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32 火守乃杖

 小一時間して変態放火活動を終え戻ってきた継火の魔女は、スッキリした穏やかな表情をしていた。

 青の魔女は台所にラップして置いておいたヨモギ団子をお土産に、自分が何をさせられたのか気付く事もなく帰ったらしい。かわいそう。伝えらんねぇよ真相なんて。

 継火の魔女に何をヤッたのか詳細を聞くのも憚られ、俺はこの件について触れない事にした。

 すごいね、生命の営み。


「ふぅ……職人さん、封印装置はできそうですか?」

「あ、ああ。いくつかプロトタイプ作って実験してからになるから、そうだな。完成は三日後だと思ってくれ」

「三日ですか。うーん、完成までこのお家に泊まらせてもらっていいですか? まだ大丈夫だとは思いますけど、体調次第でまだ未完成でも封印を強行して欲しいです」

「オッケー。ヤバくなったら言ってくれ」


 継火の魔女はペコリと頭を下げ、工房の炉の灰の中に潜り込み、焼け残った炭の欠片を食べ始めた。そういう生態なんだ?


 継火の魔女は変態な生態をしているが、無差別に放火をする奴では無いという事は分かるので、放置して作業を進める。

 キュアノスの多層構造もそうだし、アレイスターの正十二面体フラクタルもそうだが、魔石加工では同じ構造の繰り返しが意味を持つ事が多い。俺は実験的に魔石を同じ形状に削り、複数タイプの連結構造を試作した。


 起動実験をするために継火を起こして魔力をチャージしてもらおうとすると、継火は炉の中で寝てしまっていた。

 人型を取っていた体の火の輪郭は崩れ、まるで静かに燃える熾火のようだ。スヤスヤ寝息が聞こえるから死んではいないのだろうが、一応声をかけて起こす。


「継火、継火。大丈夫か? 生きてるよな?」

「……ん……ううん……はっ!? ご、ごめんなさい寝てました。何か御用ですか?」


 継火は目を覚ますと人型の輪郭を取り戻した。元気そうでホッとするが、俺が見た物について伝えておく。


「いやなんか体の輪郭崩れてたから。大丈夫なのか?」

「ああ。最近は寝るとこうなっちゃうんです。前はそんな事無かったんですけど、意識が遠のくほど体も崩れるみたいで」

「やばくね……?」

「そうなんです。やばいんです。だからもう気が気じゃなくて」


 こうして起きて話していると具合が悪そうには見えないが、本人の言う通りかなり寿命が差し迫っているようだ。

 早いとこ封印魔道具を作ってやった方が良さそうだな。


 それから三日かけ、俺は継火に起動試験を手伝ってもらいながら封印魔道具の改良・試作を行った。

 結論としては、三色の同形魔石を連結させた二つの輪で封印対象をサンドイッチするのが一番高い効率と効果を得られた。輪の部品となるパーツは凸凹型または矢尻型が最良で、どちらも同程度の性能を発揮したが、デザインが好みなので矢尻型を採用。


 この封印魔道具に囚われると、時間の流れが約1/40000になる。中での1日が外での110年だ。

 起動と封印維持には魔力が必要だが、3年おきに魔女クラスの量の魔力を注ぎ込めば問題なく稼働し続ける試算だ。


 プロトタイプの封印に継火の魔女が入った時に判明したのだが、どうやら封印中もものすごくゆ~っくりと考え事はできるし、外の景色も見えているらしい。

 長い年月を暗闇で過ごすのは嫌、せめて外の景色を見ていたい、との希望があった。もっともだ。

 いくら時間の流れが違うとはいえ、何十年も暗闇に閉じ込められて封印されるなんて頭おかしくなりそうだもんな。せめて景色ぐらいは楽しみながら封印されたってバチは当たらない。


 従って封印システムは長い年月に晒されても劣化しにくい水晶板で覆ったカンテラに組み込んだ。

 使用法は簡単で、カンテラの中に継火を入れ、封印を起動するだけでいい。

 あとはカンテラを杖にぶら下げ、誰かに持ち運んでもらえば、いつ終わるかも分からない長い封印生活の間、退屈せずに済む。

 封印カンテラと杖のデザインは継火の要望を取り入れて満足のいく物に仕上がった。


挿絵(By みてみん)


