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30 東北狩猟組合の秘伝

 東北狩猟組合所属の魔法使い「大狼(オキャク)」は、竜の魔女の背に乗り首都上空にはるばるやってきた。

 吹き付ける風を手庇で避けながら地上を見降ろせば、まるで一度大怪獣が暴れたような破壊の痕跡こそ痛々しいものの想像よりずっと保存状態の良い広大な街並みが広がる。

 在りし日の華の都大東京の面影を残すその光景に、大狼(オキャク)は眉をひそめた。


 聞いたところによると、東京魔女集会率いる東京生存コミュニティの人口は、キノコパンデミックの後でさえ220万人に及ぶという。

 思うに、今回東京魔女集会が外部の救援を必要とした理由は、過剰な人口を養おうとしているからだった。

 端的に言えば東京には人が生き残り過ぎている。


 東北狩猟組合は仙台市を拠点とし、四人の魔法使いと一人の魔女で運営されている生存者コミュニティだ。

 擁する人口は20万人。単純に考えて、狩人一人あたり4万人を保護している計算になる。

 他の大規模生存者コミュニティである「北海道魔獣農場」「琵琶湖協定」「荒瀧組」も同程度の比率のはずだ。


 対して東京魔女集会は16人の構成員に対し220万人。一人あたり約14万人。

 東北狩猟組合の三倍以上の負担を背負っている事になる。

 運営困難に陥って当然だ。逆に今までどうやって都市運営を成立させていたのか分からない。


 東北狩猟組合では、グレムリン災害直後に生存者の容赦ない選別を行い、保護しきれない者は最初から保護しない方針を取った。全員を守ろうとして全員で弱っていく愚を避けるためだった。

 自分で歩けない者や、持病や障害を持つ者は女子供であっても真っ先に切り捨てられた。

 反感は出たが、自衛隊と警察壊滅後は唯一市民を守る力を持っている圧倒的超越者達の総意――――苦渋の決断であったし、何よりも東北狩猟組合は例え身内であっても選別に例外を作らなかった。

 事実、選別によって持病持ちだった大狼(オキャク)の兄はコミュニティの防衛線の外へ粛々と出ていき、魔物と相討って命を落としている。今でも夢に見る最悪の記憶だ。

 内にも外にも厳しい断固とした方針は、軋轢は産んだが受け入れられた。市民にしてみれば、受け入れざるを得なかったとも言うのだろうが。


 しかし選別の結果残った20万人でさえ、東北狩猟組合は完全に守り切れているわけではない。

 怪我や病気で死ぬ者もいた。市街地で変異し潜んでいた魔物に殺された者もいた。

 何より、東京魔女集会からなんと無償で送られてきた豊穣魔法指導教員の博田先生がいなければ去年の時点で破滅的な大飢饉が起こり、東北狩猟組合は瓦解していただろう。


 今回、大狼(オキャク)が復興支援使節として仙台を離れ東京にやってきたのは、その豊穣魔法を教わった恩があるからだ。

 同時にキノコ病も持ち込まれたが、東北狩猟組合のコミュニティの中でのキノコ病による死者は2000人前後。豊穣魔法が持ち込まれなかった場合の破滅的被害を考えるなら、安い代償だ。

 グレムリン災害初期から厳しい選択を迫られ続けていた東北狩猟組合コミュニティでは、東京魔女集会に感謝こそすれ逆恨みする者はいない。よしんば逆恨みしていたとしても、その感情をぶちまけ暴れるような愚か者はいない。


 大狼(オキャク)が一時的にでも東京支援のために仙台を離脱すると、コミュニティの狩猟ローテーションに穴が開き、居残り組に大きな負担がかかる。

 しかし市民の「今こそ豊穣魔法の恩を返す時」という声は大きかった。

 中でも首脳陣へ強く嘆願を行ったのは博田先生だった。


 恩師からの援助要請の手紙を受け取った博田先生は、東北狩猟組合の取り纏め役である「大熊(イタズ)」を説き伏せ、貴重な狩人である大狼(オキャク)の東京災害援助派遣を呑ませた。

