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164 太尻尾2世

 俺達がムンバイに到着した時、港では運行見合わせが相次いでいた。

 海の魔物が弱く海賊も出ない安全航路のはずが、商船が幽霊船を目撃したという情報が入り警戒態勢になっていたのだ。

 これを受け、天下の青の魔女が毎日周辺海域を哨戒。三日目に幽霊船を発見撃滅し、海に平和が訪れた。圧倒的めでたし。流石はヒヨリだ。


 クウェート行の蒸気船の一等客室に乗った俺達は洋上を北へ向かう。これからクウェートまでの一週間は船の上で揺れながら過ごす事になる。一等客室は予約でいっぱいだったのだが、幽霊船騒ぎでキャンセルが出て、そこに滑り込んだ形になる。

 不幸中の幸いだ。幽霊船出没を聞いてビビッてキャンセルした途端に幽霊船が木っ端みじんになって運行再開したのを聞いた予約客にとっては泣きっ面に蜂だろうけど。


 ツバキは出港早々に意気揚々と船内探検に出かけたので、客室には俺とヒヨリの二人だけの静かな時間が流れる。

 ヒヨリはキュアノスを抱きかかえてベッドに腰かけ瞑想しながら魔法の鍛錬(開発?)をしているので、俺は俺で暇つぶしをする事にした。

 一週間の洋上生活を退屈に過ごさず済むように、俺は幽霊グレムリンβを持ち込んでいた。それを机に広げて弄り回す。


 幽霊グレムリンβとは、蘇生魔法発動のための経費となる大粒幽霊グレムリンを生産するため、インドが研究を行う過程で生まれたものだ。


 完全に透明で目に見えないグレムリンである幽霊グレムリンは、幽霊魔物を除霊魔法で倒すと手に入る。

 幽霊魔物は普通に倒すと普通の色付きグレムリンしか落とさない。幽霊グレムリン入手には除霊魔法による討伐が必須だ。

 インドではここを何とかする研究が行われた。その一つが、同士討ちだ。

 幽霊魔物に魔法をかけ潰し合わせた所、幽霊魔物によって倒された幽霊魔物はガラスのような透明感のあるグレムリンを落とした。これが幽霊グレムリンβである。

 完全に透明な幽霊グレムリンと違って不可視ではない。だが、普通のグレムリンよりは遥かに透明度が高い。素人目にはガラスと見分けがつかないだろう。


 現状確認できている範囲では普通のグレムリンと同じ性質で、幽霊グレムリンの性質は持っていない。

 でも見た目からして普通のグレムリンと違うし、何か用途があるかも知れない。

 魔王グレムリンに幽霊グレムリンβは使用されていなかったから、先進魔法文明において活用が見いだされるほどの特徴は無いのかも知れないけど、そんなん調べてみないと分からないし。ハトバト氏が使っていた四次元技術だけが四次元技術の全てではなく、神隠式が存在したように、魔法文明がノータッチの幽霊グレムリンβにも何か秘密があるかも知れない。

 ……無いかも知れない。


 削ったり舐めたり嗅いだり叩いて音を聞いたり炙ったり冷やしたり光にかざしたりアレコレやっていると、彫像のように微動だにせず瞑想状態になっていたヒヨリが急に目を開けて立ち上がった。

 何事かと手を止めて見ると、ヒヨリは短く言った。


「知り合いの魔力だ。敵じゃない」

「何が?」

「来客が」


 どうやら部屋の外に来客が来ているらしい。

 俺は直近で会ったヒヨリの知り合い、陽キャ全開勇者マンを思い出してベッドに逃げ込んだ。

 毛布を頭から被って防御態勢を取り親指を立てると、ヒヨリは苦笑してドアを開けた。


 一瞬、そこには誰もいないように見えた。

 だがヒヨリはドアを開けたかと思ったらすぐ閉める。

 そして、足元をチョロチョロ駆けて部屋に入って来た小さな生き物に平然と声をかけた。


「久しぶりだな。どうした、こんな船の上で」

「は。お久しぶりです、青の魔女様。此度は調査報告に参上しました」


 ヒヨリを見上げ小さな前脚で敬礼したのは、ボロっちいポンチョを着た二足歩行のモグラだった。

 なんだコイツ!? まーたビックリ生物ちゃんですか。オコジョ教授を思い出すぜ。

 喋ってるって事は魔物じゃないな。魔人か? 魔法使いか?


 人間じゃなかったので毛布をズラして顔を出すと、ヒヨリは苦笑いして足元のモグラを指さした。


「紹介しよう。大利、コイツは太尻尾2世だ」

「フトシッポニセイ!?」


 すげー名前だな!?

