171 魔法陶器
ルーシ王国への旅も、いよいよ終わりが見えてきた。
ネオメソポタミア最北の都市カーミシュリーは北のトルコと隣接していて、そのトルコの更に北の平野を抜ければルーシ王国へ到着する。
直線距離でいえば残りはだいたい1600km。本州を南から北へ縦断するぐらいの長さだ。日本列島がまるまるスッポリいくつも入る大国を何カ国も越えて、遥々ここまでよくきたものだ。
カーミシュリーは、東のカスピ海域、北の旧ロシア領域、西の地中海域を結ぶ貿易の結節点になっている。北方を除き東西南には鉄道が走っていて、商店には様々な物珍しい品が並び、それを売り買いする人々の顔立ちも様々だ。
アジア系もラテン系も北欧系も、色々いる。
青髪もいれば、一ツ目お化けみたいな奴もいる。首から上が無いのに熱心に壺の値切り交渉をしているデュラハンみたいな奴もいる。隣を歩くヒヨリが警戒してないし、超越者じゃなくて超越者二世魔人かな? 魔人はそこそこデカめの街を歩いているとチラホラ見かけるよな。
煉瓦作りのお洒落な高級ホテルのスイートルームにチェックインした俺達は、夕食前に軽く観光に繰り出した。
「なんかオススメの店とかある?」
「いや。私もこの街は初めてだ」
「え? お前、行った事ない街とかあるんだ」
今まで万能観光ガイドの如く行く先々で解説したり、現地人や現地モグラたちと繋ぎを取ってくれていたのに。
80年間の世界放浪で世界中の街という街を制覇しているのかと思っていた。
驚く俺にヒヨリは肩を竦め、ホテルのフロントで貰ってきたパンフレットを押しつけてきた。
「私は珍しい魔法とか、隠遁してる超越者の噂を追ってあちこち旅をしていたんだよ。世界を隅から隅まで歩いて回ったわけじゃない」
「ほう。じゃ、この街は俺とヒヨリが一緒に初観光を楽しめるワケか。いいねぇ」
「…………ん」
デキる彼女に丁寧な観光ガイドをしてもらって快適に観光するのも良いが、初見の街で二人であーでもないこーでもないと言い合いながらウロつくのも良い物だ。
良い物なんだが……
なんかこの街に来てから目線がキツい。好奇の視線が全身にザクザク突き刺さる重い鈍痛を感じる……!
なに? なんで? ヒヨリの方を見ろよ! なんでパーフェクト魔女ルックで全身をコーディネートしたファッショナブル超絶美少女がいるのに、その隣の冴えない男を見る必要があるんです? 見てもなんも面白くないだろ。やめろマジで!
「ヒヨリヒヨリ、どっか入ろう。なんか俺注目されてる。キツい」
「あ、ああ。注目されているのは大利じゃなくて杖の方だと思うが。そこの店に入るか」
耳元にコソッと囁くと、ヒヨリは手近な土産物屋に俺の手を引いていってくれる。
大人しくついていきながら言葉の意味を考え、腑に落ちた。
ははあ、分かったぞ。再誕したオクタメテオライトを持ってるから人目を惹いてるのか。魅力的過ぎるのは罪。
完全復活を成し遂げたオクタメテオライトは試作魔王杖レフィクルの分解部品と合体させ、「守護神杖オクタメテオライト」として再臨した。
基本は旧型と同じく祭祀用であり、飾って拝む事を前提にしたデザインだ。
が、邪悪な魔法使いと万が一にでも再び相対してしまった時に備え、ある程度の無詠唱機構を組み込み、防御魔法詠唱の魔法文字を彫金してある。
