21 メビウス連環錫杖ハリティ
地獄の魔女は特徴だらけの女だ。何もかもがデケぇ。インパクトがある。その見た目や信念、二年半もの間魔法暴走を抑え込み続けたド根性に意識がもっていかれがちだ。
しかし、魔法杖職人目線だと(たぶん魔法言語学者目線でも)、一番の特徴は「口が三つある」事だ。
本人が語った通り、彼女は三つの魔法を同時に唱えられる。
三種類の地獄を同時に顕現させる事ができる。
他の魔女たちから魔法を習えば、未来予知で相手の動きを予測しながら氷の槍を投げつつ鎖で拘束もする、というような単独連携魔法も可能だ。
手数三倍。強すぎる。魔力消費も三倍だが。
口三つで魔法三つというのは単純に強いが、強いばかりではない。
具体的には発動媒体に負荷がかかる。
魔女や魔法使いはグレムリンや魔石などの発動媒体無しでも、素手で魔法を使える超人たちだ。
しかし二つや三つの魔法を同時に使うとそうもいかないらしく、発動媒体を起点に魔法の焦点を作る必要があるそうだ。
グレムリンを使って魔法の同時使用をすると、一回使っただけでグレムリンが異常に震動し砕け散ってしまうという。歪な形のグレムリンを使う場合そもそも詠唱途中で砕け散り魔法が発動しない事すらある。同時詠唱は負荷が大きいのだ。
その点、魔石はグレムリンの上位互換。二つ同時使用では多少怪しい震え方をするが全然平気だ。
が、大魔法三つ同時使用には耐えかねたらしく、異常震動でヒビが入ってしまった。
だから地獄の魔女から受け取った琥珀色の魔石には中心部に小さな亀裂が走っている。
今後同じような事があれば、ヒビは広がっていくだろう。割れたり砕けたりしてしまう危険も大きい。
この問題には極めて簡単な解決法がある。
一つの魔石、一本の杖に負荷を集中させるからダメなのだ。
シンプルに杖を三本持てばいい。
魔石を三つに分割して作った杖を三本持って、それぞれ別々に魔法を使えば良い。
しかしこの単純明快な解決法、杖三本持ちには致命的な問題がある。
カッコ悪いのだ。
想像しただけでめちゃカッコ悪い!!
剣を三つ持つのはカッコ良くても、それが杖になった途端ダサくなる。そんなの許せねぇよ、俺。
杖二刀流は悪くはないが、良くもない。俺としてはしっくりこない。
やはり魔法杖は一本だけ構えるのが一番似合う。
地獄の魔女にも是非そのスタイルでいって欲しい。
地獄の魔女の最大の利点、三魔法同時詠唱を活かす。
その唯一の欠点である魔石異常震動をなんとかする。
一本の杖にする。二本・三本は逃げ。
今回の杖製作で気を付けるべきはこの三つになる。
まず、俺は大日向教授に手紙を書き意見を伺った。
同時詠唱してグレムリンや魔石が異常震動するという現象は、どちらかというと魔法言語学分野の問題に思えたからだ。
地獄の魔女からヒアリングして得たデータを詳細に書いて送ると、珍しく返信まで時間が空いた。
一週間後、青の魔女便で受け取った返信はかつてない長文で、いつものオマケ菓子の他に統計資料や分布図などがどっさり同封されていた。
『夏の暑さも峠を越えたとはいえ、まだまだ残暑が厳しい今日この頃。大利さんは夏の暑さをものともせず精力的に研究に励んでおられて、夏バテしがちな私としては羨ましい限りです(尻尾が冬毛のまま生え変わらないんです!)。
最近では八王子の魔女さんが気象学者や気象予報士の生き残りを集め天気予報復活を計画していると聞きます。
人工衛星が使えませんから、雲の動きを追うのも大変ですが、目安程度でも暑さ寒さの移り変わりが事前に分かれば、暮らし向きはぐっと楽になるでしょう。
奥多摩の天気が予報できるようになったら、お知らせするようにしますね!
