50 蜘蛛の魔女
真の親友とは!
親友が困っていたら、来るなと言われても助けにいくものであるッ!
そういろんな漫画で読んだし、俺も納得するところだ。
これはね、助けに行っても無駄かもとか、助けに行って何の役に立つんだとか、そういう問題じゃないんだよね。
親友だから、助けに行く……!
俺は普段は友達だ親友だとか言っておきながら、いざ友達が窮地になったら理屈をコネて助けに行かず知らんぷりする友達の紛い物概念を振りかざすゴミ共とは違うぞ。
俺は未だに普通の友達という概念がよくわからない。
俺には俺なりの「友達とはこういうもの」という定義がある。
ヒヨリも「友達には色々な形がある」って言ってたし。
俺にとっての友達とは、絶対に奥多摩で大人しくしていろ、と言い残し戦場に赴いたヒヨリを助けに行くものなのだ。
なんか文京区ヤバいらしいしね。そんなら大日向教授もヤバいって事だ。
青の魔女様は最強だから荒瀧組とかいうけしからん襲撃犯たちは間違いなく皆殺しにされるだろうが、アイツちょっと不器用だから。力加減を間違えて大日向教授を巻き添えにしてしまわないか心配だ。
俺は工房に祀るオクタメテオライトにお祈りしてから、俺を行かせまいと根っこで足を引っ張ってくるフヨウを秘蔵の化学肥料3袋で買収し、戦闘用魔法杖ヘンデンショーを持ち工具鞄を背負い、火蜥蜴たちを引きつれて奥多摩を出発した。
助けに行って無駄足になるならそれで良し。
何の役にも立てなかったとしても、最悪逃げ帰ればいい。
超絶大天才魔法杖職人が敵方に捕まる危険性は、いくらヒヨリに危機感が無いと小言を言われまくる俺だって流石に分かる。小言を言われまくったお陰で自覚できている説もあるが。
自分の身を守る。友達を助ける。今回の遠征の目標はその二つだ。
まあ、なんとかなるさ。キノコパンデミックの時だってなんとかなったし。
パンデミックの時は地上を顔を隠しつつ移動したが、今の東京は絶賛敵対勢力による襲撃下にある。地上に姿を晒して歩くわけにはいかない。
だから俺は地下を行く。
東京の地下鉄網を利用し、敵に見つからないよう隠れて文京区へ行くのだ。
地下道というものは常に水没に対抗しなければ成立しない。特に東京やニューヨークなど、臨海地域の大都市の地下道は排水設備が止まるとすぐ水没してしまう。
グレムリン災害から五年以上が経過し、電動排水ポンプが一切機能しないまま五度の冬が過ぎた。水没した地下道は凍結と解凍、つまり膨張と収縮を繰り返し、コンクリート製の壁面に大きなダメージを与えている。その崩壊速度は地上と比べ遥かにはやい。
線路沿いにコソコソ歩き、東京ダンジョンとも呼ばれる広大な地下網に侵入した俺は、手に持つツバキの尻尾の火をランタン代わりに周囲を照らし、そのいかにもポストアポカリプスらしい光景に感嘆した。
ところどころ塗装やタイルが剥げ落ちた壁には黒っぽい汚れのようにも見える地衣類が這い広がり、入口付近には地上から舞い込んできた落ち葉が隅に吹き溜まり痩せてひょろりとした雑草が生えている。
奥に目線を移せば、草は消えて代わりにキノコが見えた。動物の糞もぽつぽつある。画面がひび割れた券売機には蜘蛛の巣がかかり、改札口のあたりにはかなり古い焚火の痕跡が残っていた。
地上と比べひんやりとした空気に動物の糞の臭いと埃っぽさが混ざり合い、不気味だがワクワクする異世界情緒に溢れていた。廃墟探検趣味の人の気持ち、ちょっと分かるぜ。
落書きだらけの路線図看板を確かめつつ、俺は地下道を行く。
途中水没箇所が多かったが、転落防止柵を火蜥蜴たちの炎で焼き切り、溶接して簡単なイカダを作って越えた。イカダの縁から身を乗り出し、興味津々で濁った水面を見下ろす三匹は最高にワクワクした様子で、俺もニコニコしてしまう。
すげえ。俺、文明崩壊から五年が経ってようやく本格的な廃墟冒険をしちゃってる。
地下鉄構内の崩壊速度は早く、特に浸水が酷い場所では柱が崩れたりもしていた。しかし、壁の亀裂を観察し、壁面を手の甲で叩いて感触を確かめ音を注意深く聞けば、なんとなく本当にヤバい場所は分かる。
あと三、四年もすれば東京地下網は入れなくなりそうだ。だが今はまだ危険な場所を避けて進めば大丈夫。
そうしてイカダに乗ったり降りたりしながら二駅分ほど進むと、急に線路がこざっぱりした。明らかに人の手がはいり整備された形跡がある。動物の糞も落ちていないし、壁の亀裂も補修されている。
