178 グランドクエスト:クォデネンツ問題を解決せよ
クォデネンツがあるという聖堂は、迎賓館から少し離れた小道の端にあった。
玉ねぎみたいな形のヘンテコ屋根の聖堂は世界遺産タージ・マハルにちょっと似ている。建物の大きさは体育館ぐらいだ。
屋根に十字架があしらわれていたので普通にキリスト教系の教会なのかと思えば、よく見たら十字架じゃなくて先端を屋根に突き刺した剣のモチーフだった。
なんだありゃ、と思っていると、俺とヒヨリを先導して歩く女王陛下がタイミングよく解説してくれる。
「元々あった教会は、シャンタク座流星群と共に空から降ってきたクォデネンツに破壊されました。この教会はクレーターを埋め立てた土地に再建したものです」
「ほー……? じゃ、クォデネンツは埋まってるんですね」
「地下室にあります。ご案内しますね。どうぞ」
陛下は聖堂のドアを開け、手で中に入るよう俺達を促した。
誰もいない聖堂の中は普通の教会といった風情だった。落ち着く香りの何かの香が薄っすらと焚かれ、両サイドに並ぶ礼拝者用の長椅子の真ん中に、祭壇へ続くカーペットが一直線に敷かれている。
一番奥の祭壇には聖人の肖像画が飾られていて、その聖人たちに見守られる位置に講壇がある。
女王は俺達を祭壇の近くまで招くと、当たり前の顔で講壇を押してズラし、地下へ続く隠し階段の入口を見せてくれた。
ふぁーっ! なんだその隠しギミック!
ワクワクさせやがって! まったくさあ!
「俺、この国好きかも」
「ありがとうございます。足元にお気をつけて」
曰く、おもしろギミックは偽装と秘匿のためらしい。
ルーシ王国の魔物&魔人絶対殺す結界の存在は有名だが、一般的には女王の魔法だと思われている。激ヤバ魔法を操る女王の存在は他国に対する強烈な抑止力になっているのだとか。
本物の結界の根源であるクォデネンツはこうして教会に隠され、研究者は礼拝者や教会関係者のフリをして通い調査を行っている。
俺やヒヨリが女王に連れられここに来たのも、礼拝に見えているのだろう。クォデネンツの存在はルーシ国民の中でも選ばれた一握りしか知らないのだ。
ヒヨリは一度クォデネンツを見た事があるのでこういうの知っているかと思ったら、俺と同じくワクワクギミック初見のビックリ顔をしていた。前回は転移魔法で直接地下室に跳んだから、(転移魔法を使えない人間用の)正規ルートの道順を知らないらしい。
地下階段を降りて短い地下通路を進むと、頑丈そうな扉があった。
両開きの扉は見た事のない不思議な材質の金属でできていて、扉の横の台座に水晶球が置いてある。
その水晶球に女王が手を置くと、水晶が鈍く光り、扉に刻まれていた複雑な幾何学模様に光が走った。扉のロックが外れていく音がする。
指紋認証……いや、魔力認証式の扉か?
隠し通路から一転、急に魔法技術レベルが跳ね上がりやがったぞ。どーなってんだ。
「医者の結晶で魔力識別してんのか? いやなんか違うな。これはなんなんです?」
「魔力識別用の幾何学構造グレムリンと、それに繋げた魔法金属の扉ですね。大利さんが考案なさった医者の結晶は存じ上げておりますが、医者の結晶が発明される二十年ほど前から我が国ではこういった技術をセキュリティシステムの一部として運用しています」
マジかよ。
新発明だ~! なんてキャッキャしてた新技術が後追い研究だったと判明してしまった。
普通にショックだ。
ルーシ王国は閉鎖的な国だと聞いていたし、ここまで魔法技術的にも科学技術的にも後進国に見えていたから油断していた。
コイツら、他国からの訪問者にパッと見では悟られないようにしてるだけで、ゴリゴリに秘匿技術を持ってやがる。ずるいぞ!
「これもクォデネンツの……?」
「そうですね。リバースエンジニアリング技術です。今回は力及ばず貴方のお力をお借りする事になりましたが、ルーシ王国もこの90年ただクォデネンツを眺めていたわけではありません。解析と技術抽出は進めています」
「くっ……!」
悔しさが顔に出てしまった俺を、女王陛下はちょっと誇らしげに微笑んで見てくる。
ずるい、ずるいぞ。
お前らはずーーーーっとコソコソコソコソ魔法先進文明のオモシロ・アーティファクトを弄り回してたのか! この北の辺境で、90年も! なんて奴らだ!
俺にもやらせろよ! 今からやらせてくれるけど!!
俺も魔王グレムリンを独り占めして弄り回してたけどね?
