161 物理無効
四次元技術はそもそも難解だが、段々と分野の奥行が広がってきて、いよいよ理解が困難になってきた。
俺は加工技術の観点から理解できる。
数学者は理論で理解できる。
しかし技術者でも数学者でもないヒヨリは理解に苦労した。
神隠しの杖を前に二人で座り込み、額を突き合わせ理屈のすり合わせをする。
俺は正方形に切り揃えた折り紙用紙をヒヨリの前で折り畳んで見せながら説明した。
「いいか? この正方形の紙を面積が1/4になるように折りたたむ。まずはこう。普通の四つ折り。分かるだろ?」
「ああ」
「今度は別のパターンを見せよう。こう折る。鶴を折る時の途中経過と同じだ」
「ああ」
「この二つは別の折りたたみ方をしてるけど、真上から見た平面上の図形としては1/4の面積になっただけ。つまり二次元的には区別がつかない。ただ、展開する時に明らかに別の開き方になる。三次元的には別物なんだ。これと同じ事が三次元・四次元の折りたたみでも起きる」
「んー……」
ヒヨリは二種類の折り紙を手で弄りながらしばらく考え込み、頷いた。
「キュアノスを四次元にしまう時にパッと消すが、同じ「消す」でも色々やり方がある……という話か」
「合ってる合ってる。で、それが技術的安定性の話に関わってくるわけ。例えるならハトバト式の四次元折り畳みはこう。で、神隠しの杖の折り畳みはこう」
ハトバト式の方はわざと複雑な折り方で四つ折りにする。
神隠しの杖の方は単純なやり方で四つ折りにしたあと、四つ折りにした物を更に四つ折りにする。そしてそれを更に四つ折りにする。
「ハトバト式は一発でこうやって複雑な事をしてる。神隠しの杖は簡単な事してるけど、簡単な事を繰り返してる。一枚の紙をこうやって何度も四つ折りにすればどんどん小さくなって折り畳みにくくなるだろ? 本当はいっぱい折りまくりたいんだけど、神隠しの杖は元の紙の形がキッチリ正方形になってないし折り方も雑だから途中でおかしくなってるイメージ」
「紙を42回折ると月に届くって話を思い出すな。簡単な事でも繰り返せば現実離れするっていう」
「ああ倍々ゲームの話な。四次元技術だと次元的に折り畳むから三次元世界で厚みを増してく事はない。ただ、存在重複値? 重複変数? みたいな値が四次元論が絡んでくる時にだけ数式に絡んでくる。らしい」
俺も四次元数学はフワッとしか理解してないからよー分からん。色々計算で求める事ができるらしいけど、俺は計算結果に基づいて導出された図形を現実の物質に落とし込んで加工する技術しか分からん。
そして、ヒヨリもまた自分の得意分野に四次元論を落とし込んで咀嚼していた。
俺が例示に使った折り紙と、フワフワ浮かんでいる幽霊のように透けた神隠しの杖を難しい顔で見比べ、ぶつぶつ呟く。
「…………。魔力の再帰処理をしているのか? ……なるほど。そうなると魔力の流れが虚空に消えたり出現しているというよりむしろ四次元を通過しているせいで見えなくなっているだけで、全てが繋がった一つの流れを作って……循環していて……んん……これを何重も重ね合わせていて……んんんん……そうか、常に循環し続けていて貯める必要が無いからフラクタルも要らない……でもそうなるとロスが……」
魔力や魔法の観点から神隠しの杖をしばらく分析していたヒヨリは、やがて自分の世界から現実に戻ってきて俺に聞いた。
「なあ、神隠しの杖の方式だとハトバト式よりも魔力のロスが激しいんじゃないか? あと、同じ効果を発揮するとも思えない」
「おお? スゲーな、魔女視点でもやっぱその結論に辿り着くのか。前半は知らんけど、後半のハトバト式とは別の何かしらの四次元的効果が発揮されるってのは俺も同意する。コレって実験したらヤバそう?」