 でも分かりやすい。絶対に1世の尻尾も太かっただろ。


「太尻尾。ベッドの上で今喋ったのが例の男、大利賢師だ」

「ほほう」


 二足歩行のモグラはチョロチョロ走って俺の方に寄ってきて、ベッドの脚をよじ登り俺の目の前まで来た。そして鼻をピスピス鳴らして手の匂いを嗅いでくる。

 なんだコイツ!? けっこう可愛いじゃねーか!

 でも魔人か魔法使いなんだよな。見た目通りの生き物だと思わない方が良さげ。

 どうせ実は元々人間で、魔法事故でこうなっちゃいましたーとか言って後で人間に戻っちゃうんだろ。

 そうなんだろ!


「むむむ。死臭無し。蘇生魔法とはかくも完全に蘇るものでありますか。急に匂いを嗅いで失敬、大利殿」

「お、おお。太尻尾さんは魔人? 魔法使い?」

「いえ、魔物であります」


 太尻尾は首を横に振ったが信じられない。

 嘘つけ、喋ってんじゃん。

 喋る魔物はいないぞ。

 いないはず。


 ホントかよ、とヒヨリを見ると、ヒヨリは頷いた。

 ホントなのかよ! どーいう事だよ?


「魔物の中でも例外だ。元々は見た目通りの知能しか無いんだが、コイツの種族は偏食家でな。食べた物によっては喋れるぐらいに賢くなる」

「ほう。何食べるんだ?」


 魔物の食性なんて何でもアリだ。国語の教科書が主食ですとか言い出しても驚かないぞ。

 興味を惹かれて尋ねると、ヒヨリは俺の足の裏の臭いを嗅いでいるモグラに水を向けた。


「太尻尾、お前の好物を教えてやれ」

「は。生き物が持つ最も知的な部位を腐らせた物であります」


 そういって太尻尾2世は俺の頭を……たぶん、頭の中に詰まっている物があるあたりをじーっと見つめてきた。

 マジかよ。お前、すっごい食癖してんね? いや人間だって魚腐らせて魚醤とか言って食うけどさ。

 人間の死体吸い上げるの大好きな花の魔女族とか、人食べるのにメッチャ良い奴な地獄の魔女とかに会ってなかったらドン引きしてたな。良かった、人生経験積んでて。


「種族名はブレインイーターだったか?」

「我々は我々を『美食族』と呼んでおりますが」

「そうだったな、悪かったよ。大利、コイツらは腐肉食の魔物だ。生き物は襲わない」

「目も歯も弱いもので。その分、鼻は利きますぞ」


 そう言って太尻尾2世は毛皮に埋もれたゴマ粒のような小さな目をしぱしぱさせて俺を見上げ、鼻の穴を膨らませた。

 見た目可愛いけど食べ物は可愛くねーな。オコジョと火蜥蜴を見習って欲しい。


 話によると、太尻尾2世はヒヨリの蘇生魔法捜索依頼を受けた魔物なのだそうだ。

 ブレインイーター、もとい美食族はクウェート近郊の砂漠地帯に生息する魔物で、人知れず広大な地下移動網を築き上げている。それはそのまま情報網にもなり、首長の朝ごはんから学校の先生の不祥事、港に並ぶ船の数と老朽化の度合いまで何でも知っているらしい。

 そこに目をつけたヒヨリは十年前に美食族代表の太尻尾2世と接触し、甲1類魔物の頭部と引き換えに蘇生魔法捜索を依頼したのだという。


 なるほどね。

 確かにいくらヒヨリが最強無敵美少女魔女だとはいえ、一人で世界を巡って魔法探しをするのは大変だ。あちこちに情報網を作っていて当然と言える。俺にとっては当然ではないが。


「悪いな、蘇生魔法はもう見つけたんだ」

「存じ上げております。ただ、依頼中止の確認と一応の調査結果をご報告しようと思いまして、日本に行く旅の途上でありました。そうしたら懐かしい魔力を感じたもので、こうして伺わせて頂いたのであります」

「あ~……すまない。余計な苦労をかけた」

「いえいえ、半分は観光ゆえ。青の魔女様が「ハナビ」と呼ぶ音と光の国家的大儀式を一目見てみたいとかねがね思っておりまして」


 ヒヨリと太尻尾が床に座り込んでゴチャゴチャ話し始めたので、俺は人差し指一本分ぐらいの身長しかないモグラ、太尻尾が着ているポンチョを思う存分観察させてもらった。

 ポンチョというより布きれの真ん中を食い破って穴をあけて、そこに頭突っ込んで被ってるだけだな。

 太尻尾の手はいかにもモグラらしい土掘りに特化した形をしていて、細かい作業には不向きそうだ。服を着る知能と文化を持っていても、それを上手くこなす能力は無いらしい。不器用って悲しい。


