39 銃杖「巨神殺し」
新通貨金型作りから二週間が経った。
街の方では、新年に合わせて行われる新通貨発行についての告知が行われたそうだ。
まず、新通貨では貨幣価値が改定される。新通貨1円≒旧通貨10円だ。
つまり新500円玉が5000円札の役割を果たす事になる。これは今後自然と起こっていくであろう貨幣価値インフレを見越して決められたそうだ。
最初から1万円玉とかの額面で発行すると、インフレが進んだ時に10万円玉とかが必要になってくる。桁が増えると計算が大変だ。額面を1/10にするのは正解だと思う。
……たぶん。経済はよくわからんが。
貨幣価値を保証する経済基盤としては食料が選ばれた。
現状、東京都民を養う食料生産は9割以上が公営だ。魔女集会が「100円でお握り一つと交換する」と保証すれば、新通貨には間違いなく価値が生じる。
今までも食料配給券が通貨の代わりとして流通していたから、配給券が硬貨に変わるだけの話。実際、新年の前後には配給券と新通貨の両替も行われるらしい。
これは江戸時代に米が社会の経済基盤だったのと同じようなものだから、多少の問題はあれど上手くいくと予想されている。
既に家畜採血による潜在的魔物化危険性検査や、砲台鳳仙花の繁殖・運用によって、広大な更地になっている葛飾区の第二次開墾が着手されている。食料生産が安定化すれば、経済も安定していくだろう。
いずれは食料生産を民営化し、現在多くの魔女管理地区で行われている労役割り当て制から自由職業・自由経済制に移行。それに伴って税制を導入し……という青写真が描かれているらしいが、それもこれもまずは新貨幣制度が上手く行くかにかかっている。
俺としても他人事ではない。
今まで、杖のお代としては食料や医療物資、衣類に燃料、工具や美術資料などの現物支給で貰ってきた。特に欲しい物が無い時は「食料〇〇日分相当の価値を保証する」などと書かれた魔女・魔法使い直筆の金券を受け取っていた。
しかしこれからは新通貨で支払われる事が増えるだろう。新通貨発行早々価値暴落or暴騰、流通失敗、なんて事になったら俺もちょっと困る。
魔女集会と有識者会議にはそのへんの良い感じの調整を是非頑張ってもらいたい。
新通貨発行は東北狩猟組合と北海道魔獣農場でも同時に行われる。
北海道魔獣農場は、クラーケンが討伐された事により、水生の魔獣に船を牽引させる太平洋側沿岸航路が使えるようになっている。新通貨は交流と交易を活発化させるだろう。
東北狩猟組合も波に乗って……と行きたいところだが、どうも一つ大きな壁があるらしい。
東京魔女集会は、大怪獣侵攻で危うく壊滅しかけた。
北海道魔獣農場は、クラーケンが長年目の上のたんこぶだった。
同じように東北狩猟組合も魔物問題を抱えていた。
猪苗代湖を中心に、福島県から新潟県を横断し本州を横真っ二つにする広大な縄張りを持つ強大な魔物。
通称「ダイダラボッチ」である。
ダイダラボッチはバカでかい巨人だ。全長100mクラスの二足歩行の獣で、頑丈な岩石を鎧のように纏っている。
デカいだけで脅威なのに鎧を自作し装備する知能がある事、鳴き声を使った複数の魔法を操る事などから、その脅威度は東京を滅ぼしかけた大怪獣と同じ、甲1類と推定されている。
この強大な魔物の縄張りの中に、生存者コミュニティは存在しない。
ダイダラボッチは山を削ったり、新しく湖を作ったり、大地を殴り続け地震を起こし火山活動を誘発したりする習性がある。どうやらそうして縄張りを自分にとって居心地のいい場所に改造しているらしい。
