41 管楽儀式魔法七祭具
寝る時に湯たんぽが必要になってきた初冬の頃、俺の元に吉報が届いた。
東北狩猟組合は俺の作った杖……俺の! 作った杖! を使ってダイダラボッチを袋叩きのボッコボコにして大勝利したそうだ。
死者ゼロ。負傷者ゼロ。完勝である。
日本のど真ん中を長らく封鎖していた甲1類魔物ダイダラボッチには、東北狩猟組合も手が出せなかった。
それが俺の杖と封印弾を使った途端にパーフェクト勝利だ。
まあね? なんつーの? これが才能ってやつかな? 自分の天才性が恐ろしいぜ。
東北狩猟組合は約束通りダイダラボッチから採取したグレムリンを魔女集会→ヒヨリ経由で俺に送ってくれた。これには俺も思わず喜びの舞。
しかし添えられていた手紙にはよく分からない内容が二つあった。
達筆で年季を感じる筆文字で書かれた厚い謝辞、これはいい。俺も鼻が高い。
仙台に才能のある若手がいるので弟子を取らないかという提案は全然良くないけど、無視するからこれもいい。
だが、
「銃杖「巨神殺し」に非常時に緊急発動する迎撃システムのような物は内蔵されていないか?」
という質問はちょっとよくわからない。
なにそれ知らん。こわ……
書かれていた説明によると、ダイダラボッチが死亡寸前に最後の悪あがきをしようとした時、突然胴体が弾け飛びそれがトドメになったという。
東北狩猟組合は東京魔女集会の手助けだと考えたが、魔女集会はこれを否定。
それなら魔法杖職人が仕込んだ隠し能力か、と思って尋ねたそうだ。
いや、俺も知らないっす。心当たりもありません。
杖に緊急迎撃システムなんて組み込んでいないし、何かが噛み合って偶然そういう現象が起きるのも原理的にあり得ない。
悪い事が起きたわけではない。
だが原因が分からない。ちょっと不気味だ。
俺の杖は無関係だから、たぶん地獄の魔女みたいな流離いの親切魔女がたまたま助けてくれたとかじゃないかな……? 地獄の魔女が今どこにいるのか知らんけどさ。
よくわからんが、俺の杖の性能だけでダイダラボッチに完勝したわけではないようだ。全て俺の杖のおかげだと天狗になるのは早計だった。
それでも東北狩猟組合の中で銃杖「巨神殺し」の評価は爆上がりしたようだから、今回俺はダイダラボッチ討伐という一大作戦の片翼を担う事ができた、という程度に謙虚に受け止めておこう。
手紙に書かれていたよく分からない内容の二つ目は、謎の黒色グレムリンだ。
ダイダラボッチは毒ガスと自己再生の二種類の魔法を使っていた。しかし、土壇場で三つ目の魔法、時間加速を使ったらしい。
そしてダイダラボッチから採れたグレムリンは三つ。
直径90mmの赤銅色グレムリン。
直径60mmの赤銅色グレムリン。
最後に直径15mmの黒色グレムリンだ。
90mmと60mmはそれぞれ自己再生魔法と毒ガス魔法に対応したグレムリンだと考えられる。どちらの魔法もダイダラボッチが以前から多用していた。強力な魔法の発動媒体には巨大なグレムリンが使われているという考えは理に適っている。
その理屈でいくと、一度だけ使われた時間加速魔法は一番小さな黒色グレムリンに対応している事になる。
黒色グレムリンだけが異質である。
他の二つはダイダラボッチの血液由来固有色と思われる赤銅色なのに、15mmグレムリンだけ黒色。
しかもその不自然な黒色グレムリンは、俺に送る前に自然と塵になり消えてしまったという。
手紙にはグレムリンを加工する職人としての見地から意見を窺いたいと書かれていたが、サッパリ分からない。
なんか変な事が起きたんだな、ぐらいしか俺に言える事はない。
