55 オーリ・ケンシと十個の石
荒瀧組撃退から数日の間、東京は事後処理に追われた。
俺は脱走の咎によりしばらくヒヨリの直接監視を受けるかと思ったのだが、驚いた事にヒヨリはフヨウに俺の逃亡阻止を厳命するだけで、自分は東京を飛び回った。
一日に一度俺と病床の大日向教授の様子を見に行く以外は、青梅市にすら戻らずあちこちで事後処理を手伝った。
どういう心境の変化だろうか? 雰囲気がちょっと明るくなった気がする。よー分からんが、親友がハッピーなら俺もハピハピハッピーだ。
数日かけて混乱が一通り収められ、緊急事態宣言も解除。
それで分かったのだが、荒瀧組による死者は暴れっぷりに反してとても少なかった。まだ全ての確認が済んだわけではないのだが、最大限に被害を見積もっても犠牲者100名に満たない。数としては多いのだが、10名もの超越者が殴り込んできた被害者数と考えると奇跡的に少ない。
これは荒瀧組組長の魔法が原因だ。
荒瀧組は、敵対勢力を制圧し、捕虜を捕り、捕虜を魔法で従え勢力下に組み込む戦法を好んだ。
敵は倒すより味方にできた方が断然効率が良い。理屈の上ではベストだが、現実的には不可能に近いその最善策を組長は現実にできた。
味方が敵に回る最悪の魔法だが、同時にそのお陰で犠牲は少なかったのだ。
正に不幸中の幸い。
荒瀧組の襲撃は朝に始まり、夕方に終わった。
時間がかかれば捕まった魔女たちが拷問に屈し、契約魔法に同意してしまい敵側になった可能性が高い。恐ろしい話だ。短期決戦ができて良かった。
無事だった魔女たちが東京中を警邏して捕まえた下っ端荒瀧組たちの情報を統合するに、琵琶湖協定や荒瀧組の地元福岡市も同じ感じらしい。
つまり、東京以南には組長に無理やり服従させられていた人々がかなりの数いる。
そして、組長死亡によって全員解放されている。
琵琶湖協定は荒瀧組による制圧時に魔女が一人荒瀧組の魔女と相打ちになって死んだが、その他は生きている。
琵琶湖協定の戦力は低下し、政治構造は破壊された。ハト派が危険と見做して隠していた魔力ドラッグは市井に広く流通してしまい、酷く治安が悪化している。
が、契約魔法による縛りが消えた今からは少しずつ復興していくだろう。元々内部で派閥対立があった組織だから、一致団結というわけにはいかないだろうが。
荒瀧組の地元福岡に関しては、魔女と魔法使いが全員全国制覇(!?)を目指して東京に来ていたので、スッカスカだ。
一応、荒瀧組の留守中の守りとして琵琶湖協定の魔法使いが二人福岡に行かされていたようだが、組長の契約が消えた今、怨敵の地元を律儀に守り続けるとは思えない。さっさと琵琶湖に帰るだろう。
そうすると福岡に魔女と魔法使いは一人もいなくなる。
40万人いると言われる市民たちは、甲類魔物が一体出ただけで一切抵抗できず蹂躙される。乙類ですら怪しい。
……が、東京魔女集会としてはちょっとどうしようもない。
東京だって魔女と魔法使いの数が足りていないのだ。入間クーデターで、大怪獣侵攻で、キノコパンデミックで、超越者は数を減らし続けている。生存圏は小さくなるばかり。
辛うじて港区は蔓延る魔物から奪還され、維持されているが、他の地区の奪還計画は計画が立てられるたびにアクシデントが発生し延び延びになり、実現していない。
生存圏防衛の核となる超越者が誰もいない福岡にちょっと技術支援や物資支援をしたところでどうにもならない。魔物にまとめて潰されて終わりだ。そもそも東京と九州では距離が離れすぎていて、人モノを送るだけでも一苦労である。
40万の人々には悪いが自分でなんとかしてもらうしかない。
南無~。
荒瀧組がアホな野望を掲げてバカをやらかしたおかげで、各地は被害甚大だ。
しかし置き土産が無いわけじゃない。
土産は主に四つ。
一つは荒瀧組の下っ端たちだ。
荒瀧組の核である魔女と魔法使いは全部で10人いて、全員死亡している。
