表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/149

03 青の魔女

 車が使えないので、俺は線路沿いにてってこ歩いて3時間かけ奥多摩から青梅まではるばるやってきた。

 道中にもたくさん民家はあったが、人気はなく静かなものだった。

 その民家を漁ろうとも考えた。しかし様子がおかしかったので断念した。


 民家はまるで怪獣が暴れたかのように半壊あるいは全壊していた。

 地震で倒壊したのとはまた違う。火事が起きた感じでもない。

 巨大な腕で薙ぎ払われたか、ビームで貫かれたかのように、家の一部が抉られ吹き飛んでいるのだ。一部の家にはブルーシートがかけられていたが、ほとんどの家は倒壊部分から風雨が降り込み腐食が始まっていて酷い有様だ。


 見るからにヤバそうだった。治安が崩壊して暴徒が暴れ散らかしたとしても、ああはならない。

 本当に怪獣が現れたのかも知れない。魔法が実在したのだ。怪獣だってあり得る。

 実際、魔法を使う鹿とかタヌキがいたんだし、魔法を使うクマやライオンがいたら、家を吹き飛ばすぐらいやってのけそうだ。

 怖すぎる。

 君子危うきに近寄らず、だ。


 青梅を物資漁りポイントに選んだのは、建物が比較的無事だったからだ。

 焼け焦げた家や屋根が飛んでいる家、窓が割れている家などはあったが、怪獣大暴れっぽい形跡は見当たらず、どの家も綺麗なものだ。

 家々を破壊した恐ろしい何かがいるとして、ソイツはこのあたりには来ていないらしい。

 人の気配が無いのもプラスだった。絶好の漁り場所と言える。


 俺は魔法杖のヘンデンショー君を片手に警戒しながら窓の割れた民家に忍び込み、食料を漁った。民家は無人だったが、何かが腐ったような強烈な異臭がする上にドア前に乾ききった血痕がある部屋には入らないでおく。

 やっぱり街では大変な事があったようだ。山奥に引きこもっていて良かった~。


 屋内の食料は少なかったが、それでも未開封の缶詰や調味料、乾麺がほどほどに手に入った。地味に続きが気になっていた漫画の単行本が本棚に並んでいたのも大きい。全部いっしょくたに登山バッグに押し込み、隣の家を漁りにかかる。


 隣の家の玄関は開いていて、「総合医療センターに避難する」という家族に向けた書き置きが張り付けてあった。併記された日付は去年のものだ。

 「人間よりも魔物に気を付けろ」という追記が気になったが、魔物とは例の魔法を使う動物の事だろうか? こちらにも魔法があるし、兎や鼠の魔物ぐらいならどうにかなるが……やっぱり動物園から逃げ出したライオンとかサイがうろついてたりするのかな。漁るだけ漁ったらさっさと帰ろう。


 二軒目の家には食料が全く無かったが、代わりに倉庫からプランターで育てられるイチゴと枝豆の種を手に入れた。どちらも俺の家庭菜園には無いものだ。これはデカい。

 他には特に何も無かった。水が完全に蒸発し、干からびた金魚が砂利の上に横たわる水槽が哀愁を掻き立てたぐらいだ。終末世界って物悲しい。


 足音を忍ばせ、重くなり始めた登山バッグに幸せを感じながらウキウキ三軒目に向かおうとすると、上から声をかけられ心臓が止まった。


「待て! そこのお前、誰の許可を得てこのエリアにいる?」


 恐る恐る上を見上げると、はす向かいの民家の屋根に一人の少女が立っていた。

 年齢的には高校生ぐらいだろう。長い黒髪は背中で一括りにされ風に揺れ、元のデザインが分からないほどボロボロの黒い服が不気味にはためいている。

 顔立ちは整っているクール系で、モデル雑誌の表紙を飾っていそうだ。なんならそういう雑誌で顔を見かけた事がある気がする。まあ三次元の美少女はだいたいみんな同じ顔に見えるから、怪しいものだが。

 アニメみたいに髪の色が違えば分かりやすいのに、この人もそうだけどみーんな黒髪か茶髪なんだもんな。不親切極まる。

 そんな不親切な美少女だが、顔に厳しい表情を張り付けていた。美少女モデルというより軍人が戦場でしていそうな油断の無い冷徹な面持ちだ。


「返事ができないのか?」


 俺が黙っていると、少女は手に持った手のひらサイズの蒼い宝石を太陽に掲げて見せた。

 途端、空気が冷たく重くなり、恐ろしい何かが起きる前触れのように冷気が逆巻き始める。

 ゲェーッ!? 魔法石持ちだーッ!