興味深いとは思う。
でも肝心のサンプルが塵になって消えてしまったのではどうしようもない。
とりあえずそういう話は魔法大学にぶん投げておけばいいと思いますよ。優秀な頭脳が集まる東京魔法大学なら、良い感じに寄ってたかって疑問を紐解いてくれるでしょう。解けなかったり解くのに時間がかかったりする事もあるけど。
さて。
手紙の内容には首を傾げさせられたが、東北狩猟組合からの送り物のメインディッシュはこんな紙ペラではなく、素晴らしき魔法の結晶体だ。
俺はよく手を洗い、作業用鉄鋼羊手袋を着用し、箱の前で感謝の祈りを捧げてから開帳した。
「うお、でっか……!」
分かっていたのに感嘆が漏れる。
やはり手紙でカタログスペックに目を通すのと、実物を見るのとでは全然違う。荒々しくも力強く輝く赤銅色のグレムリンは、脅威の90mmと60mm。これまで最大記録を堅持していた大怪獣のグレムリン、80mmを10mmも更新するビッグサイズだ。
大怪獣は80mmが二つで、ダイダラボッチは90mmと60mm。規格外の強さを誇る甲1類魔物から採れるグレムリンのサイズ感はこれぐらいらしい。
赤銅色グレムリンはどちらも鶏の卵のようなツルリとした形状で、魔物から採れるグレムリンの例に漏れず球形に近い。
ああ、美しい。
魔石の魔性の魅力には劣るが、グレムリンだって全然悪く無い。このサイズ、このクオリティの宝石なんてなかなかお目にかかれない。
世が世なら大国の王冠に使われていたっておかしくない。なんなら今世界のどこかで甲1類魔物のグレムリンを王冠や王笏として使っている生存者コミュニティがあっても俺は驚かないぞ。
ひとしきり鑑賞し堪能してから、おれは早速60mmの方を作業台に置いた。
写真が撮れれば加工前のこの天然の奇跡を収めておくのだが、撮れないから仕方ない。
実は、ダイダラボッチのグレムリンを貰えると分かってから、俺は密かに用途を決めていた。
グレムリンが一つしか手に入らなかったら杖に使う。
しかし二つ以上手に入ったなら、一つは杖に使い、残りは思いっきり無駄遣いする!
現在、俺の工房には至宝オクタメテオライトが祀られ、火蜥蜴が遊びに来る小型炉があり、研磨時に出た魔石の粉を詰めた小瓶六本を並べた棚がある。これまで作ってきた全ての作品の設計図を入れているマップケースも地味にお気に入りだ。
かなり伝説の魔法杖職人の工房っぽくて気に入っているのだが、まだまだ飾り立てる余地がある。
この工房には良い感じの置き物が足りて無いと思うんだよねぇ。木彫りの熊とか、美術刀みたいな。
俺のこだわりとして工房の調度品は魔法関係で揃えたい。魔法の品で溢れる工房にチタン合金ナイフとか混ざると、こう、違和感がね。
だから、俺は60mm赤銅色グレムリンを置き物に加工する。
コイツは杖の素材として一級品だが、置物の素材として贅沢に使っても唯一無二の高級品になる。
甲1類魔物から採れたグレムリンを使った、何の効果も無いただの置き物! 贅沢過ぎて興奮してきた。
俺が貰った俺の物なんだから、どう使おうが俺の勝手だ。しかしヒヨリママに言うと無駄遣いが過ぎるって怒られそうだから、置き物が完成するまで奴にはナイショにしておく。
置き物のデザインについてはもう時間をかけて温めてある。やはり生き物系がいい。
ダイダラボッチから採れたグレムリンでミニチュアダイダラボッチを作る案もあったが、東北狩猟組合から送られてきたダイダラボッチのスケッチを見る限り、顔がキモかったのでやめた。
何が悲しくて不細工な猿面を飾らなきゃならんのか。
