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27 三歩進んで二歩下がる

 夕方頃、俺は青の魔女を乗せたリヤカー牽引自転車で文京区役所に辿り着いた。

 区役所前には警備隊がバリケードを作り、杖やクロスボウを構えて警戒している。バリケード前には死体こそ無かったが、拭いきれない血痕が残され、漂う血と焦げついた臭いが激しい戦いの記憶を伝えていた。


 俺は近づいたら殺されるんじゃ、と躊躇ったが、バリケードの中、区役所入口あたりで警備員に護られている女性を見つけた。「09時33分の方」という看板を持って不安そうに周りを見回している。

 分かりやすい。どうやらあの人に渡せばいいらしい。


 自転車を降り、手桶を持って看板を持つ女性に近づくと、警備隊が一斉に杖とクロスボウで俺を狙い誰何してきた。


「誰か! 名前と用件を言え!」


 殺気立った鋭い声に胃が縮み上がる。

 喋るのも怖くて、俺が震える手で看板を指すと、看板の女性は警備隊の武器を下げさせ、俺に手招きをした。

 俺が近づいて花の魔女の特効薬がたっぷり入った手桶を渡そうとすると、女性は不安と期待が入り混じった声で尋ねた。


「大変失礼ですが、確認させて下さい。手紙の宛名を言えますか?」

「2028年2月8日09時33分、青の魔女自宅玄関に立っている誰かへ」

「!! あ、ありがとうございます。良かった、間に合った……! 佐々木三曹、これを今すぐ未来視様の元へ! 急いで! あのお方は絶対に死なせてはいけません!」

「了解!」


 俺が女性に渡した手桶はすぐに屈強な男にパスされ、男は俺に見事な敬礼をしてから駆け足で区役所の中に消えていった。


「あの、大日向教授は生きていますか」


 俺が不安になって尋ねると、女性は大きく頷いた。


「未来視様と同じ集中治療室にいらっしゃいます。本当にありがとうございます。夜までかかっていれば、きっと間に合わなかった。もし、もしそんな事になっていたら……」


 女性は途中で涙声になり、へなへなと崩れ落ちて大泣きを始めた。

 警備隊は顔を見合わせる。もらい泣きをする奴もいた。


 俺は大変だったが、こっちもこっちで大変だったらしい。

 まあどう見ても2,3回は暴徒が押し寄せた形跡あるもんな。お疲れさんです。


 ともあれ、これで任務完了だ。

 未来視も大日向教授も大丈夫だというし、半田教授もたぶん大丈夫だろう。

 俺の仕事は終わった。あとは彼らに任せればいい。


 俺が踵を返すと、背中に声をかけられた。


「待って下さい! お名前は!?」


 俺はもちろん答えず、フードを目深に被り直す。それから黙って自転車に跨り、リヤカーを牽いてその場を去った。

 会話は少なければ少ないほど胃に優しいのだ。







 青の魔女を連れて青梅に戻った俺は、青の魔女の家で看病を始めた。

 寄生したキノコが死滅したとはいえ、死の淵から戻ったばかりだ。衰弱は激しく、目を覚ますまで丸一日かかった。

 ベッドの上でぼんやりしている青の魔女に粥を作ってやり、一口ずつ吹いて冷まして食わせてやる。青の魔女はひどくゆっくりした動きで粥を半分食べると、口を動かすだけで体力を使い果たしたようにまた眠った。