 市民の信頼厚く、コミュニティの食料危機を救った経歴を持ち、普段は言葉少ない人格者である博田先生の土下座に、さしもの頑固爺も心動かされたらしい。


 大狼(オキャク)が考えているうちに、竜の魔女は急降下を始め、瞬く間に都市のド真ん中に作られたヘリポートならぬドラゴンポートに降り立った。

 突風と地響きを伴い着陸した竜の魔女の背から荷物を背負いヒラリと降りた大狼(オキャク)を、単眼の女性が出迎える。

 ロングスカートにカーディガンを合わせた春めいた装いは女性らしいものだったが、パッチリした大きな単眼が頭をバグらせる。服を着ていなければ魔物と間違えるところだ。

 単眼の女性は大狼(オキャク)に歩み寄り、丁寧に一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。私は目玉の魔女、東京魔女集会の纏め役をしております。東北狩猟組合の大狼(オキャク)さんですね?」

大狼(オキャク)です。今日から七日間、よろしくお願いします」

「こちらこそ。実り多き七日間にいたしましょう」


 大狼(オキャク)と握手を交わした目玉の魔女は穏やかに微笑み頷くと、尻尾を振ってソワソワしている竜の魔女に向き直った。


「連れてきたの。ほら、早く報酬寄こすの。約束なの!」

「ありがとうねぇ、本当に助かったわ。はい、これ。まだこっちにいるならお茶でも飲んでいかない? 去年漂着した貿易船の良い茶葉がまだ残ってるのよ」

「やったの。チョロい仕事なの! お茶は要らないの、また美味しい仕事あったら呼ぶの!」


 竜の魔女は目玉の魔女に手渡されたマーブル石を嵌めこんだ見事なネックレスを嬉々として腹袋に仕舞い込み、忙しなく飛び立ち大空の向こうへ去って行った。

 フッと息を吐いて竜の魔女を見送った目玉の魔女は、大狼(オキャク)を促し今回の会合の会場となる建物(何かの会館らしい)に入って行った。


 建物の内装はよく掃除が行き届いていて、ホワイトボードには色々な魔女の名前で簡単な連絡事項が書かれている。入ってすぐ右手の扉の横合いには、「歓迎 東北狩猟組合 大狼様」と書かれた立て看板が立っていた。

 そしてその立て看板のてっぺんには、手のひらサイズの火の妖精がちょこんと座っていた。

 その妖精はサイズ感を除けば女子中学生程度の年頃に見えた。赤く燃える炎でできた長い髪を持ち、揺れる輪郭の焔を服のようにまとっている。大狼(オキャク)と目玉の魔女に目を留めサッと立ち上がった火の妖精は、活発そうな見た目に反して落ち着いた声で一礼した。


「はじめまして、継火の魔女です。今日は会合中の警備を担当しています」

「よろしくお願いします。東北狩猟組合の大狼(オキャク)です」


 大狼(オキャク)が手を差し出すと、継火の魔女は差し出された手の人差し指を両手で精一杯握りしめ握手をした。立っているだけで火の粉を散らす継火の魔女だったが、見た目ほどの熱さはなく、むしろほんわか暖かいカイロのようだ。

 見た目の可愛らしさも相まって撫で撫でしたくなったが、警備係に対して普通に失礼なので自制した。第一、魔女は見た目通りの年齢とは限らない。


 大狼(オキャク)が撫でたい衝動と己の常識との間に挟まれ葛藤していると、目玉の魔女がかがんで目線を合わせ、心配そうに声をかけた。


「あら。ひーちゃん、また縮んだんじゃない? 大丈夫なの?」

「ええっと。その件に関して、後で青ちゃんさんとお話する時間が欲しいと思っています。少し相談したい事があって……目玉さんから伝えておいてもらえますか?」

「うーん、機嫌が良さそうな時に言ってはみるけど、時間をとってくれるかは分からないわよ?」

「それで十分です。よろしくお願いします」


 二人の魔女のやり取りを見ていて、大狼(オキャク)は変な気分になった。

 すごくまともな会話だった。

 まとも過ぎる。

 もしかして、東京魔女集会はまともな集まりなのか……?


