183 なんでも教えてくれる魔女さん
ヒヨリは俺を戦場の遥か後方、戦闘範囲外の小屋に置いた。
かつて入間に留守の隙を突かれたのがよっぽど気になるらしい。
ヒヨリは俺を保護するためだけに辺鄙で誰も知らないようなボロい山小屋を探して、掃除して、コッソリ俺を連行し、ガチガチに防御魔法を張ってしまいこみ、自分以外の誰が来ても決して外に出ないよう厳命した。
まるでヤンデレ彼女に監禁されたみたいだ。
いや妥当だけどね。入間奥多摩襲撃の前例はどれだけ警戒してもまだ足りないと思わされるだけの恐怖を生んだ。
警戒心がない、もっと気を張れと言われがちな俺も流石に外の様子を見に行ったりはせず、青の魔女応援団扇や青の魔女カラーのスティックバルーンを作って暇を潰す。ペンライトを作れないのが惜しい。電気が生きていればな。
ヒヨリが戻ってきたら飯か風呂かどっちが先かなぁ、などと考えながらダラダラ待っていると、山小屋の戸が3・3・6拍子で叩かれた。
俺はいざとなったら床板の下に潜り込み仮死魔法を唱える用意をしながら、小声で尋ねる。
「最初の杖は?」
「ヘンデンショー」
「うむ。おかえり、ヒヨリ」
合言葉も合っていたので、身構えるのをやめてウキウキで山小屋の戸を開けた。
短期戦になるだろうとは言われていたけど、ちょっと長めだったな。魔神にトドメを刺したのがヒヨリかヒヨリ以外か気になる。魔王の時はコンラッドがラストアタックを持って行ったみたいだし、今度はヒヨリだったら嬉しいぜ。
戸を開け、疲れた様子のヒヨリとハグをした俺は、真横に知らん奴が立っているのを見て心臓が飛び跳ねた。
「は? 何? 誰? オクタメテオライトの擬人化?」
慌ててヒヨリと体を離し、警戒する。
ヒヨリは本当に疲れているようで、何も説明してくれない。俺の手を握り、肩に頭を預け、しんどそうに目を閉じてしまう。
「こういう勘は鋭いですね、大利は。初めまして……になるのでしょうか。私は聖域の魔女です」
知った名前の魔女は、知った魔女の顔で、知った風な事を言った。
女王の双子の姉か妹かとも一瞬思ったが、胸元にオクタメテオライトが嵌っている。そしてそれがまたすんげーしっくりくる。
人間の顔に目玉がついているように、オコジョに尻尾が生えているように、そこにあるのが当然ッ! という生物としてのデザイン性を感じる。
悔しいが、至宝オクタメテオライトに完璧にマッチした、均整の取れた美しい人間体だ。
「…………。あの~、つかぬ事をお聞きしますが」
「なんでしょう」
「あなたはオクタメテオライト様ですか?」
「そうです」
「やっぱり。もしかして俺が作った杖の居心地、気に入りませんでした? それで自力で擬人化なさった……?」
不安になって尋ねると、オクタメテオライト改め聖域の魔女は愉快そうにコロコロ笑った。なんです? 今のどこに笑いどころが?
俺、もうよく分かんねぇよ。
「なんでもいいから中に入らないか。座って休みながら話そう」
混乱している俺にヒヨリが言い、俺達は小屋の中に入った。
椅子を引いてお疲れのヒヨリを座らせてやり、ひざ掛けをかけ、髪を簡単に整え、魔女帽子を預かり、リラックスさせる。
それから聖域の魔女をヒヨリの対面の椅子に案内する。椅子の数が足りなくなったので、古い棚をちゃちゃっと解体し急ごしらえの椅子を自分用にでっちあげた。
「白湯ですが」
「ありがとう」
「ああ」
最後に粗末な木のコップに湯を注ぎ持っていくと、二人の魔女は文句も言わず受け取った。
俺も席につき、三人でボロいテーブルを囲む。
で?
これはなに?