が、雑用や雑兵として同行していた下っ端の500名弱は魔女たちが狩り立て、現在牢に入れられている。
東京中に散っていた下っ端狩りに参加していたヒヨリが言うには「上がカスなら下もカス」。
救いようがないので、全員良い感じに有効利用されるだろうという話だ。
まあ人体実験だろうな。南無~。
二つ目は魔力ドラッグ。
魔力ドラッグは元々琵琶湖協定が隠し持っていた危険なクスリで、服用すると魔力を保有上限すら超えて回復させる代わりに、魔力最大値を削る。
回復量は、10K前後。
それに対する最大値減少量は、0.2K。
一般人なら五回も使えば魔力保有量がゼロになり、体が塵になってこの世から消える。
しかも魔力保有量が少ないほど依存性と常習性が高まるゴミみたいなオマケつき。
割に合わなさすぎる。カスだ。
せめて100Kぐらいは回復しろ。なんだ10Kって。ふざけるなよ。切り札にすらならねーよ。
しかし、一応魔力回復薬ではある。
東京では全く知られていなかった、未知の効果を持つ興味深いクスリだ。
下っ端たちが持っていた魔力ドラッグと、東京の裏社会に流れていた魔力ドラッグは回収され、魔法大学で研究が行われる予定だ。
魔法薬は専門外だから俺は手を出すつもりはないが、デメリットを全部消して魔力回復効果だけを発揮する新薬とか作れたらデカいよな。今後の研究に期待したい。
三つ目は魔法。
荒瀧組は散々東京各地で呪文を唱えていた。呪文の大切さは魔法に少しでも造詣がある者なら誰もが知る所だ。魔女や都民が各地で聞き覚えた呪文を集め、間違いや欠失をすり合わせて正し、埋め合わせて再現する試みが始まっている。
魔法はめちゃくちゃ厳密に発音しないとダメだ。絶対音感の持ち主でも無ければ数回聞いただけで覚えるのは無茶である。
しかし、何人もの人たちの記憶を統合すれば、不可能ではない。
荒瀧組は便利な魔法をいくつも使っていたから、一つでも二つでもサルベージできれば有り難い。
そして四つ目が大目玉。
死んだ十人の荒瀧組が持っていた、十個の魔石だ。
魔石はだいたいヒヨリが下っ端残党狩りついでに回収して回った。
竜の魔女は性懲りもなくコッソリ2個ほどパチろうとしていたが(ヒヨリが倒した監視役の魔女と、調布の魔女を連行中だった魔法使いが持っていた魔石)、ヒヨリに脅されるとゲロった。マジでしょーもなドラゴン。
しかし、竜の魔女は今回敵主力の一人を撃破している。自分が倒した分ぐらいは良かろう、という事で魔石1個の所有を許され、喜んだ。
そして自分が持つ1個と残り9個を交換しようと言い出し、ヒヨリのビンタで黙らされ、すごすご巣に帰って行ったそうだ。強欲ドラゴン、ゴーホーム。
さて、魔石といえばグレムリン災害後の世界を代表する貴重資源だ。
強力な杖にもなるし、マモノバサミにもなる。まだまだ他にも使い道が隠されていそうな超一級品素材だ。
それが10個も手に入ったのだから、どこにどう使うか慎重にならなければならない。
とはいえ俺としては喜ばしい事に、基本的には杖の素材になる。
時間加速を使う黒グレムリン持ちの甲類魔物はだんだん増えてきていて、魔女たちは手こずっている。魔女たちの手に魔石杖が渡れば、パワーバランスは回復。再び魔物に優位を取れるようになる。
荒瀧組はカスだが、東京に魔石をもたらしたという一点だけを切り取れば渡りに船だった。
10個のうち1個は、既に蜘蛛の魔女の杖に加工してプレゼントした。
残りは9個。
荒瀧組はほとんど全員ヒヨリが殺したから、9個のうち7個の所有権はヒヨリにある。実際それぐらいの働きはしたし、青の魔女様が所有権を主張すれば反論しにくいというのもあるだろう。
1個は敵を単独撃破した竜の魔女の物。
もう1個は敵を泥沼の持久戦に引きずり込んで止めていた花の魔女の物。
そして残り7個をヒヨリは回収し、杖に加工するという条件付きではあるが、そっくりそのまま全部俺の元に持ってきてくれた。
うーん、女神かな?
