04 竜炉彫七層型青魔杖キュアノス
「オーパーツについて教えろっていっても」
と、俺はテーブルの上におかれた魔法杖「ヘンデンショー」を見る。
オーパーツ呼ばわりされるほどの異常技術は使ってないぞ。別にそんなとんでもない秘密の製造法は無い。削って形を整えて、二重構造にしただけだ。
「こういう魔法の石は球体に近いほど効果高いのは分かります?」
「ああ」
「えーとですね。この杖はヘンデンショーと言って、奥多摩変電所で採取した電気水晶、あ、グレムリンか。グレムリンを使ってます。まずグレムリンを球形に削ってですね、削り出した薄片を粉砕して研磨剤にして、」
「待て」
言われた通りに説明し始めたばかりなのに、早速青の魔女から待ったがかかった。
「奥多摩では工作機械が生きているのか?」
「電気で動く工作機械の話ですか? それなら生きてないです」
「では、どうやって加工した?」
「どうやってって、そりゃ、彫刻刀とかタガネとか」
俺が手で彫刻刀を使う仕草を見せると、青の魔女は首を横に振った。
「そんなはずは無い。目玉の魔女のところに技術者の生き残りが集まって研究していると聞いているが、硬度が高すぎるし、私にはよくわからんが性質的に削りにくいらしい。精密機械が使えても難しいだろうという話だ。事実誰一人グレムリンの加工には成功していない。大利が発見した、隠している秘密の製法があるんだろう? 話せ」
ええ?
いや、そんな事言われてもなあ。
「俺、器用なので」
正直に答えると、青の魔女はイライラと指先で机を叩いた。
「器用とかその程度の話で済むか、バカ! 器用なだけでグレムリンを加工できるなら、私だってとっくの昔にこの魔石を球形に磨いているさ。見ろ、この杖のグレムリンを。これはなんだ? ハァ? 球形に加工しただけじゃ飽き足らず、球の中に球ができてるじゃないか! 意味不明だ。こんな神業ができる人間がいてたまるか。正直に言え、何を使った? レーザー加工か? ん?」
詰め寄られるが、秘密の製法なんて無い。普通に削っただけだ。
でも正直に「器用なんです」って言っても嘘って決めつけられるし。
相当な修羅場を潜ってきたらしい青の魔女相手にこのまま押し問答しても嘘つきと思われて殺されかねない。
俺はこの場で実演する事にした。
「えーと、じゃあ、青の魔女さんのその魔石、貸して貰えます? この場で球形に削って見せます。一応、ナイフは持ってきてるんで」
「ふざけるな。この魔石一つのためにどれだけ血が流れたと思っている? 入間の魔法使いを殺して私が奪った時点で、コイツのために800人は死んでいるんだぞ。簡単に貸せるか」
「あ、じゃあいいっす……」
めっちゃ曰く付きじゃん。こえー。
「それならグレムリンあります? それこの場で加工して、見せます。小さくてもいけますけど、大きい方が見た目分かりやすいかな」
「あくまでナイフ一本で加工できると言い張るわけか。まあいいだろう。そこまで言うなら見せてもらおうか?」
青の魔女は「グレムリンを取ってくる」と言って席を立ったが、途中で振り返って俺に露骨に信用していない冷たい一瞥をくれた。
「逃げるなよ。すぐに戻ってくる。それから何にも触るな」
俺は何度も激しく頷いた。
いちいち脅さないで欲しい。怖いから。
そりゃ、アンタにとっちゃ俺は不審者かも知れませんがね。俺にとってアンタはヤクザみたいなもんだぞ。こうして会話はできるけど、会話した結果命が保証されるかまでは分からない。
しばらく大人しく椅子に座って固まっていたが、青の魔女は二階でガタゴト物を動かす音を立てるばかりでなかなか戻ってこない。途中で明らかにペットボトルと空き缶の山が崩れて飲み込まれる音と悪態が聞こえ、俺はまだしばらくかかりそうだ、と肩の力を抜いた。
落ち着いて部屋を見回すと、色々小物が置いてある事に気付く。名前の分からない観葉植物がいくつか。サボテン。メダカの入った金魚鉢にはカラフルな小石が敷き詰められ、水草が浮いている。兎と熊の人形はオモチャの家の隣でハート形クッションを抱いていて、全体的になんだか女の子っぽい。
作業机におかれている血生臭いガンスミスキットを見ないように気をつければ、普通の女性が暮らす居間にしか思えない。
そわそわして、そこはかとなく逃げ出したくなってくる。
なんか居心地悪いな。
そういえば他人の家に上げてもらうのは小学生の時に風邪を引いたクラスメイトにプリントを届けに行って以来だ。女性の家に上がったのは生まれて初めてだ。
アニメの主人公たちはヒロインの家に行くとドキドキしていたが、アレってすごい胆力だったんだな。俺はもう気まずくて逃げ出したくて仕方ないぞ。
いざという時の逃走ルートを考えて目線で裏口を探していると、窓際の棚にオルゴールが置いてあるのを見つけた。曲を奏でると上に乗った人形が回るタイプの回転オルゴールだ。
というか、えっ!?