また、ダイダラボッチは縄張りへの侵入者を決して許さない。
狼や羊サイズまでなら通すが、人間サイズや熊サイズあるいは高い魔力の持ち主になると敏感に侵入を察知し、大木や巨岩を投げたり魔法的な毒ガスのようなモノを放出したりして殺しにかかってくる。
とんでもない魔物だが、縄張りを堅守する習性は福音でもあった。なにしろ、縄張りを侵さなければ害はない。
だから縄張り外で活動している東北狩猟組合は長らくダイダラボッチに手を出さないでいた。
が、新通貨発行に併せ、東北狩猟組合はダイダラボッチの狩猟を決めた。
日本列島のド真ん中の陸路が全て完全に通行禁止になっているのは、これから交易・交流を始める上で著しい害になる。端的に言ってクソ邪魔。
縄張り上空を超高高度で飛び越せばダイダラボッチに気付かれずに済むのだが、そんな事ができるのは竜の魔女しかいない。
現状、ダイダラボッチは大人しく(?)縄張りの地形を変えているだけだ。
だが、縄張り内の人類と魔女・魔法使いを殺し尽くした前科がある。
仕留められる時に仕留めておくに越した事はない。
東北狩猟組合の中で長らくダイダラボッチの狩猟はタブーだったが、完全にノータッチだったわけでもない。
縄張りのギリギリ外の高地に監視塔が設けられ、望遠鏡を使って何年も生態観察が続けられていた。
その観察に基づいた結論が「今ならば狩猟可能」。
ただし、適切な狩猟道具があるならば、だ。
そこで話はようやく俺に関わってくる。
以前、ヒヨリは東北狩猟組合の大狼氏に魔法杖の売り込みをかけた。
大狼氏は一度話を持ち帰り、サービスでつけた商品サンプルを元に検討した。
そして先日、ようやく発注書が送られてきた。
二つの魔石と共に。
厳重に梱包され送られてきた魔石は、重厚感ある灰色の「殺生石」と、夜空のような黒色に星のような内包物を持つ「星天石」だ。
ただし、両方とも明らかに欠片になっている。断面から察するに、元の1/3ぐらいの大きさっぽい。残りの2/3は既にマモノバサミの材料に使われたのが窺い知れる。
東北狩猟組合はこの二つの魔石を使い、俺に五本の銃杖と五発以上の封印弾を作るよう求めてきた。
どちらもダイダラボッチ討伐のためのものだ。
討伐の暁にはダイダラボッチから採取できたグレムリンを丸ごと全部俺にくれるらしい。
ダイダラボッチは賢く、鋭敏な探知能力で魔力をかなり細かく感じ取れるため、マモノバサミを踏ませるのは難しい。
マモノバサミは魔力を込めて使用するので、いくらうまくカモフラージュして設置したところでダイダラボッチには筒抜けだ。
だからマモノバサミを小型化かつ効率化した機構を埋め込んだ封印弾を作り、その封印弾で縄張り外からダイダラボッチを狙撃。
動きが鈍ったところを魔石杖のブースト魔法で集中砲火する。
討伐作戦の骨子は大雑把にいえばそんな感じになる。
ダイダラボッチレベルの巨体に魔石封印が試みられた前例はない。
だが、基本的に魔石封印は捕獲対象が巨体であればあるほど、魔力が高ければ高いほど、効果時間が短くなると分かっている。
東北狩猟組合の試算によれば、ダイダラボッチを殺しきるには封印弾が最低でも五発。できれば十発必要だという話だ。
発注書に書かれていた「要望通りの加工が難しいなら……」という但し書きの後の文章を、俺は流し読みした。
任せろ。心配御無用。
甲1類魔物をぶっ殺すマジックアイテムなら、前に一度作った事あるんだぜ?