緑のグレムリンだったら花の魔女(あの人は怖いが流石に美しい)、青のグレムリンだったらヒヨリ、白ならオコジョ教授、などなど「この色のグレムリンならこうしよう」と決めていたのだが、赤銅色は赤系。
赤なら火蜥蜴だ。
俺はウキウキで彫刻刀を手に取り、グレムリンの切削に取り掛かった。
俺ぐらいの天才職人になるとグレムリンに線を描いてアタリをつける必要もない。グレムリンの中に埋まっている火蜥蜴を掘り出す感覚でサクサク削れる。
「ミッ? ミミミ!?」
途中で工房にのそのそ遊びに来たのんびり屋のセキタンは、加工途中の火蜥蜴の置き物を見て驚き、口をポカンと開けて小さな目を見開いた。
ワハハ。似てるだろう、似てるだろう。
「ミ? ミミ?」
俺のズボンをつたって作業台によじ登ったセキタンは、鳴き声をあげながら置き物を鼻先でつついたり舌で舐めたりする。
が、すぐに目の前の置き物が仲間ではなく生き物でもないと気付いたらしい。フスーッと煙を吐き、床に飛び降り、のたのた炉の灰の中に潜り込んでいった。可愛い。
魔物は仲間認定に身体にくっついてるグレムリンを使ってるからな。いくら見た目が似ていても勘違いはすぐ解ける。
俺はじっくり半日かけて赤銅色60mmグレムリンから1/3スケールの精巧な火蜥蜴を削り出した。
尻尾と胴体の中身は空洞にして、中にアルコールを入れ尻尾に火を灯しランプにできる機能付きだ。容量が少なくてアルコールが少ししか入らないからお遊び機能でしか無いものの、こういうちょっとしたギミックがあるだけで楽しい。
俺は完成した超高級火蜥蜴インテリアをペット達が悪戯で壊さないよう、モクタンとツバキにも見せに行き壊してはいけないと教えた後、枕元に置いてぐっすり寝た。
いやあ、良い仕事したぜ。
翌々日。
オコジョを胸ポケットに入れて遊びに来たヒヨリは、俺が居間に火蜥蜴インテリアを持ってくると案の定呆れた唸り声を上げた。
「何を作るかと思えば。いや、もしかしてそいつ動くのか?」
「動かないな。ただの置き物」
「……はぁ。まあ大利の物だ。好きにすればいいが」
もったいないオーラが露骨に出ているヒヨリと違い、胸ポケットからぴょんと飛び降り火蜥蜴インテリアの前に着地したオコジョは目をキラキラさせて素直に感動してくれた。
「火蜥蜴さん! いいなっ、いいなぁ〜! すっごく可愛いくって綺麗です!」
「お、教授はコイツの良さが分かるか。実は隠し機能があってな。見てろよ…………じゃじゃん! なんと尻尾に火がつくんだなーこれが!」
「わぁ〜!? すっ、凄いですっ! ほんとに生きてるみたい!」
最高のリアクション出してくれるじゃん。
ガハハ、遥か遠い昔のネットオークション時代を思い出すぜ。アニメマスコットの1/1人形やフィギュアは高く売れたものだ。予約二週間待ちになった事すらあった。何もかもが懐かしい。
「それは売り物か?」
「いや、工房に飾る」
「それが良い。表に出せば魔法杖とは違った方向で争奪戦になりそうだ」
我が工房の交渉担当らしい心配を口にしたヒヨリは、火蜥蜴インテリアを指先でそっと撫でた。
どうなんですかね。まだこういうインテリアに出すもの出せるのは魔女か魔法使いぐらいだと思うが。
あと一カ月したら新硬貨が発行される。いずれ貨幣経済が安定したら、一度俺の作品をオークションにかけてみたいな。どれぐらいの値がつくか興味がある。
俺たちはしばらく火蜥蜴インテリアを囲んでわいわいしたが、話題は自然と残る90mmグレムリンの用途に向く。
最大サイズ記録を更新したバカでかグレムリンは、どう使うべきか?
