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53 残党狩り

 時は1992年。荒瀧虎太郎が二十歳(ハタチ)の時、暴力団対策法ができた。いわゆる暴対法(ぼうたいほう)と呼ばれるものだ。

 それまで仁義と任侠を掲げ、必要悪を説き、しかしその表看板の裏で大儲けしていた荒瀧組は、暗黒の時代に突入した。


 暴対法は法治国家にあるまじき、理不尽な法律だった。

 警察の機嫌を損ねればヤクザ程度いつでも潰せるぞ? とでも言わんばかりの無茶苦茶な内容で、軽い脅しやちょっとした誘拐、些細な麻薬販売だけでもヤクザは刑務所にブチ込まれた。

 虎太郎の父である荒瀧組初代組長、荒瀧岩夫は他の組に若い衆を殺されたカエシのために、繁華街で敵の組の幹部を二人撃ち殺した。しかし、たったそれだけの事で実刑判決を食らった。慈悲深くもカタギに気を遣い、死人をスジモノだけに収めたというのに、だ。


 捕まってしまった父の跡目を継ぎ、二代目荒瀧組組長となった荒瀧虎太郎は、時代の波を上手く乗りこなし、様々なシノギを展開した。

 ホストクラブや風俗の運営。電話詐欺。馬鹿な子供を言いくるめ強盗の使い走りにしたり、麻薬の売りも間に人を噛ませ警察の捜査が荒瀧組に及ばないようにした。


 昔は地元の大企業に根を張り左うちわだった荒瀧組だが、暴対法のせいで最早そうはいかない。それでもケチな商売を駆使して上手く生き延びた。

 時々はドカンと稼げる事もあったが、年々組織規模は縮小。ライバルだった組も、自然消滅したり、解散宣言を出して消えたりした。


 虎太郎の奮闘虚しく、真綿で首を絞められるように、荒瀧組は小さくなっていく。

 年号が令和に変わり、新時代に世間が沸いても、荒瀧組は依然暗黒時代のまま。

 荒瀧組による全国統一の夢を果たせず獄中死した父、初代組長の無念を思うと怒りがこみ上げた。


 そんな中起きたグレムリン災害は、世界を一変させた。

 なんと、虎太郎の弟である荒瀧虎次郎と、その愛人の木和田曜子が魔法使いと魔女として覚醒する凄まじい幸運に恵まれたのである。


 ここしかない。

 虎太郎は長年の鬱憤を晴らす時が来たと確信した。


 父の夢、自分の夢、荒瀧組の夢。ヤクザ史上誰もが夢を見、しかし成し遂げた者のない、全国制覇に乗り出す時が来たのだ。

 30年以上の長きに渡り、社会のゴミと蔑まれてきた荒瀧組が、その恐ろしさを世に知らしめる時が来た。

 散々荒瀧組をナメ腐りやがった、お行儀の良いお高くとまった良い子ちゃんたちに、真の力というものを見せてやる時が来た!!


 虎太郎はすぐに弟の虎次郎を荒瀧組三代目組長に指名し、自分は相談役の座についた。

 虎次郎は魔法使いになる際に、元々強かった肉体を更に強靭にし、カリスマ性のようなものを出すようになっていた。父が歳を食ってからの子である虎次郎は40代前半で、虎太郎と比べればまだまだ若い。頭の巡りもそう悪くはない。組を率いる三代目として申し分なかった。


 一つ問題があるとすれば、魔法使いになり無用な情けを覚えてしまった事だ。

 父の薫陶を受け、情け容赦無い武闘派だった弟は、変異のせいで理解し難い仁義じみた思想に目覚めてしまっていた。建前として仁義を使うのではなく、本当に仁義を信じているかのように。それは騎士道精神にもどこか似ていた。