さて。
前回のお手紙で伺った件についてですが、非常に興味深く、こちらで関連実験を行わせて頂きました。お返事が遅くなったのはそのせいです。すみません。
ですが大利さんのお役に立つデータが採れたと思います。
まず、二つ以上の魔法を、一つのグレムリンを使って唱えた場合。
これは基本的に成立しません。二人の人間が息を合わせ全く同時に詠唱を開始しても、グレムリンに最も近い位置に口があった人の魔法が一つだけ発動し、他の魔法は不発します。
これに関しては半年ほど前に採った詳細なデータがありますので、写しを同封しました(右上にA-1~3と書いてあるものです)。詳しくはそちらをご参照下さい。
しかし、地獄の魔女さんはこの同時詠唱を成立させています。
私は未来視の魔法使いさんと、目玉の魔女さんに協力を仰ぎ、実験を行いました。
同時詠唱の成立が魔力をコントロールできる魔女・魔法使い特有のものなのか、地獄の魔女さん特有のものなのかを明らかにするためです。
結果は、お二方の魔法は片方だけが発動しました。
従って一つの発動媒体で二つ以上の魔法を同時使用できるのは地獄の魔女さんの特性と言えます。
全ての過程で、伺ったような異常震動は観測できませんでした。
そこで私は更に研究を行い、この特異な現象を掘り下げました。
いくつか実験を行いましたが(一応、失敗実験の内容も別紙にまとめて同封しました。B-1~5です)、そのうちの一つ。双子実験で顕著な結果が得られました。
私は、地獄の魔女さんが同時詠唱を成立させているのは、全く同じ声で詠唱しているからではないかと推測しました。
魔法言語では極めて厳密な発音が要求されます。同時詠唱には発音だけではなく、細部に至るまでの声質の一致が求められるのではないかと思ったのです。
そこで一卵性双生児の方を募集しまして、簡単な魔法を二つ、グレムリンに対して同時に使ってもらいました。
すると二つの魔法が一つのグレムリンを通して発動し、異常震動とそれによるグレムリン破砕が発生しました。
やはり同時詠唱の秘密は完全な声質の一致にありました。
私は双子の方に更に追加で実験をして頂き、異常震動の法則性を探りました。この一連の実験については別紙を参照頂きたいのですが(C-1~6)、結論としては異常震動を起こしにくいグレムリンの形状があるようです。
当大学の教授に協力を仰ぎ、いくつかのグレムリンの形状で実験を行ったところ(別紙D-1図)、中央に穴をあけた扁平な形状が最も異常震動が小さいと分かりました。五円玉のような形状ですね。
しかし、当大学の加工技術には限界があり、これ以上の研究ができません。
形状ごとの震動値の比較(D-2図)から、震動をゼロあるいは無視できるほど小さくできる形状の存在が予想されますが、当大学ではその形状に加工する事ができません。
大利さんがその卓越した加工技術を活用し、予想された理想形状を見つけて下さると、こちらとしては大変助かります。
そうする事で、大利さんが製作中の地獄の魔女さん専用杖にも役立つかと思います。
大変長くなりましたが、私の方から出せるデータは以上となります。
お役に立てば幸いです。
最後に。
お節介だと思いますが、大利さんは製作に打ち込むと生活を蔑ろにしがちな印象があって心配です。三食きちんと食べ、しっかり寝て、体調を整えれば、製作の効率も上がります。
どうかご自愛なさって下さい。
大日向 慧』
俺は同封されていたドライパイナップルをつまみながら、長大な研究データを熟読した。
大日向教授は俺の製作へののめり込み過ぎを心配してくれてるけどさあ、これだけの研究データを一週間で出してまとめるのも相当研究にのめり込み過ぎだと思うんだよな。