 これまで大狼(オキャク)が直接見知っている東京魔女集会の魔女は竜の魔女しかいなかったから、なんとなくああいう(、、、、)連中の集まりなのだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 竜の魔女は例外のようだ。一安心である。


 会議室に通されると、中では二人の女性が並んで着席し待っていた。

 

 一人は仮面をつけている。背格好からして成人しているかどうか。仮面とボロボロの黒い服で全身が隠され、年齢が分かりにくい。洒落た女性向けデザインの雪結晶ペンダントを首から下げているし、ボディラインも服の上からある程度見て取れるので、それで女性だと分かる。

 目を惹くのは手に持った青く美しい宝石の嵌った美麗な杖で、大狼(オキャク)は自分が入室した瞬間に何気ない動作で杖の照準を向けられたのを感じた。

 警戒されている。要人に個人的な護衛が付くと聞いていたから、彼女がその護衛なのだろう。


 護衛の隣にいるのは、まだ小学生かギリギリ中学生かというぐらいの年齢の女の子だ。

 オコジョのような可愛らしい耳を生やし、椅子からはみ出した先端だけ黒い白尻尾をゆらゆらさせている。ショートカットの白髪は活発な印象を与え、人好きのする笑顔で隣の護衛と楽しそうに話している姿からも社交的な性格が伺えた。


 大狼(オキャク)は一瞬、首を傾げた。

 身体的特徴からして、オコジョ娘の方が魔女に見える。

 しかし魔力コントロールをしているのは護衛の方だから、護衛の方が魔女だ。

 この会合に同席する要人は魔女ではなく、一般人の有識者と聞いていたが。どうして一般人にケモミミが生えているのだろう……?


 大狼(オキャク)が席につき、目玉の魔女も着席する。手ずから紅茶を淹れお茶請けと共に全員にカップを回した目玉の魔女は、一息ついて二人を紹介した。


「ご紹介いたします。向かって右、白髪の可愛らしい彼女が大日向慧です。弱冠14歳にして東京魔法大学学長を務め、また魔法言語学科教授として教鞭を執る才媛です。今回の会合は私が責任者ではありますが、基本的に現場代表の彼女に向けて話して頂ければと考えています」

「ご紹介に与りました、大日向慧です。東北狩猟組合の噂はかねがね聞かせて頂いています。魔法使いとしての腕前もさることながら、皆さん素晴らしい狩人(ハンター)なのだそうですね。若輩の身ではありますが、この機会にご指導ご鞭撻頂けると嬉しいです!」


 子供らしからぬ堂に入った丁寧かつ明るい挨拶に感心し、大狼(オキャク)は頭を下げた。


大狼(オキャク)です。大日向教授の才名は博田先生から伺っています。大変すばらしい教師であり、研究者でもあるとか。私は復興支援者として来た身ではありますが、是非教授から新たな学びを得て帰りたいと思っています。よろしくお願いします」

「はいっ! 仲良くして下さいね?」


 コテンと愛らしく首を傾げお願いする大日向教授は胸を搔きむしりたくなるぐらい可愛い。色仕掛け要員として送り込まれているのではないかと邪推したくなるぐらいだ。将来はさぞ美人になるに違いない。