俺は7個の魔石で七本の杖を作るわけだが、誰に作るかはヒヨリが決めた。
俺としても宣伝広報交渉役の言い分に異論はない。
魔女は誰でも魔石杖が欲しい。
しかし、まずゾンビの魔女は元々魔石を持っているし、性根が怪しいので除外。
人魚の魔女は良い魔女だが、いかんせん知能が怪しい。杖をどこかに置き忘れたり、誰かにあげてしまう危険性が非常に高いので、除外。
さざれ石の魔女は今回何も働いていないし、今後の働きも期待できないので除外。
世田谷の魔女は信用できないので除外。
火継の魔女は「火守乃杖があるので」と辞退。
残る魔女集会メンバーの中で、ヒヨリはまず「目玉の魔女」「未来視の魔法使い」「夜の魔女」を選定。夜の魔女は知らんが、目玉と未来視はよく話を聞くし、カタい人選だ。
今まで薬物中毒で麻薬王疑惑があった「煙草の魔女」も、今回の荒瀧組侵攻で信頼に足る働きを見せたので選定。
そして残り3個の魔石は、琵琶湖協定に杖に加工した上で引き渡す。
琵琶湖協定は元々5個の魔石を持っていたようだが(竜の魔女談。ほんとか?)、2個は荒瀧組始末料金として東京魔女集会がもらう。
3個を杖に加工して返せば、まあ今後とやかく言われる事は無かろうという判断だ。
琵琶湖協定、大変っぽいしな。俺も妥当だと思います。琵琶湖協定に俺ブランドの魔石杖の名声を広めたいし。
七本の杖のうち、六本は3~5層の多層構造加工杖にする。
これは核爆弾も同然の破壊兵器を増やしたくない青の魔女の意向もあるし、そもそもあまり威力を増幅し過ぎるとコントロールが大変で魔法暴走の原因になるのもある。逆流防止機構があってもなお、7層のキュアノスは極めて扱い辛い。
使い手の魔力コントロールの得手不得手に合わせ、3~5層にとどめておくのが良かろうとの事である。琵琶湖協定向けの杖は全部4層で統一。
俺は魔法杖職人であり、形式的には魔女集会から七本の杖の加工が発注された形になる。
報酬は半年前に発行されたばかりの新硬貨で一本1億5千万円。七本合わせてちょっとマケて10億新円(100億旧円)になる。
いきなり金銭感覚壊れる~! 俺だけインフレ激しくない?
しかしこの支払いは別に過剰でもなんでもない。
前時代、弾道ミサイルは一発3~10億円(旧円)の価値を持っていた。3~5層の杖にそれぞれそれぐらいの価値があるとざっくり仮定して、一発使い切りでは無い事や使い手が限られる事などの諸々を加味すればこんなものだろうとの事。
ちなみにキュアノスは一本で300億旧円以上は間違いない(参考価格は核爆弾)。
やべーモン作っちゃったんだな、俺。
値段がつくと、キュアノスの価値を知った時のヒヨリの警戒っぷりもよくわかる。我ながら意味わかんない事してた。今もしてるが。
俺への報酬10億新円を硬貨で支払おうとすると、200万枚必要になる。
まだ新貨幣流通量が少ないのに俺一人にそんなに現金で支払ったら経済に影響が出るので、俺は1億円分だけ貰い、残りは継火に貰ってからずっと放置していた品川区の金属加工工場に銀行を介してブチ込んでもらうよう頼んだ。
オラッ! 名ばかりオーナーからの投資だ! 俺は絶対工場に顔出さないから勝手にやってろ! あと従業員全員にボーナス100万円な!
そうして魔石の用途は決まり、受注を受け、報酬の支払いも済んだ。
後は俺が魔法杖を作るだけだ。
最初に、琵琶湖協定向けの三本を製造した。
4層構造のコアに、逆流防止機構をつけ、構造色グレムリンの魔力測定器も内蔵。杖を握っているだけで目盛りが動き、魔力残量を正確に表示してくれる。
魔力測定器なんてなくても魔女や魔法使いは自分の魔力残量が分かるが、1K単位で精密に把握できているわけじゃない。魔力残量が精密に分かって助かる場面もあるだろう。
何より、有用な機能をいっぱいつけて琵琶湖協定にドヤりたい。俺の杖すげーだろ!
一カ月かけて三本の製造を完了し(魔力測定器部分の製作で8割ぐらい時間を使った)、琵琶湖協定に送ったあたりで大学の学舎復旧が完了。大日向教授も無事目覚めて快復し、退院。衰弱した体もリハビリを続ければ元に戻るだろうとの話だ。大学の授業も再開された。
そしてヒヨリは、本拠地を青梅市から東京魔法大学に移した。
威力を落とした大氷河魔法を器用に操り、高さ300mの溶けない氷の塔を建築。その頂上に住み、魔法大学(大日向教授)に近づこうとする敵と、ついでに東京を監視するとの事だ。
青梅市の呪縛から解き放たれたヒヨリは明るい顔をしていた。
俺としては友達が遠くに引っ越してしまい遊びにくくなって嫌だが、まさか俺の都合で「引っ越さないでくれ」とも言えない。
引っ越してからもヒヨリは青梅市の旧宅に墓参りに来たり、俺の家に遊びに来たりするので、友情が途切れる事は無さそうで安心した。
