表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/188

25 花の魔女の元へ

 最近、俺は幾何学的美と芸術的美の融合に取り組んでいた。

 杖の性能向上にはそんなに役立たないが、性能だけではなく見た目にもこだわっていきたい。無骨な杖も好きだけどね?


 大日向教授を通じて数学と芸術の蔵書を取り寄せ、炭こたつでぬくぬくしながら読み耽り、触発されて思いついたアイデアを描きとめる毎日。

 冬の間は野良仕事もお休みだ。こたつと薪ストーブのおかげで電気がなくても部屋は暖かい。

 夕食には釜炊きの新米をたらふく食べる。朝は前日の残りの米に清水と干し魚の削ぎ肉、キノコや切干大根、一つまみの塩を加えて煮立たせ、具だくさんの雑炊にする。

 どれも旨い。やっぱり新米は古米・古古米とは炊き上がりも食感も香りも全てが段違いだ。

 今年の春ごろには自家製味噌と醤油の熟成が終わる。そうすれば在庫を気にせず日本人の魂ともいえる調味料を贅沢に使って飯を作れる。楽しみだ。


 そうして悠々自適の山奥工房生活を送っていた俺は、ある朝起きた時、頭にキノコが生えている事に気付いた。

 グレムリン災害からそろそろ四年。いろんな突拍子もない出来事にも慣れてきたが、流石にビビる。

 まさかキノコの食べすぎで頭からキノコが!?


 恐れ戦いたが、頭のキノコは見た事のない種類だった。俺が普段山で採っている食用キノコとは種類が違う。

 傘は毒々しい紫と赤のまだら模様。柄の皺はまるで人面のように見える。

 不気味だ。


 体に悪そうだったのですぐ頭からもぎ取り、俺は念入りにシャンプーをしてキノコの根っこを洗い落とした。

 キノコを引っこ抜いてシャワーを浴びたら、なんだか体が軽くなった気がする。うーん、寄生キノコとかだったんだろうか?


 地球原産の珍種か特殊型魔物か知らないが、俺の体から生えてきた記念に、もぎ取ったキノコはアルコール漬けにして標本として保存した。

 瓶の中のアルコールに浮いているキノコを眺めていると、けっこう不気味だがおもろい。実質生え変わった乳歯みたいなものだ。たぶんね。知らんけど。


 キノコが生えてきた二日後、俺はキノコの標本とボードゲームを持って青の魔女の家に遊びに行った。目玉の使い魔で遊びに行っていいか聞いたが、返事はなかった。着拒されているっぽい。俺もした事あるから、たぶんその仕返しだろう。

 はー、あいつも大人げねぇな。まったくさぁ。


 とはいえこのボドゲには青の魔女もかなりアツくなっていたから、持って行けば遊びの誘いに応じるだろう。

 あとついでにキノコについても聞きたい。魔女ってこういうキノコに詳しいイメージある。偏見かな。


 青の魔女の家に到着した俺は、入ってすぐのところで寝っ転がっている青の魔女に驚いた。


「えっ?」


 何やってんだこいつ? 玄関で寝てんのか? そんなブラック企業勤め限界サラリーマンみたいな事ある? 奇行過ぎる。

 踏まないように気を付けながら靴を脱ごうとしたところで、彼女の手が一通の手紙を持っている事に気付く。


「何やってんのお前。この手紙何?」


 なんなんだ。マジでどうした?

 というか、青の魔女の頭にもキノコ生えてないか? 何? 流行ってんの?


 不思議に思いながら興味本位で手紙を拾う。

 送り名は「未来視の魔法使い」だった。

 ほう。魔女集会の業務連絡か何かだろうか。


 中身は気になるが、他人の手紙をあんまりジロジロ見るのも悪い。

 青の魔女の手に手紙を戻そうとして、俺は他人の手紙ではなかった事に気付いた。

 偶然目に入った宛名に「2028年2月8日09時33分、青の魔女自宅玄関に立っている誰かへ」と書いてあったのだ。


 宛名を穴が開くほどまじまじと見て、玄関先の柱時計を見る。

 時計の針は9時33分を示していた。


「えっ……」


 なにこれ。こわぁ……

 未来視の魔法使いは未来が視えるって聞いてたけど、こんな事できるんですか?

 怖いよ、個人情報丸裸じゃん。

 いや名前はバレてないっぽいし、何もかもお見通しってわけでもないのか?