 ロリコンでもケモナーでもない自分の性癖に、大狼(オキャク)は感謝した。


大狼(オキャク)というのは猟師(マタギ)の方が使う山言葉でしょうか?」

「!? お詳しいですね。流石言語学者でいらっしゃる。そうですね、命名は私の祖父の大熊(イタズ)です。ウチの纏め役は古い人間でして。『この世ならざるモノと関わる時は、日常の言葉を使っちゃなんねぇ』なんて言うもので、こういう名前を名乗らせてもらっています。オキャクさんでもオオカミさんでも、お好きにお呼び下さい」

「では、オオカミさんと呼ばせて下さい。動物仲間ですね!」


 短いやりとりの中でもオコジョ教授の人柄が伝わって来て、大狼(オキャク)はほんわかふわふわした気持ちになった。彼女の明るい笑顔を見ているとこちらまでニコニコしてしまう。

 だが、会話が切れたところを見計らって物騒な護衛が冷や水をぶっかけるように自己紹介を挟み込んできた。


「青の魔女。護衛だ。彼女に指先一本でも触れようとしたら殺……許さない」


 大日向教授の隣の護衛は目玉の魔女に紹介されない内に素っ気なく名乗り、警告を述べ、それきり静かになった。

 困惑して目玉の魔女の顔を伺うが、目玉の魔女は気のせいか笑みが少し引きつっている。どうやら「殺す」と言いかけた気がしたのは気のせいではなかったらしい。


 大狼(オキャク)はもうどういう顔をすればいいのか分からなかった。

 東京魔女集会は複雑怪奇。まともな女性と変人に挟まれ温度差で風邪をひきそうだ。


「こ、こほん。彼女は少し気難しいですが非常に腕が立ちます。戦闘をこなす実力者としての視点で意見をくれる事もあるでしょう。

 これからの予定ですが、今日はここで情報交換をして、終わり次第宿へご案内します。

 明日からは大学の各学部を回って意見交換、最後の二日で東京全体を巡る。興味のある場所がありましたらその時にご案内いたします。

 合わせて六泊七日ですね。こういったスケジュールでよろしいでしょうか」

「はい。お任せします」

「ありがとうございます。では、遠路はるばるお越し頂いたばかりで恐縮ですが、時間も限られておりますので、まずはこちらの大日向からお話を……」


 目玉の魔女に促され資料を手に起立しようとした大日向教授を、大狼(オキャク)は手で制した。


「いえ。失礼ですが、こちらからお話をさせて頂いても? そちらにお渡しする物の中にナマモノ……ナマモノ? とにかく保存が必要な物があるので。早めに使い方を説明して引き渡してしまいたいんです」

「あら。そういう事なら、是非お願いします」


 目玉の魔女が朗らかに承諾したので、大狼(オキャク)は持ってきた荷物の中から秘伝のタレが入った大壺を出し、会議室のテーブルの上にドンと置いた。

 大日向教授が目をキラキラさせ前のめりになるのを微笑ましく見ながら、早速話し始める。


「今回ですね、東北狩猟組合としては大きく二つの物を復興支援として東京魔女集会に渡す事に決めました。そのうちの一つがコレ、我々が『秘伝のタレ』と呼んでいるものです」


 大狼(オキャク)は壺の蓋を開け、中の黒い醤油のような液体を全員に分かるように見せた。少し酸っぱいが食欲をそそる香りが会議室に広がる。


「この秘伝のタレは、魔物肉を解毒する効果を持ちます。魔女と魔法使いにしか食べられない魔物肉をこのタレに最低三日漬けこむ事で、普通の人間でも食べられるようになります。分厚い肉を漬ける場合は四日から五日は見た方がいいですね。

 タレの成分は魔物の胃液です。元々は消化器官が発達した複数種類の魔物の胃液を混合したものだそうで。原液を作った本人もなぜ解毒できているのか原理が分かっておらず、ウチでは使えるモンは何でも使う精神で活用しています。