俺は送られてきた発注書を熟読し、早速封印弾と銃杖の構想に入った。
東北狩猟組合の四人の魔法使いと一人の魔女は全員銃使いだから、魔法杖は杖としても銃としても運用できた方が良いようだ。杖と銃を二つ持ち歩くより、一体化していた方が扱いやすい。銃剣みたいなものかな。
五人が使っている猟銃の予備も資料兼素材として送られてきていたので、寸法を測り分解して構造を把握する。銃は割と精密な武器の印象があったが、思ったよりずっと単純な構造をしていた。これなら上手く杖に組み込めそうだ。
何枚か図面を引いて、木造模型で試作してから、銃杖の形状を決める。
色々やったがステッキに近い形状が良さそうだ。仕込み杖のようなギミックにして、ストックを杖の柄にした通常杖モードと、杖のギミックを展開して照準器やピストルグリップを広げて使う銃モードを使い分けられるようにする。
こういう展開型の武器は接合部の強度が下がりがちだが、これは近接武器ではなく、杖と銃という遠距離武器二種を合体させたものだ。発砲の反動さえ上手く逃がせる構造にしていれば強度にさしたる問題は生じないだろう。
銃杖本体の設計が決まったら、ダイダラボッチ討伐作戦の要となる封印弾の設計をする。
とはいえ、銃の口径が決まっていて、弾丸の形も必然的にほぼ固定されるので、内部構造を若干弄るだけだ。
東北狩猟組合には探知魔法や六感強化魔法を使えるサポートのスペシャリストがいて、発射する弾丸に予め探知魔法をかけておき、何度も回収再利用する予定らしい。
だから弾頭には再利用可能な強度が求められる。
が、俺は強度よりもメンテナンス性を重視して、要望書とは若干仕様を変えさせてもらった。
どれだけ強度を高く作っても、何度も何度も炸薬で撃ち出し獲物に叩き込み続けていれば100%歪み、壊れる。
だから壊れる時に曲がったり歪んだりするのではなく、バラバラになるような構造にした。
これなら壊れてもバラバラになった部品を組み立て外装を仕立て直すだけでいい。
曲がったり歪んだりすると修理は非常に難しくなるから、これがベスト。
顧客は壊れない弾丸を要望したが、要望の裏にある真の目的は無限にリサイクルできる弾丸だ。
従って、壊れにくいが、構造が単純で壊れてもすぐ直せる弾丸こそが実現可能な範疇で最も顧客の要望に適う。いくら俺でも変形不能、破壊不能の弾丸なんて作れない。
余計な気を利かせたなんて事はないはず。顧客の意を汲めたと信じたい。
全ての設計ができたら、いよいよ製作に入る。
俺は必要な素材と工具を担いで裏山の反射炉へ向かった。
火蜥蜴部隊、初出動だ。
今こそ訓練の成果を見せる時……!
「モクタン、セキタン、ツバキ! 集合!」
「ミー」
「ミッ」
「ミミミ」
声をかけると、反射炉の周りで松ぼっくりを転がして遊んでいた三匹がチョロチョロ足元に駆けてきて横一列に並んだ。
「反射炉稼働。火炎放射用意」
俺が厳かに言うと、火蜥蜴部隊はミーミー鳴きながら反射炉の中に入っていき、扇状に展開して炉口を見て「待て」の姿勢に入った。
よーしよし。良い子たちだ。後で好物いっぱいやるからな。
幾度もの訓練を経て、俺と火蜥蜴は息を合わせ火仕事ができるようになっている。
火蜥蜴は火力をコントロールできるため、純物理的な溶鉱炉ではあり得ない速度で坩堝の中の金属は融けていった。
部品に応じて金属の混合比を変えては溶かし、型に流し込み、冷やしていく。
丸一日かかると思われた反射炉での作業は、ものの一時間で終わってしまった。
火蜥蜴ってスゲー!
でもコイツらを調教した俺もスゲー。
全員優勝という事でよろしいかな?
流石に一発大成功とはいかず、幾つかの部品の強度測定で失格水準を出してしまったので作り直したが、それでも諸々全部で四時間もかからなかった。
火蜥蜴様々だ。やっぱり魔法生物工房は最高だな!
金属部品さえできればしめたもの。これまで培ってきた技術をフル活用し、俺は丁寧に五本の銃杖を作り上げた。
形状は変形機構付き仕込み杖。
コアには三層構造魔石を使用。
逆流防止機構は最新タイプ。
封印弾は五つのコアを作った余りの欠片を上手く使い、15発作る事ができた。狩人一人当たり三発行き渡る計算になる。
銘は和風草書体で「巨神殺し」。
五本それぞれに壱番~伍番の番号を振るのも忘れない。
ダイダラボッチは巨神ではなく巨人と呼ばれているが、神の方がカッコイイので神にした。こういうのは言ったモン勝ちだ。巨人殺しの杖より巨神殺しの杖の方が断然聞こえがよろしい。
それから、俺は助手を務めてくれた火力助手たちに敬意を示し、火蜥蜴のロゴマークを柄の内側にコッソリ小さく入れた。
やっぱりこういうのが無いとね。
作者名が刻まれず、そのクオリティによってのみ目の肥えた人にだけ製作者が分かる作品もシブくてシビレるが、ロゴを隠して入れるのも楽しくて良い。
完成した五本の銃杖「巨神殺し」と封印弾を、俺はオマケで作ったガンケースに丁重に収めた。
今まで、俺の天才的作品の数々は東京の中でだけ有名だった。
今こそ日本全国に羽ばたく時。
さあ行ってこい、我が杖たちよ。
ダイダラボッチを討伐し、名を轟かせるがいい!