 荒瀧組三代目組長の方針として、降伏した者への慈悲深い扱いが定められた。

 たとえどんな敵であろうとも、素直に降伏し、荒瀧組に忠誠を誓えば、決して殺さないし、契約魔法で縛りもしない。

 生ぬるすぎる大綱に虎太郎はイラついたが、自分が相談役として助けてやればよい、となんとか吞み込んだ。

 虎太郎ならば、敵にも味方にも片端から契約魔法をかけ、全員決して逆らえないよう縛る。裏切りと離反はヤクザの日常茶飯事であるから。

 新組長も決して平和ボケをしているわけではなく、情けをかけたにも拘わらず裏切った者は死をもって罰する、と宣言したから、まあ、その点はギリギリ評価できた。


 相談役として虎太郎が絵図を描き、組長である虎次郎が絵図を現実のものにする。

 兄弟は力を合わせ、瞬く間に福岡を平定。大災害の中にあって40万人規模の人口を擁する一大生存者コミュニティを築き上げた。


 もちろん、組長とその愛人の息の合った暴力によって屈服し、荒瀧組の傘下に加えられた魔女や魔法使いが全員最初から組長に忠実だったわけではない。

 契約を結ばされ逆らえないだけで、今に見ていろ、という顔をする者も多かった。

 そういう者は、相談役である虎太郎がじっくり調略した。


 拷問を行い、良い警官と悪い警官の手口で心を揺さぶり。

 人質をとったり、抵抗感の少ない軽い悪さをさせズルズル引きずり込んだり。同じ釜の飯を食ったり、家族を先に落としその家族の口から本命を落とさせるのも有効だ。


 一度馴染んでしまえば、後は容易い。

 特に琵琶湖協定強襲制圧は、激しい戦闘を経て荒瀧組の団結力と忠誠心を増した。

 1名の犠牲者を出したものの、代わりに琵琶湖協定タカ派の一人であり、荒瀧組の手引きをした魔女が代わりに加入。差し引きトントンで、荒瀧組は勢いに乗った。


 上手く行くときは全てが上手く行くもので、琵琶湖協定のハト派が隠していた魔力増強薬の現物と製法を確保し、荒瀧組はますます強くなった。


 魔力増強薬は木に顔がついた気色の悪い魔物(樹老人(トレント)と呼ばれる)の樹液を精製して作るクスリで、飲むだけで魔力を保有限界を超え回復させブーストできる。

 これによって、荒瀧組の下っ端たちが魔法を唱えるだけの魔力を確保でき、戦力化した。まあ戦力化したといっても、魔女や魔法使いに比べればたかが知れているが。


 魔力増強薬にはデメリットもあり、荒瀧組の首脳陣は使用せず、下っ端に流すか、調略の手札として使う事が決められた。

 魔力増強薬は飲むだけで手軽に魔力を増やせる。だが、それは一時的なものであり、増えた魔力は使えば消える。更に、飲むたびに魔力最大値を減らしていく。下っ端の中にはクスリのキメ過ぎで塵になって消えたバカもいた。


 煙草や酒が年齢が若いほど依存性を高めるように、この魔力ドラッグも一定の法則で依存性を発揮した。保有魔力量が少なければ少ないほど、飲んだ際の全能感が増し、依存性と常習性が増すのである。

 魔女や魔法使いはまったくハマらない。一般人にとっては強烈な魔力ドーピングも、超越者にとっては大した増強にならない。魔力最大値が減るだけ損とすら言える。

 しかし、豊穣魔法を唱える魔力すら持っていない雑魚にとっては麻薬に等しい。一度使えば手放せなくなる強力なドラッグだ。


 新たな武器を手にした荒瀧組は、制圧した琵琶湖協定の中核を契約魔法と魔力ドラッグで手中に収め、逆らえないようにしてからそのままの勢いで東京へ駆け上がった。

 琵琶湖協定から奪った魔石で、荒瀧組は全員が魔石を持つに至っている。虎に翼である。侵攻を止める理由はない。

 組長は東京には豊穣魔法の恩があると腑抜けた事を言い出したが、虎太郎が奴らはキノコ病を持ち込んだから恩はナシだと言うと、それで納得した。


 前時代の首都東京を治めている東京魔女集会は、日本の生存者コミュニティの中で最大規模を誇る。

 総人口200~400万人。魔女と魔法使いの数は15~30人。竜の魔女から引き出した情報はどうにも信頼性に欠けるが、その「竜の魔女」に加え、「未来視の魔法使い」「青の魔女」が危険なのは間違いない。その三人を落とせば、東京魔女集会は落ちる。