 秘伝のタレの量を増やしたい時や、使用して目減りした嵩を戻したい時は、どんな魔物のものでもいいので胃液を継ぎ足して下さい。一気に新しい胃液を注ぎ過ぎるとタレのバランスが崩れて解毒効果を失ってしまうので、継ぎ足しは1日1回、全体の1割の量まで。111と覚えて下さい。水で薄める事もできますが、これも薄めすぎると解毒効果が無くなってしまうので……」


 大狼(オキャク)は大日向教授がメモを取る速度に合わせながら、ゆっくりと使用・管理上の注意点についてレクチャーした。


 秘伝のタレは東北狩猟組合管理地域では各家庭に普及していて、家庭ごとにタレの味が微妙に違うまさに「家庭の味」の源泉になっている。

 組合の狩人が狩った魔物を精肉店に卸し、精肉店が解体し、胃液と肉を各家庭に分配する。そうした流通経路はグレムリン災害後間もない時期から仙台の食料事情を大きく支えていた。

 原理不明の秘伝のタレだが、今のところタレが原因の食中毒は起きていない。東京でもおおいに役立つだろう。


 一通りレクチャーを受けメモを終えた大日向教授は、サンプルとして壺の中に入れていた魔物肉を大狼(オキャク)に断りを入れその場で炙って試食した。

 もしょもしょ咀嚼し、グッと親指を立て、仲睦まじく護衛の青の魔女と肉を食べさせ合う。


 いきなり食べてみるその度胸にも感心したが、それ以上に火魔法を使った事に驚く。

 本人は何気なく杖を操り火魔法を唱えたが、大狼(オキャク)は目を剥いた。

 流石東京、魔術師(ウィザード)の本場だ。一般人でも簡単に火魔法を使いこなしている。

 仙台とはレベルが違う。まだまだ豊穣魔法以外全然普及していない仙台では考えられない事だ。まあ、教授は著名な魔法言語学者であるからして、一般人の中でも例外的に魔法の扱いが上手いのかも知れないが。


 大狼(オキャク)の秘伝のタレは、厚い謝辞と共に目玉の魔女に引き渡され、いったん部屋の隅に置かれた。春先ぐらいの室温ならば直射日光を避け冷暗所で保存しておけば良いので、ひとまずそれで問題はない。


 続けて、大狼(オキャク)はマモノバサミを取り出しテーブルに置いた。

 今度は青の魔女が身を乗り出りだしまじまじとマモノバサミを覗き込む。


「おい。まさかこのトラバサミ、砕いた魔石を使っているのか?」

「御明察です」

「何故砕いた? もったいない……ああいや、口を挟んで悪かった」


 途中で自分が護衛であると思い出したらしい青の魔女は、椅子に体を戻し再び静かになり、手で続きを促した。

 魔石の魔法威力増幅効果は、当然大狼(オキャク)も知っている。大きな魔石ほど威力増幅効果が高い事も。だから砕いて小さくするのは愚行に思われてしまうのも分かるのだが、当然、そこには理由がある。

 大狼(オキャク)はマモノバサミの部品を指さしながら説明する。


「見れば分かると思いますが、これはトラバサミを改造して作った罠です。我々はマモノバサミと呼んでいます。

 中心の二つの歯付き半円は従来のトラバサミと同じです。何かが真ん中の板を踏むと、踏んだ物に歯付き半円が噛みついて捕らえます。

 それで重要なのは外側の円。この、円に沿って埋め込んである魔石の欠片が分かりますか? これ。これは二色の魔石を交互に配置して円形にしています。円である必要はなくて、それぞれの欠片が接触していて先端から終端まで一本に繋がっていればどんな形でもいいんですけど。この魔石にですね、こうやって魔力を込めて……」