 また丸一日が経ち、次に目を覚ました時には意識がハッキリしていた。

 俺が冷凍魔法で作った氷嚢を持って部屋に入ると、半身を起こした青の魔女がぶすっとして言った。


「なぜ部屋にいない」

「え。だって寝てたし」

「看病をしてくれていたんじゃないのか? どこに行ったのかと思っただろう」

「ずっと部屋にいる必要あるか? 寝てるんだからどこにいたって一緒だろ」


 寝てたら俺がこの部屋にいようがいまいが分かりはしない。それなのにずっと部屋にいろだなんて、理不尽な事を言わないで欲しい。

 俺だって寝たり食ったりトイレ行ったり、風呂入ったり漫画読んだり押し入れで見つけたプチプチくん潰したり、色々やんなきゃいけない事あるんだからさ。


 俺は正論を言ったのに、青の魔女は不満そうだった。


「そういう問題じゃない。大利は冷た……ああ、いや。まだ礼を言っていなかったな」

「あ?」

「私を助けてくれたんだろう? ありがとう」

「いいって事よ。いつも助けられてるからな」


 言いながら青の魔女を寝かせ、額の氷嚢を取り換える。

 青の魔女は気持ちよさそうに目を細めたが、ふと不思議そうに手で顔を触った。

 ハッとして謝る。


「悪い。仮面してなかった」

「お、よく思い出してくれた。でもまあ、治るまでは無しでいい。つけてると息苦しいだろ」

「そうか? 正直言って助かる」


 青の魔女は弱々しく微笑んだ。

 なんか弱った青の魔女を見てると変な気分になるな。というか素顔を見ていると落ち着かない。仮面に慣れ過ぎた。

 久しぶりの素顔をまじまじと見る。

 こいつ本当に顔がいいんだよなぁ。衰弱した青白い顔ですら薄幸の美少女に見えるのはもうズルい。卑劣と言ってもいい。整い過ぎていて人を気遅れさせる圧がある。


「何を見ている?」

「いや、ツラいいなあと思って」

「…………大利も顔は良いだろう」

「そいつは見解の相違だな。飯作ってくる。腹減ってるだろ?」


 俺がベッドから離れようとすると、青の魔女が手を伸ばしてきたので、手をとって布団の下に押し込んだ。

 お父さんこれからお粥作ってくるから! あったかくして良い子で寝てなさい! もう子供じゃないんだから一人で部屋にいれるでしょ! まったく!


 青の魔女の看病はそれから一週間続いた。

 人並外れて頑丈な魔女の肉体ですら、外で走れるようになるまで一週間だ。劇症化したキノコ病がどれだけエグいものだったのかよく分かる。

 ちゃんと目を覚ました初日から意地でもトイレと風呂は自分一人で行っていたから、けっこう気合の問題な気がするが、気合が無いとトイレにも風呂にも行けないのは大問題だろう。

 ともあれ、走り回れるようになったからにはもう大丈夫。魔力コントロールを取り戻し、魔法だって使えるようになった。後遺症も特にない。


 元々、青の魔女の家には遊びに来ただけで、泊りがけで看病する予定なんて無かった。俺はちょっと散らかしてしまった家の片付けをして、奥多摩に帰る準備をする。

 生け簀に放しているヤマメが野生動物や魔物に食われていないか心配だ。網のかけ方が甘かった気もするし。


 全ての準備を終え、俺が玄関で靴を履いていると、居間から青の魔女が顔を出した。


「出かけるのか?」

「ん? いや、出かけるというか帰る。もう良くなっただろ?」

「…………。ごほごほ」

「!? おい大丈夫か?」


 急に青の魔女が咳き込んでよろめいたので、慌てて駆け寄って支える。

 すっかり元気になったと思っていたが、まさかぶり返したのか?


 青の魔女の手を引いてベッドに連れて行くと、大人しく横になった。

 顔色はいいけどまだ無理はできないっぽいな。昨日走り回ったのが逆に悪かったのかも知れん。


「今まで咳なんて出て無かったのに。体が弱ったところに別の風邪が来たのか? 熱は? ……無いな」

「体が怠い。立つのもしんどい。ごほごほ」

「う、うーん。もう少し俺が居た方が良さそうか?」


 俺が尋ねると、青の魔女は心なしか嬉しそうに頷いた。

 が、次の瞬間に窓の外を見て顔色を変える。

 窓の外の桟に留まった目玉の使い魔(俺のじゃない)が、じっと俺達を見ていた。


「こ、このっ!」


 青の魔女は俊敏にベッドから跳ね起き窓に走ると、窓を勢いよく開け、とんでもない破壊力の拳を目玉に叩き込み木っ端みじんに粉砕した。


おい。

おい!


「元気じゃねぇか!」

「う。いや、これは。だって目玉の魔女が……」

「体よく家事やらせやがって。もう帰るからな! お大事にッ!」


 俺はオロオロする青の魔女の顔面に仮面を押しつけ、今度こそ靴を履いて家を出た。

 はーまったく。弱ったフリして俺に家事を任せようなんてふてぇ女だ。上げ膳据え膳、さぞ楽だっただろうなぁ!?

 まあ死にかけてたんだからちょっとぐらい良いが、いつまでも世話をしてやるつもりもない。


 今日からは通常営業といこう。

 対外交渉は全部お前に任せる。俺は趣味に走るぜ。看病している間にいろいろアイデア湧いたからな。






 奥多摩に帰ると、案の定生け簀は荒らされていた。人工池にかけていた網がズラされ、冬用の食料として放していたヤマメが全部いなくなっていてブチ切れる。許せねぇよマジで。畜生共がよぉ……!