誰か住んでいるのか、と身構えた俺は、火蜥蜴たちの尻尾火に照らされ現れた物を見て納得した。
「なるほど、木炭車か!」
「ミミミ?」
「あ、すまんモクタンじゃない」
呼ばれたと思って見上げてくるモクタンに謝り、線路に乗っている無骨な作りの木炭車をベタベタ触って調べた。
そういえば確かに東京メトロ丸の内線を利用して木炭車が走っていると聞いた覚えがある。奥多摩に引きこもっている俺には関係ないと思って記憶を忘却の彼方に投げ捨てていたが、関係あったわ。
木炭車はどうやら輸送用らしく、連結した貨物車に鉄くずや衣類の山を乗せていた。車窓には「緊急事態宣言解除まで運行停止!」と赤字で書かれた紙が張り付けられている。
「ふむ……」
俺は周囲を見回した。人の気配はない。緊急事態宣言を受け、駅員やらなにやらは全員とっくに避難済みらしい。
木炭車のドアには鍵がついていない。運転席に入って中を調べると、こちらも鍵などはついておらず、「速度調節」「ブレーキ」と書かれた赤と黒のレバーが二本あるだけだった。あとは速度計。分かりやすい。
これなら俺でも動かせそうだ。
俺は運転席の下のダッシュボードに入っていた運転マニュアルをざっと読み、貨物車を工具で切り離し、燃料に点火して木炭車を動かした。
歩くよりこっちの方が断然速い。勝手に動かして悪いが、今は緊急事態なんでね。
出発進行だ。
ノロノロ動き始めた木炭車は重い貨物車を切り離したお陰もあってかだんだん加速し、俺達をすごいスピードで運んでくれた。
「ミー!」
「ミッ!」
「ミミミ!」
運転席の窓に集まって顔をガラスにくっつけた三匹の火蜥蜴も初めて乗る車のスピードに大興奮である。こいつら、今回の救援作戦を俺と一緒に行く冒険旅行か何かだと思ってそうだな。可愛い。
木炭車に乗って大幅に移動時間を短縮した俺は、文京区内に入り後楽園駅で停車した。
駅構内は整備されているものの、排水できていない水没箇所も点在し、そのせいか薄ら霧が出ていて視界が悪い。
木炭車を停車させ、三匹を連れて下車した俺は、さてこれからどうするか、と腕組みして考えた。
落ち着いて考えてみると当たり前の事に気付くのだが、けっこう勢いで来ちゃったな、俺。
文京区まで来たはいいけど、マジで俺に何ができるんだろう。
状況も分かんないし。
なんか文京区が今東京で一番ホットな危険地帯だとは聞いてるけど、じゃあ何が起きてるのか、俺の友達は今どこで何をしていてどういう状況なのか、というのはサッパリ分からない。
大日向教授はどこか別の区に避難済み、なんてパターンもあり得るぞ。
まずは情報収集か? 状況を把握するために火蜥蜴たちを偵察に出して……いやでもこいつら喋れないし、何かを見つけてきても報告できないな。誰かに見つかったら最悪野良魔物が出たと思われ攻撃されてしまう。
じゃあ俺自身が偵察に? やだなあ。
文京区なんて敵だらけだし、敵以前に人だらけじゃん。誰か紙に情報まとめて紙飛行機か何かで俺のところに送ってくれないかな。無理か。
考え込んでいると、ふと何かの気配を感じた。
周りを見回すと、薄ら広がる霧の向こうにぼんやりとヒヨリの姿が見えた。俺に手を振っている。
「おお、奇遇~! おーいヒヨリ、おれおれ! 大日向教授が心配でさあ、なんかできないかと思って来たんだけど!」
俺も手を振り返し声をかけるが、返事はない。ヒヨリは黙ったまま俺に手招きをした。
ああ、まあ、人目につきにくい地下とはいえここは敵が侵攻してきている戦場だ。大声出すのはアホか。
俺は小声で密談をしようとヒヨリに近づく。
しかし近づいてみると分かった。
そいつはヒヨリではなかった。
ヒヨリとは全く似ても似つかない、鉱物っぽい未知の材質でできた人型の人形だ。
「は? ……おわっ!?」
困惑して足を止めた瞬間、俺は何かに掴まれ空中に勢いよく持ち上げられた。
体が空中ですごい勢いでグルグル横回転し、気が付いた時には全身が白い糸でグルグル巻きにされている。
なんだ、なんだなんだぁ!? いきなりアスパラガスのベーコン巻みたいにされたぞ。
芋虫状態でもがもがすると、俺と同じようにグルグル巻きにされた三匹の火蜥蜴が宙づりになっているのが見えた。顎も閉じさせられ、火を吐けていない。俺達を拘束している糸には耐火性があるらしく、尻尾の火で炙られても糸は燃える様子がなかった。
俺達は仲良く宙づり状態でジタバタした。
一瞬で戦闘不能にされた現状が脳にゆっくり染み込むにつれ、冷や汗が出る。
俺、もしかして敵の罠の中に飛び込んだ?