 降参! 降参します! 魔法の撃ちあいなんてしたくないです! 死んでしまう!


 俺が大慌てで杖を捨て、両手を上げて降参ポーズをとると、少女は俺から目を離さないようにしながら民家の屋根から飛び降りてきた。

 ふわりとした着地には危なげなく、人外の身体能力を感じさせる。

 な、何者なんです? 人間というだけで既に怖いのに、高圧的な態度と垣間見えた身体能力で三倍怖い。

 俺は少女から目を背けて下を見た。怖すぎて直視できない。


「誰の許可を得てこのエリアにいる? どこの者だ?」


 少女は俺の前に立ち、繰り返し聞いてきた。

 副音声で「答えなければ殺す」と聞こえてきそうなぐらい、敵意に満ちた声色だ。

 俺は縮み上がり、素直に答えた。


「あ、あの、その、無所属です」

「一人で暮らしているのか?」

「は、はい」

「どこで暮らしている?」

「奥多摩です」

「ここに来る途中に『この先無断侵入者殺害』の警告看板があっただろう」

「えっ? いえ、あの、そのー、下見て歩いてたので……看板は、見て無かった……みたいな……はは……」

「…………」


 恐る恐る顔を上げてチラリと少女の様子を伺うと、どうやら呆れているようだった。


「まあ、その様子ならそうなんだろうさ。しょうもない男だ」


 言いながら、少女は俺が足元に捨てたヘンデンショーくんに目を留め、拾い上げて調べ出した。


「これは?」

「杖です。魔法の」

「グレムリンか。しかしこれは……加工されている……?」


 少女は杖に指を這わせ、太陽に電気水晶をかざして興味深そうに検分している。


「あ、あのぅ」

「待て」


 その杖あげるんで見逃してくれません? と言おうとしたが、少女に遮られ黙り込む。

 はい待ちます。俺は犬より賢いから「待て」ができるのだ。

 機嫌を損ねないように言われた通り黙ると、少女はやおらヘンデンショーを掲げて呪文を唱えた。


「ドゥ・ヴァアラー!」


 耳慣れない奇妙なイントネーションで妙な言葉を発すると、ヘンデンショーくんから一抱えほどもある氷の槍が撃ち出され、民家の壁にぶっ刺さり家を揺らした。


「は?」


 ま、魔法だーッ!? すげえッ! 俺がいつも使ってる白いビームより高等魔法っぽい!

 それどうやったんすか!? 今唱えたのって呪文ですよね!

 俺はびっくりして一気に興味を掻き立てられたが、少女の方がもっと驚いていた。


「は? ……おい、どうなっている!? 威力がおかしい! このサイズのグレムリンでこの威力になるわけがない。この杖をどこで手に入れた!?」

「ひっ! あ、あの、作りました」

「ぁあ?」

「俺が作りました」


 少女に詰め寄られ泣きそうになる。

 身長は俺の方が高いし、少女はむしろ華奢な体格だったが、まるで筋骨隆々の大男に詰め寄られたような威圧感があった。近づかれた事で彼女から香る硝煙の臭いがして背筋が冷える。

 絶対ヤバい人じゃんんんんんん! 帰して! もうお家帰して! だから人に会うのは嫌なんだ!


 俺が恐怖に耐えきれずにポロポロ涙を零し始めると、少女はギョッとした。

 表情を和らげ、気まずそうにヘンデンショーを押しつけて返してくる。


「悪かったよ。お前は何か企みがあって侵入してきたわけじゃあ無さそうだ。だが、詳しく話を聞かせろ。私のエリアに無断で侵入したんだ。嫌でも付き合ってもらうぞ」


 声音は静かだったが、有無を言わせない調子だった。

 俺は逆らえず、べそをかきながら頷く。

 少女は心底呆れた様子で俺の手を引き、案内を始めた。

 くっそー。なんだその呆れ顔はー! 俺だって好きで泣いてんじゃねぇよ!

 だって怖いからさあ! 仕方ねーだろ!!