技術交流はけっこうやってたし。
超高度アーティファクトを90年もここまで厳重に隠してきた理由がよく分からん。
ヤバいシロモノなのは分かる。だが自国だけで扱い切れているならまだしも、扱い切れていないから他国から世界一の超絶大天才魔法杖職人を招かなければならなくなっているわけで。
「なんでこんなにクォデネンツ隠してるんです? 最初から他国と技術交流研究してた方が絶対進歩早かったですよ」
「……大利さんは純粋ですね。職人らしい。世の中が貴方のような方ばかりなら良いのですが」
ヒヨリは「大利みたいな奴ばかりだったら世界終わるぞ」と呟いたが、俺も陛下も無視した。
魔力認証ロックが全て外れた扉の二つの鍵穴に鍵を差し込みながら、陛下は言った。
「ルーシ王国は技術共有による世界全体の発展より、自国だけの技術優位を取ります。世界平和のために身を削って奉仕しても、返礼は侵略です」
それは確信的というより、断定的な口調だった。
ずっと和やかで社交的だった女王陛下の声に、初めて煮え滾るマグマのような感情が滲み出る。
横で見ていたヒヨリが緊張に肩をこわばらせ、俺を庇う位置にそっと動いた。
「二度と。決して」
蓋をして押し殺しても溢れ出る怒りと決意の感情と共に、魔力が漏出する。
魔力を感知できない俺でも、魔力が起こす異変は分かった。
ルーシの女王の周りの空間がねじ曲がり歪む。
揺らぐ空気、地面、扉、壁、その全てが蜃気楼のようにぼやけて霞む。
は、吐き気がしてきた。
頭痛も。眩暈もだ。
ヤバい。
ヒヨリ以外にも魔力垂れ流しにするだけで異変を起こせる激つよ魔女はいたのか。
「絶対に、祖国を踏みにじらせはしない」
憤怒を込めた宣言は質量すら伴って、俺の体をずっしり重く抑えつけるかのようだった。
激情に気圧されたのか、魔力に屈服させられたのか分からない。
しかし膝をつきそうになった俺を横から支えてくれたヒヨリは平然としていて、手の甲で軽く女王陛下の肩を叩き非難がましく言った。
「何をやっている? 落ち着け。ここにいるのは全員味方だ」
「……失礼しました」
女王が我に返った途端、圧力が消えた。何事も無かったかのように全てが元に戻る。
額の冷や汗を拭って足をガタガタ震わせる俺に、女王陛下は申し訳なさそうに治癒魔法をかけてくれた。
何かしらの地雷を踏んだらしい。
こえ~。物静かな人がキレるのが世界で二番目に怖いんだから。キレた青の魔女の次に怖い。
薄っすら背景事情が透けて見えるが、あんまり突っ込んだ話はしない方が良さそう。
大人しくクォデネンツ調査依頼に集中して、余計な事を言わないように気をつけよう。
ようやく開いた扉の先に広がっていたのは、地下室というより地下ホールだった。
天井が高い円形のホール状の部屋で、壁際には大量の本や資料を挟んだファイルが詰め込まれた棚がズラリと並んでいる。
いくつかのデスクには白衣の研究員が座っている。その人たちは俺達が入ってくると一瞬顔を上げ、軽く会釈をしてすぐに仕事に戻った。
ペンを動かす音だけが静かに染みわたる静謐な地下ホールの真ん中に、クォデネンツはあった。
「でっっっか!」
「41mあります。大部分は更に地下に隠れているので、見えているのは5m程度ですが」
「ほうほう」
手渡された全体図スケッチと見比べながら、驚異のアーティファクト「クォデネンツ」の周りを歩き回り、じっくり舐め回すように観察する。
クォデネンツはルーシ王国の言葉で「魔剣」を意味する。
実際、表面は不思議な金属質の光沢で、クソデカ魔剣に見える。俺としては草薙の剣のような日本古代様式の剣に通じるものを感じる。
要はナックルガードや鍔を持たない両刃直剣で、柄の握りの部分がへこんでいる。それを切っ先を下にして大地に深々とブッ刺し、持ち手の部分だけをニョッキリ地上に露出させているのがクォデネンツの大まかな様相となる。
槍だと言われれば槍にも見えるし、全体図スケッチの向きを変えれば杖の形にも見える。
確かなのはめっちゃデカくてすんげぇ長い人工物だという事だ。デカすぎ。
そして噂のクォデネンツのコア部分。
四次元幾何学構造である正二十四胞体コアは、剣の柄のおしり部分、つまり柄頭に相当する位置にあった。
ソイツはまるで数学的な立体が命を持って動いているようだった。
平均3mほどの大きさの巨大幾何学構造体は宙に浮き、絶え間なく形態を変化させている。
立方体になったかと思えば、滑らかかつ規則的な動きで正八面体に形を変え、四角錐になって、立方体に戻る。
質量を無視して内から外へ膨れ上がったかと思えば、内側に折り畳まれるようにカクついた動きで小さくなったりする。
部分部分の動きは3D画像をコンピューターで動かしているような等速な規則性があるのに、全体として見ると頭がバグりそうな複雑怪奇な動きをしている。
色も変だ。
全ての光を吸い込む底なしの黒色をしていたかと思えば透明になって見えなくなり、次の瞬間には七色にグラデーションを描いたり。カメレオンのように景色に同化したり、鏡のように光を反射し始めたりもする。
人間が知覚できるのは三次元までだから、当然四次元構造体の全貌が一目で見て分かるわけではない。四次元構造のごく一部、三次元に表出している範囲だけをこうして観測できているに過ぎない。
しかし俺は見逃さない。
姿を変え続ける奇怪なクォデネンツ・コアの一部には、旅をしながら学んできた四次元技術に基づくと思われる模様や形状が現れていた。
これは人類の手に負えない人智を超えた解析不能のナニカではない。
人類が、俺が、今まさに学び始めている四次元技術の遠い遠い延長線上にあるものだ。
もっと詳しく調べないとなんとも言えんが、肌感としては「解析可能」。
魔王グレムリン分解より手こずりそう。
でも、いけそうだ。
考えをまとめ思考の底から現実に意識を浮上させると、研究員たちとヒヨリと女王陛下が全員固唾を呑んで俺をじーっと見つめていた。
ビビる。いつから見てたんです!?