あれ、魔法少女ロジカル☆アインシュタインの二期完全受注限定生産オルゴール・アイちゃんモデルじゃん!?
す、すげーっ! 初めて見た! 世界に50台しかない幻のオルゴールの一つだ!
パチモンじゃないだろうな?
駆け寄って間近で見ると、完全受注生産即完売の出来なだけあって細部の拘りが光る素晴らしいクオリティだった。
ほう、ほうほうほう。スカートのレースをこんなに細かく! こいつは手縫いだな? 職人芸ですねぇ! 胸元のヒューマニティ・ダイヤモンドはまさか本物のダイヤか? 女児用グッズに使う代物じゃねーぞ! 完全に大きなお友達向けやんけぇ!
音も聞いてみよう、とオルゴールのネジを回そうとするが、回らない。ネジが堅いのかと力を入れると、どうやら内部が故障しているような引っかかりの感触がした。
なんだよ、壊れてんのかよ。
舌打ちしたくなる。
青の魔女は一体何をやっているんだ? アニメ公式グッズ受注生産部門で歴代最高値を更新した貴重で高価な逸品なんだぞ。壊れたなら修理に出せよ。コレの価値分かってんのか? 馬鹿が!
はーヤレヤレまったく。ここは俺が一肌脱ぎますか。
作業台の銃手入れ用道具箱から工具を借り、オルゴールに傷をつけないようササッと分解する。内部構造を見ると、どうやら落としたか強くぶつけたかして歯車がズレてしまっているようだった。
良かった、この程度なら楽に直せる。
オルゴールボックスの枠が歪むほど強い衝撃を受けたようだが、構造に上手くアソビが設けられていて、壊れるのではなく部品が外れるだけで済んでいる。むむむ。こういうやり方は参考になるな。俺も真似しよう。
感心しながら直し、組み立て、ネジを回す。
するとアニメ主題歌の一節が綺麗な音色で流れ始めた。
おお、いいね~。またアニメ観返したくなってきた。
でもせっかく買ったBlu-rayも電気が消え去った今ではただのフリスビー。おのれグレムリン。
しばらく頬杖をついてオルゴールを楽しんでいると、背後で物音がした。
一瞬で今自分が置かれている状況を思い出し、血の気が引く。
青の魔女は「何にも触るな」と言っていた。
それなのに思いっきり触ってしまった。
まずい。
殺される!
冷や汗を流しながら、猛獣を刺激しないようにゆっくり振り返る。
薄目を開けて顔色を伺うと、予想に反して青の魔女は怒っていなかった。
それどころか、閉じた瞳から一筋の涙を流している。
えっ。なに? それはどういう感情?
