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58 奥多摩ほのぼの川遊び

 八月も中頃になり、夏真っ盛り。

 昨日贈ったばかりの新ローブを着てウキウキ奥多摩に遊びに来たヒヨリは、クーラーボックスとビーチパラソル、バーベキューセットと水着や日焼け止めを入れたバッグを全部まとめて担いで鼻歌を歌いながら川辺に向かった。

 俺はタモ網とダイビングマスク、ブリキのバケツだけ持って後ろからついていく。


 河原に降りたヒヨリが早速ビーチパラソルを立てている間、俺はクーラーボックスからコーラのケースを出して渓流の流れが緩い場所に突っ込み、流されないよう石で重石をした。

 冷やすだけなら凍結魔法でいい。

 しかし、こういうのは雰囲気だ。川遊びなんて雰囲気味わいに来てるんだから、とことん楽しまないと損だ。


「本日は晴天なり、だ。絶好の川遊び日和だな」

「やべ日焼け止め忘れた。ヒヨリ、貸して」


 ビーチパラソルを立て終わり快晴の青空を見上げ早くも満足げなヒヨリはバッグから出した日焼け止めを投げ渡してくれた。俺は家を出た時から既に水泳用ハーフパンツ一丁なので、クリームを手に出してざっと塗りたくる。

 よく日焼け止めなんて前時代の遺物がまだ残ってたもんだ、と思って日焼け止めの小瓶のラベルを見ると、製造者表示が「北区 健康増進課」になっていた。

 すげぇ、グレムリン災害の後に製造されたやつだこれ! 食料問題でひぃひぃ言ってた人類も、ついに日焼け対策にまで気を遣えるようになったのか。当たり前だけど俺の知らんところでも色々復興は進んでるんだな。

 まあラベルに直接書かれた値段は1980新円(19800旧円)だったから、こういう生活必需品に含まれない嗜好品的な物はまだまだ貴重という事か。イチキュッパの値段表示なんて数年ぶりに見たぞ。ものすんごい「経済が復活した」感ある。


 日焼け止め一つに感慨深くなっていると、ヒヨリはいつの間にか水着に着替え終えていた。

 黒いローブを脱ぎ去り、惜しげもなく晒した抜群のプロポーションに、黒のビキニ姿。当たり前だが水中に潜る事になるので、仮面もオフ。

 いかにも氷属性の魔女らしい白く透き通るような肌が目に眩しかった。つーか太陽の光で普通にちょっと眩しくもある。サングラス持ってくれば良かったかな。

 俺がなんだか新鮮なヒヨリの水着姿をぼーっと見ていると、ヒヨリの方も俺をじろじろ見てきた。


「お前、けっこう筋肉あるな……?」

「そりゃ野良仕事やってんだからあるに決まってんだろ。馬鹿にすんなよ」

「いや感心したんだよ。ほー……」


 ヒヨリに頭のてっぺんから足のつまさきまでじーっと見られ、居心地が悪くなりモジモジしてしまう。

 今日は要らんと言ってしまったけど、やっぱ仮面つけてもらおうかな? 視線をダイレクトに感じると内臓が変な感じになって目を逸らしたくなる。


 だが、俺にだって言いたい事ぐらいある。

 俺が張り合ってじろじろ見返してやると、ヒヨリは視線に気付き恥ずかしそうにちょっと身を縮めた。


「へ、変か? 高校生の頃とそう体型は変わってないはずだが」

「いや綺麗だよ。モデルやってたって話も納得だ。お前が表紙飾れば確かに雑誌爆売れしただろうな。美人、美人」

「そうか、美人か。ふふ……!」

「でも一つ思ったんだけどさあ、というか前々から思ってた事なんだけど。言って良い?」


 御機嫌でニマニマしていたヒヨリは一転、「嫌な予感がする」という顔をしたが、黙って先を促した。


「女子の水着ってさあ、下着じゃね? 特にそういうビキニタイプのやつ。着てて恥ずかしくないのか」

「あ゛ぁ?」


 ヒヨリは低い声を出し、目が冷たくなる。

 いや、下着だと思って着てるわけじゃないのは分かる。流石にそれはない。分かるよ。

 でもさあ、下着にしか見えないんだって! 下着を水着って言い張って着ていても、俺は見分ける自信ないぞ。材質に違いはあるんだろうけど、俺は女子の下着や水着の材質なんて知らんし。


