168 天才の血筋
蒸気船を乗り継ぎ、いくらか陸路を北上して辿り着いたバグダッドの街並みは古色蒼然としていた。
灰色の古びた石造大型建築が目抜き通りに沿って立ち並び、野菜や穀物袋を満載したリヤカーを男たちが引いて運び行き来している。まだ季節的には春だというのにバカほど熱く吹き付ける中東の熱風はヒヨリが纏う魔力の冷気によってシャットアウトされ、気が付けば俺達の後ろには涼のお零れにあずかろうとする人々が群がっていた。
散れ、散れ! 自分で冷気系の魔法使って涼めよ!
ヒヨリも何度か振り返って威嚇し群衆を追い払ってくれたのだが、数分もするとまたゾロゾロとひんやりした冷気に誘われ人が集まりだす。
キリが無いので、俺達はたまらず手近なホテルに逃げ込んだ。
そうしてヒヨリがチェックイン手続きをしている間にホテルの内装を眺めていて気付いたのだが、バグダッドには前時代の建築物がよく残っていた。
なんとこのホテル、グレムリン災害以前の物と思われる鉄筋コンクリート建築である。
街並みを見ていて妙に石造の大型建築が多いな、と思っていたのだが、たぶん全部前時代の建物だ。
東京も前時代の建物が保存されている方だが、大怪獣が上陸して暴れたり、地震が起きたり、ゾンビが湧き出したりしてほぼ新しい建物に入れ替わっている。降雨量が多く建物が傷みやすいのも大きい。
対してバグダッドではグレムリン災害直後から魔法使いたちが強固に街を防衛し、地震もなく、降雨量は日本の十分の一以下。政情が安定し暴動による打ち壊しなどもない。結果的に前時代の建築物が残存している。
いやこれもう世界遺産だろ。世界的に見てもここまで保存状態が良い前時代建築物群なんて無いんじゃないか? バグダッドは観光立国した方が良いと思います。
そんなバグダッドに、俺達は一週間滞在する事に決めている。ヒヨリは最初ツバキをチラチラ見ながら半年間の滞在を提案したのだが、俺とツバキの反対票により2:1で却下された。
お前、神隠しの杖の時とモグラ地下帝国の時は一週間に区切ってきたクセに。そんな長期滞在してもやる事ねぇよ。ツバキと離れるの嫌がりすぎだろ。
子離れしろ! ウザがられるぞ。
渋々一週間で納得したヒヨリはホテルのルームキーを俺に渡すと、ソユル・バロメッツ・オイルを探してくると言っていそいそ出かけていった。
ずっと一緒にいられないならせめてツバキに最高のプレゼントをあげようと意気込む娘大好きママは、世界最高級と名高い(ツバキ談)超高級油を入手するつもりらしい。
黒海沿いの荒野で育つという希少な魔法植物から採れる油は、美味しいかはどうかは別として他に無い独特の味わいと香り、そして生産量の少なさ・値段の高さで有名だという。同じ重さの黄金に匹敵する価値があると称される高級油は、油食レポ名人ツバキでさえ食べた事がない希少品である。
バグダッドは原産地に近いから、ワンチャン市場に流れている可能性も無くはない。運が良ければ金を積んで手に入るだろう。
で、ホテルの部屋に残された俺達は俺達でやる事がある。
プレゼントを贈るのはヒヨリだけではない。これはプレゼント交換なのだ。ヒヨリはツバキにプレゼントを贈るし、俺も贈るし、ツバキも俺達に贈ってくれるらしい。
ヒヨリがプレゼント準備に奔走するように、俺達もプレゼントの用意に取り掛かる。
「ツバキは何くれんの? 耐火煉瓦の欠片? 倒した魔物の牙? 空の油差し?」
幼体時代の火蜥蜴が口に咥えて持ってきてくれたプレゼントの数々を思い出しながら、部屋の床に座り込むツバキに聞く。
ツバキはニッコリ笑い、得意げに胸を張って答えた。
「それも宝物だけど。ミミミッ、もっと良い物。スゴイ物!」
「マジで? それはスゴそう」
私スゴイ! と言い、実際にヒヨリに魔力封印を仕掛けてのけた実績持ちのツバキの「スゴイ」は本当にスゴい可能性がある。
本当にスゴイんだよなツバキは。スゴイゾの名に偽り無しのスゴさなのだ。プレゼントにも期待が持てる。
ツバキのプレゼントは買ってくる物ではなく作る物らしく、床に座り込んだまま何やら炎を一生懸命コネくり回し始めた。
モグラとの花火大会で覚えたという炎の変色技術を生かし、ミーミー鳴きながら色とりどりの炎を全身から吹き上げ、それを胸元で水晶玉をつかむようなポーズで合わせた両手の間に収束・集中させている。両手の間で渦巻き火の粉を散らす炎はイキイキと火の粉を散らし、何かを形作ろうとしている。
しばらくツバキが操る炎を見ていたのだが、よくわからん!