「まあ杖かなとは思ってる」
俺が言うと、二人は頷いた。
杖に使うのは確定だ。俺、本業魔法杖職人だし。流石に両方インテリアに使ったりはしない。
「大きな剥片が出たら、それを小さな動物の置き物にするのも面白そうです」
「確かに?」
火蜥蜴インテリアを甚く気に入ったらしい教授の提案に頷く。流石に剥片が出ても小さ過ぎてインテリア素材には向かないだろうが、一考の余地ありだ。
「交渉窓口として言わせてもらうと、多層構造魔法杖の需要は高いな。90mmサイズなら5、6層にできるだろう? ……いや、そのレベルの杖になるとパワーバランスを崩しかねないか。邪な考えの魔女の手に渡りでもしたらどうなる事か。やっぱり無しで」
「えー? 封印弾15発も作ってるし今更だろ」
「その件はまだ納得してないからな。大利を守りきれなくなりそうなオーバーテクノロジー兵器をばら撒くのは控えてくれ」
「まあまあ、でも守ってくれるんだろ? だいじょーぶだって、キュアノス持った青の魔女は世界最強なんだから。頼りにしてるぜ」
「…………」
頼られるのが嬉しいらしいヒヨリは、ホワホワした気配を出し静かになった。
「教授的には? 今アツい研究とか、こういう杖欲しいとかある? やっぱ無名叙事詩関連?」
「うーん。無名叙事詩仮説はあまり進歩が無いですね。もっともっと詠唱文サンプルを増やさないと。
最近注目の研究で大利さんが気に入りそうなのは……管楽儀式魔法祭具でしょうか?」
「はあ? 魔法大学どうなってんの? 無限にオモロそうな研究やってるじゃん。詳しく」
詳細を催促すると、オコジョ教授は丁寧に説明をしてくれた。
管楽儀式魔法祭具とは、俺が作成した儀式魔法十三祭具の原理を応用し、発音不可音を詠唱しようという試みだ。
発音不可音は詠唱文に混ざった人間では発声できない音だ。吉田予想によれば発音不可音は全部で十二音あり、現在そのうち九音が存在を確認されている。
発音不可音は、人間が魔女や魔法使いの魔法を模倣する上で非常に高い障壁になっている。その障壁を回避しようという試みは、大日向教授の父が魔法言語学研究を主導していた時代からずっと続けられている。
中でも楽器を利用した発音不可音の発声研究の歴史は古い。
これは人間に発音できない音を楽器によって出そうという試みだ。最初期の研究では弦楽器や打楽器なども試されたが、どれも成果が芳しく無く理論的にも望み薄で、現在では人が息を吹き込む事で音を出す管楽器の研究だけが継続されている。
特定の種類の管楽器は、人間では出せない発音不可音を一種類だけ出す事ができる。
絶対聴覚を持つ魔法言語学助教授により、管楽器の中でもハーモニカが完璧に魔女・魔法使いが出す発音不可音の一つを模倣できると突き止められている。
だが、今まではハーモニカで発音不可音を出しても意味が無かった。音を出しても魔力が動かず、魔法が発動しないのだ。
普通に呪文を唱えながら発音不可音を出す時だけハーモニカに口をつけるというのも悪かった。
魔法の詠唱には非常に厳密な発音が要求される。一連の詠唱の音と音の間に不自然な間が入ると、それだけで詠唱は失敗してしまうのだ。
俺の儀式魔法十三祭具は、この問題への突破口を開いた。
儀式魔法十三祭具の使い方の応用として、六名が前半を詠唱し、残り六名が後半を詠唱する事で、一つの呪文を唱えあげるのが可能だったのだ。
勿論ほんの僅かでも前半と後半の引き継ぎがズレると失敗するので、非常に高度な連携を求められる高等技術なのだが、ハーモニカの問題の半分は解決する。
一人の人間が口で唱えたりハーモニカに口をつけたり離したりと忙しない事をしなくても、儀式魔法として運用してしまえばいい。一人が口頭で呪文を唱え、詠唱不可音のところだけあらかじめハーモニカを吹く準備をしている吹奏担当にバトンタッチすれば、淀みない滑らかな一連の詠唱は完成する。
ハーモニカで発音不可音を出しても魔力が動かない問題も、グレムリン工学科と目玉の魔女の協力で突破口が見えた。