俺には聖域の魔女がオクタメテオライトだって事以外なんもわからんぞ。
どういう状況なんだよ、これは。
「なんでオクタメテオライト、じゃねぇや、聖域の魔女さんが女王の顔して擬人化なさっておられるんです?」
「全て話せば長くなります。どこから話せば良いものか」
「ヒヨリ、要約頼む」
いつものように面倒な会話を交渉担当大臣に丸投げしようとしたのだが、ヒヨリの反応は鈍い。キノコパンデミックの時を思い出す弱りようだ。
ヒヨリは白湯をちびりちびりと億劫そうに飲みながら言った。
「私もほとんど何も聞いていない。魔神を……倒した? 後、ここに直行したからな。訳が分からないのは私も同じ。ただ、彼女は女王の体をオクタメテオライトが乗っ取った魔女だというのは聞いた」
「不本意ながら、そうなりますね」
「?????」
いや分からんが。
オクタメテオライトにそんな機能が……!?
「ちょっと前後関係がよく分かんないんですけど、人の体乗っ取るの良くないと思います。俺がオクタ、じゃねぇや、聖域の魔女さんがお気に召す人間型の体作るんで、その体は女王に返してやった方がいいんじゃないですかね」
俺の提案に、聖域の魔女は申し訳なさそうに返す。
「まったくもってその通りです。大利は優しいですね。ですが、そうもいかないのです。この融合は不可逆で、ルーシ王国女王イヴァニューク・リュボスラーヴァ・イリイーチは二度と戻りません」
「女王陛下は死んだって事ですか? 魔神に殺されてしまった……?」
「そう思って構いません。記憶だけは私がサルベージできますが、彼女の意思の全ては消えました。二度と戻りません」
「お……あ??? それは憑依みたいな? いやすみません、やっぱり最初から順序立てて話してもらえます?」
分かるような分からないような話をされて、よく分からなくなってくる。
人の体乗っ取るとかワル過ぎだろと思うけど、乗っ取ってるのはオクタメテオライトだし、聖域の魔女だし、申し訳なさそうというか後ろめたそうだし、なんか事情ありそう。
長話は好きじゃない。技術論とかアニメとかゲームの話なら無限にするけど、どうにもそういう話ではなさそうだし。
しかし腰を据えて長話を聞かないと理解できない、難しい話のようだ。
ヒヨリも見るからに疲れ果てポケーッとしていて反応が鈍いし、これは俺が対応するしかない。
まあ、相手は聖域の魔女。擬人化してしまったとはいえオクタメテオライト様だ。俺を脅したり、苦しめたりはなさるまい。推定魔法文明人? の話に興味があるのも事実だ。
俺が促すと、聖域の魔女は頷いて話し始めた。
「始まりは、そうですね。約200年前の話になります」
「おっと~? すみません、最初からって言いましたけど端折れるとこは端折ってもらえます?」
出だしから既に雲行きが怪しい。200年前の話から今に至るまで語り尽くすつもりですか?
長いよ、流石に。
俺の注文に聖域の魔女は困った顔をしたのだが、やがて考えをまとめ、ゆっくり語り出した。
勇者タルクェァと聖域の魔女を巡る、世界を超えた物語を。
むかしむかし。
遥か彼方の世界で、一人の少年が生まれた。
タルクェァと名付けられた田舎の少年は、王様になるために旅に出た。
仲間と共に多くの人々を救い、多くの怪物を倒し、時に和解した。
魔法文明には幽界捕食者と呼ばれる超常生物がいて、そいつは星の季節を司り異界を泳ぐクソデカ鯨みたいな太古の生き物だったらしい。
ある時、季節と恵みをもたらす存在だった幽界捕食者が暴れ出す。星の生きとし生ける者から容赦なく魔力を吸い上げ、全生命が危機に陥った。
仲間を率いて幽界捕食者の巣に向かったタルクェァは、幽界捕食者を倒して生還した。
世界を救った功績により、民衆の支持を得てタルクェァは王座につく。
この頃に若きタルクェァ王は他国を統治している聖域の魔女と出会い、親しくなっていった。
タルクェァは聡明で、逞しく、何よりも優しかった。
どんな悪辣な敵もただ倒すのではなく理解する努力を惜しまず、裏切り者にもやり直しの機会を与えた。