 少女に手を引かれ案内されたのは、どうやら彼女の拠点のようだった。一軒家の塀が有刺鉄線で補強され、空堀や土嚢が作られたそこはちょっとした要塞のようだ。

 家の中は綺麗に掃除され、居間の天井から吊り下げられた乾燥ハーブの束からホッと心和ませる良い匂いがする。しかし隅の作業机の上のケースから油と火薬の臭いがして全て台無しだった。


 少女は俺を椅子に座らせ、キッチンで紅茶を淹れて持ってきてくれた。

 机を挟んでドッカリ座った少女は、紅茶を一口すすって俺にも手で勧めながら自己紹介する。


「知っているかも知れないが、私は『青梅の魔女』、最近だと略して『青の魔女』と呼ばれている。このあたり一帯のエリアを治めている。お前は?」

大利(おおり)賢師(けんし)です」

「ふぅん? 変わった苗字だな。どう書く?」


 俺が説明すると、青の魔女は頷いた。


「なるほど。大利は奥多摩で暮らしていると言ったな。あのあたりはどうなんだ?」

「どう、とは?」

「魔物は? 誰が治めている?」

「魔物っていうのは体に宝石つけた動物の事ですか?」


 俺が尋ねると、青の魔女は首を傾げた。


「ああ、まあ、そういうのもいるが。ドラゴンみたいなやつとか、幽霊みたいなやつとかだ」

「ええ? いや、そういうのは見た事ないです」

「ほー。じゃあ統治してる奴がすぐ駆逐してるのか。誰が魔物を倒している?」

「誰も。奥多摩は宝石つけて魔法使う動物がちらほらいますけど、ドラゴンみたいな奴はいないです。自分以外の人間は見た事ないので、たぶん誰かが魔物? を倒してるとかもない……と思う……」

「へぇ。奥多摩はそんなに平和なのか。うーん、やっぱり魔物は人口密集地ほど強いのか……?」

「あの、話が呑み込めないんですけど。初めて聞く話だらけで」


 俺が小さく挙手して小声で口を挟むと、青の魔女は椅子の背もたれに体を預け興味深そうに俺を見た。


「そうか。平和な土地で一人生きてきたら何一つ知らないのも当然か」

「何一つ知らないってほど無知じゃあ無いですけど。会話できる程度に色々教えてもらえたら嬉しいな~、みたいな……あっいやっ! ダメだったら全然、全然!」

「そんなに怯えるな、魔女だからといって人を鍋で煮込んで食べたりはしない。そういう魔女もいるが。それは置いておくとして」


 さらっと恐怖情報を漏らすんじゃあないよ。

 安心させるフリして怖がらせようとしてるだろお前。

 俺は怖がっていないアピールをしようと優雅に紅茶を口に運んだが、手が震え過ぎて中身が半分ぐらい胸元に零れた。


「できれば初学者に教えるように全般的に色々と教えて貰えると助かりますね」

「お前紅茶が……まあいいか。そうだな、どこから話そうか。グレムリンは分かるか?」

「電気を食って育つ水晶の事ですか?」

「そうだ。機械やコンピュータに誤作動を起こすイギリスの伝承にある悪戯妖精から名をとってそう呼ばれている」


 青の魔女はどうやら希望通り講義をしてくれるようだ。傾聴する。

 そう。こういう情報、ずっと欲しかったんだよね。対面で講義するんじゃなくて書面で教えてくれたらもっと良かった。


「去年の4月4日、シャンタク座流星群が地球に魔石を降りそそがせた。魔石っていうのは私が持ってるコレの事だな。魔石は見えない胞子のようなものをまき散らし、電気製品についてすぐに育った胞子はグレムリンを形成。全世界の電気製品をダウンさせた。魔石が大本のタネで、グレムリンはその劣化版の子供だと考えればいい」

「なるほど」


 侵略的外来生物みたいなものか。

 湖に放ったブルーギルが在来種の魚をあっという間に食い荒らして大繁殖した、みたいな。

 オクタメテオライトはロマンの塊だと思っていたが、とんだ厄ネタだ。


「グレムリンは電気を吸って育つが、これは機械に限った話じゃない。電気ウナギ、知っているだろう? 水族館で飼われていた電気ウナギはほとんど体内を食い破って育ったグレムリンに殺されたが、中には上手く適応する奴もいた。魔法の力を得て、魔物になったんだ。他にも体質なのか何なのか知らんが、体内にグレムリンを巡らせて魔法を使う動物や、変異して元の姿とはかけ離れた化け物になる動物が出てきた。全部ひっくるめて、魔物だ」

「先生。青梅に来る途中でぶっ壊された家を見かけたんですけど」


 俺が挙手して言うと、青の魔女は頷いた。


「魔物の仕業だろうな。奴らは別に邪悪な生物ってワケでもないが、何しろデカいのが多い。動くだけで物を壊すし、腹が減れば人間も食う。しかも魔法を使う。グレムリンのせいで行政が麻痺してからしばらくは警察と自衛隊が頑張ってたが、魔物が増えはじめてからはもうダメだ。青梅の避難所も全滅したよ」

「あ~……」


 ゾッとする話だ。

 つくづく、家に引きこもっていて良かった。避難していたら終わってたな。結果オーライだ。


 しかし聞いていると、人類絶滅待ったなしに思える。

 電気が封じられ、銃火器だって生産工場が動かないんじゃあすぐに弾薬が底をつくだろう。終わってない?