やべぇ。やっちゃったかも。
俺達を吊り下げている糸の出所を辿り、地下鉄の天井を見上げる。
すると、そこには天井に張り付くバカでかい蜘蛛がいた。
で、でけぇ! でかすぎだろ! 車ぐらいあるぞ!?
ゆらめく尻尾火の灯りを映し込んだ七つの複眼が俺を射貫き、口がキチキチ動く。細かい毛がびっしり生えた脚の先でつつかれる。
蜘蛛は肉食生物だ。それが変異した魔物も、当然肉食だろう。
大ピンチである。
が。
俺はマジで捕食される3秒前の状況より、巨大蜘蛛のかっこよさに目を奪われていた。
「いいなぁ。機能美生物だ……!」
蜘蛛ってだけでストライクなのに、この巨大サイズ! カッケェ~!
どこ住みですか? ご趣味は? 主食はやっぱ人間?
俺は昔から蜘蛛が好きだ。だって器用だから。
蜘蛛は生まれながらにしてあの幾何学的な放射状の巣を紡ぐ事ができる。誰にも教わる事なく、本能で糸の操り方を識っているのだ。彼らは生来の職工なのである!
すげぇよな。流石に尊敬する。生物として優秀すぎるぞ。
まあ蜘蛛にも糸を吐かない種類がいるけど、俺の中で蜘蛛はダム作りの達人ビーバーと並ぶリスペクト生物二大巨頭だ。
俺がキラキラした宝石のような複眼を見つめ感嘆していると、大蜘蛛は昆虫っぽいカクッとした動きで首を傾げた。
「どうして怖がってないの……?」
「!?」
おどろおどろしい見た目とかけ離れた可愛らしい女の子の声が聞こえ、一瞬耳か頭がおかしくなったのかと思った。
しかし、確かに聞こえた。
今、目の前の巨大蜘蛛の口のあたりから可愛い女の子の声が聞こえたぞ。
何が? なんで?
「なんで喋っ……あ、もしかして蜘蛛の魔女?」
「そう呼ばれてる……」
蜘蛛の魔女はキチキチ顎を鳴らし、コクリと頷いた。
ええええええ!? 蜘蛛の魔女っていうか、まんま蜘蛛じゃん!?
どのへんが魔女なんだよ、人要素無さ過ぎ! いいね! 最高!
興奮する俺を、蜘蛛の魔女は脚先でつつきながら思慮深げに聞いてきた。
「ねぇ。あなた、荒瀧組の人……?」
「あ、違います。むしろ逆っていうか。友達が文京区にいて、ピンチなので助けに来ました」
「うーん……本当に……?」
「オクタメテオライトに誓って」
「何それ? うーん、うーん……いや、でも、荒瀧組に魔獣使役のノウハウは伝わってないはず……魔獣を連れてるなら……うん。ごめんなさい、びっくりさせちゃったよね……今放すから……」
蜘蛛の魔女は申し訳なさそうに謝り、糸を解いて俺達を地上に降ろしてくれた。
すっかりビビってしまった火蜥蜴たちは俺の後ろにささっと隠れ、ズボンに張り付いて震える。
まあまあ、三匹共落ち着けよ。このお姉さんは怖くないぞ。大丈夫だ。
俺が服についた糸くずを払っていると、蜘蛛の魔女は頭を下げて再度謝った。
「ごめんね。荒瀧組かと思って捕まえちゃった……」
「あ、いえ全然。むしろ貴重な体験をさせてもらいまして」
「そう……? それなら良かった、のかな……? ええっと、それで。話を戻したいんだけど、どうしてあなたは私を怖がってないの……?」
「えっ。怖がった方が良い感じですか?」
「違うッ! お願い、私を怖がらないで」
落ち着いた声音で喋っていた蜘蛛の魔女が急に大声を出し、びっくりする。
何? もしかして今なんか地雷踏んだ? 魔女の地雷とか分かんねぇよ!