いやまあ、大日向教授には部下の研究生や他の教授、支援してくれる魔女や魔法使いとか、いっぱいヘルプがあるから、一人で製作作業する俺とは負担が全然違うんだろうけど。社交性……人脈の違い……大日向教授はあんなちっちゃいのにスゲえや。
貰ったデータは面白い上に、超役に立ちそうだった。
地獄の魔女から聞いたデータをぶん投げただけで、ものすごい量の発展データの雪崩が返ってきた。
なんかヒントが貰えればなぁ、とか考えてたのに、ほぼ答えが出てる。
異常震動を起こさないグレムリンの理想形状がある? しかもそれは五円玉に近い形状? 人が知恵と技術を結集するとこの短期間でそこまで分かるものなのか。
しかも「感覚的にやったらなんか成功した」とかじゃない。ちゃんと理詰めで導き出している。
最後の一押しは俺を頼りにするしか無いようだが、そこは分業だろう。
人智を超えた変態加工は任せろ。俺、そういうの得意だから。
そういうの以外は全部苦手とも言う。
ここまでお膳立てされておいて、技術屋として失敗する訳にはいかない。
俺は忠告に従って適度に休みながら、五円玉型をベースに思いつく限りの種類の形状に削り出したグレムリンを大学に送り、異常震動の実験をしてもらった。
赤血球型、中抜きひし形、蛇腹円など色々送ったが、そのうちの一つが完璧な数値を叩き出した。
それは同時詠唱による異常震動値ゼロ。
メビウスの輪だ。
メビウスの輪は、細長い帯を一回ねじり両端を張り合わせた形状だ。表裏の区別がない連続面が特徴で、幾何学における不思議や美しさの一例として数学界隈と中二病界隈で有名な形状でもある。
どうやら魔法的にも意味がある形状だったらしい。
メビウスの輪は魔法的に極めて安定している形らしく、輪の大きさに関係なく魔法増幅倍率は1.00を示した。完全な等倍だ。
メビウスの輪の形に加工したグレムリンで魔法を使うと魔法の種類に関係なく輪の中が黄金色に光るなど、特殊エフェクトもつく。
他にも特徴がある魔法に愛されたメビウス加工だが、重要なのは地獄の魔女にピッタリな形だという事である。
俺はメビウスの輪を見て、彼女に贈る魔法杖の形を決定した。
錫杖だ。
それしかない。
円環を連ねた頭部を持つ錫杖は、主に仏教の修行僧が持つ。求道者の道を征く地獄の魔女にピッタリだ。
俺は扁平形の琥珀魔石から、上手く分離させず切れ目のない七つのメビウスの輪を削り出した。
お釈迦様は生まれた時に7歩歩いたという伝説がある。それにあやかり、1つの大円環の左右に三つずつ小円環を下げた、合計七つの輪から成る頭部とした。
逆流防止機構を仕込む柄には、お釈迦様がその下で悟りを開いたとされる、縁起のいい菩提樹を使った。
輪の数にも、柄の材質にも、実用的な意味は何もない。
むしろ6つの小円環はじゃらじゃらして邪魔だろうし、もっと強度が高い木材もある。
だが、この杖は性能が高ければいい戦闘兵器ではない。
彼女の苦難の旅の相棒なのだ。
相応しい意味を持たせたかった。
刻む銘に関してはかなり悩んだが、家中の辞書や辞典をひっくり返しピッタリのものを見つけた。
元は人食いだったが、のちに人食いをやめ神となった仏教の鬼子母神、そのサンスクリット語हारीती。日本語読みは「ハリティ」だ。
この銘を以って彼女に祝福を送りたい。
メビウス連環錫杖ハリティの完成は、地獄の魔女が目玉の魔女の元を離れ旅に出立する前日に滑り込んだ。青の魔女が届けに行った時にはもう旅の荷物をまとめている最中だったらしい。
休み休みじっくり作ったからギリギリになってしまったが、その分、出来栄えは保証できる。
高性能品とはまた違う、職人の魂を込めた至上の専用杖だ。
地獄の魔女の旅路が良きものになる事を祈りたい。