多くの人に好かれたタルクェァは大層モテていた。聖域の魔女も徐々に惹かれていき、並み居るライバルたちに負けないよう積極的にアプローチをかけ……
なんだか惚気が入って話が逸れ始めたので、俺は口を挟んだ。
「すみませんそのへんカットできます? 巻きで」
「タルクェァの話をカット!!?? ……いえ、そうですね。失礼しました。大利や青の魔女にとって重要な部分だけかいつまみます」
「魔法文明の物語は後で詳しく聞かせて下さいよ。勇者タルクェァの話も。今はなんでこーなったのかって話に集中してもらって」
全部細かく聞いていたら聞き終わるまでに200年かかりそうだ。後にして欲しい。
促すと、聖域の魔女は頷いた。咳払いして気を取り直し話を続ける。
タルクェァと仲間たち(聖域の魔女も含む)は多くの世界的大事件を解決していったのだが、最後の最後で傀儡の魔法使いに操られた死神の刃を受け、死んでしまった。
魔法的死だ。この世から完全に消え去る魔法的死は、魔法文明の進んだ技術であっても覆せない。
タルクェァは、聖域の魔女の夫は、世界から永遠に消え去った。
死に言及するあたりで、聖域の魔女の声が震える。
一度言葉を止めて目元を手で押さえた聖域の魔女は、平静を取り繕って続けた。
「彼を永遠に失うなんて、私にはとても耐えられませんでした。今もです。だから取り戻す事にしました。何をしてでも」
「どうやって? 魔法的死は絶対死、絶対生き返らないみたいな話じゃなかったでしたっけ」
「そうですね。だから新しい魔法を開発しました。世界を巻き込む、世界魔法です」
「世界魔法」
すごそうな響きだ。
名前に「世界」ってついてたら凄いと相場が決まっている。
「地球では無名叙事詩と呼ばれているものですね。簡単に言えば、無名叙事詩の登場人物を全員揃え、全ての詩を繋げて唱え上げる完全詠唱を行う事で、絶対死を覆す事ができます」
「!?」
情報の金槌で頭をブン殴られたようだった。
な、なるほどね~!?
無名叙事詩の引用範囲を拡大する大詠唱があるのなら、叙事詩の全てを通読する詠唱もそりゃああるだろう。
そして無名叙事詩はタルクェァの物語。
ならば、無名叙事詩を全篇唱え上げる完全詠唱の効果は、タルクェァにまつわるものに違いない。
「私は蘇生魔法の開発者ですから。自画自賛になりますが、絶対死を覆す魔法は私にしか組み上げられないと自負していますよ。いえ、あのクズ野郎……大利が入間枠と呼ぶ傀儡の魔法使いならば可能かも知れませんが。人を人と思わないクズなので、大切な人を蘇らせるために労力を費やさないでしょう」
憎々し気に語る聖域の魔女にシンパシーを感じる。
アイツ魔法文明でもヘイト溜めてんのかよ。どこでも毛嫌いされてんな。
「理論的には……そうですね。大利が分かりそうな近似概念でいえば数学の積集合でしょうか? タルクェァ本人を直接蘇生させる事はできません。だからタルクェァと関わりが深い人々と交渉し、蘇生させ、叙事詩に組み込む魔法契約を結びました。全員に関係する『タルクェァ』の要素を合わせれば、永遠の彼方に溶け去ったタルクェァ本人を描き出し、それを通じていわゆる類感魔術的に呼び起こし、引き揚げ、形作る事ができます」
「すみません、あんま分かんないです。魔法理論は後でヒヨリにお願いできます?」
ヒヨリはテーブルに頬杖をつき、目を閉じてしまっている。聞いているのやらいないのやら。
魔神との死闘直後だもんな。お疲れ様だ。
「つまり、叙事詩はタルクェァの蘇生魔法。叙事詩の人々は蘇生儀式を手伝うアシスタント。こう覚えれば概ね合っています」
「OK、理解。それ魔法文明でやったらダメなんです? なんでわざわざ地球に叙事詩伝来? させたんですか?」
地元でやればいいのに、なんで地球に来たのか分からん。
ここまで聞いた感じだとタルクェァ蘇生のための世界魔法は魔法文明の中で完結しそうだ。
地球文明と魔法文明が交わる理由、ある?