 思わず周りを見回す。今こうしている瞬間の行動も、未来視の魔法使いに視られてるんじゃないだろうな? 視られていてもどうしようもないけど、なんか嫌な気分だ。


 俺は手紙の宛名をしばらく見つめ考えてから、足元に転がっている青の魔女に声をかけた。


「なあ、これ俺宛だよな? 読んでいいのか?」


 しかし返事はない。

 あまりにも静かなので急に心配になって口に手を近づけたが、小さく息をしていた。

 なんだ、生きてた。良かった。

 しかし死んだように眠るやつだな。今まで寝てるとこ見た事ないから知らなかった。


 冷たい玄関の土間で寝かせておくのもアレなので、廊下のふかふかした玄関マットの上に引きずって乗せておく。

 俺の冬用コートを脱いで上にかけてやってから、手紙を開封して読み始めた。




『はじめまして。私は未来視の魔法使いと呼ばれている、東京魔女集会の者だ。

 君が今ここでこの手紙を読む未来を視て、この手紙を書いている。

 時間が惜しい。結論から書こう。


 君には今すぐ花の魔女の元へ行き、この最悪の疫病の特効薬を手に入れて欲しい。


 できれば残りの文章は花の魔女の元へ向かいながら読んで欲しいが、残念ながら理由を説明しなければこんな突然の頼みを納得はできないだろう。


 まずは何が起きているかのおさらいから始めよう。知っている情報もあるだろうが、間違いのないよう筋道立てて説明したい。

 現在、東京を中心に頭からキノコが生える奇病が大流行している。

 このキノコは寄生した宿主から体力と魔力を吸い取り成長するのだが、症状には三段階ある。

 まずは潜伏期。寄生された者は全く自覚できず、健康そのもの。この状態でも高い感染力を持ち、周囲に感染を広げていく。

 次に発症前段階。体力と魔力の吸い上げが始まり、倦怠感に襲われる。

 更にその次の発症後段階では、吸い上げた栄養によって頭にキノコが生えてくる。

 この後段階は条件によって二通りの症状が出る。

 軽症型と、劇症型だ。

 軽症型はまさに軽症で、頭からキノコが生えても微熱程度の症状に収まる。

 その症状さえ、キノコを切除すれば快復し、たったそれだけで病は完治する。

 君の後ろ姿を視た限り、君の頭にキノコは生えていなかった。

 だから君は感染していないか、軽症型で発症し頭のキノコを切除して完治した後なのだろう。安心して良い。

 問題は劇症型だ。

 感染後に魔力欠乏による失神を一度でも経験した者は、必ず軽症型から劇症型へ変化する。

 劇症型の発症後段階では激しく魔力と体力の吸い上げが行われる。

 魔法の使用が不可能になり、生えたキノコを除去すればむしろ病状が悪化する上、キノコは即座に再生する。

 魔力体力の急激な消耗につれ、意識の混濁、五感の喪失などの症状を呈した後、昏睡状態になる。そうなればもう点滴も効かない。消耗は続き、栄養を全て吸い上げられ死亡する。

 こうして、劇症型の発症者は2~5日で死に至る。致死率は残念ながら100%だ』




 そこまで読んだ俺は手紙から目を離し、玄関マットの上でぴくりとも動かない青の魔女を見下ろした。

 恐る恐るいつもつけっぱなしの仮面を外すと、美しいが土気色になった美少女の御尊顔が露わになる。


 はー!?

 顔色わっる! 劇症型だこれ! 致死率100%!

 悠長に玄関に突っ立って手紙読んでる場合かーッ!


 花の魔女のとこに特効薬があるって!?

 バカッ、今すぐ行くぞ!


