02 サバイバル、魔法を添えて
人類が水晶災害によって電気を失ってから、三カ月が経っていた。
俺は人のいなくなった山奥の一軒家で、どうにかこうにか生きている。
住人のいなくなった民家から食料を集める作戦は、あまり上手く行かなかった。
考えてみれば当たり前の話だが、空き家の住人はどこかへ移動する時に自宅の食料を持てるだけ持って行ったらしい。
食料、医療物資、燃料など、使えそうなものは殆ど残っていない。雑貨屋・八百屋も同じだ。
だからもっぱら釣りと罠、採取で腹を満たしている。
電気が無くなっても、いや無くなったからこそ、初歩的な狩猟生活の知恵が役に立つ。
山菜キノコ図鑑片手に山に分け入り、アニメ知識と公民館の図書室にあった本を参考に作った罠でウサギやタヌキを捕り、民家で見つけた釣り竿にミミズの餌をつけて釣りをする。
サバイバル初心者の俺の腕前はショボいもので、狩りだけで毎日の消費カロリーを賄えなかったが、足りない分は今となっては心もとない食料備蓄を切り崩してなんとかした。
水晶災害以前は、裏庭の菜園の野菜を野生動物に食われても「はーヤレヤレ」で済んだが、今は殺意が湧く。ぶっ殺して食ってやろうか。
一人でサバイバルをするのはキツい。
だが、街に降りて他の生存者と合流するのは嫌だった。
俺はゾンビパニック映画を見たから知っている。こういう終末世界の生存者の寄り合い所帯は、最初は平和でも、食料不足とか人間関係のいざこざで崩壊するんだ。
俺の社交性は死んでいる。人間関係のいざこざに巻き込まれたら真っ先に死ぬし、食料不足を解決する特別な技能知識もない。
もちろん、現実はパニック映画と同じようには進まないだろう。だが、避難所生活で大人数に囲まれて生活していたら確実にストレスで体調を崩す自信がある。
その一点だけでも一匹狼を続行する十分な理由になった。
ジリジリと米や缶詰が減っていく先の見えない苦しい生活の中で、唯一の癒しであり希望になるのはやはりオクタメテオライトだ。
俺の秘蔵の品である可愛い可愛い魔法杖ちゃんは、魔法の発動媒体となる。固有振動数の声で振動を与える事で、白いビームを出せるのだ。
このビームは象の足ぐらいの太さのけっこう太いビームで、俺の口とオクタメテオライトを結んだ直線状にまっすぐ飛ぶ。
威力は一発で軽乗用車が大きく揺れるぐらい。
これは狩りにとても役立った。
俺は銃を持っていないし、弓矢ももちろん使えない。投げ槍を使うほどの腕力もない。
だから、山の中で二、三十メートル先で草をもごもご食みながらこちらを眺めている鹿にバッタリ会っても、仕留める手段は無い。
魔法杖が無ければね。
魔法杖ビームの直撃を喰らった鹿は即死こそしなかったが行動不能になり、近寄って簡単にナイフでトドメを刺せた。まったく、魔法杖さまさまだ。
二カ月以上もサバイバルをしていると生活サイクルも安定してくる。
以前はバリバリの夜型生活だったが、今は灯りに使う燃料がもったいないので日中に動く。
朝起きたら井戸から水を汲んで、作り置きの飯を食べ、山へ罠のチェックに行く。
山菜を採りながら戻ったら、今度は釣り竿を持って川へ。
昼食を挟んだら、ナイフを研いだり、未探索の民家で物資を探したり、採れた獣肉や魚を捌いて燻製にしたり、雑多な作業をする。
で、夕食を食べたら魔法杖で的当て遊びをしたり本を読んだりして、就寝だ。
風呂は薪がもったいないので二、三日に一度しか入らない。
そんな暮らしをしていたのだが、今日は少し様相が違った。
みょうちきりんなウサギが罠にかかったのだ。
そいつは一見、普通の野兎に見えた。
しかし、額に赤い宝石が埋まっていた。
腫瘍か? 寄生生物か? いや、違う。
小指の爪サイズのソレに触ってみれば、石のような硬質な感触がする。
鉱物だ。
俺の頭に「魔法生物」という言葉が過ぎる。
魔法石も魔法もあるなら、魔法生物もいるのでは?