 別にカンテラ単体でも用は足りる。杖にしたのは俺の趣味によるところが大きい。

 俺、魔法杖職人(ワンドメーカー)だしな。アミュレット製作にも手を出してはいるが、やっぱ杖作ってる時が一番テンション上がる。これが俺の天職だ。


 大体完成し、あとは細かい装飾を入れるだけになる。

 俺はソワソワして出来上がりを待っている継火の魔女に聞いた。


「杖の銘はどうする? 何かこういうのがいいってのあるか?」

「なんでもいいですけど……他の杖の名前はどう決めたんですか?」

「俺のオクタメテオライトは魔石の名前そのまんま。青の魔女のキュアノスはギリシャ語で『青』って意味。大日向教授のアレイスターは二十世紀の魔術師の名前からとった。地獄の魔女のハリティは鬼子母神の事だな」


 ネーミングに特に規則性は無い。

 新作特別性魔法杖に相応しいカッコイイ名前にしたいが、本人に何か希望があればそれでもいい。


「なるほど。じゃあ、そうですね。銘は私の苗字でお願いできますか? 封印されてからはたぶん家族に持ち運んでもらう事になると思いますし」

「オッケー。なんて苗字?」

日森(ひもり)です」

火守(ひもり)ね。苗字ピッタリじゃん」

「そうですか……?」


 俺は杖の柄に和風筆文字フォントで「火守乃杖」と刻んだ。カッケェ~!

 「灼熱縛鎖杖」とか「紅蓮封印杖」みたいな画数多い系もカッコイイけど、俺ぐらいの上級者になるとこのシンプルさに逆に「粋」を見出せる。「究極全能太陽神」より「天照」の方がカッコイイのと同じ原理だ。異論は認める。


「よしできた。これでどうだ」

「え? 字が違っ……まあいいです。それで大丈夫です」


 何か言いかけた気もしたがOKが出たので良しとしよう。

 これにてカンテラ型二重封印魔道具、火守乃杖の完成だ。


 散々機能試験は終えたので、作動に問題が無い事は分かっている。

 既に親しい人には言うべき事を言ってあるという継火の魔女は、魔力を注ぎ込んだカンテラに躊躇する事なくぴょいと飛び込み、空間に縫い留められたように静止した。


「おーい、大丈夫か?」


 カンテラの前で手を振る。

 しかし反応はない。正常に時間流が遅れている証拠だ。

 俺は一つ頷き、カンテラの蓋を閉めた。

 この先百年以上続くかも知れない封印の始まりとしてはなんとも呆気ないものだ。


 まあ憧れのお姉さんとえっちな事(本人の主観)できて思い残す事も無くなったみたいだし。俺目線では呆気ない封印に見えても、本人的には色々な思いや葛藤はあったのだろう。


 俺は目玉使い魔通信で青の魔女を呼びだし封印の完了を告げ、火守乃杖を引き渡して彼女の管理区にして家族の待つ地元である品川区へ持って行ってもらう。俺ができるのはここまでだ。

 俺が生きている内に老化対策技術が生まれるかどうかは甚だ疑わしい。つまり二度と会う事はないだろう。

 さらば、継火の魔女。







 継火の魔女は、火守乃杖製作の謝礼として品川区に彼女がもつ私的工場の権利を全て譲ってくれた。金属資源で溢れ返る都市鉱山から集められた金属を溶解させ、今の時代に必要な形に成型する重要な工場のうちの一つだ。