青の魔女はじっとオルゴールに聞き惚れている。女児向けアニメのオープニングソングに抱く感情としては重すぎる何かが見えた。
そ、そんなにこの曲好きだったんです? 俺も好きだけどちょっと負けるな。
やがてオルゴールのネジが止まり曲も止まる。すると青の魔女は後ろを向いて涙を拭い、今までとは一転した穏やかな表情と声音で俺に礼を言った。
「ありがとう、大利。もう二度と聞けないと思っていた」
「あ、はい。そんなにこの曲好きだったんですか?」
「それは妹のオルゴールなんだ。よく一緒に聞いていた」
「なるほど? 高尚な趣味をしていらっしゃる。妹さんとは一度話してみたいな」
そしてあわよくばオルゴールを譲って欲しい。他のグッズ半分ぐらいあげるから。
俺が下心を隠してゴマをすると、青の魔女は深い悲しみを漂わせ短く言った。
「妹は死んだ。病気でね」
「アッ」
き、気まずい。
形見じゃん……勝手に弄ってごめんじゃん……
「お前は、大利は良いヤツだ。嫌な態度をとって悪かった」
もじもじしていると、青の魔女はこれまでの冷え冷えとしていた態度を引っ込め柔和に腰を折って謝罪した。
豹変といっていいぐらいの変わりようだ。オルゴール修理は彼女にとって相当デカい事だったらしい。
そーなんですよ。実は俺、良いヤツなんですよ。
誤解が解けて良かった。
「是非オルゴールを直してくれた礼をしたい」
「え。いや、別に……」
「そうだ、物資に困っていないか? 山奥で一人暮らしは大変だろう? 大利なら青梅に移り住んでもいい。歓迎する」
「冗談じゃないです」
礼をしたいと言いながらとんでもないペナルティを提案してくる青の魔女にキッパリ首を横に振る。
せっかく華の一人暮らしを堪能しているのに、何が悲しくて他人がいる地域に引っ越すのか。
山奥の一人暮らしは大変だけど、山奥の一人暮らしそれそのものが他の全てのデメリットを帳消しにして有り余るメリットだ。絶対に引っ越さんぞ。
俺は全面拒否の姿勢をとったが、青の魔女は余計なお世話全開で言い募る。
「大利にとっては大した事では無かったのかも知れないが、私にはとても大切な事なんだよ。礼をしなければ私の気が済まない。私に何かできる事はないか? なんでもいい」
「……なんでも?」
俺が聞き返すと、青の魔女は頷こうとして、ハッと何かに気付き慌てて付け加えた。
「え、えっちなのは無しだぞ!」
「じゃあ喋らないでもらえます? 近寄らないで下さい。顔も見たくないです」
「!?」
なんでもいい、と言われたので一番の欲望を正直に告げると、青の魔女は愕然として手に持っていたグレムリンの小塊をじゃらじゃらと床に落とした。
俺は奇妙な過剰反応に首を傾げ、一拍置いてとんでもない誤解をさせた事に気付く。
「いやっ! 青の魔女さんがキモいとか嫌いだとかそういうのじゃなくて! 純粋に声聞いたり顔見たりすると吐きそうになるだけで。あ、いや、これも誤解させるな!? 違う違う違うから!」
自分のコミュニケーション能力の低さに絶望しながら、俺はそれから小一時間かけてようやく誤解を解いた。
たぶん解けたと思う。
青の魔女は俺のような社会不適合者に初めて遭遇したらしく、「貴女が嫌いなのではなく、全ての人間が苦手なだけだ」と理解してもらうのにかなり苦労した。
別に嫌いじゃないんスよ。でも適切な距離をとってもらえたら嬉しいな、みたいな。
「…………」