この世界、たった三カ月で随分ファンタジーになったな。
俺は絶命している奇形野兎を慎重に自宅に持ち帰り、検分した。
検分の結果分かったのは、まず、野兎自身はだいたい普通の兎だという事だ。
獣医ではないからウサギの身体構造に詳しいわけではないが、この二カ月弱で俺もだいぶ動物を捌き慣れている。少なくとも心臓が二つあるとか、脳が無いとか、未知の臓器があるとか、そういう際立った特徴が無いのは分かった。食べても問題なさそうだ。
いったん解剖したウサギを横に置いておき、今度はウサギの額に埋まっていた小指の爪サイズの宝石の検分に移る。
その宝石はちょっと歪な球形で、ルビーのような赤色だ。
生物が鉱物または鉱物のようなものを生成する事例は無いわけではない。
アコヤガイは真珠を作るし、象牙は美術品の素材として珍重される。海亀の一種の甲羅であるべっ甲は下手な宝石より値が張る。
しかしウサギがこういう宝石を生成するという話は聞いた事がない。
少し考え、俺は工業用ダイヤモンド小片で赤い宝石を引っ掻いてみた。
傷はつかなかった。
モ、モース硬度11だーっ!
これも魔法石では!?
裏庭に出て赤い宝石に固有振動数の声を浴びせると、オクタメテオライトとは比べ物にならない弱々しい威力だが、細く白いビームがひょろひょろっと出た。
魔石やんけ! 魔石は一つじゃなかった!
久しぶりの新事実に心躍る。
隕石から削り出したオクタメテオライトだけが特別なんだと思っていた。
しかしそうではなかった。
と、するならば、だ。
俺は大雨と共に空から降ってきたまま道端に転がっていた電気水晶を拾い集め、ビーズ並に小さいその結晶に固有振動数の声を浴びせる。が、反応はない。
いやそうだよな。これで電気水晶からもビームが出るなら、魔法杖で遊んでいる時に地面に散らばった雑多な電気水晶からめちゃくちゃにビームが乱舞していたはずだ。
解決策の目星はついている。
俺は工作机に着き、電気水晶を工作器具で固定した。
雪の結晶のような形をしている小さな小さな電気水晶を割ってしまわないよう、慎重に優しく削り球形にする。米に絵を描くような繊細な切削を済ませたら、今度は指の感触を頼りに研磨剤で完璧な球形に仕上げる。
そうして仕上がった落としたら一生見つからないであろう小粒電気水晶球に固有振動数の声を浴びせると、お漏らしでもしたような頼りない白いビームがちょろっと出た。
出るじゃん、ビーム! お前も魔法石だったのか!?
まあそうか? そうなのか?
結果を知ってしまえば妥当な気もする。
オクタメテオライトが裏庭に落ちてきた日と、電気水晶が世界に広まった日は同日だ。無関係と思う方がどうかしてる。
オタク魂が燃え上がる。
電気水晶なんてそこら中にあふれている。魔法杖の素材があふれている。
これなら魔法杖を量産できる。
すごい、すごいぞ!
ワーッハッハッハッハ!
俺は天下一流の魔法杖職人だーッ!
作るぞ、作るぞ、魔法杖を! どんどん作るぞ!