ハーモニカの吹き口をグレムリン製にしたところ、目玉の魔女によって確かな魔力の動きが観測されたのだ。魔法になるほどの動きでは無かったが、確かに魔力は動いた。
そして、動く魔力の量と滑らかさは、ハーモニカの部品を(実際に出る音に関与する部品を)より多くグレムリンに換装するほど上がっていった。
つまり話をまとめると。
以前作ったメビウスの輪の儀式魔法十三祭具と同様に、全く同じ形状の全グレムリン製双子ハーモニカを作れば、人類は発音不可音の一つを(複数人がかりで)克服できるのだ。
何度か頭がこんがらがりそうになりながら話を聞き終えた俺は一応確認した。
「要するに、俺はこの90mmグレムリンで全く同じハーモニカを何個か作れば良いんだな? そうすれば人類が今まで唱えられなかった高等魔法をいくつか唱えられるようになると」
「その通りです。けど、こんな話をしておいてどうかと思いますが、青さんが仰っていた多層構造加工案も捨てがたいです。
複数人運用と連携の熟練、発声訓練が必須の管楽儀式魔法祭具より、一人で運用できる多層構造魔法杖の方が絶対に扱いやすいですし、すぐ役に立ちますから。五層か六層の多層構造魔法杖なら人間でも甲類魔物に抗い得るかも知れません」
「でも?」
「はい?」
「正直に言ってみ? 役に立つとかどうかじゃなくてさあ。教授は既存技術の焼き直しの多層構造杖と、新境地を開く管楽儀式魔法祭具。どっちが見たい? どっちもは作れないぞ」
オコジョは俺の問いにキュッと口を結び悩ましげな顔をした後、観念して白状した。
「管楽儀式魔法祭具が見たいです……ううっ、私の中の魔法言語学者の血が、魔法言語学の可能性を見たいって」
「よし。管楽儀式魔法祭具を作ろう。なーに、今の時点じゃ多層構造魔法杖の方が良さそうでも、これは投資だよ投資。目先の利益を求めて同じ事を続けるより、ちょっと損でも非効率でも新しい可能性を切り開く方が大切だ」
「そうですよね? 長い目で見れば、ですよね。管楽儀式魔法祭具だって立派な杖ですし」
教授は自分に言い聞かせるように言った。
いや実際その通りだと思う。
ダイダラボッチという甲類魔物の脅威の話題が直近にあったから、人類でも甲類魔物に対抗できるかも知れない多層構造杖に傾いてるだけだ。
新しい杖、作っていこうぜ?
多層構造杖反対派のヒヨリとしても納得のいく結論だったようで、俺は早速管楽儀式魔法祭具の研究資料を取り寄せ、翌日から製作に取り掛かった。
一つのグレムリンから全く同じ大きさ形の物を削り出すのは、儀式魔法十三祭具で経験済みだ。削り出す形がメビウスの輪からハーモニカに変わっただけの事。
俺は設計資料に描かれていたハーモニカの形状から音を出すために必要な最小限の構造を特定し、めちゃめちゃ薄く脆いハーモニカの原型を六つと、一回り大きな儀式焦点役の原型一つを削り出した。合計七つだ。原型を薄く脆くしないと七つの掘り出しは不可能だった。
90mmってめちゃめちゃデカいように思えたけど、同じ塊から複数の品を削り出そうとするともっと大きければいいのにと思ってしまう。人は強欲だ。
薄く脆いハーモニカの原型を削り出したら、それを金属と木で作った外殻に嵌め込む。
核であり発音機能を担うグレムリン製の原型と、それを覆い保護し強度を担保する外殻。両方が組み合わさって出来上がった管楽儀式魔法七祭具は、まるで赤銅色の宝石をあしらったどこかの洒落た民芸品のようだった。
出来上がった祭具を、俺はすぐに教授に送った。ヒヨリと一緒に性能テストをしようとしたのだが、十三祭具の時の暴発事故をしつこく覚えていて、テストに協力してくれなかったのだ。大学でテストしてもらうしかない。
メビウスの輪以外の形状で儀式魔法祭具を作ると、異常振動による自己破壊が心配だが、俺は例え壊れても貴重なデータが取れるならそれでいいと思っている。
たった一度でもいい。人類が発音不可音を含む魔法を発動させたという前例は、後に続く研究の先駆けとなる偉大な一歩になるだろう。
……でもやっぱりせっかく超貴重なグレムリンを使って作った祭具だ。一回の使用で壊れたら嫌だな。
せめて五千兆回ぐらい使った後に壊れてくれ。頼む。