 でも一つ引っかかる。


「魔物がヤバい割には、青の魔女さんは屋根の上に堂々と立ってましたけど。隠れてなくていいんですか」

「私は魔女だからな」

「……えーと。魔法を使えて、強いって意味ですか?」


 ピンと来なくて確認すると、青の魔女は空の紅茶カップを振りながら補足してくれた。


「私は静電気体質だったんだ。生まれつき電気を貯め込みやすい。だからグレムリンが広がり始めた頃は酷かったよ。全身の血管に針が流れてるみたいでね。三日三晩、生死の境を彷徨った。同じ静電気体質の人の中には耐えきれずに死んだ奴も多いらしい。

 それでも、私は生き残った。グレムリンに体を侵されても生き残った奴には……あー、理屈は省くが、特定の条件を満たした女性が多くてね。生き残って魔法が使えるようになった女は魔女と呼ばれるのさ。魔物の女。魔女というわけだ」


 男なら魔法使いと呼ばれる、と、青の魔女は付け足し、紅茶のお代わりを注いだ。

 苦労したんすね。良かった~、俺は静電気体質じゃなくて。


「東京はそうだし、たぶん他の地域もそうだと思うが、物資のある市街地はだいたい魔女か魔法使いがリーダーになって治めている。魔物に対抗できるのは魔女か魔法使いだけだからな。金属バットやクロスボウで殺せる魔物は少ない。

 私もしばらくは青梅を治めて、この辺りの人を魔物から守っていた。父と母と、妹と、幼馴染が補佐してくれてな。悪くない生活だったよ。モデル雑誌に載ってクラスメイトに持てはやされるより、無辜の人々を襲う魔物をぶっ倒して持てはやされる方が性に合っていた」


 青の魔女は懐かしそうに目を細め、溜息を吐く。

 世界は大混乱、しかし美少女高校生が超パワーに目覚めて人々を救う!

 すげぇ、アニメでそういう展開みた事ある気がする。激アツじゃん?


「でも、今は青梅に人の気配ないですけど」


 不思議に思って聞くと、青の魔女は一瞬で凍えそうな冷え切った顔になった。

 何? 地雷踏んだ? 怖い怖い!


「全員死んだ。何人かは私が殺した。今は一人で青梅に住んでいる。このエリアに出没する魔物は全て狩ってる。侵入者は殺す。周りのエリアの魔女たちには、もし青梅の住人の生き残りを見つけて、その人が安住の地を求めていたらここを紹介しろと伝えてある」

「な、なるほど?」


 彼女と遭遇した時に言っていた「誰の許可を得てここに~なんちゃら」というのは「どの魔女の紹介で来た?」ぐらいの意味だったのか。

 無知って怖い。青の魔女は威圧的で物騒だが、話が通じている。チラっと話に出てきた人食い魔女のテリトリーにそうとは知らず迷い込んでいたら今頃お昼ご飯になってたな。

 今回、こうして基礎知識を教われて良かった。


 青の魔女が教えてくれた基礎知識をまとめると。


 世界中で電気が使えなくなり、文明崩壊。

 魔物が跳梁跋扈して治安崩壊、死屍累々。

 今は特別な力に目覚めた魔女とか魔法使いが自分のテリトリーの治安維持をしている。


 こういう事か。だいたいわかった。

 俺が納得して頷いていると、青の魔女はテーブルの上に置いた魔法杖ヘンデンショーくんを指で叩き、前のめりになって言った。


「大体の現状は理解したな? 今度は私が聞かせてもらう番だ。このオーパーツについて教えろ」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この小説、書籍化します!!
特装版制作&宣伝販促プロジェクトが動いています↓
irv4caoh1lmohnprz4jwdmc0s5_675_1uo_18g_wq8r.jpg
― 新着の感想 ―
生物の脳や神経の情報伝達に使われてる体内の電気信号は無事なのかな
青の魔女様記憶より優しかった……やっぱりいい子だよこの子
>地味に続きが気になっていた漫画の単行本が本棚に並んでいたのも大きい ↑ ちょっとほっこりしました(^е^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