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48 好きな財宝発表ドラゴン

「ほら魔女様。食べて、食べて」

「ううっ、もったいないの……」


 竜の魔女は決壊したダムの横腹に掘った巨大な洞窟の中で、泣く泣くグレムリンを食べていた。せっかく集めたキラキラの財宝を食べるのを渋る竜の魔女を、副官の小太り男財前(ざいぜん)金太郎(きんたろう)が急かす。

 それは竜の魔女の戦闘準備だった。


 ドラゴンは体内に炎を持っていて、強力な炎の吐息(ブレス)を吐く事ができる。だが体内の炎にはもう一つ重要な役割があった。

 グレムリンの消化である。

 ドラゴンはグレムリンを食べ、体内の炎でドロドロに溶かし、溶けたグレムリンを全身に巡らせ自己強化を行う事ができる。ブレスは強力になり、飛行速度は上がり、膂力も上昇。俊敏性、動体視力、魔法抵抗力に至るまで凡そ全ての身体能力が底上げされる。ドラゴンが魔物の中でも最強種の一角に数え上げられる所以だ。


「ここに来る荒瀧組は魔石を持っているというじゃありませんか。出し惜しみをして負けたら元も子もないですよ」

「そうなの。でもお宝減っちゃうの」


 強欲ドラゴンは巣に敷き詰めた山脈のような金銀財宝を見ながら、ほんの一山のグレムリンを食べるのを渋る。食が進んでいない。

 財前はどうにかこうにか竜の魔女を宥めすかす。


「魔女様、これは先行投資ですよ。グレムリンを食べて、敵を捻り潰して、魔石を手に入れるんです。魔石、お好きでしょう?」

「好き好き。大好きなの! ううっ、これは先行投資。先行投資なの……!」


 竜の魔女は自分に言い聞かせながらなんとか必要量のグレムリンを食らった。グレムリンが巨体の体内を巡りはじめ、赤い鱗が仄かな魔法の光を帯び、威圧感が増す。

 財前が通信配達用に持ち歩いているフクロスズメは、ドラゴンの存在感に耐えきれず胸ポケットの中で気絶した。忠誠心厚いフクロスズメは戦闘態勢に入ったドラゴンからの逃走本能に耐えたが、圧力には耐えきれなかったのだ。涙ぐましい。


 準備を終えた竜の魔女はノシノシ歩いて巣の外に出る。外で待機していた警備隊を引きつれ埼玉県境に向かうと、屋根が全損した球場ベルーナドームから一人の魔女がやってきた。

 黒い着物を着崩し、腰から下が馬になっている40代ほどの女だ。右手には抜き身の刀を持っている。


「あれ? 知った顔なの。えーと、木和田(きわだ)?」

「ああ、久しぶりだね、竜の魔女。その様子じゃ未来視の警告が飛んでるみたいだねぇ」


 ぞろぞろ警備隊を引きつれた竜の魔女に、半人半馬の魔女木和田(きわだ)は妖艶に微笑む。

 竜の魔女は木和田本人よりも左手に握られた魔石に目が釘付けだった。


「侵略計画は聞いてるの。魔石と首と腰のアクセ全部置いてさっさと失せるの。あと刀も。そうすれば見逃してやるの」

「言うねぇ。アンタは厄介な魔女だ。でも魔石持った私に勝てるとでも? 悪いこた言わない、降参しな。厚遇するように組長に口添えしてやるから。そっちの取り巻きもね。暴力が支配する世界、好きだろ?」

「好きなの。でもその世界だと青の魔女が女王なの。肩身狭いの。今ぐらいの感じの世界が一番居心地いいの」

「そうかい、そうかい……」


 木和田(きわだ)の笑みの質が変わる。

 獲物を前に舌なめずりするような猛獣の笑みだ。


 比喩ではなく、空気が震えた。

 木和田(きわだ)から魔石を通して増幅された魔力が迸り、ビリビリと肌を刺す。地面の木の葉や砂利が震え、不自然なつむじ風が逆巻いた。

 竜の魔女は平然としている。巨体をかがめ前傾姿勢をとり、魔力と殺意を漲らせる。


 息のつまる一触即発の張りつめた空気の中、警備隊と財前は後ずさりしてヒソヒソ声を交わす。


「あー、すみません。ちょっといいですか」


 短い囁き合いの後、見るからに腰が引けた様子の警備隊を代表し、財前は挙手していけしゃあしゃあと言った。


「気が変わりました。我々は勝った方につきます。魔物から市民を守ってくれる強者であれば、トップは誰でも良いんですよね」

「はー!? ざいぜんんんんん! 裏切りやがったの!? てめー覚えとくの!」

「アハハ、嫌いじゃないよ! そんなら風見鶏は引っ込んでな!」


 武器を放り出しスタコラサッサと逃げていく警備隊に笑った木和田(きわだ)は、刀を低く後ろに構え爆発的な突進を行い戦いの火蓋を切った。


風の(ケテネレ)斬り方は(ゥラッスー)岩鋼に(××××)習った(ジェジュ)