「ご、ごめんなさい大きな声出して。えっと、あのね、私は恐怖が視えるの。相手の恐怖が視えて、恐怖してるほど美味しそうに見えちゃうの……」
「やば~。変異した時の性癖変化ってやつですか?」
ひょっとして食人癖に目覚める魔女ってポピュラーだったりする? 地獄の魔女もそんなんだったじゃん。
でも、蜘蛛の魔女も地獄の魔女と同じで、性癖ヤバいけど善良そうだな。物腰柔らかいし。蜘蛛だし。竜の魔女は二人をもっと見習え。
「私を見ても怖がらない人、初めて視た……どうなってるの? そういう魔法? あ、もしかして魔法使い……?」
「魔法使いじゃないですね。魔法も使ってないです。なんで怖がらないのかって言われても、怖くないからとしか。蜘蛛好きですし」
「蜘蛛好きなんだ? でも、私こんなに大きいのに。怪物だよ……?」
「俺ん家に映画に登場する大蜘蛛のフィギュアとかありますよ。好きな生き物がデカいってご褒美じゃないですか?」
蜘蛛の魔女は何度か首を傾げ、顎をきしらせながら考え込んだ。
蜘蛛だから表情は全く分からないが、何か思うところがあるらしい。
しばらく間を置き、蜘蛛の魔女は脚の一本をそーっと俺の前に伸ばしてきた。
よく分からないが、とりあえず握りしめ、握手する。
蜘蛛の魔女はキィ、と人外そのものの無機質な鳴き声を上げ、サッと脚を引っ込めた。
「本当に怖がってない。微塵も。どうして? 私、こんなに怖いし、醜いのに……」
「はあ? 何が!? 誰が言ったんだそんな事! 俺が言った奴ぶっ飛ばしてやりますよ! あ、いや俺がぶっ飛ばすのは無理だな。青の魔女がぶっ飛ばしに行きますよ!」
俺がシャドーボクシングをしてみせると、蜘蛛の魔女は笑った。
笑いながら、七つの複眼から透明な液体を流した。
えっ。何? 泣いてね? 蜘蛛って泣くんだ? いやなんで泣いてんの?
気まずいんですけど!
俺が訳が分からないなりにポロポロ泣く蜘蛛の魔女の顔にハンカチを当て涙をぬぐっていると、かなり長い間泣いてから、ようやく泣き止んだ。
「あのー、もう大丈夫ですか? なんかすみません」
「ううん、謝らないで……ただ、嬉しかったの。私を見ても怖がらない人に会えたのがすごく嬉しくて。吸血でもほんのちょっと怖がってたから……」
「は、はあ。大変なんですね?」
魔女になって怖がらせてナンボみたいな性癖と能力に目覚めたのに、怖がられるのが嫌なのか。難儀過ぎる。生きるのしんどそうだ。
ああ、いやそうか。ひょっとしてそういう理由で泣いたのか? 怖がられるのが嫌なのにみんなに怖がられ続けて、でも俺は平気のへっちゃらだったから。
ちょっと納得。苦労してるんすね。
「あなた、名前はなんていうの……?」
「お……じゃない。0933です」
「0933!? 杖職人の? 青の魔女の地下室で監禁されてるんじゃないの……?」
「どういう噂!? 違います違います。青の魔女とは親友で。俺が人が苦手だから、色々シャットアウトしてもらってるんですよ」
「人が苦手なの? でも全然そんな風には見えない……あっ。私が蜘蛛だから……?」
「そういう事ですね」
俺が頷くと、蜘蛛の魔女はまた無機質にキィと鳴いた。
「そっか。初めてこの姿に成り果てて良かったって思えたかも……そうだ。0933はお友達を助けに来たって言ってたよね? 手伝うよ。青の魔女に手助けが要るとは思えないけど……」
「いやあの、すみません俺の説明不足です。助けたいのは人間で、いや人間か? 東京魔法大学で教授やってる大日向慧ってオコジョで」
「あぁ、あの。名前は聞いた事あるな。今、魔法大学は大変なんだよね……区役所も落ちたし……」