 魔女集会は団結力が低い。アタマを潰し、一発逆転を起こし得る特記戦力を倒すか取り込むかできれば、あとは各個撃破でしまいだ。


 荒瀧組の魔女と魔法使いは合わせて10人。東京魔女集会は多く見積もっても30人。

 ただし、10人側は一致団結し、30人側は中核を担う数人を潰せば烏合の衆。


 勝てる。

 虎太郎はそう踏んだ。


 琵琶湖協定を犠牲少なく陥落させる絵図を描いてみせた虎太郎だったが、流石に未来視の魔法使いは名前から察せられる通り一筋縄ではいかなかった。


 内通者を作ろうと一番落としやすそうな世田谷の魔女に接触しようとしたのだが、尽く上手く行かない。単なる偶然の失敗ではなく、明らかな妨害による失敗だった。


 魔力ドラッグで内部から腐敗させようとしても、これまた上手くいかない。

 東京にも裏社会はあり、禁制品を扱っている闇商人はいた。が、未来視の魔法使いに完全にビビってしまっていて、魔力ドラッグの流通は現物を仲介者を通して渡しこそしたものの、懐にしまいこまれてしまい全く表に流れない。


 内通者を作るのと魔力ドラッグを流すのを諦め、一番隠密が得意な魔女に青の魔女の音に聞く最強魔法杖「キュアノス」を盗ませようとするも、それさえ失敗。

 盗む前兆など全く見せていなかったはずなのに、突然青の魔女が露骨に警戒し始め、手を出せなくなったのだ。


 いくら荒瀧組が団結していても、ここまで作戦を読まれ、敵の最大戦力が警戒していると、手を出せない。

 しかし突破口はあった。

 未来視の魔法使いと水面下で謀略をぶつけ合っていた虎太郎は、未来視の魔法使いの限界に気付いた。

 作戦は妨害される。荒瀧組を追い払いたがっているような感触もした。しかし、どうやら荒瀧組の総数は分かっていないし、仕掛けた謀略全てが丹念に潰されているわけでもない。

 未来視の魔法使いの対応力には限界がある。


 そこで、虎太郎は弟である組長に進言し、未来視の魔法使いの対応力を飽和させる多方面攻撃を献策した。

 10人が一丸となって攻め入るより、敵の性質から考えるにある程度数を分散させた方が効く。


 虎太郎の策は、当たった。

 半分ほど策は読まれてしまったようだったが、文京区役所からは魔女打倒を知らせる赤い狼煙が上がり、魔法大学からも制圧と人質確保を知らせる赤い煙が上がった。調布市からも赤い狼煙が見えた。

 荒瀧組の東京侵攻は、現実的なラインで考え得る最高のスタートを切った。


 しかしその後が良くない。

 未来視の死亡確認を知らせる黒い狼煙がなかなか上がらない。

 青の魔女と竜の魔女の無力化を知らせる煙も上がらないまま、夕方になり、夜が近づいてくる。


 虎太郎は、戦闘力の低い荒瀧組相談役である。

 一応、「撃て(ア゛ー)」の魔法を30発撃つ事ができ、一般人相手ならば無双できるが、超越者同士の戦いに巻き込まれれば即死する。

 ゆえに虎太郎は安全な江東区の高層マンション最上階に手下と共に密かに陣取り、望遠鏡を使い全体の戦況を見ていた。


 そろそろ日が沈むかという頃になって、初撃以降膠着していた戦況は動いた。

 それも、荒瀧組にとって悪い方へ。


 山の方からやってきたドラゴンが、文京区のあたりに着陸。すぐに舞い上がったかと思えば、花の魔女の領地へ飛んでいき、突如上空に現れた巨大な白い渦が大地に落下し街並みを白く染めた。

 それだけではない。高速でビル群の間をすり抜け飛んだドラゴンは、数区離れた場所でも同じように巨大な白い渦を出現させ、冷気の渦でビルを凍り付かせた。


 虎太郎は歯を砕かんばかりに噛みしめ、望遠鏡を放り投げ、手下を連れ大急ぎで高層マンションを降り始めた。


 荒瀧組は、敗北した。


 ドラゴンが自由に飛んでいるという事は、竜の魔女と最も相性の良い最大戦力の一つ、木和田が殺されたという事だ。これで1名が落ちたのが分かる。


 強力な冷気の魔法は、青の魔女のものだ。青の魔女が暴れ始めるまでその危険を知らせる狼煙が上がらなかったという事は、監視役の栗原は殺されている。これで2名。


 人質も明らかに機能していないから、魔法大学を制圧したはずの組長、若頭、舎弟頭は殺されている。これで5名。


 時間的に、区役所を制圧した三人は既に魔法大学に合流しているはずだ。しかし、文京区に降り立ったドラゴンはなんの迎撃も受けていなかった。青の魔女は暴走魔法の格好の的である強力な魔法を撃っていたのに、何もない。つまり、区役所担当の魔女三人も十中八九全員殺されている。これで8名。