俺の我ながらめんどくさい性質を理解した青の魔女は、押し入れから衣装ケースを引っ張り出し「ハロウィン衣装」と書かれた圧縮袋からチャチな白い仮面を出し被ってくれた。更に部屋の端っこに行き、何も喋らず身振り手振りで「これでいいか」と確認してくれる。
「だいぶ楽になりました」
俺が言うと、青の魔女はホッとした雰囲気を出す。
すみませんね、めちゃ面倒な事をさせてしまって。でもお陰でようやく深く息ができるようになった。
肌が全部隠れて人の輪郭を失うと、いくら素顔が美少女でも関係ない。
目の前に人間がいないみたいで安心する。もう怖くないぞ。
散々横道に逸れたが、本題に戻る事にする。
青の魔女は俺のグレムリン加工技術を疑っていたから、まずは実演だ。
床に落ちているグレムリンの小塊を拾い、まずは未加工状態を確認してもらう。
「見ててくださいよ」
俺が固有振動数の声をぶち当てると、指先に乗せたグレムリンからお漏らししたようなビームがひょろりと力なく発射された。
青の魔女はうるさそうに耳を抑えた。
「見えましたよね。これが今のこのグレムリンの魔法威力です。今から球形に加工して威力を上げて見せます」
「…………?」
「口? 口がなんですか? ああ、今の絶叫するビーバーみたいな声? 俺が知ってる呪文? はコレしかないんですよ。すみませんね、うるさくて」
「…………」
青の魔女は物言いたげだったが、強いて何かを尋ねてはこなかった。
質問がないならよし。早速加工に取り掛かる。
固定器具が無い中、机の上に転がした米粒サイズのグレムリンをナイフの先端で削っていくのは流石に神経をすり減らした。ルーペぐらい持ってきておけば良かったな。
だが、俺は器用さだけが取り柄の男。
十分ほどかけて会心の出来に仕上げる。
「できました。研磨してないですけど、まあまあ威力上がったと思います。いきますね」
俺が再び固有振動数の声をぶち当てると、指先に乗せたグレムリンから蜘蛛が糸を吐いたような細いビームがピューッと勢いよく発射された。
青の魔女の表情は仮面に隠されていて分からないが、驚いた雰囲気だけはよく伝わってくる。
「こんな感じです。信じてくれました?」
青の魔女はしばらく黙り込んでから、画用紙にペンで文字を書いて重々しく見せてきた。
クールな見た目に合わない、いかにも女の子っぽい可愛らしい丸文字だ。ギャップで頭バグりそう。
『大利は身を隠した方がいい。この離れ業がバレたら日本中の魔女と魔法使いに狙われる』
「そんなに……?」
いつも手慰みの暇つぶしにやっている加工を披露しただけでマジになられ、流石にビビる。
ちょっと大袈裟じゃない? 確かに俺は世界一の魔法杖職人 を自負していますがね。大統領や大富豪ならいざ知らず、職人の身柄が狙われるなんて事ある?
訝しんでいると、青の魔女は画用紙のページを捲って続きを書いた。
『大利は弓矢しか無い世界で、一人だけマシンガンを作れるようなもの。自覚を持て』
「やば」
具体例を出されてようやくじんわり実感が湧いてくる。
世界変わっちゃう奴じゃん。ヤバ過ぎる。能力と身元が割れたら誘拐監禁待ったなし!
……でも、世界を変える力を持ってるってワクワクするな?
正直、俺だけが作れるオーバーテクノロジーな魔法の杖を作りまくって売りまくってドヤりたいぞ。
電気は止まったままでいいからネットオークションだけ再開しないかな。俺が作った魔法の杖の競り値が吊り上がっていくのを見てニヤニヤしたい~!