その(×××)石像は(ププポ)世界の(プトラエ)終わりまで(トッ・カリフス)墓を(××)守るだろう(ヂジミグ)


 木和田の刃が届く前に、竜の魔女は口から大きなグレムリンを吐き捨てさざれ石の呪文を唱えながら大空に飛び立つ。

 木和田は一瞬にしてグレムリンを中心に形成された岩の両翼を持つ岩人形(ガーゴイル)を一刀のもとに切り捨てようとしたが、驚くほど強靭な岩に阻まれ胴を半分断つに留まった。

 素早く刃を引いて数度斬り付けるも、交差した両腕に受け止められ、逆に蹴りを入れられる。

 木和田は蹴りを前脚で受け止め、数メートル吹き飛び四足で重々しく着地し悪態をついた。


「堅いって! この魔力バカ! どんだけ魔力注いだんだい!?」

「そのまま地上で遊んでるの! 上から焼いてあげるの!」


 上空を旋回する竜の魔女は高笑いし、強烈な紅蓮の炎(ブレス)を地上に吹きつける。

 木和田の前からは強力なゴーレムの突進。後ろからは灼熱の大津波。

 挟み撃ちにされた木和田は、舌打ちして追加の呪文を唱えた。


虹の(ギョド)駆け方は(ゥタシッァ)風に(ケテネレ)習った(ジェジュ)

「げ」


 木和田の脚が一瞬光り、空気を捉え空へ駆け上がる。

 木和田はガーゴイルが地上から飛んで追ってくるのを警戒して下を見たが、紅蓮の津波の中で岩人形は両腕をぶんぶん空へ向け振り回すばかりだった。


「なんだい、あの岩の翼は飾りか!」

「お前飛べるなんて聞いてないの!」

「そりゃ言ってないからねぇ!」


 慌てる竜の魔女を、半人半馬の魔女が空を駆け追い回す。

 竜の魔女は翼をはためかせ雲を突き抜け急加速したが、木和田は追いすがる。

 しかし、魔石で強化された空歩魔法をもってしてもなお竜の魔女の方が速かった。少しずつ引き離されていく。

 

 空中戦では竜の魔女に一日の長があった。木和田は追いつけない上に、曲芸飛行のような軌道で飛び器用に背後に吐いてくるブレスを避けるために負担を強いられた。

 雲を強く踏みしめ突進して距離を詰めようとするも、差は縮まらない。

 木和田は眉根を寄せて一度納刀し、両手を竜の魔女へ向けた。


「仕方ない。この距離でも増幅すれば……鳥の(ニャンキャ)落とし方は(ゥコィロ)虹に(ギョド)習った(ジェジュ)


 魔石で増幅された不可視の波動が放たれ、竜の魔女を襲う。

 竜の魔女は巨大な何かで上から抑えつけられたように大きく高度を落とし失速したが、すぐに全身の輝く赤い鱗が不可視の圧力を相殺し態勢を立て直した。


「げぶっ!? んんんッ、ザ、ザコが! ぜぜぜ全然効かねぇの!」

「落ちない!? しぶといねぇ! 鳥の(ニャンキャ)落とし方は(ゥコィロ)虹に(ギョド)習った(ジェジュ)

「がぶーっ!? だっ、だから効かないって言って」

鳥の(ニャンキャ)落とし方は(ゥコィロ)虹に(ギョド)習った(ジェジュ)

「ぼげーっ!!!」


 三度強制的に高度を落とされた竜の魔女は、開戦地点近くの多摩湖に大きな水柱を上げて墜落した。

 犬かきならぬ竜かきで鼻から水を噴きながら岸辺に這い上がった竜の魔女は、ぶるぶる巨体をふるわせ水気を飛ばす。そして数歩の距離を取り目の前で刀を構える木和田を見て蒼褪め喉を鳴らした。