 花の魔女の管理区は、斑鳩(いかるが)が攻めていた。そこに上空から自然災害の如き魔法が降り注いだのなら、持久戦タイプで魔力をすり減らしていただろう斑鳩は防ぐ事ができず死んだだろう。これで9名。


 調布の魔女を首尾よく倒し連行中だった獅子堂(ししどう)も、流れから考えて移動中に最後の青の魔女の魔法で殺されたと思って間違いない。

 これで、10名。


 荒瀧組の魔女と魔法使いは、全員殺された。


 荒瀧虎太郎は逃げた。

 必死に逃げた。

 いつ上空にドラゴンが飛んできて、絶望の白い渦が降り注ぐかと恐れながら、逃げに逃げた。


 逃げる方角は北だ。南の本拠地方面に逃げ込む事はできない。

 組長が死んだのなら、契約を結ばされていた奴らが全員自由になっている。

 どうにかして逃げ込んだところで、恨み骨髄の民衆に袋叩きにされて死ぬ。

 逃げるとしたら北しかない。


 夜を徹して走り続け逃げた虎太郎は、手下を見張りに立たせ、国道沿いのパーキングエリアの売店のバックヤードで浅い眠りについた。

 そして起きた時には、一人になっていた。

 手下は全員逃げていた。


 虎太郎は呆然とした。

 よろよろと売店を出て、荒れ果てた国道に、たった一人で立つ。

 風雨に晒され錆びが浮いた放置車両の車列の間から、木の枝が顔を出している。

 小鳥の囀りが聞こえ、国道沿いの山際で若芽を食む鹿がじろじろ虎太郎を見ていた。


 無性に怒りが込み上げてきて、虎太郎は鹿に射撃魔法を撃った。

 しかし魔法は当たらず、鹿は少し驚いて後ずさったものの、少しの間を置いてまた若芽をのんびり食べ始める。大して怯えもしていない。


「ナメやがって! この俺をっ、荒瀧組をナメやがって! ナメやがってナメやがってぇえええ!! ア゛ー! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ー!!」


 虎太郎は半ば錯乱し、めちゃくちゃに魔法を乱射した。

 そして我に返った時、鹿はいなくなっていた。


 額に青筋を立て荒い息を吐く虎太郎は、深呼吸をして己を落ち着かせた。

 そして考える。考える事こそが武器だから。未来が視える魔法使いすら手こずらせた、一級品の武器だ。


 虎太郎はしばしの熟考の末、東北狩猟組合を乗っ取る事にした。

 再び雌伏の時が来るだろう。しかし、東北狩猟組合の魔女や魔法使いたちに上手く取り入れば、荒瀧組再興も夢ではない。

 荒瀧組は長い暗闇の時代を耐え抜いた。

 今度も耐え抜いてみせる。荒瀧虎太郎が生きている限り、荒瀧組は終わらない。


 仙台にあるという噂の東北狩猟組合を目指し、東京魔女集会への復讐を誓い歯ぎしりしながら黙々と歩いていた虎太郎は、対面からやってくる荷車を引く一団と出会った。

 一団の数は20人ほどで、全員猟銃を背負っている。


 一団はお互いの距離が30歩ほどになると立ち止まり、不審そうに声をかけてきた。


「一応聞きたいんだが、魔物じゃないよな!? すまんが喋ってみてくれないか!」

「ああ! 魔物じゃない!」


 虎太郎が友好的な表情を張り付け、両手を上げながら答えると、一団にホッとした雰囲気が広がった。

 一気に気を緩めた一団は、荷物を満載した荷車を引いて虎太郎に近づき、代表者らしき人の良さそうな髭の男が物珍しそうに聞いて来る。


「アンタどうした、こんなところに一人で。魔術師だって一人じゃ危ねぇぞ。魔法使い……でもないよな?」

「ああ違う。一人でこんなところを歩いているのはやっぱり珍しいか」

「そりゃあな。東京の魔女とウチの狩人が定期駆除しちゃあいるが、魔物が出るのも珍しくない。俺の隊は優秀な魔術師を護衛につけてるがね、甲類が出た日にゃあ逃げるのも厳しい。そこをアンタ、一人でぽつんと歩いてるもんだから、人型の魔物かと思ったぞ」