でも叶わぬ願い。ネットオークションは消滅し、二度と復活しない。
足と口を動かして商品を売り込まなければいけない退化した商社会で俺はとてもやっていけない。
売り込み営業なんて言葉を聞いただけで鳥肌が立つぞ。
青の魔女の言う通り、大人しく息を潜めて暮らしていくしかないのだろうか。
姿を隠し誰とも会わないまま、俺が手掛けた当代随一の逸品だけを世に知らしめる方法が何か無いだろうか。
『今日は世話になった。奥多摩まで送る。何か困った事があれば助けになる』
青の魔女が俺に画用紙を示してくる。「昼ごはんを食べて行くか?」の一文は二重線で消されていた。
外を見ればもう太陽は正中を過ぎ、今から三時間かけて帰宅すればもう夕暮れ時だ。確かにもう帰るには良い時間だった。
予想外のハプニングだらけの物資回収遠征になったが、収穫は大きかった。
しかしとにかく、気疲れした。向こうも対人ストレスに激弱な繊細小動物をかなり気遣ってくれているようだし、ここはお暇しよう。
「時々、青梅に物資回収しに来ていいですか?」
許可を願うと、青の魔女は無言で頷いた。
よし、その確約だけ取れればオールOKだ。
俺は今後彼女と鉢合わせないように気を付けるし、向こうもそうしてくれるだろう。もう二度と会う事もあるまい。
今日は色々情報を教えてもらえて助かった。
情報を知った上での結論が「だいたい今まで通りに生きるがベスト」というのは情報交換した意味無い気もするが。少なくとも、周りの状況が何も分からない不安からは解放された。
食料問題も解決の目途が立ったし、ネットオークション復旧が望めないと分かった今、これ以上の生活環境を整えるのは至難だろう。
現状が分かり、なんとなく自分の行く末も見える。
きっと、これからずーっと代わり映えのしない毎日がやってくる。
危険な奴らに目をつけられないよう、せっかく作った素晴らしい魔法杖の数々を死蔵し、息を潜めて毎日を過ごし、老いさらばえ、やがてひっそり息を引き取るのだ。
孤独死は望むところだ。
しかし、俺の作品を世に出す事ができないのだけは残念でならない。
あーあ! 人生、全てが上手くはいかないってワケですか。ま、夢の孤独死が現実味を帯びただけで良しとしようか。
…………。
いや。
待てよ?
登山バッグを背負い、ヘンデンショーを持って、帰り支度を済ませたところでふと思いつく。
唐突に石化したように固まり閃いたアイデアに集中する俺に、青の魔女は訝し気だ。
そう。
青の魔女。
彼女は俺の社会不適合者全開の会話拒絶にこうして律儀に付き合ってくれている。
オルゴール修理をよほど恩に着てくれているのか、多少の無茶は聞いてくれそうだ。
頼んでみるだけタダなのでは?
俺は不躾なお願いで気を悪くしないだろうか、とか、会ったその日に図々しいだろうか、とか、断られて機嫌を悪くしたらどうしよう、とか、たっぷり数分固まったまま気を揉んだ。
が、最後には言うだけ言ってみる事にした。
突然固まって動かなかった俺を、青の魔女は何も言わずに辛抱強く静かに待っていてくれたからだ。
いくら貸しを作っているとはいえ、これほどコミュ障に優しい人はなかなかいない。
というか初めて会う。実の親ですら俺が「誰とも会わず生きたいからネットオークションで食ってく」って言ったらブチ切れて絶縁状態になったからね。
とにかくこの提案をできるとしたらこの人しかいないと睨んだ。
「お願いがあるんですけど」
言うと、青の魔女は首を小さく傾げ、先を促す。
俺はダメ元で頼み込んだ。
「俺の魔法杖の販売窓口になってくれません?」
実のところ、ネットオークション時代も100%人と関わらなかったわけではない。
物を買ったら宅配業者が家の前まで来て置き配していったし、物を売る時は同じく業者が家の前に置いた荷物を回収していってくれていた。
誰とも顔を合わせこそしなかったが、俺のネットオークション業は色々な業者の助けを借りて成立していた。
この業者の役割を、青の魔女に任せるのだ。
俺は引きこもって魔法杖を作る。
青の魔女が出来上がった作品を回収し、出所を伏せて商品の宣伝をし、客と交渉し、売り払い、売り上げを(物資を)俺のところに持ってくる。
そうすれば俺は家に引きこもったまま趣味に没頭できる!!!
この天才的アイデアに欠点があるとすれば、青の魔女がこんな七面倒くさい雑用を引き受ける理由が無いという事だったが、彼女は自分の杖をロハで製作する事を条件に快く引き受けてくれた。
こちらとしても願ったりかなったりの交換条件だ。
有名人に商品を使ってもらうとねぇ、スゲー良い宣伝になるんだよねぇ!