「おい待ってろ! 今花の魔女のとこに連れていってやる!」


 俺は青の魔女の頬をむにむにして声をかけてから、急いで裏手の庭の倉庫からリヤカーを引っ張って来た。

 青の魔女をそーっと抱きかかえ、野良仕事で培ったパワーに物を言わせて運び、毛布を敷いたリヤカーに寝かせる。

 そして自転車とリヤカーを短いロープでしっかり結び、東京の地図を見て花の魔女が根城にしている台東区・荒川区への道順を確認する。

 たぶんこれが俺ができる最善。全速前進だ。青の魔女が死んでしまう前に花の魔女の元に辿り着き、特効薬を飲ませてやらなければ。


 地図をポケットに突っ込みサドルにまたがる。

 そして自転車の重いペダルを漕ぎ始めながら、未来視の手紙の続きを読んだ。

 お前これでもし手紙の最後に「ドッキリ大成功」とか書いてあったらブン殴りに行くからな。




『劇症化したキノコ病を治療する唯一の手段は、花の魔女が持つ特効薬だ。

 しかし残念ながら、彼女は君以外に決して特効薬を渡さない。君だけが特効薬を手に入れられる。君には花の魔女と取引を行い、なんとしてでも特効薬を入手して欲しい。

 取引の内容だが、君にとっては苦しいものでも難しいものでもない。

 花の魔女はこれから起こり得るおおよその事を知っている。交渉は円滑に進むだろう。

 彼女と話しているとまるで未来を予知しているように感じるだろうが、それは少し違う。

 あまり口外しないでもらいたいのだが、かつて私は花の魔女と取引を行った。

 その取引の結果として、私は魔力の半分を彼女の未来を予知するために使っている。花の魔女が未来を知っているのはそれが理由だ。

 私が視た未来の光景の意味を私は理解しきれなかったが、私の話を聞いた花の魔女には意味が分かったらしい。彼女には君が必要で、君にも彼女が必要だ。君が青の魔女のために特効薬を求めるのなら。


 残念ながら、君に伝えられる情報はここまでだ。

 君にはきっとまだ知りたい情報があるだろう。私も君に伝えたい事、尋ねたい事が山ほどある。

 だが、これ以上の情報は逆効果らしい。

 君はありのまま、花の魔女と向き合えばいい。

 どうやらそれが最も良い未来を手繰り寄せる。誰にとっても。

 首尾よく特効薬を手に入れたら、まず青の魔女に使い、残りを文京区役所に届けて欲しい。まだ私が生きていたのなら、後は私がなんとかする。残念ながら私が死んでいたとしても、私の部下と魔女集会の生き残りがなんとか事態を収拾するだろう。

 幸運を祈る。


 未来視の魔法使い』




 手紙は終始真面目な調子で、ドッキリとは程遠かった。

 花の魔女の拠点である台東区へ向かう道すがら、俺はドッキリとはほど遠いパンデミックの現実を目の当たりにした。

 道中で誰かに話しかけられたらどうしよう、という俺の心配は「残念ながら」杞憂に終わった。


 俺が通る幹線道路上で出会った人間は、ほとんど例外なく倒れ伏していた。

 倒れているだけならまだいい方で、そのうち半分は頭にキノコを生やしている。肥大化して寄生先の頭部より大きくなった一部のキノコは、その醜い人面皺から黒板を爪で引っ掻くような鳴き声を微かにあげていた。その鳴き声が、生きた人間が助けを呼ぶ声よりも大きく聞こえるのが地獄だった。


 人に話しかけられるのは、俺が最も嫌う事のうちの一つだ。

 だが、歪んだ笑みを作る寄生キノコから(そいつは笑っていると分かるのだ!)、理解できないおぞましい鳴き声で呼びかけられる方が何倍も嫌だった。


 都心部では焼け焦げた臭いが鼻をついた。

 家が燃やされていたのだ。

 継ぎ接ぎのブサイクなビニールスーツで全身を覆った人々(化学防護服のつもりか?)が、家々に火をつけていた。

 ビニールスーツの集団のうちのいくつかは、武装している強そうな人たちと殴り合いや口論をしていた。盗み聞くつもりなど全くなかったが、顔を真っ赤にして大声で怒鳴り合っているため嫌でも双方の主張は聞こえた。


 どうやらビニールスーツ集団は自称「浄化班」で、キノコに寄生された死体を家ごと燃やして感染拡大を防いでいるらしい。善意や使命感でやっているのかもしれないが、未来視の手紙を読む限り、彼らの行動に意味は無さそうだ。むしろ火災の延焼の危険を考えると有害だろう。


 武装集団の方は警備隊だ。本来、対魔物戦闘を主要業務としている彼らだが、浄化班の対処に駆り出されブチ切れていた。パンデミックが起きている間も魔物は普通に出没しているから、余計な仕事を増やしやがった浄化班に怒り心頭で、魔法をぶっぱなし事実上の集団放火グループである浄化班を叩きのめしている現場もあった。


 東京は死んだように静かな地域と、火と小競り合いで大騒ぎの地区かで両極端になっていた。まともな場所はどこにもない。


 そんな中をフードを目深に降ろし自転車でリヤカーを牽いていく俺は怪しいはずだったが、もっと怪しい奴がいくらでもいたため、相対的に目立たなかった。

 浄化班はもちろん全身を覆う継ぎ接ぎビニールスーツで悪目立ちしていたし、他にもカビ取り剤の空き缶を全身に鈴なりに身に着け狂った笑い声をあげている奴、自分の身長より大きな籠を引きずり死んだ目で死体のキノコを回収している奴、ツバをまき散らし何か外国語で演説をぶち上げている奴、廃材を組んだ十字架に祈っている奴ら、色々だ。