首を傾げて尋ねると、聖域の魔女はさらっと答えた。
「魔法文明の全員がタルクェァ復活に賛同したわけではありません。
大利は入間の魔法使いを復活させて新開発魔法を手伝わせると言ったら、賛成しますか?」
「絶対阻止する。なるほどね」
タルクェァの蘇生にはタルクェァと関わりが深い人物たちの協力が必要。
その人物たちには、魔法文明をグチャグチャにした大罪人であるハトバトや傀儡の魔法使いが含まれる。
まあ現地人は大反対するよな。俺も魔法文明現地人だったら断固反対する。
せっかく倒した悪逆のボスキャラたちをなんで復活させなきゃならんのか。いくら勇者を復活させるためとはいえ、リスクがデカ過ぎる。何しでかすか分かったもんじゃねーぞ。
「反対派は私の世界魔法を妨害しようとしました。だから星を脱出する事にした。私は夫と会いたいだけであって、皆と争いたいわけではありません。
本来、私は魔法契約を結んだ無名叙事詩の担い手たちを引き連れ、文明の無い無人の世界に渡るはずでした。魔力活性値……文明の高度さを測る指標は何百光年先でも観測できますから。宇宙のどこかには、生命がいてかつ文明のない都合の良い星があるはず」
「なんで文明があったら不味いんですか?」
「良い質問です。繰り返しますが、私は争いたいわけではありません。先住民族がいる星に乗り込み、世界魔法を、無名叙事詩を広めるのは、私の望むところではありません。それは侵略です」
「…………」
俺は会話が上手くなったので「でも地球の事は侵略したじゃん」というツッコミは心の中にしまった。茶々入れたら気分を害しそう。
聖域の魔女はモニャる俺に微笑んだ。
「地球は? という顔をしていますね」
「げ」
口には出なかったが顔には出ていたようだ。
聖域の魔女は俺とヒヨリに頭を下げ、続けた。
「申し訳ありません。私の過ちです。魔法文明の誰一人として、電気文明の存在を想定できていなかった。私達は魔法の活性を通して文明の高度さを測ります。魔法が存在しない地球は、無人の、原始的な、それでいて生命に溢れた格好の星であるように見えたのです」
「ああ~……」
昔、似た話を聞いた事がある。
地球文明は電気文明だ。地球の天文学者たちは、かつて宇宙のどこかにいるかも知れない自分達以外の文明を探すとき、電波に頼っていた。
高度な文明ならば必ず電気を使っている。電波を発している。
だから強力で活発な電波を探せば、高度な文明を見つけられるはず。
そう考えていた。
魔法文明も同じだ。
自分の文明と同じ基準で他の文明を推し量ったせいで、異質な進化を遂げた高度文明の存在を見逃したのだ。
すれ違いってレベルじゃねーぞ。
いや、科学文明全盛期の地球も遥か遠くに魔法文明が存在したとて感知できなかっただろうけどね?
お陰で大惨事だよ、バカ!
「長い長い星系航行には生身では耐えられません。各々のグレムリンに意識と肉体情報を閉じ込め、時間を停止させ、長旅ができるようにしました。
計画では、未開の原始的な星に到着するはずでした。そこで現地生物に私達のグレムリンを影響させ、世代交代を繰り返すたびに私達の素体に近づくようにする。そして自分の素体として完全一致する体ができたのなら、回収機、つまり魔王が回収する。そしてグレムリンと融合させ、復活する。このような流れです。
回収機に戦闘力をもたせたのは、世界魔法反対派がハトバトやクズ野郎を抹消するために追いかけてきた場合、迎撃するためです」
聖域の魔女は魔神に搭載したスペックを事細かく教えてくれた。
聞いた感じ、フルスペックだったら手も足も出なかったっぽいな。
星系航行魔法(シャンタク座流星群)で飛来した魔法文明の叙事詩に語られる人々は、魔石となって地球に落ちた。
同時に落下した魔王グレムリンは周囲の物質を取り込んで体を作り、回収に備える。
クォデネンツは魔王の武装を製造し、また、魔王が何らかの事情により壊れたり停止したりした場合に備え、二号機三号機を生産する。同時に世界魔法反対派の襲来に備え、迎撃する。
結局、世界魔法反対派は星の海を越えてまで憎き大罪人たちを追ってこなかった。
そこは取り越し苦労だったのだが、地球は電気文明である。
魔法文明視点ではワケの分からん突拍子もない文明を築き上げていた地球文明は、聖域の魔女の計画をぐっちゃぐちゃにバグらせた。
静電気体質? なにそれ? なんでそんな生き物が存在するんです?
おかげで何世代も、百年以上もかけて誕生するはずの魔法文明人の素体が流星群が落ちた直後にポンと生まれた。バグ過ぎる。
発電機? 発電所? スマートフォン? なにそれ?
なんで「デンキ」とかいうグレムリンの成長を超加速させる恰好の餌が星全体に広まっているんです?
メチャクチャだよもうさあッ!
地球文明も、聖域の魔女の計画も、全部ぐっちゃぐちゃ!
どーしてくれんだよ!