青の魔女は青梅市を一人で統治し、他の魔女とのツテもあるらしい推定有名人だ。その魔女の杖を作れば、彼女が活躍するたびに杖の評判も上がるって寸法よ。なんなら持ち歩いてくれるだけで宣伝効果がある。
俺自身の顔や名前は広めたくないけど、俺の杖の素晴らしさはどんどん広めていきたい。
青の魔女から魔石を預かった俺は、帰宅後早速加工に取り掛かった。
ビー玉サイズのグレムリンを削って作ったヘンデンショーは、二重構造に削り出すのが限界だった。
二重構造自体が実験的試みだったし、サイズが小さ過ぎて三重構造にしようとしたら割ってしまいそうだったからだ。
しかし、今回預かった青い魔石は手のひらサイズ。俺のオクタメテオライトよりは小振りだが、それでも十分大きい。
原石の形状もだいぶ歪んでいるが概ね球体で、削り出す時に出るロスも少なく済む。
これなら六重……いや、七重構造までいける!
俺は蝋燭の灯りを頼りに昼夜を問わず作業を続けた。
途中でなんか手が震えるし目が霞むなと思ったら24時間絶食していた事に気付き、仕方なく魚でも釣りに行こうかと外に出ると、玄関前に食料を詰めた紙袋と薪が置かれていた。
えっ!? 妖精さん!? いや絶対に青の魔女の仕業だけど。
食料袋の中身はコンビーフ缶とタッパ入り新鮮レタス、塩おにぎりで、このご時世を考えれば最高の栄養バランスだ。米なんて貴重品だろうに。ありがたい。
こうやって青の魔女が支援してくれるなら俺も作業に集中できる。
毎日の食料集めにかける時間が丸々空いたのはデカい。
俺は食う寝る以外の時間のほとんどを魔石加工に費やす日々を三日三晩続けた。
時々窓の外から妖精さんの視線を感じたが、極度の集中状態に入るとすぐに気にならなくなった。
五層目の加工に入ったあたりから手持ちの道具では加工が難しくなり、無理筋かなーと半ば諦めつつ青の魔女に手紙で道具の調達を頼むと、一日後には注文通りの道具が玄関先に置かれていた。
マジ助かる。なんでも届けてくれるじゃん。俺だけ配達サービスが復活したみたいだ。
結局、杖の柄や接合部や保護材を含め、全ての加工と組み立てが終わったのは七日後だった。俺はゴリゴリに固くなった肩を揉み解しながら、紙で簡単に包装して出来上がった杖を玄関先に置いた。ようやくお仕事完了だ。
いやぁ、大仕事だった。最初は二週間かかると見積もって、空のタッパを玄関先に置いて返すついでに見積書を入れて伝えていたのだが、技術の習熟と新工法開発で工期がグッと短縮できた。
うむ、うむ。いい作品ができたし、いい勉強になりました。
青い魔石を加工して作った青の魔女専用の杖は、今までの技術の粋を結集した逸品だ。
見た目は木の杖だけど、芯に金属を通してあるから強度はバッチリ。ちょっとやそっと乱暴に使ったぐらいじゃ壊れない。
意匠にも凝った。木材に浅く彫り込んだケルト文化モチーフの意匠に銀を埋め込んで強調し、「青」を意味する外国語を調べた中で一番カッコ良かったギリシャ語の「キュアノス」を銘として刻印してある。
そして全ての意匠と装飾は、柄の先端に頂く青く美しい宝石を引き立てるように構成している。接合材すら青系の染料を混ぜ込んで全体の雰囲気と調和するようにしている。
俺以外のどんな職人でも、これ以上の魔法の杖は作れまい。どやぁ。
玄関先に置いた青魔杖キュアノスは、翌朝見た時には無くなっていた。
青の魔女には是非キュアノスを使って大活躍して欲しいところだ。
観賞用に飾ってくれても嬉しいけどね。