 二基の溶解炉を中心に稼働中で、作業員や燃料確保を行う人員、運搬要員、事務員など全てを含めると40人が働いている。


 俺は「0933」の名義でこの工場の全ての権利を手に入れた。

 俺の指示一つ、手紙一枚で、工場が丸々一つ俺のために動いてくれる。理由をいちいち聞かれる事もない。

 向こうから指示を仰がれる事もなく、普段は勝手に工場を動かしてくれる。ただ俺が何か頼めば黙ってそれを最優先でやってくれる。

 実に都合の良い立場だ。都合の良い立場にしてくれるように継火と話したから当たり前だが。


 俺は自宅に炉を持っているし、高級オーダーメイド路線をとっているから、工場の生産力が必要になる状況はイメージできない。

 しかし人付き合いや人材管理の必要がない、一方的に使える工場はあって損するものでもない。継火の魔女が俺に報酬として渡せる物の中で一番使えそうなのが工場だったので、俺はありがたく受け取った。


 継火の魔女を送り出してから、俺に工場の権利証明書が届いたのは二週間が経ってからの事だった。

 弁護士の生き残りか何か、そういう権利関係に詳しい人が関わったと思われる本格的な権利書には、継火の魔女の妹からの手紙が同封されていた。


 継火の魔女の妹は「火継の魔女」として姉の仕事をそのまま受け継いだのだそうだ。


 魔女の役割を人間が代替できるのか? と疑問に思ったが、手紙を読んでいる内に疑問は氷解した。

 手紙の内容は姉を助けてくれた事への厚い謝辞から始まり、後半の内容は火守乃杖が発揮した思わぬ効果についての貴重なユーザー使用データだった。


 まず、火守乃杖は封印装置としてだけでなく、普通の杖としても機能したそうだ。

 魔法増幅率は3倍程度。魔力逆流防止機構も仕込んであるから、高等魔法使用時のフィードバックダメージも軽減できる。

 まあそれは俺も試したから分かっている。


 予想外だったのは火魔法にバフがかかった事だ。


 火守乃杖を継火の魔女の妹が持つと、火をコントロールする事ができた。

 火魔法を広範囲化したり、追加魔力消費無しで火力を強化したり、特定の物だけ燃やしたり、継火の魔女が持っていた能力を妹は使う事ができたのだ。

 これは血縁が関係しているらしく、継火の魔女の父と母と妹は火魔法バフの恩恵を受けられたが、血縁関係のない継火の魔女の友人や他の魔女が使っても特に恩恵は無かった。


 継火の魔女の妹は人類最高峰クラスの魔力を持っていた。大日向教授の二倍、俺の四倍ぐらいある。その魔力量ですら最も弱い魔女の1/20以下ではあるが、人間としては破格だ。

 継火の魔女の妹は、火守乃杖が発揮した想定外の恩恵と、人間にしては潤沢な魔力。そして姉が築いた周辺地域を治める魔女との人脈の助けを得て、姉を継ぐ「火継の魔女」として品川区の守護者になったそうだ。


 手紙の末尾には再度深い感謝の言葉が綴られていた。

 手紙を読み、俺も流石に感謝の言葉の一つも返したくなった(返さない)。

 非常に面白いデータだった。封印に不具合が出る事ばかり心配していたが、まさかプラス効果がつくとは。いったいどういう原理でそうなったのか大変興味が湧いた。


 惜しむらくは再現性に欠ける事か。体が火になっている魔女は他にいないし、魔石クズの在庫が残り少ないからもう一個同じ杖を作るのも難しい。更に血縁まで関係してくる恩恵となればもうお手上げだ。

 面白いデータではある。原理を解明すれば魔法杖の新たな境地が開けそうだ。しかし掘り下げ難易度は高い。

 第二の火妖精が見つかるか、火継の魔女が火守乃杖を使い続け年月をかけたデータが溜まるかしないと、この火魔法バフ現象について深掘りするのは無理だろう。


 持ち運びできる封牢が特別な杖としての効果を発揮してくれたのは製作者として嬉しい。

 火継の魔女にはぜひこれから火守乃杖を使ってドンドコ活躍していってもらいたい。


 俺の杖を持つ魔女が活躍するほど、俺の杖の名声も上がる。最高だな!

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― 新着の感想 ―
性癖が継承されなくて良かった。(主に継火の魔女の尊厳面)
未来視の魔法使いが未来視してキノコ生えた青の魔女に主人公があった時間ですよー
0933ってどういう意味ですか?
感想一覧
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