 青の魔女が奥多摩にかけた迷いの霧の魔法は侵入者を迷わせるが、100%シャットアウトできるわけではない。霧の中を迷いに迷った結果、俺の家に偶然辿り着く動物は稀にいる。


 俺は目玉通信でそのあたりを青の魔女に愚痴りつつ、目玉の魔女の使い魔から仕入れたというパンデミック終息情報を聞いた。


 俺が文京区役所に配達した特効薬は適切に希釈され、速やかに東京各地へ運ばれ散布された。未来視も大日向教授も一命をとりとめた。半田教授はそもそも軽症だったらしい(グレムリン工学科は比較的軽症者が多かった)。

 全国各地にある他の生存者コミュニティにも豊穣魔法教員移住を通して感染が広がっていると予測されたので、竜の魔女が魔法大学にある大怪獣の巨大グレムリンを報酬に各地への特効薬配達を請け負った。

 都外は都内と比べて一般人への魔法普及率が低いというから、劇症化した者も少ないだろう。それでも竜の魔女が配達する特効薬は多くの人々を助けたに違いない。


 一方で、助からなかった者もいる。


 板橋の魔女、墨田の魔女、八王子の魔女、魔法言語学科の助教授、変異学科の教授は治療が間に合わず死亡した。

 煙草の魔女は本人こそ辛うじて助かったが、信頼していた部下が全員死亡し荒れているらしい。他にも死亡した要人は多い。

 品川区や世田谷区では不運にも警備隊と魔女がダウンしている隙を突くように強力な魔物が現れ、夥しい数の死者を出したそうだ。


 特効薬の散布が始まり一週間。劇症化した患者の大多数は治療されるか死亡するかしたとはいえ、全員には行き渡りきっておらず、時間差で発症する者も少数だがいる。

 キノコ病の特徴として、発症の連鎖が上げられる。一人が頭にキノコを生やすと、それに呼応して感染間もない患者であっても周囲でどんどん発症が始まる。だから一気にパンデミックが起きたのだが、発症連鎖の波は未だ完全には過ぎ去っていなかった。まだしばらくの間は厳重警戒が必要だろう。

 行政も混乱していて十分に機能していないが、現状集まっている情報を統合するに、今回のパンデミックによる最終的な死者数は都内だけで50~70万人に及ぶ見込みだとの事だ。 


 パンデミック前、東京の人口は約280万人だった。たった一つの疫病がたった二週間弱で総人口の二割を殺した計算になる。恐ろしい。

 不謹慎だがその二割に俺や俺の知り合いが入っていなくて良かったと思わずにはいられない。


 被害規模だけでいえば、人類最悪の疫病と言われるペストの方が上だろう。悪名高いペスト、黒死病は一度の流行で1000万人単位の死者を出している。だがそれは1年2年の期間、ヨーロッパや中国といった広大な土地と人口を抱える地域でのものだ。

 東京都内という狭い地域、二週間という短い期間に齎された被害だと考えれば、キノコ病の破壊力はペストに伍する。それすら未来が視えている超越者的魔法使いが被害を抑え込んだ結果だというのだから、もし未来視や花の魔女がいなかったらグレムリン災害から立ち直り切っていない日本はトドメを刺され、狩猟採集生活にまで文明を後退させていただろう。人口の9割以上が死んでいても全くおかしくはなかった。


 せっかく勢いづいてきた東京復興は、鼻っ柱に強烈なパンチを叩きこまれ大きく後退させられた。

 グレムリン災害のどん底からようやく這い上がり、苦労して積み上げてきたものを壊され奪われ、気力を失ってしまった者もいる。

 だが、目玉の魔女は言った。


 確かに人類は大きく後退させられた。

 しかし、積み上げた物全てが失われたわけではない。

 二歩後退させられたとしても、私達は三歩進んでいる。

 後退に負けないぐらい、進み続けるしかない。

 歩みを止めた時が本当の終わりだ。


 良い事を言っても失われた命は戻らないが、慰めにはなる。

 このへん社交派で有名な目玉の魔女は流石に口が上手かった。


 俺も感銘を受けた。啓発本の類にはピンと来ないが、実際に崩壊した世界で必死に足掻いている魔女の言葉はちょっと沁みる。

 その通りだ、進み続けよう。

 俺個人の範囲に限っていえば、幸運にも今回何も失っていない。転んだところから起き上がるのは簡単と言える。

 そして転んでもタダでは起きない。

 パンデミックで得た物もあると言えるように、今回のパンデミックの経験を活かした何かを作ってみようじゃないか。

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― 新着の感想 ―
書籍では助かって欲しい魔女ズー!!
青の魔女の仮病が可愛らしく、大利とのやりとりにニヤニヤしました。
なんたる朴念仁。素でやっているところが最高すぎる。
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