……売り先は無いけど。
ああ、ネットオークションが生きていればなぁ。本物の魔法杖を売りさばいて大儲け。俺も職人としての自尊心を満たせて最高だったのに。
まあいいや。
これだけ大量に素材があれば、思い付きはしたけど試せなかった色々な加工法を試す事ができる。
当分、暇はしなさそうだ。
水晶災害から一年が経った。
厳しい冬を越え、俺はとうとう空っぽになった米櫃と空の缶詰の山、スッカラカンの塩瓶を前に途方に暮れていた。
サバイバルきちぃ~! 原始時代の人ってよく狩猟採取だけで生きていけたな? マジで尊敬する。
一年に及ぶ突発強制サバイバル生活で、俺のサバイバルスキルは飛躍的に向上していた。
罠を上手く隠せるようになり、不発しないよう上手に仕掛けられるようになった。釣りではアタリに合わせるタイミングが分かるようになり、家庭菜園を囲う柵を補強して害獣に荒されないようにもした。
魔法杖ビームの的当て技術も向上した。だいたい30メートル圏内で相手が動かなければ百発百中だ。
冬に越冬失敗クマさんとバッタリ遭遇した時はおしっこ漏らしたけど、五、六発ビームをぶち当てて撃退する事に成功した。アレはヤバかった。魔法杖持ってなかったら殺されてたな。
生活は安定し、危険も退けられる手段を得た俺だが、食糧難はいかんともしがたい。
近所の廃田を掘り起こし整備して使えるようにしたから、数カ月後の秋には米が収穫できる。
素人仕事だけど米作りゲームやった事あるし、農協で見つけた稲作手引書も読んだから、まずまずの収穫は期待できる。
が、喫緊の食料問題は解決していない。
米を収穫するまでの数カ月。なんとか食い継がないといけない。
釣りや罠、魔法杖を使った狩りだけではど~しても足りないのだ。
魔法杖は便利だが、なんでも解決してくれるわけではない。
俺の頼れる相棒、オクタメテオライトちゃんは我が家の守護神として祀っていて、最近は量産型の魔法杖を持ち歩いている。
冬の間に奥多摩変電所に足を延ばして採取してきた電気水晶を新加工法で削り出したこの魔法杖「ヘンデンショー」君はなかなか優秀だ。
加工原理は赤宝石ウサギたちから着想を得た。
水晶災害は野生動物に影響を及ぼしたようで、最初に赤宝石ウサギを見つけてから、たびたび額や腹、胸、腕などに宝石を持つ動物に遭遇した。
彼らは実に「魔法的」だった。
鳴き声と共に雷を纏って超スピードで逃げていく鹿や、鳴き声と共に俺を睨みつけ金縛りにした隙に逃げていくタヌキなど、びっくりするような技を使ってくる。
彼らが魔法を使う時は必ず鳴き声を上げるから、たぶん、俺が魔法を使う時に声で共振を起こしているように、彼らも鳴き声で自分が持つ宝石を共振させているのだろう。
まあ、詳細はよくわからない。魔法を使って逃げる野生動物を仕留められた試しが無いから、間近で観察したり捉えて分析したりはできなかった。手に入ったサンプルは赤宝石ウサギだけ。
その赤宝石を詳しく調べたところ、二重構造になっているのを発見した。宝石の中心核の外側を宝石の層が覆った二層から成っていたのだ。
研磨し完璧な球体に整えた兎宝石は、その大きさに見合わないビーム出力を発揮し俺を驚かせた。
これまでのデータにより、ビームの威力は魔法石の大きさに比例すると分かっている。
しかし小指の爪サイズの赤宝石が出したビームは、計算上親指の爪サイズの威力に相当した。
俺はこの高威力の秘密が二重構造にあると睨み、実証実験を試みた。
まず大きめの電気水晶を球形に削り、真っ二つに割る。そして中身を削って球形の空洞を作り、そこにピッタリはまるよう削った電気水晶の球をハメ込む。で、後は殻を接着すれば完成だ。
理論上はこれで威力が向上するはずだが、そうはならなかった。中心核に使っている電気水晶の威力しか出なかったのだ。
どうやら魔法石は一度割ると魔法的性質を失ってしまうらしい。小欠片をツギハギして巨大水晶を作る計画も失敗しているし、この路線はダメなのだろう。
そこで俺はボトルシップをする事にした。球体結晶に小さな穴を空け、そこから鈎を差し込んで内部を削り、割らずに球体の中に球体を削り出すのだ。
普通の人だったらこんなに繊細な作業はできないだろう。
しかし俺はすごく器用だ。造作も無い、とまでは言わないが、そこまで苦労せずビー玉サイズの球の中に一回り小さな球を削り出せた。
で、内側の球と外側の球の間の隙間を樹脂で埋めると、無事に兎水晶と同じビーム威力向上を再現できた。
しかも球の中を削り出すために開けた小さな穴がビームの発射口になり指向性が上がるというオマケつき。
かくして俺は汎用量産型魔法杖「ヘンデンショー」を完成させたというわけだ。
俺はこのヘンデンショーを引っ提げ、これから山を下りて街に繰り出すつもりだ。
そして食料や医療品などの物資を回収して帰る!
都心部が今どうなっているのかはさっぱり分からない。
廃墟になっているのかも知れないし、案外生存者コミュニティがしっかり存続していて安定した暮らしをしているのかも知れない。
どちらにせよ、探索行の間に誰とも会わずに済むのを祈るばかりだ。