔女はフンと鼻を鳴らした。


「こんなもの初歩の初歩だ。ほら、発音練習。私に続けて、ヴァアラー」

「ヴァアラー」

「もう一度。ヴァアラー」

「ヴァアラー。なんかこれ英語の授業思い出すわ。呪文っていうより何かの言語っぽい」

「当たり前だ。魔法語だからな」

「魔法語なんだ?」


 俺が興味を惹かれて尋ねると、集中力が切れたのを見て取った青の魔女は「少し休憩にしようか」と言って丸太に腰かけた。俺は対面の切り株に腰かける。

 講義の時間だ。


「私も詳しいわけではないが、呪文を分析している言語学者が言うには、文法や文脈が存在するれっきとした言語らしい」

「ほー? 青の魔女はどこで魔法語習ったんだ?」

「全ての魔女と魔法使いは、変異に伴う昏睡から目覚めた直後に自分に適した魔法を知るんだ。感覚的なものだが、いつの間にか泳ぎ方とか自転車の漕ぎ方を覚えていたような……説明が難しいな」

「いや、なんとなく分かる」


 後天的に身に付ける、感覚的で一度覚えたら忘れないもの、という事だろう。


「なぜ呪文が頭に刻まれたのかは分からないが、魔物もどうやら変異直後から自分に適した魔法を扱えるようになるようだし、そこは同じ原理なんだろうな」

「じゃ、魔物は生まれつき魔法語を知ってるって事か?」

「それは逆だな。魔物の発音を魔法語として組み込んでいるんだ。例えば今練習している『ヴァアラー』は『凍れ』という意味だが、言語学者が言うには固有の発音記号に意味が当てはめられているらしい」

「…………?」

「つまりだ。『ヴァアラー』と発音すると、凍る。だからこの発音は『凍れ』という意味を持っている事にして言語体系に組み込もう。こういう順番で魔法語体系が作られているようだ」

「えーっと、怖い時に叫ぶ『キャーッ!』って悲鳴を『怖い!』って翻訳するみたいな話?」

「だいたい合ってる。たぶんな」


 青の魔女はいい加減に頷いた。

 本人もあんまり詳しくなさそうだ。感覚的なものだって言ってたしなあ。


「魔女と魔法使いは魔力をコントロールできるから、呪文を正確に発音しても魔法を暴発させずに済む。だが大利は魔法使いじゃない。近くにグレムリンか魔石がある状態で呪文を正確に発音すればそのつもりがなくても勝手に魔法が発動するから、注意するように」

「え。会話の流れでうっかり呪文唱えちゃったら困るじゃん」

「魔法語の発音は日本語と全然違う。まず無いな。それに魔法語の発音には魔女と魔法使い特有の変異した喉じゃないと発音できない音が少なくとも7音含まれる。これは高度な魔法に顕著だ」

「発音できない? そんなんあんの? ちょっと聞いてみたいな」

「そうだな……××・××フィフィ・イィヴァアラー」


 青の魔女が小鳥が囀るように軽やかに唱えて自分が座っている丸太に手のひらを当てると、丸太が形はそのままにそっくりそのまま氷に変わった。

 マジ? やべぇ! 錬金術ならぬ錬氷術!


「あ。悪い、これ薪用の丸太だったか?」

「いやいい、いい、気にしない。すげーな!」


 良い物を見せてもらった。惜しみない拍手を送ると、今度はちょっと得意げだ。

 なるほどね~。魔女専用呪文ってわけか。羨ましい。

 でも俺だってオリジナル呪文っていうかオリジナル絶叫持ってるぞ。


「俺の固有振動数呪文も魔法言語学的にはなんかの意味があんの?」

「固有……なんだって?」

「ほらアレ、白いビームを出す、絶叫するビーバーみたいな」

「アレか。いや、どうだろうな。さっきも言ったが、今話した知識は全部受け売りで、私自身が魔法語に詳しいわけじゃない。私はただ、いくつかの呪文を知っているだけなんだ」

「そっか……」

「そんなに興味があるなら呪文を研究してる奴から資料を貰ってこようか?」


 青の魔女の提案に一も二も無く頷く。

 魔法語についての知識は魔法杖製作の良いインスピレーションになるに違いない。


「分かった。持ってくるのは次の魔女集会の後になるから……五日待ってくれ」


 やったぜ。五日後が楽しみだ!

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特装版制作&宣伝販促プロジェクトが動いています↓
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― 新着の感想 ―
二M飛ぶも飛ぶのかニワトリィ。
青マイオニー「ヴァアラー、あなたのはヴァーラーよ」
球体と共振って魔族史を思い出しますねえ
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