「下着な訳が無いだろう。水着だぞ? 頭おかしいのかお前は」

「でもさあ、肌がさあ、思いっきり出てるわけじゃんか? なんか見てて落ち着かない。大丈夫なのかよ、みたいな。不安になる」

「ああ、そこは心配するな。魔女は素肌でも頑丈だ。不意の襲撃でもお前の盾になるぐらい問題ない。安心しろ」

「何言ってんだお前? 見ててなんか照れるから肌隠してくれって言ってんの! ほら俺のパーカー。これ着てろ」


 バッグから暑い時用のパーカーを取り出して放り投げると、キャッチしたヒヨリは何とも言い難い目で俺を見てきた。


「大利は私の水着を見て照れたのか?」

「ああ? まあ、たぶん……? とにかく、見てると落ち着かない。誰かに見られてたらどうするんだよ服着てくれって気分になる。だから早いとこ着てくれ。そのパーカー濡らしていいやつだから」

「そうか。照れるのか。なら仕方ないな?」


 ヒヨリは俺の肩をどついてニヤニヤしながら、パーカーを着てジッパーをしめた。

 肌面積50%カットになって安心する。

 ふいー、これでよし。さて遊ぶか!


 俺達は早速水辺に繰り出し、まずは上流と下流に別れてスッポン探しをした。時間制限は一時間だ。一匹1pt、甲羅が20cm以上のやつは2ptのポイント制で競う。

 ヒヨリは都会育ちとは思えないほど健闘したが、俺の経験値には勝てない。7ptの大差をつけて俺が圧勝した。ドヤぁ……!


 ヒヨリは獲ったスッポンを集計してすぐ逃がそうとしたので、急いで止めて回収し、空にしたクーラーボックスの中に水を張ってブチ込んでおく。

 食べるに決まってんだろ、何逃がそうとしてるんだバカめ。スッポンは鶏肉みたいな味がして旨いのだ。泥に潜ってたやつは泥臭くなりがちだから、臭いやつは数日かけて臭み抜きして後で食べる。臭いがしないやつは今日の夕飯になってもらう。


 俺がやりたかったスッポン探しに付き合わせたので、次はヒヨリがやりたがったスイカ割りをやる。

 ヒヨリが本気で棒を振り下ろすとスイカが木っ端みじんになるので手加減するように言いまくったら、手加減しすぎて十回棒を振り下ろしても割れない。俺の爆笑にイライラしたヒヨリは思いっきり棒を振り下ろし、結局スイカは木っ端みじんになり棒もへし折れた。

 そんな事だろうと思って用意しておいた二個目のスイカを今度は俺が割る役になり、綺麗に真っ二つ。


 俺達は昼休憩としてパラソルの下に入り、切り分けたスイカをよく冷えたコーラで喉に流し込んだ。

 ヒヨリはスイカの種をフォークの先でせっせとほじり出しながら文句を言う。


「私が指示する意味無かっただろ。どうして指示無しでスイカの位置が分かった? 見えていたのか?」

「いや? 目隠ししてから方向分かんないようにするためにグルグル回っただろ。グルグルの回転数を覚えてた。で、スイカのある方向に正確な歩数歩いて、棒を振り下ろした。簡単なトリックだろ?」

「器用さゴリ押しやめろ」


 くだらない話で笑いながら、夏空に浮かぶ白い雲を見上げ、冷たいスイカを齧り、谷風に吹かれる。

 あまりにも平和過ぎて、俺はしばらくここが文明崩壊後の世界だという事を忘れた。


 東京は艱難辛苦を乗り越え、七転び八起きで少しずつ文明を復興させ、平和に近づいている。

 しかしこれほどのんびり川遊びに興じられるのはひとえに奥多摩の特性あっての事だ。

 奥多摩には、何故か最大でも丙類魔物しか出ない。魔物駆除担当のヒヨリやフヨウ曰く、最下級の乙類も出ないわけではないらしいが、たかが知れている。

 だからこれだけ気を抜いていられる。


「なあ、なんで奥多摩ってこんな平和なんだろうな?」

「なんだ? 魔物の話か?」

「そう」


 話を振ると、ヒヨリは二切れ目のスイカに手を伸ばしながら答えた。


「分からん。こういう土地に前例が無いわけではないが」

「え、前例あんの」

「ある。竜の魔女の縄張りとか、ダイダラボッチの縄張りとか」

「あー」


 そこを含めていいなら、確かにそうだ。

 竜の魔女は畜生だが、強大なドラゴンだ。木端魔物は彼女の縄張りに近づかないし、縄張り内に発生した弱い魔物はコソコソ逃げていく。縄張りの競合を恐れない程度に強い魔物も、竜の魔女には勝てない。