神隠式の物理無効機能や、キュアノスと同じ四次元収納機能も導入した。物理的に砕かれそうになったら物理無効で緊急回避できるし、魔法で壊されそうになったら四次元収納で回避だ。
もう二度とオクタメテオライトは破壊させないぜ。
そんな大利家の守り神たる守護神杖オクタメテオライトを持ち、天下の竜炉彫七層型青魔杖キュアノスを持つ青の魔女様と一緒に歩いているのだから、注目されない方がおかしい。
この街には変な姿恰好をしている人がチラホラいるが、俺達はその中でもかなりの変わり種だ。
オクタメテオライト持ち歩くと目立つのか……ヤだな……でもこの美しき守護神杖に拝謁する機会を大衆に恵んでやりたい気持ちもある……綺麗な物見ると嬉しいもんな……ジロジロ見るんじゃなくて、もっと奥ゆかしくチラ見してくれねぇかな……
ぼんやり考えているうちに土産物屋の奥へ連れ込まれ、周囲の視線からシャットアウトされた。むむむ、大利センサーに反応なし。周囲にニンゲンの気配はありませぬ。これで一息つける。
「どうすっかな。四次元収納しておくのもアリだけど、布か何かでコア部分にカバーかけとくとか、ギターケースみたいなのを作って入れるのもアリか……」
「目立ったせいでストレス死されるのは嫌だが。コア部分は露出させておいて欲しいな。夜以外」
ヒヨリの意見としては、防御を固める意味でオクタメテオライトは剥きだしで持っていて欲しいらしい。
実際、かつてオクタメテオライトは入間と相対した瞬間に悪党滅殺モードを起動した。
布で隠したり、ケースにしまったり、四次元収納したりすると、悪党が俺を狙ってきても外の様子が分からず護ってくれないかも知れない。
オクタメテオライトが外の様子をどこまでどうやって知覚しているのか、イマイチよく分かんないんだよなぁ。常に意識があるのか、魔石も眠ったりするのかも分からないし。
ヒヨリと話し合ったが、とりあえずオクタメテオライトは剥き出しで持っておく事に決めた。
そもそも悪目立ちするのは今だけだ。
トルコはほんの数年前に人口が激減していて、道を歩いていてもあまり人に会わないだろうという話。
ルーシ王国では恐らく研究室か実験室かどこかに缶詰めになってクォデネンツを調べる事になるから、オクタメテオライトを持って街を練り歩くような事にはならない。
そしてルーシ王国での仕事を終えたら、帰還魔法でひとっとびに奥多摩に帰る。奥多摩に帰ったらオクタメテオライトは工房に安置するから、やっぱり持ち歩いて人目を惹きつけるような事にはならない。
ジロジロ見られるのは胃が痛い。しかしまあ、大衆の注目を浴びた瞬間に即死するほど俺のストレス耐性は低くない。今だけなら甘んじて目立とう。
安全には換えられん。事情があったとはいえ、今代未来視にしてやられた前例もある事だし。護りを増やすに越した事はない。
話はまとまり、せっかくなので土産物屋を見ていく事にした。
地元の工芸品を売っている店のようで、焼き物がいっぱい棚に並んでいる。
一見して普通の陶器のようだったが、何気なく一皿手に取ってすぐにおかしな点に気付いた。
軽い! それでいて頑丈。指の甲で叩くと金属みたいな音がするのに金属じゃない。
これ、たぶん地面に落としたぐらいじゃ全然割れないな。見た目から推察できる強度と触って分かる強度が全く一致していない。
なんだこりゃ?