 髭の男は交易商人だと名乗り、一人で歩いていた事情を聞いて来る。

 虎太郎は素早く頭を巡らせ、答えた。


「実は東京の商売で大失敗しちまってな。ほら、新通貨が発行されただろう? アレの関係で大ポカをな。嫁にも子供にも逃げられちまって、無一文で、東京には居づらい。で、東北狩猟組合のお膝元で再出発できないもんかとね。一人で歩いてたのは、確かに不用心だったな。家族に見捨てられたショックで頭が変になってたらしい」

「そりゃあ、気の毒になあ。悪いが俺達はこれから東京に荷を運ばなきゃならん。仙台に同行させてはやれんが……」

「いやいや、いいんだ。そっちの仕事を優先してくれ。こんなオッサンのために時間を使わせるのは悪い。ただ、東京で荷を降ろしたら仙台に戻るんだろう? その帰り道にご一緒させて貰えないか?」

「ああ、それなら全然構わん。アンタ、名前は?」

「木和田だ」


 咄嗟に出てきた偽名は弟の愛人のものだった。荒瀧の名を隠すのは業腹だったが、今はそうも言っていられない。


「木和田さん、俺達と一緒にいったん東京に戻るかい?」

「ああいや、知り合いに会うと気まずいんでね。近くのパーキングエリアに隠れてアンタらの戻りを待ってるよ。次に東京に戻るのは東北狩猟組合の御用達商人になってからって決めてるのさ」

「はっは、大きく出たなあ!」


 髭の男は快活に笑い、虎太郎も調子を合わせて明るく笑ってみせた。

 そのまま一度別れる雰囲気になったのだが、フードを被った男が挙手して話に入ってきた。


「すみません、俺、木和田さんをこのまま一人にさせるのはちょっと心配です。事情があったとしても、一人で交易路を歩くなんて危なくて仕方ない。身を守るために必要な簡単な事だけでも教えておきたいんですけど」

「ああ、そりゃそうだ。そうした方がいいな。木和田さん、彼はウチの商隊の護衛だ。腕利きの魔術師なんでね、彼の話は参考になると思いますよ」

「構いませんか? 自衛に役立つ簡単な魔法と心構えを教えたいんです」

「ああ、そりゃもう願ったりですよ。お願いできますか」

「ではあちらに。ここで魔法を撃って人に当たったら危ないですし」


 虎太郎はフードの魔術師に連れられ、商隊から少し離れた国道沿いの木立に入った。

 虎太郎はほくそ笑んだ。人間でも扱える魔法はいくつ覚えていてもいい。虎太郎最大の能力は作戦立案だが、魔力量だってかなり多い。こんなところで手札を増やせるとは、運が向いてきた。

 やはりどん底まで落ちれば後は上がるしかないという事か。


 木立の中で用心深く周囲を見回していたフードの魔術師は、一つ頷き、虎太郎に淡々と言った。


「アンタからは悪質な獣の匂いがする。悪いが(イツワラ)には近づけさせられない」

「イツワラ? 何を言っ」


 言葉の途中で、虎太郎の首は両手に掴まれ360度回転した。

 フードの魔術師は冷たい目で倒れた死体を見下ろし、足で蹴り転がし灌木の茂みに押し込む。


 それから木の幹に背をもたせかけ時間を潰したフードの魔術師は、怪しまれない程度の時間を空けてから商隊に戻った。


「おかえり、村雲さん。彼は?」

「ああ、木和田さんはやっぱり我々を待たず自分一人で行く事にしたそうです。止める間もなく行ってしまいました」

「ありゃ。いやあ、危ないと思うんだがなあ。まあちょっと雰囲気が変だったし、何か急ぎの事情があるんかね」

「そうですね。彼には彼の事情があったんでしょう。しかし、俺たちには俺たちの事情がある。さあ、出発しましょう。今日中に交易品を東京に届けてしまわないと」

「そうだな。さあ小休止は終わりだ! 早いとこ魔女集会の管理区に入って一息つこうや!」


 そして商隊は何事もなく、東京へ向かって出発した。

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― 新着の感想 ―
影のとんでもない功労者ですね。 やはり鋭敏な嗅覚を持つ者は強い…。
村雲さん毎回人知れずいい仕事する。仕事人や…
村雲ぉうおおおお 最高だぜカッコ良すぎるぜ村雲ぉ!!! 虎を狩るのは狩人の仕事なんだなぁ村雲ぉ!
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