何をしているのか、何をしたいのか、サッパリだ。
工学が通じなさそうな魔法分野でなんかしてるっぽい。俺にアドバイスできる事は何もないな。大人しく自分のプレゼント作りをやろう。
バグダッドまでの道中で買い集めたグレムリン素材と工具をベッド脇の文机に広げ、俺は専用回線魔道具の製造に着手した。
俺は生き返って間もなくキュアノスをバージョンアップした時、無詠唱機構によって魔力通信機へのハッキングが可能であると推測した。
その推測は当たっていて、アメリカの通信機を使い地獄の魔女がキュアノス宛にエロマンガ島を通報してきた。
未来視事件の発端もコンラッドが持ち込んだ試作魔力通信機にキュアノスの受信機能が引っかかった事による。
幾何学構造グレムリンによる魔力長距離通信技術はこの二年間でガンガン技術が進んでいる。専用回線も開けそうなんだよな。
地球の裏からでも届く長距離通信が開通すれば、いつでも電話をかけ放題。ヒヨリとツバキだけが使えるよう専用回線化する事で通話傍受を防ぎ、プライバシーも確保だ。
基礎構造はキュアノスの通信機能部分とコンラッドに見せてもらったアメリカ製魔力通信機のいいとこ取り。
専用回線化には固有色グレムリンを使う。ヒヨリとツバキの魔力にのみ特異的に機能するようにしてしまえば、二人以外の魔力による介入・干渉は防げるはず。キュアノスがヒヨリの魔力にだけ反応し、ヒヨリにだけ使えるのと原理的には同じだ。
理論はできている。あとは作るだけだ。まあそれが大変なんですがね。
数日の間、俺達はホテルの同じ部屋を取りながらもそれぞれのプレゼント確保のためにバラバラに動いた。
ヒヨリは朝早くに出かけては夜中に手ぶらでガッカリしながら帰ってきて、ツバキを抱きしめて寝るし。
俺は専用通信機を一発で形にはできたが、形になっただけで、通話の音質がガビガビ&ノイズだらけのゴミカスになってしまったため頭を抱えている。
ツバキの方も難航しているようで、サラマンドラからも自分の頭からも湯気を上げるぐらい考え込み、時々ワケが分からなくなってホテルの厨房のパン焼き窯に頭を突っ込んだりしている。
七日目の滞在最終日に、疲れ切って不機嫌なヒヨリは朝食の席でパンをむしりながら俺達に提案した。
「なあ、滞在を三日伸ばさないか? 三日だけ」
「OK、三日な」
「ミッ。三日!」
俺とツバキにとっても渡りに船だったので、滞在延長の議案は即座に全会一致で可決された。
みんなプレゼントに気合入れすぎなんだよなあ。
パパパーッとどっかのデパートでテキトーにイイ感じの物買って渡せばいいのに、世界一の希少油だの、一点物最新技術通信機だの、よくわからんスゴイ物だのを用意しようとしているばっかりに時間がかかるかかる。
全くどうかしてるぜ。俺も含めて。
とはいえ、三日の締め切り延長の意味は明らかだ。
このままだといつまで経ってもプレゼント探し・プレゼント作りが終わらないから、三日区切りで切り上げようという話だ。
ヒヨリはソユル・バロメッツ・オイルの入手を諦め何かしらの代わりの物を用意するようだし、ツバキも何とかするつもりっぽい。
俺も流石に妥協しなければ。完成しない完璧な作品より、完成した不完全な作品だ。
幾何学構造グレムリンの作成や研究をしているとよくある事だが、専用回線通信機もまた魔王グレムリンに通じる部分があった。
かつて、魔王は黒グレムリンを通じて甲類魔物たちを操っていた。甲類魔物たちの体内で寄生するかのように発生した黒グレムリンに「呼びかけ」、黒グレムリンが育ってその大きさが甲類魔物自身が元来持っていたグレムリンの大きさを優越した途端、呼びかけに従順に応え魔王に従うようになる。
この原理は通信機にも適用できた。
固有色グレムリンを使って魔力通信回線を専用化する場合、幾何学構造グレムリンの体積の総和のうち、固有色グレムリンの割合を半分以上にしなければならないのである。
魔力通信機における固有色グレムリンの大きさはその他のグレムリンよりデカくないといけない。
さもなければノイズが酷すぎてマトモに通信が作用しない。
魔王の黒グレムリンもこうだったに違いない。
つまり、
①甲類魔物の体内に通信子機となる黒グレムリンを感染させる。