「これ普通の陶器じゃねぇぞ。魔法でもかかってんのか」
「あー、と、これは日本語に訳すとグレムリン陶器? かな?」
ヒヨリが壁に貼られている黄ばんだ店内広告の内容を読み上げたところによると、どうやら地元の名産陶器らしい。
グレムリン陶器は、トゥーキエ・ワームと呼ばれる、土を食べる魔獣の排泄物から作られる。細かく砕いたグレムリンや石材、腐葉土などを秘伝の調合比で混ぜた飼料を食べさせる事で、良質で特別な粘土の糞を出すのだ。
その粘土をコネて成形し、焼き上げたものがグレムリン陶器と呼ばれる。
面白いのはこのグレムリン陶器には軽い物理軽減効果がある事。つまり、物理的な衝撃や圧力に対し、素材の物性からは考えられない耐性を持つ。
要は壊れにくい。
もちろん絶対不壊ではなく、ハンマーで強かにブッ叩けば砕け散るし、魔法をブチ当てられてもバラバラに吹っ飛ぶのだが、落としたり踏んづけたり、日常生活でよくある程度のハプニングでは割れない。
これは原材料を作るトゥーキエ・ワームの性質らしい。トゥーキエ・ワームは自らの巣を自らの糞を使って作る。巣は驚くほど頑丈で、地震が起きても崩れない。巣作りのための物理耐性素材を焼き物に流用しているのだ。
「面白いな。魔法陶器か」
「良い物見つけた。いくつか買っていこう、日本に郵送すれば荷物にもならないし」
「まあ待て待て」
ウキウキのヒヨリの手からフクロスズメ柄の大皿を取り上げ、指先で何カ所か叩く。
天窓から差し込む明かりに翳して慎重に検分した俺は、首を振って皿をヒヨリに返した。
「悪くはないが良くも無いな」
「おい、水を差すな。お前の目から見ればなんだってそうだろう。私が気に入ったんだからいいじゃないか」
「いや、その店内広告で語られてない欠点がある」
「何……?」
俺はいかにも高価そうな大皿を棚に戻し、代わりに確認用に小さくて安いティーカップを買う事にして、工具を出してカップの縁を軽く叩いた。ヒビに沿って薄い皮膜を剥がすと、被膜の下の素地が露わになる。
その素地を指の腹で撫でた俺の顔を見て、ヒヨリは恐る恐る尋ねた。
「なんの顔だそれは」
「キモいの顔。ヒヨリも触ってみろ」
「馬鹿、キモい物を触らせようとするんじゃない! つまりなんなんだ?」
「キモい質感をコーティングで隠してるんだ。たぶん、長く使ってると表面のコーティングだけハゲて、キモい質感の陶器を使うハメになる」
グレムリン陶器は性能が良いし、デザインも良い。値段も手ごろ。爆売れして有名になっていて然るべきだ。
それなのに、この街にくるまでグレムリン陶器に触る機会が一度もなかった。という事は何か欠点がある。
被膜を剥がして触ってみて分かったのだが、グレムリン陶器はじっとり湿ってペタつくイヤな質感があった。ガキの頃に裏庭の菜園を掘り返して見つけたミミズを触った時の感触に似ている。
確かに、陶器そのものは頑丈で壊れにくい。だが質感が悪い。
その質感をコーティングで誤魔化しているのだが、コーティング剤は脆く、けっこう簡単に剥がれてしまう。
「質感さえ気にしなければ百年余裕でもつ。でもコーティング剤の寿命はたぶん2~3年ぐらいだな」
「う、う~ん……」
ヒヨリは恐る恐るコーティングが剥げた素地を指先で触り、露骨にキモそうな顔をして手を引っ込めた。
個人的には、グレムリン陶器は素材の欠点を上手くカバーしたと思う。かなりの試行錯誤と研鑽、改良の歴史を感じる。詳しく検分しないとコーティングされてるの分からなかったし。俺の指先の感覚を騙しかけたのは相当ハイレベルな匠の技と言えよう。
モクタンがまだ両手を使う食事に慣れてなくて、コップだの皿だのと落としまくって割りまくってたし、お土産に買って送るのもアリだ。事実上の耐用年数2~3年とはいえ値段的には及第点。
でも、もう一声! の感も否めない。
「しかしお前、杖職人なのに何でも詳しいな。審美眼というか鑑定眼というか」
「ヒヨリだって魔法系は詳しいだろ。初見の魔法でもすぐ仕組み見抜くじゃん」
「それはただの持ってる知識の応用だ」
「俺もそうだよ」
ある分野を極めると、近傍分野に関しても目端が利くようになるものだ。
俺は職人系。ヒヨリは魔法系。
得意分野が違うから相手の方が凄い事してるように見えるが、お互いどっこいどっこいの凄い事してると思います。たぶんね。知らんけど。
結局、俺達はヒヨリが気に入っていた大皿を一枚だけ買い、梱包して日本に郵送してもらう事にした。
流石に長距離輸送費がバカ高くついたが、そんな金額に全くたじろがずポンと払える経済的豊かさには感謝しないとな。
金運に恵まれているのも、恋愛成就も、出くわす悪人を片端からシバけているのも、全てはオクタメテオライトの加護あっての事。
守護神杖オクタメテオライトを崇めよ。ありがたや、ありがたや。