「蜘蛛の魔女さんは状況に詳しい感じですか? 俺、全然分かんないんで教えてくれると助かります」
「いいよ。私も全部は分かって無いけど、知ってる事教えてあげる……」
蜘蛛の魔女は火蜥蜴たちに前脚を伸ばし、怯えてますますしっかり隠れられ、ちょっと悲しそうにしてから話し始めた。
荒瀧組襲撃の直前、蜘蛛の魔女は未来視から救援要請を受けた。
蜘蛛の魔女は、人に会うのが嫌いだ。恐怖が視え、食欲をそそられてしまうのが途轍もなく嫌なのだ。戦うのも嫌いだ。
だから普段は担当地区である練馬区に迷いの霧を張り、姿を隠し、巣の中から基本的に出ない。
しかし大恩ある吸血の魔法使いの名を盾に未来視から頼まれ、断れずに今回渋々巣から出た。しかし本当に人には会いたくないので、俺と同じように地下道に迷いの霧を広げながらコソコソ文京区にやってきた。
蜘蛛の魔女は糸を操るのが得意で、目玉の使い魔と併用して地下にいながらかなり地上の情報を拾っていた。糸は精密で力強い。疑似餌(俺がヒヨリだと思わされたやつだ)を糸で操り、敵を騙したり誘引したりもできる。
しかし糸は遠くに伸ばすほど精度が下がり弱くなっていくため、文京区役所の戦いではほとんど役に立たなかった。悪いとは思ったが、直接姿を晒して戦うのはどうしても怖かったそうだ。その気持ち、わかるぜ。人に会わずに済むなら絶対そっちの道を選ぶよな。
文京区役所の戦いでは東京魔女集会が荒瀧組の魔女1名を殺害するも、敗北。降伏した目玉の魔女、夜の魔女、煙草の魔女の三名は魔法大学にいる「組長」「若頭」と呼ばれるリーダー格のもとに連行された。
魔法大学では組長の契約魔法により強制契約が行われ、多くの人々が無理やり従わされているという。大日向教授は従属を拒否するためか、あるいは人質になるのを恐れてか、服毒して意識不明の重体。身柄は荒瀧組に確保されてしまい所在不明だ。
「し、死んではいないんですよね……?」
「分からない。たぶん死んではいないと思う。あと、大学構内から出された様子は無かった。でも構内は荒瀧組の構成員だらけ。探りを入れるのが難しい……」
「マジかあ」
頭を抱える。
魔女が探り入れるの難しいって言うなら、俺はなおさら無理じゃね? 忍び込んでもすぐ見つかって捕獲されちまうぞ。
頼りの護衛役の火蜥蜴たちも、魔物を追い払う程度ならとにかく魔女や魔法使い相手ではビビって動けなくなってしまう。
やっぱりヒヨリの言う通り奥多摩で大人しくしてる方が良かったか?
いや、でも何かできる事があるはず。
大日向教授が敵の手中にあるなら、ヒヨリは事実上行動不能になってしまっているはずだ。
俺がどうにか教授を助けられれば、ヒヨリを解き放つ事ができる。そうすれば勝ちだ。
でもどうやって助ければ?
考え込んでいると、蜘蛛の魔女が前脚でちょいちょい腕を触ってきて、言った。
「私が大日向教授を助けるの手伝うよ。でも、一つお願いがある……」
「あ、オッケーです。分かりました」
「まだお願いの内容言ってないよ……? 実は煙草の魔女が殺した荒瀧組の魔女の死体から、魔石を一個こっそり回収してあるの。私は正直、魔力少ない方だし、魔力コントロールも上手くない。人前に出るのも怖い。でも、0933がこの魔石を杖にしてくれれば、ここから糸と魔法を使って大学を探って、大日向教授を取り返せると思う……」
「おおっ、任せて下さいよ! 杖作るの大得意なんで!」
俺は天井から糸にぶら下がりスルスル降りてきた魔石を受け取り、ガッツポーズした。
急に話が簡単になったな。
つまり、俺はここでいつも通りに杖を作ればいいわけだ。
そうすれば蜘蛛の魔女が全部なんとかしてくれる。
うおお、杖作りなら俺に任せろーッ!