 大狼(オキャク)が魔力コントロールで魔力を罠に注ぐと、マモノバサミの魔石が一瞬光を発した。


「……はい。これで発動待機状態になりました。目玉の魔女さん、例の使い魔を出せますか? マモノバサミの上を通過させてみて下さい」

「ええ。板を踏んだ方が良いですか?」

「魔石の効果を見せるだけなので、通過だけで」


 目玉の魔女は頷き、呪文を唱えて目玉の使い魔を出した。

 フヨフヨ浮かぶ目玉が目玉の魔女に操られるがままマモノバサミの上を通過する。

 途端に、目玉の使い魔はガクンと動きを鈍らせた。途轍もなく粘度の高い液体の中を進んでいるように、亀よりも遅い動きになる。


 二人の魔女と一人のオコジョから一斉に感嘆と感心の声が漏れ、大狼(オキャク)は鼻が高くなった。

 東京魔女集会が次々と創り出している新技術の数々は、伝え聞くだけでまったく大したものだ。しかし東北狩猟組合の狩猟具(トラップ)も捨てたものではない。


「御覧のように、罠の中に入った者の動きを極端に鈍らせます。トラバサミ機構を併せれば、相当強い魔物でも強力に拘束できます。罠にかけさえすれば後はもう動きが止まっているところをタコ殴りにするだけで簡単に狩れるんです。そちらの魔術師(ウィザード)部隊の魔物狩りのお供として役立つかと」

「へぇ~っ! すごいですね! これって拘束魔法の一種なんですか?」


 色々な角度から空中でノロノロ動く目玉の使い魔を観察する興味津々な大日向教授に、大狼(オキャク)は知る限りの情報を話す。


「ウチの魔法使いが言うには、拘束しているというより時間を重くしているだけらしいですね。簡単に言えば、中に入った獲物の時間経過がゆっくりになっているんですよ。本来なら一瞬で罠を壊して逃げられるところを、込める魔力次第では何時間も何日も留めておけるんです」

「なるほど……うーん、狩猟……重傷者の容体維持……食料保存……実験…………使い道が多そうですね。素晴らしいです! 私の知人にも興味持つ人多そうです」

「東京魔女集会も魔石は持っていますよね? 青の魔女さんのその杖も魔石製とお見受けしますし。構造自体は比較的単純なので、すぐにコピーして作れると思います。一応、設計図も持ってきました。どうぞ。

 マモノバサミの使用上の注意点は色々ありますが、一番気を付けて欲しいのは魔物だけではなく人も引っかかる事です。というか、魔力を持っている生き物は全て引っかかります。不注意でウッカリ踏んだ魔法使いが脱出まで何日もかかった事故例があるぐらいで。まあ、時間の流れが遅くなっているので飢えたり漏らしたりは無かったんですが、無防備な間に魔物に襲われていたら死んでいましたね。くれぐれも気を付けて下さい。

 一応魔石を組みかえれば罠の起動閾値を変更して、一定以上の魔力を持つ者が上を通った時だけ起動するようにもできるんですが――――」


 説明の途中で背後で扉が開く音がして、大狼(オキャク)は言葉を切り何事かと振り返った。

 扉の向こうには誰もいなかった。独りでに扉が開いたのかと思ったが、下に目線を下げると小さな火の妖精、継火の魔女がいた。


 まだ会合中だというのに警備員が入ってくるとは、外で何かあったのだろうか?

 緊張が走る大狼(オキャク)に、継火の魔女は縋るように聞いてきた。


「すみません、話が聞こえてしまって。そのマモノバサミ、私に使う事はできますか?」


 予想と違う言葉が飛び出してきて目を瞬かせる大狼(オキャク)に、継火の魔女は続けて頼み込んだ。


「私を封印して欲しいんです」

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― 新着の感想 ―
魔石を砕くなんてもったいない… 東北コミュニティにも大利が居れば、なんて考えてしまうな
凄いアイテムがでてきましたねぇやりようがいくらでもあるアイテムというのはいつもわくわくしますね 魔力があれば遠距離攻撃でも反応するのであれば一時的な盾にも使えそうですねぇ
これ日本以外でもグレムリン災害起きてるなら人口密度の高い所はほぼ壊滅的な感じかな
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