 

 そんな見るからにヤバい奴らの間を通って行くのは怖かったが、後ろで死にかけている青の魔女に背中を押された。誰とも目を合わせないように下を見て自転車を漕ぎながら、先を目指す。

 正直、青の魔女は無敵の最強生物かと思っていた。怪我をしたり、病気になったりするなんて想像もしていなかった。

 だがどうやら青の魔女でも死にかける事があるらしい。


 青の魔女は俺のたった一人の友達だ。

 彼女を死なせたら、二度と友人には恵まれない。


 一人が辛いと思った事は一度もない。

 これからも永遠にないだろう。

 だが、二人が嬉しいと思う事はある。


 だから青の魔女は俺の唯一無二の……いや待てよ?


 大日向教授は?


 そうだ。あのオコジョ娘も絶対重症化してるぞ! 魔法言語学教授としてバリバリ実験してる奴が魔力欠乏失神を経験していないはずがない。

 やべ。教授は友達じゃないけど、死なれるのはヤだな。青の魔女に特効薬飲ませたら急いで魔法大学に行かないと。とりあえず青の魔女と大日向教授の命をセーブだ。

 あとついでに未来視も。アドバイスくれたし。あと半田教授もか? 半田教授は俺のいい感じのライバ……引き立て役だ。生きてくれ。

 あと地獄の魔女も旅先でキノコ生やして死んでるとこ見たくないし、竜の魔女も……竜の魔女はいいや。


 こうして思い返せば、随分知り合いが増えたものだ。

 他人ばかりだが、死んだら凹む奴ばかり。会いたくはないが、俺の視界の外で健やかに生きていて欲しい。


 そのためにも、花の魔女の特効薬が必要だ。魔女の薬を貰えないと大日向教授どころか青の魔女すら助けられない。


 俺は青梅を出発してから5時間ほどかけ、足がパンパンになるほどペダルを踏み続けひぃこら台東区に到着した。

 花の魔女は台東区から荒川区にまたがる地域を管理下に置いている。花の魔女の領地の境界線は分かりやすかった。支配地の境界線上に蔦の這う廃車が積み上げられているのだ。

 出入り経路は廃車の隙間に作られたゲートだけ。しかし、ゲートはあるのに見張りはいない。

 よくわからんが、好都合だ。


 俺はゲートをくぐって花の魔女の領地に入り、どうしたもんかと悩んだ。

 花の魔女のお膝元に来たはいいが、この地区のどこに魔女がいるのか知らない。

 どこかにはいるのだろう。でもどこだ?


 どこかに案内板とかない? 観光名所みたいに魔女の家が載ってるやつ。

 俺、通行人を捕まえて「花の魔女の家ってどこですか?」って聞くの嫌だぞ。


 案内板を探しながら心細く周りを見回していると、不意に地面を突き破って太い木の根っこが顔を出した。

 ビビってはいないが思いっきりのけぞって自転車から転がり落ちそうになる俺に、木の根っこは手招きしているような動きをして、幹線道路の先を何度も指す。


「え、えーと、花の魔女さんですか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、木の根っこは何も応えず、地面に引っ込んで消えた。

 ……これはアレだよな? 未来視の手紙に書いてあったやつ。

 花の魔女は何が起きるか大体分かってるから、色々スムーズに行くよっていう。


 俺は素直に木の根が指した方向へ進んだ。

 花の魔女が座す、彼女の支配地の中心へ。

 これから何が起きるか分からないが、手紙にあった通りありのままで行こう。

 それで事態は解決するはずだ。


 きっと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍化しました!
コミカライズ連載中!!
下記画像リンクから特設サイトに飛べます!
14f6s3b4md58im3azh77p2v1xkg_8ak_1jk_xc_s147.jpg
― 新着の感想 ―
こいつ責任感のないアホの天才だけどなんか可愛げがあるんだよな…と思いながら読み進めてきましたが最近思ったより善良だなと評価を上方修正するとともにまあまあのカスだと思っててごめんなという気持ちになってま…
未来視さんの魔法って何処かのサイドエフェクトみたく会ったことない人の未来とかは見れるんですか?関係ないですか?
これはあれですか?地獄の魔女が感染していないだろうってのは本人が入間パニックのとき魔力暴走でぶっ倒れてたからそもそもキノコと遭遇していない感じですかね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