「もう、本当に、意味が分かりませんでした。私だけは優先的にグレムリンの……不滅魔法をかけた魔石の時間凍結が自動解除されるようにしていたので、最初から意識があったのですが。
大利に拾われた時は頭が真っ白になりましたよ。どうして目の前に人間が、知的生命がいるのか理解できなかった」
「え゛っ……や、やっぱりずっと意識あったんじゃないですか!」
「…………大利と彼女の、その、夜の営みの間は、できるだけ意識を逸らしていましたよ?」
聖域の魔女は気まずそうに目を逸らした。
気まずいのはこっちですが?
とんだ大事故だ。魔法文明と電気文明のすれ違いがここまでの大被害を生み出すとはお釈迦様も思うまい。
「話は大体分かった。それで、聖域の魔女はこれからどうするつもりなんだ」
自分の話題が出たからか、ずっと黙って話を聞いていたヒヨリが目を開けた。
「どう、とは?」
「地球はバグだらけなんだろう。別の星を探して世界魔法をやり直すのか?」
「いえ。もう取り返しがつきません。このまま地球で世界魔法を完遂します」
「世界魔法には無名叙事詩の契約者たちが必要なんだろう。私も、私であって私ではない誰かになる必要があるんじゃないか。
つまりお前の目的を達成するために私は死ぬ必要がある。お前が女王を上書きしたように」
「…………そうなりますね。ごめんなさい」
聖域の魔女は心底申し訳なさそうに謝ったが謝って済む問題じゃない。
なに言ってんですか、オクタメテオライト様!
ごめんで済んだら警察は要らないって地球の格言を知らないんですか!?
知らないかも!
萎れる聖域の魔女に、ヒヨリは段々声を荒げながらガン詰めする。
「ごめんなさい、だと?
ふざけるなよ。お前の計画でどれだけの人が死んだと、どれほどの苦しみを生んだと思っている?
お前の、お前のせいで私は全てを失ったんだぞ!
ああ、誤算だったんだろうさ、犠牲を出すつもりなんて無かったんだろうさ。
百歩、千歩、一億歩譲って今までの事は許すとしよう、だがこの期に及んでまだ?
まだ犠牲を出すつもりか? 何様のつもりだ、おこがましい!」
椅子を蹴って立ち上がり、怒声を上げるヒヨリの言葉の全てを、聖域の魔女は静かに受け止めた。
そして底知れぬ強い意思を帯びた声で返す。
「弁明はできませんし、しません。結局私のエゴですから。
しかし。貴女なら私の気持ちが分かると思ったのですが」
「なんだと……?」
「青の魔女。あなたも、大利を取り戻すためならば何でもするのではないですか。
何十年、何百年、何千年かかろうと。
愛する者のために、死力を尽くすのではないですか」
「…………」
ヒヨリは口を開けたが、何も言葉が出てこない。
絶句して、そのまま黙り込んでしまった。
ちょっとヒヨリさん? 論破されるの早過ぎですよ!
しっかりしてくれよ。俺、いくらオクタメテオライト様の願いでもお前が死ぬのは嫌だぞ。
「えーと、聖域の魔女さん」
「はい」
「旦那さんの蘇生は中止してくれません? 要はヒヨリが死なないと蘇生できないんですよね? 俺、ヒヨリが死ぬの嫌です」
「……ごめんなさい」
「いや、ごめんなさいったって……」
「私は私の想いを諦められません。絶対に。ごめんなさい、私の力にも限界があるのです。全ての問題を円満に解決する事はできません」
反論しようとしたが、俺はそれ以上の言葉を思いつかなかった。
もうね、きっと理屈とかじゃないんだ。
聖域の魔女はクソデカ感情で以て何としてでも旦那さんを生き返らせるつもりなのだ。
聖域の魔女の気持ちも計画も理解できた。
元凶といえば元凶だが、罪があるとは言い難い。
俺をずっと護り続けてくれた。
それに聖域の魔女の計画がなければ、俺がヒヨリに出会う事は無かっただろうし。
聖域の魔女が何かをしたいと言うのなら助けてやりたい。
だが聖域の魔女の願いを叶えると、俺はヒヨリを永遠に失ってしまう。
蜘蛛さんや地獄の魔女たちもだ。
それは受け入れられない。無理だ。
だが魔女と魔法使いたちを尊重する限り、聖域の魔女の宿願は永遠に叶わないわけで。
あちらが立てばこちらが立たず。
にっちもさっちもいかない。
全員が各々の前に横たわる大きな問題を前に口を噤む。
山小屋に、長い沈黙が降りた。