「い、いいの? そんなとこにいたら焼いちゃうの」

「この距離ならアンタのブレスより斬る方が早い。嚙みつけもしないだろう? もちろん、呪文を唱える隙も与えない」

「うぐぐ……!」

「片足が無いんじゃあ、近接で私と戦えないだろ。降参しな」

「…………」

「なんとか言ったらどうなんだい? ん?」

「……なんとか、なの」

「んー? ああ、時間稼ぎか。さっきのガーゴイルで私を背後から襲おうとしてるね? 五秒以内に降参しなけりゃ斬り殺す。いーち、にーい」

「ぐう~……!」

「さーん、しーい、」

「こっ、こうさ」


 なんなら斬り殺したそうにも見える嗜虐的な笑みを浮かべた木和田は、降参の言葉を聞く寸前に馬体の横腹に四本の氷槍を食らいよろめいた。

 完全に意識外からの奇襲にたたらを踏み、思わず横を向く。


 そこには茂みに伏せた、武器を放り出し逃げたはずの警備隊と財前がいた。


「やっちまえ魔女様!」

「ここでやれなきゃアンタはただのトカゲだ!」


 警備隊の野次を聞き、慌てて目を前に戻す。

 そこには欲望に目をギラつかせ凶悪に笑い、大きな顎の奥に高熱の炎を灯す竜の魔女の姿があった。


大発見(××××)! 焔って(ジン・ガ)燃えてる(ツシンガ)らしいよ(ナァシンカ)

「しまっ」


 全身に巡るグレムリンで強化されたドラゴンのブレスに、焔魔法の重ねがけ。

 目も眩むような輝きを放つ真紅の熱線は木和田を飲み込んだ。

 木和田は炎の中で悶え躍る黒い影になり、影は見る間にボロボロ焼き崩れていく。

 そして数秒の後にブレスが止むと、後には煙を上げる白い灰の小山だけが残った。

 木和田は焼け死んだ。


「ふん! 雑魚が、なの! そうなの、やっぱり私はちゃんと強いの! ガーッハッハッハなの!」


 竜の魔女は高笑いしてノシノシ灰の山に歩み寄り、鼻息で灰を吹き飛ばす。すると、熱を放つ魔石が姿を現した。

 全ての魔石は隕石であり、グレムリンと違い大気圏突入の高熱を耐えるだけの極めて高い耐熱性を持つ。ドラゴンの炎でも溶けはしない。


 高熱を帯びる魔石を涎を垂らしながらいそいそ腹袋にしまいこみ喜びの舞を踊る竜の魔女のもとに、警備隊と財前がワイワイガヤガヤ寄ってくる。


「鋭い魔女かと思いましたが、案外バカでしたね。こんな古典的な作戦にここまで綺麗に引っかかるとは」

「作戦? ……あっ。ざ、財前、お前はデキる奴なの。知ってたの。もちろん信用してたの」

「いやあ、光栄です。魔女様も迫真の演技でしたよ。まるで本当に私が裏切ったと思ったように見えました」


 財前はでっぷりした腹を揺らして愉快そうに笑い、竜の魔女も釣られて少し気まずそうに笑った。

 警備隊は行儀悪く灰と化した魔女の亡骸にツバを吐いたり、中指を突き立てたりしながら談笑している。


「馬鹿が。魔石握りしめてるだけの木っ端魔女にウチの魔女様が負けるかよ」

「そうだそうだ。つえーだけが取り柄なんだから」

「財前さんの作戦なけりゃ負けてたけどな……」

「まあ財前さんは魔女様の外付け頭脳だから。実質魔女様の単独勝利だろ」

「そうかな? そうかも」


 辛勝だったが、結果だけ見れば魔石持ちの魔女を相手に犠牲無し、負傷すら無しの完全勝利である。浮かれる竜の魔女に、財前は咳払いして提言した。


「魔女様。他の魔女の救援に行かなくてよろしいのですか? もっと魔石が手に入りますよ」

「んー、へとへとなの。今日は魔石ちゃんを抱いて寝るの。で、明日またゴミどもを襲って可哀そうな魔石ちゃんを回収してあげるの。1日1個なの!」

「左様ですか。では、お出かけの際の領地の守りはお任せ下さい。まあ、魔女か魔法使いが来たら降参しますが、魔女様が後で取り返しやすいようにはしておきますので」

「よきに計らえなの。ふあああ、もう寝るの。あと任せたの」

「お休みなさいませ、魔女様」


 財前は丁寧に礼をして、ノシノシ巣に戻っていく竜の魔女を見送った。


 誘拐、人材の無駄遣い、泥棒と本能のままにやりたい放題の竜の魔女だが、とにかく強い。

 青の魔女さえいなければ魔女集会トップ戦力なのだから、その強さは超越者たちの中でも頭一つ抜けている。

 竜の魔女がいる限り、彼女の領土は安泰だった。

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― 新着の感想 ―
ベルーナドームの屋根壊れてて笑う。現実のも壊していいのよ
無名叙事詩もすごく物語的だなあ……色んなキャラクターが出てくるんですね。作品として読んでみたい ものすごくハラハラした! 竜の魔女の好感度が若干上がりました。 東京壊滅の危機に会いすぎてほんとうに怖…
敵地で相手の言う事を鵜呑みにするとか木和田さん間抜けかぁ?と思いましたが、荒瀧組の統治下では裏切りやら風見鶏やらは普通の事なんだろうなと考え直しました。援護射撃食らった時はめちゃくちゃ驚いたんでしょう…
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