 ダイダラボッチは逆で、弱い魔物や動物は見逃す。縄張りにはそういう雑魚が溢れていたらしい。その代わり、強大な魔物や魔女・魔法使いの縄張り侵入には目敏く、執拗かつ徹底的に殺しにかかってきたそうだ。だから強い魔物ほどダイダラボッチの縄張りを避けた。


 奥多摩にもダイダラボッチ型の「そこにいるだけで強い魔物が近づかない、近づいたとしても即殺す」めちゃつよ魔物が潜んでいるとすれば、奥多摩の平和さは合理的に説明できる。


「でもさあ、奥多摩には強い魔物いないんだろ」

「そう。そこが分からない。散々調べたから、この土地に強大な魔物が潜伏している可能性はない。強大な魔物が原因で平和が保たれているのでないなら、理由は何なのか? という話だ」

「最強魔女がちょいちょい来るから、縄張りだと思われてるとか」

「私が奥多摩に来るようになる前から、強い魔物は出なかったんだろう? 私がいても青梅市に好き勝手に魔物は来ていたし、私は無関係だ。考えられる理由は二つ。

 一つは、ここが特別な土地だから。理屈は分からんが、有り得なくはないと思う。

 もう一つは、オクタメテオライトがあるから。オクタメテオライトが特定の種類の魔物が発揮するような縄張りの主張と、魔物排除を行っている可能性だ」

「ん~、どうだろな」


 二つの説のどちらにも首を傾げる。

 奥多摩から大地のパワーを感じた事なんて無い。

 どちらかというと工房の守り神として祀っているオクタメテオライトの方が原因っぽいが、縄張りを主張する魔石なんて聞いた事が無い。


「強いて言えばオクタメテオライトが原因かぁ……? いや、魔物は俺に恐れをなしてる可能性も」

「はははっ」


 ヒヨリめ、素で笑いやがった。許せねぇ。

 わかんないだろ! 魔物は強くなるほど器用な生き物を怖がるとかあるかも知れないだろ! 魔物の生態なんて分かんない事だらけなんだからさぁ!


 ヒヨリは一時期フクロスズメのグレムリンを埋め込んで魔獣飼育者になっていた(今は瞑想するためグレムリン摘出済)。

 飼う前に魔物について大学の図書を借りて調べたそうだが、奥多摩の平和を説明できるような魔物学的見地からの情報は見た覚えがないという話である。


 魔法杖職人的に考えても、オクタメテオライトが縄張り主張をしているというのは分からない。

 第一、乙類魔物以上をオクタメテオライトが拒絶しているとしたら、推定乙類の火蜥蜴とフヨウが平然としていられるのはおかしい。火蜥蜴もフヨウも生まれつきグレムリンを持っているから、魔女の子とはいえ判定的には魔物のはずだ。

 オクタメテオライトが意図的に火蜥蜴とフヨウを排除対象から除外しているという考え方は流石に穿ち過ぎている。魔石が意思を持ってるなんてのは流石に論理の飛躍だろう。


 謎だ。

 しばらく奥多摩平和の謎についてスイカを食べながら語り合ったが、結論は出なかった。

 まあ困ってないし、別にいいか。


 昼休憩の後、俺達は平たい石で水切りをしたり、賽の河原ごっこをしたり、滝壺飛び込み度胸試しをしたりして、最後に牛肉とスッポン肉でバーベキューをしてから、解散した。


 たっぷり一日遊んで疲れた。でも楽しかったからヨシ!

 来年は大日向教授とか蜘蛛の魔女も誘おう。

 もっと楽しくなるに違いない。

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― 新着の感想 ―
世の中にはね、剣やら杖やら兜に転生するとか、虫に転生するとか、大岩に転生する、人外転生ものの作品がゴロゴロ転がってるの(なんなら例に出した作品全部読んだことあるの)。 だから別に隕石に意思があっても…
最近の水着はニット素材使ったりフリルやらレースやら付いてるからな。実際下着と違うの?と言いたくもなる
隕石由来の石だから、宇宙のパワーにより、寄り付いてこないとか。
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