夏に一緒に川遊びする約束はまだ有効だって言ってたし。目玉の使い魔を使って今度大日向教授を入れた三人で深夜のTRPGやる約束もしたしな。蜘蛛の魔女も誘おうか悩んでる。
琵琶湖協定向けの三本を完成させて一息ついたら、続けて魔女集会向けの残り四本を作る。
目玉の魔女と夜の魔女向けの杖は、それぞれ5層構造核に魔力逆流防止機構、魔力測定器付。
銘はWitch of GazeとNyx Caneで、夜の魔女の方は銘の指定があった。旦那さんが考えてくれた名前なのだそうだ。夫婦の名前を相合傘で囲む地獄みたいな銘の案と迷ったそうで、俺としてはNyx Caneにしてくれてホッとしている。
我が子へのキラキラネーム名付けを瀬戸際で回避した気分だ。なぜこんなにあせらされたのか。
未来視向けの一本は、逆流軽減と魔力コントロールを重視したいという事で、3層構造に抑え、魔力逆流防止機構を付けた。魔力残量測定は不要だと言われたのでつけていない(どうせ魔力が切れる前に頭がイカれるとの事)。
前回彼に送ったグレムリン杖の時も頼まれた話なのだが、とにかく高性能な魔力逆流防止機構が欲しいとの事だったので、故・半田教授の過去の論文を全て取り寄せ、現状の最新理論に基づき作り得る最高の機構を最高の精度で仕上げた。
銘は要らないと言われたので、火蜥蜴のロゴだけつけてある。
未来視の兄貴はもうちょっと遊び心あっていいと思うっす。そんなん考えてる心の余裕無さそうだけど。
まあ荒瀧組襲撃の後に目覚めてから二週間ぐらいの間、秘書さんに泣きつかれ秘密のバカンスで骨休めしていたみたいだから、 未来視が過労死する未来はないと信じよう。
最後の一本は煙草の魔女のものだが、これは「面白い杖を頼む」という要望を貰ったので、実用性低めで有り難く遊ばせてもらった。
具体的には球体の殻で正十二面体フラクタル構造を包み込んだ実験的新作杖にさせてもらった。
この杖の核の正十二面体フラクタル構造は、大日向教授のアレイスターより繰り返し構造の回数が少ない。つまり簡単な加工になっている。球体の殻に空けた小さな隙間から工具を差し込むボトルシップ加工では難しい加工はできなかったのだ。
そのせいもあり、球体殻で覆っているおかげもあり、魔法威力減少率は約1/10。
魔物討伐のため戦闘を頻繁に行う魔女の魔法威力が1/10になったらアホなので、杖の石突にもう一つ二層構造の魔石コアを埋め込み、1/10と通常増幅で使い分けができるようにした。
この杖の面白いところは、疑似的に二つの魔法を同時使用できる事だ。
正十二面体フラクタル構造のコアを使って魔法を唱えると、魔法が発動せずコアが点滅し待機状態になる。もう一度魔法を唱えると、待機状態の魔法が発動する。
しかし魔女や魔法使いは、この待機状態の魔法を発声無しで魔力コントロールによって解放できるのだ。
つまり、
①詠唱してフラクタルに魔法を待機させる
②別の魔法を唱えながら、待機中の魔法を魔力コントロールで解放する
③二つの魔法が同時に発動
という形で二つの魔法の同時使用が可能になる。
もちろん、一度待機状態になった魔法は威力が1/10に下がるから、威力としては非常に心もとない。どこまで実戦的に使用できるかは、戦闘者ではない俺には分からない。
しかしこんなオモロい杖は他にないぞ。なんせ疑似的な無詠唱魔法だ! 色々遊べる。
杖の銘は煙草の魔女の要望で「具志堅ステークス」だ 。杖とか煙草とか全然関係ないネーミングである。
ステークスって競馬用語だったよな……?
煙草の魔女の二つ名とあわせて、なんかどういう人柄なのか察せられる。電気が失われ、パチ屋に行けなくなって悲しんでそう。
かくして、俺は七本の杖を作り終え、全て発送した。
気付けば7月も後半で、山の蝉の鳴き声がうるさくなってきていた。二カ月近く杖作りに費やしてしまった。
杖作りの端材として出た大量の薄片は3割が魔法大学へ研究用に送られ、1割は俺の物になる。残り6割は、これから順次マモノバサミに加工していく。
封印弾の方が使い勝手がよく強力ではあるのだが、魔女集会には銃射撃に精通した魔女がいない。弾丸の紛失や悪用も鑑みて、ヒヨリはマモノバサミにしておけと言っていた。
まあそれはそう。ちょっとつまらんが、仕方ない。
ヒヨリとの川遊びの日に向けてスイカを育てながら、俺はのんびりマモノバサミの製造に着手した。
荒瀧組襲撃から二カ月以上が経ち、東京は逞しく日常を取り戻しつつある。
大きな事件は、あれ以来起きていない。
しかし7月末のある日、衝撃的ニュースが東京を駆け巡った。
なんと、東京魔法大学変異学科の研究チームが、魔力鍛錬法を発見・発表したのである!
歴史が動く。
ついに、今まで減らす事はできても増やす事ができなかった魔力保有量を、鍛えて増やす時代が来た!!