 悲しくなったので、お節介かも知れないが衣服を整えてやる事にした。

 昼食のトレーについていた白ナプキンでパパパッとゆったりめのミニベストを縫い上げ、幽霊グレムリンβを小さくレンズ状に削って磨き上げ眼鏡を作る。

 人形サイズの服に、人形サイズの眼鏡。ま、こんなモンだろう。寸法は目測だが、サイズ感に自信あり。


 俺は一人と一匹の話が一段落した隙に、太尻尾に新しい服と眼鏡を差し出した。


「太尻尾、良かったらこれ使ってくれ。やるよ。服は普通のやつだけど、眼鏡はグレムリン製だから硬度がある。土掘って暮らしてても小石だの砂粒だのでレンズが傷だらけになる事はない。度はかなり弱めにしてある。モグラの視力が人間と同じ方法で矯正できるか分からんからとりあえず。変な感じだったら言ってくれれば直せる」

「むむむ……?」


 太尻尾は困惑しながら新しい服と眼鏡を着用しようとしたが、ぶきっちょな手では上手く行かない。

 俺が一言断りを入れて着せてやると、白ベストを着て新品ピカピカの眼鏡をかけたモグラは小さな目をまん丸にして俺を見上げて口をぱっくり開け驚いた。


「むむむ、むむむむむ!! す、素晴らしい! 素晴らしい着心地、それに何よりも素ッ晴らしい眼鏡でありますな! おお、おおおっ! 世界がかくも美しいものであったとは!」

「そりゃ良かった。度数は? 老眼対応とかもできるけど」

「いやいやとんでもない、これほどの神業に文句など! ……と言いたいところですが、御好意に甘えさせて頂けるのなら、もそっと度数を強くして頂けると。あと右が左よりも若干クラッとする感がありまする」

「任せろ」


 手のひらサイズの二足歩行腐肉食モグラとはいえ、俺の蘇生のために奔走してくれた恩人、もとい恩モグラだ。そういう意味でもこれぐらいの親切はしても良い。


 パパッと調整した眼鏡をもう一度かけてやると、太尻尾はヂーヂー鳴いて喜んだ。


「むううううッ! 何という、何という事でありましょうか! 完璧! いや完璧以上! 大利殿は神の手を持つ神職人であらせられるッ!」

「だろ? 分かってんじゃん。杖は? 杖もいる? 俺の手にかかればモグラ用の魔法杖だって作れちまうんだぜ?」

「な、なんですとーっ!?」


 煽てられて気分が良くなり提案すると、太尻尾は大袈裟に飛び上がって驚いた。

 良いリアクションするじゃん? そんな反応されるとやる気でちゃうぜ。


 モグラサイズの杖になると、コアのグレムリンのサイズも相応に小さくせざるを得ない。

 だが、モグラ用ミニサイズのグレムリンでもキッチリ球形にしてやって、六層構造ぐらいに彫れば人間が使う市販杖ぐらいの性能にはできるはずだ。


 頭の中で設計図を作っていると、太尻尾は微笑ましそうに俺達を見ているヒヨリの顔色をチラチラ窺いながらおずおずと聞いてきた。


「あ、あのー、ここまでの物を頂いておいて大変恐縮なのですが。故郷の、我が同胞にも小物を作っては下さらないでしょうか? 勿論報酬はお支払いいたしますゆえ。大利殿の神業に頼らせて頂ければ、我々はフォークとナイフを使い、皿に料理を盛りつけ食事をする事も不可能ではない、と愚考する次第であります」

「任せろ! ……いいよな?」


 俺もヒヨリの顔色を窺う。

 少し悩んだヒヨリが「滞在は七日までだ」と答えるのを聞いた太尻尾は、前脚を叩き合わせて嬉しそうに鳴いた。


「しからば、太尻尾2世の名において、青の魔女様と大利殿を我々の秘密地下帝国に招待させて頂きます。いやはや、港に着く時が今から待ち遠しいですぞ!」

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― 新着の感想 ―
目的地に到着して解析を始めて行き詰まった時、旅で出会った仲間達が魔法的な繋がりで大利にパゥワーをくれるに違いない
 体質と種族名的にキメラアント(グルメアント)連想したけど、まっ、サイズ的に脅威にはならんじゃろ!(慢心)  モグラは盲目やら太陽光苦手やらで、古今東西サングラスのキャラクター造形のイメージになりがち…
ヂーヂー鳴くのが最高にかわいい 世界観が急にガンバとかドリモグとか懐かしアニメになったw とはいえブレインイーターである(真顔)
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