②黒グレムリンの大きさが小さい内は、ノイズが酷くて魔王の指令が届かない。
③黒グレムリンが十分に育つと、ノイズが消えて魔王の指令が届くようになる。
こういう理屈だ。
そもそも幾何学構造グレムリンにおける体積問題は昔から研究されている分野であり、有名どころでは「幾何学構造グレムリンの体積を1400㎤以上にすると性能が大幅に低下する」などがある。オーバーテクノロジー「魔王グレムリン」でさえこの制約を免れないし、ルーシ王国に鎮座するクォデネンツが四次元構造体になっているのも三次元上の体積限界の制約を突破するためだという説がある。
地球が万有引力に縛られるように、魔法も体積限界に縛られているんだろうな。どうあがいても世界の法則そのものには逆らえないあたり、魔法法則は物理法則に似ている。法則の範囲内でなんとか騙し騙しやっていくしかないのだ。
そんな知見を得ながら、どうにか俺は延長三日間で専用回線魔力通信機を完成させた。
外観としては北アメリカ先住民が魔除けとして使っている民芸品「ドリームキャッチャー」に近い。
扁平な輪っかの枠の中に幾何学模様に配置したグレムリンを組み上げ、中央の正十二面体フラクタル型固有色グレムリンの塊へ向けて収束するようにしてある。
集音問題、体積問題、音質問題に同時に対処する構造を突き詰めたらなんか勝手にこういう形状に落ち着いた。
まあ、突き詰めた割には未だに音質ガビガビなんですけどね……
正直、この低品質作品をツバキとヒヨリに渡すのは忍びない。
でもこれ以上品質上げようとしたらマジで数ヵ月とか一年とかかかりそう。これが現実的な落としどころだ。
ツバキとヒヨリもなんとかプレゼントを間に合わせたようで、別れの日の晩はヒヨリが厨房を借りて作った油ギトギト料理を楽しみながらホテルの一室でプレゼント交換会となった。
全員でお高い魔造酒を嗜みながらアヒージョやらマリネやらをつつき、宴もたけなわとなったところでほろ酔いのヒヨリが小箱に入れたプレゼントをツバキに差し出した。
「ありがとー! ミミミミ、固い音する。中身なーに? 綺麗な石?」
受け取った途端に小箱を激しく揺すって音から中身を推理しようとするツバキに苦笑したヒヨリは、優しく開けるように促した。
小箱を燃やして中身を取り出したツバキは、出てきたコインサイズの氷塊を掌に乗せ不思議そうに首をかしげる。
「ミ……? 氷。なにこれ? 青の魔女の魔力感じる」
「それは溶けない氷だ。どれだけ燃やしても溶けないぞ」
「!?」
説明されてもキョトンとしているツバキの分まで、俺が驚くハメになった。
お前マジかよ。そんなモン作れるのか!?
「え、なに? 大氷河魔法の氷から削り出したとか?」
「いや、無詠唱魔法で作った。溶けない氷の原理は大氷河魔法を参考にしたから、そういう意味では大氷河魔法由来と言えるが……あ、こら、食べるな食べるな! お腹冷やすぞ」
「ミ~?」
ツバキは喜んでいるという風ではなかったが、興味津々で溶けない氷をしきりに齧ったり、舐めたり、匂いを嗅いだりしている。
ツバキが魔法の氷に夢中になっている間にヒヨリがこっそり語ったところによると、元々は自分の姿を象った氷にしたかったらしい。が、技術不足でそこまではできなかった。代わりに自分を思い出してもらえるように魔力をたっぷり込めたのだという。
「永遠氷塊」と名付けたこの氷は自然には溶けない。普通の炎でも溶けない。
魔法解除魔法や焔魔法を使うと溶けてしまうが、ツバキはあまり詠唱魔法を使わないので、まず事故で溶かしてしまう事はないだろうという話だ。
永遠氷塊は大氷河魔法と違い、内包物の保存効果は無い(複雑すぎて再現不能)。だが重要なのはそこではなく、ツバキが氷魔法を得意とする青の魔女を思い出す縁になる事だ。その目的を考えればこれ以上ないプレゼント・セレクトと言えるだろう。
……俺のプレゼント、大丈夫かな?
俺そういうのあんま考えなかったけど。
ヒヨリは長電話好きだし、ツバキもけっこう喋る方だし、いつでも話せたら嬉しいかなあと思って通信機作っただけですけど。
もしかして1/1サイズ青の魔女完全再現銅像とかの方が良かった……?