「なっ、ななな何見てんだよですか、やめろして下さいよそういうの!」
「すみません。それでどうでしょう? 実際に見て、所感などは……?」
「あ、いけそうです。解析できそうですね」
率直に言うと、テーブルで何か難しい計算をしている研究員が鼻で笑ったのが視界の端に映った。
黙れッ! 黙ってるけど黙れ! 素人の浅知恵だと思って笑っただろ今!
すぐ目に物見せてやるからな! 俺はアンタらみたいに複雑な数学の計算とか書類仕事とかはできませんがね、アンタらの百倍器用なんだ! ナメるなよ!
体を委縮させながら心の中で吠え猛っていると、陛下はホッと胸をなでおろした。
「そうですか、解析できそうですか! 良かった……!」
「ちょっとどう手を付けたらいいのか分かんないですけどね。あんなに四次元的に変形しまくってたら分解とかしようと思っても工具が虚空に吸い込まれて消えそう」
「ああ、そこは大丈夫です。クォデネンツ干渉用に開発した魔道具があるので」
「そんな物が!?」
頷いた陛下が壁際の棚の一つから持ってきたのは、指で摘めるクルミぐらいの大きさの、独特な形に加工されたグレムリンだった。
それを一目見た瞬間、目を剥く。
うわーッ!
これ、見た事ある~~~!!
友達の兄ちゃん、つまり未来視少年が策略を練ってヒヨリを四次元追放した時、キュアノス干渉に使ったヘンテコグレムリンだ!
「何かありましたか? いえ、もちろん大利さんにとっては精度が低い道具かも知れませんが。私達が使っている最新の道具です」
「いやいや見た事あるんですよ、これ。未来……四次元……えーと、インドでコレと同じ道具に一泡吹かされた事があって。色は違いましたけど」
陛下から受け取った魔道具はあの時に一瞬見た朧気な記憶そのままの形をしていた。
叶結びかクローバー結び、はたまた三葉結び目の成りそこないか、という奇妙に入り組んだ形状だ。
地味に気になってたんだよなコレ。未来視少年もブラックマーケットで手に入れただけで製造元は分からないと言っていたし、騒動の中で砕けてパーツが無くなってしまったので復元もできなかった。
ルーシ王国由来だったのかよ。
「インドで? 色が違うなら旧型でしょうけど。備品管理体制を見直す必要がありそうですね。紛失か、それとも故意の流出か……」
難しい顔の陛下がまたピリピリし始めたので、俺は慌てて話の流れを戻した。
「それでクォデネンツの異変ってのは? コイツが何がどうしてどうなってるって言うんですか」
「ああ、異変というのはですね。以前はこんなに変形変色しなかったのですよ。形や色が変わる事はあったのですが、今よりもずっと頻度が少なかった。微震ですが地震を起こすようになりましたし、放熱する時もあります。詳しくは変化を記録した資料を読んでいただければ」
陛下が言いながら指した棚にはミッチリ紙束が詰まっていた。
紙の資料たすかる。会話しなくて済むからな。日本語で書かれていたらもっと助かるけどそのへんはひとまず横に置いておくとして。
「震えて熱出してるのか。風邪みたいだな……」
「そうですね。風邪というか、故障を疑う声もあります。このまま放置すれば壊れてしまうかも知れない。しかし、逆に自己進化の途上にあるのではという意見もあるのです」
「ふーん……?」
「クォデネンツに何が起きているのか。大利さんには全ての可能性を視野に入れ、包括的に調査して頂きたい。直せれば言う事なしです。
こちらからの要望としては、魔物と魔人を消滅させる結界機能をこれまで通りに維持できれば問題ありません。念押しですが、不可逆的に壊してしまうのだけはやめてください。国防の要ですから」
「承知」
異常原因を特定しろ。
できれば直せ。
壊すな。
まとめるとこういう事ね。
OK。任せて欲しい。
一国が対処不能と匙を投げた難題であっても、器用さで解決できる問題ならなんとかなる。してみせる。俺にはその自信がある。
どれだけ時間と労力がかかるかもまだ分からん状態だが、やってみせよう。
腕が鳴るぜ!