ぐるぐる考え込みプレゼント提出を躊躇っていると、俺のキョドる目線の先を追ったツバキはカーテンの陰に隠しておいたプレゼントボックスに目ざとく気付いてしまった。
大喜びで飛びつくツバキを止める事もできず、俺のプレゼント「ヒヨリ&ツバキ専用回線通信機」がお披露目される。
2個で1セットの通信機の用途と使い方を説明すると二人は飛び上がって喜び、俺の頬にチューして早速ウキウキと通信を始めた。
が、酷い音質が分かると揃って笑顔が消え、微妙~な顔に変わってしまう。ごめんて!
「ま、まあ言葉は聞き取れるからな」
「ミ。お喋りだけなら困らない。たぶん。ギリギリ」
うぐぐ、優しいフォローが心に沁みるぜ。
すまんね。そのうち改良バージョン作るから。当分はソレで我慢してくれ。
いや、というか実質十日で個人専用回線通信機作ったんだぜ? 十分だろ? 音質はマジでお察しだけど!
申し訳なさと開き直りの間でモヤモヤしている俺に改めてミーミー鳴いてお礼を言ったツバキは、作業室としてここ数日占拠していたシャワールームにてってこ走っていき、小瓶を二つもってきた。交換会の最後はツバキから俺達へのプレゼントだ。
金属の蓋で栓がされた二つの小瓶にはそれぞれ同じ赤い炎が封入されていた。
ほほう。
密閉状態、燃料無しで燃えてるって事は魔法の炎か。
「オーリと青の魔女、これあげる。一生懸命作った! お守りして?」
「ああ、ありがとう。嬉しいよ。一生大切に、お守りにする」
「ミミミ!」
ヒヨリは心底嬉しそうに笑って受け取り、娘とアツい抱擁を交わしている。
一方、俺は小瓶を振ったり逆さにしたりしてじっくり観察した。
ふーむ? 俺の目には魔法火って事しかわからん。
焔魔法基幹呪文「焔よ」で出てくる炎もこういう感じだ。でも焔よの炎では無さそう……?
あんなに何やら一生懸命やってたんだから、単純に瓶詰にした焔よって事は無さそうだが。
大利賢師渾身の空気読みスキルを同時並列全力発動し「二人の抱擁が終わるまで声をかけない」ミッションを達成してから、俺はゴキゲンのツバキに詳細を尋ねた。
「で、ツバキ。これはどういうヤツ?」
「ミ、お守りの火。離れても一緒! みんな群れの仲間。奥多摩帰ったら他のみんなにも火継ぎしてあげて」
「おお? おお。分かった」
聞きたいのはそういうのじゃないんだけどな。
もっと、こうさあ、製法とか効用とかさ。そういうのを聞きたいんだが。
しかし掘り下げて聞いても本人もイマイチよく分かっていないらしく、要領を得ない。とりあえず相当長い間(最低でも一年以上?)燃料補給無しで燃え続けるだろう、という事だけは分かった。
うーん?
まあ悪い物じゃないみたいだし、お守りって言ってるし。ほなお守りかあ。
瓶の中で燃えてる炎ってカッケェし、難しく考えずに素直に喜んでおこう。やったぜ!
かくしてプレゼント交換はつつがなく終わり、お食事パーティーはカラオケ大会にもつれ込み、俺達は朝日が昇るまで大騒ぎした。
空が白むと、ツバキは半泣きでべそべそ引き留めてくるヒヨリにキッパリ「出発する!」と告げた。
ペットのフクロスズメをお供にあっさり旅立つツバキを、ヒヨリはホテルの入り口で姿が見えなくなるまで涙ながらに見送った。
「ああ、ツバキ……ツバキが行ってしまった……」
「そんなモンだろ。ツバキもツバキでやりたい事あるんだから、笑って見送ってやりゃあ良かったのに」
「バカ。私だって笑顔で送ってやりたかったさ。そう単純な話じゃないだろ……」
ガチ凹みしているヒヨリだったが、しばらくするとツバキに貰った炎の小瓶を握りしめ、涙を拭って大きくため息を吐いた。
未練がましく何度も振り返りながら、しおしおとホテルの中に戻っていく。
早速通話をかけようとするヒヨリをいくらなんでも早すぎると止めながら、俺もヒヨリの後についてホテルに戻った。
二人で始まった旅は、途中で三人になり、また二人になった。
まあそう落ち込むなよ。元気出せ。ルーシ王国で用を済ませたら、奥多摩に帰る前にツバキのとこに寄ればいいさ。
そのためにもちゃんと旅の目的を完遂しないとな。
ツバキの焔:
大利・ツバキ・スゴイゾが自らのグレムリンの欠片を融解分離させ核に創り出した、特別な焔。
ほんのり温かい焔は手のひらで包み持ったり瓶詰めにしたりして持ち運べる。
この焔は魔法構造そのものに干渉し焼き焦がし、単純な魔法ならば壊してしまう。
それは継火の魔女の焔魔法が持つ、特殊な効果に似ている。