「いや。ハトバト式より遥かに安定している。次元間の魔力の再帰循環がちゃんと繋がっていれば……あー、つまり加工精度が十分に高ければ、事故を起こす方が難しそうだ」
安全管理官ヒヨリの太鼓判も貰い、俺は何度も頷いた。それな。
ちゃんとやれば神隠しの杖式の四次元技術は安定して、誤作動も起こさないはずだ。四次元技術としては単純だから。
仮に誤作動を起こしても直せる。単純だから。
スマートフォンが壊れたら直すのも難しい。
だが、糸電話は壊れても簡単に直せる。
先進魔法文明から持ち込まれたハトバト式より、地球産のゼロから組み立てられた神隠しの杖の四次元技術の方が、遥かに単純で扱いやすいのだ。
一応ヒヨリに傍で監修してもらいながら、俺は高枝切りバサミの先に工具をつけてフワフワ浮かんでいる神隠しの杖の調整加工を開始した。
近づいて間近で調整作業すると、事故起こした時に巻き込まれて次元の彼方に吹っ飛ばされるからな。安全距離を確保するに越した事はないのだ。3mの安全距離をとって長い棒きれ越しに工具を操ってもなお高精度を出せるのは俺以外にいるまい。これぞ人力マニピュレーターである。
とはいえ、加工品を直接手で触りながらやるより時間はかかる。
神隠しの杖の調整加工が完璧に完了するまでに三日もかかってしまった。
三日かけて調整し、デコボコ不揃いガタガタだった神隠しの杖もシュッとする。
いいよ~、カッコイイよ~! ダイエットして顔のむくみとって化粧したみたいだよ~! 本来の数学的美しさが引き出されてるよ~!
俺が腕組みをしてニマニマしている間に、ヒヨリは魔力操作で神隠しの杖の安全性と機能チェックを進めてくれた。
小一時間でチェックは終わり、お触りOKのゴーサインが出る。
俺は揉み手しながら喜び勇み、浮くのをやめて地面に転がった神隠しの杖を抱っこしに駆け寄った。
「おお、これがナマの神隠しの杖の質感! 思ったより生暖かいな? 日差しの熱を吸収してんのか。金属使ってるもんな、そりゃそうか。よしよし! じゃあ杖の機能を……」
「待て。私が起動する。貸せ」
「え、なんで?」
「魔力消費がバカほど激しい。大利が起動すると一瞬で魔力欠乏を起こして気絶するぞ」
「そんなに……?」
俺、魔力140Kぐらいあるが? それでも物足りないって言うのか。
とんだ大飯喰らいの杖ちゃんだぜ。
真・神隠しの杖を渡すと、ヒヨリは無造作に杖のギミックを起動した。
途端に杖と杖に魔力を吸わせたヒヨリがフワ~ッと浮き上がり、幽霊のような半透明に透ける。
「おお……それが正規起動状態なのか。ほー? どうなってるんだそれ」
「大利、私を殴ってみろ」
「は? 急に何だ? ヤダ。俺はヒヨリに絶対に暴力を振るわない」
「あ、ああ。ありがとう。いやそうじゃなくて。紙飛行機をぶつけるとかでもいいから」
「それならOK」
言われるがまま、胸ポケットに入れっぱなしにしていた折り紙で紙飛行機をパパッと折って、半透明で浮いているヒヨリに飛ばす。
すると、紙飛行機はヒヨリをすり抜けて向こう側へ飛んで行った。
おおっ!? なんか起きた! なんだそれ!
「幻影か? お前いま本当はどこにいんの?」
「私はここにいる。幻影じゃない、幽霊魔物と同じ状態になってるんだよ。物理無効状態だ」
「物理無効!?!?!?」
ヒヨリは仰天する俺に微笑み、杖の機能を解除して実体になり地面に下りた。
「ふーっ……」
「何? お前いま無敵になってたって事!? アッいや違うか。幽霊は魔法なら効くもんな」
「そうだな。あと、幽霊魔物が当たり前に常時発動しているのと違って魔力をバカ喰いする。今の30秒ぐらいで5000Kは使った」
「じゃあ、えーと、1秒あたり170Kぐらいの消費コスト? 高い、いや物理無効になれるなら安いか?」
ヒヨリに神隠しの杖を返してもらい、しげしげと見る。
なるほどね。幽霊魔物が物理的なモノをすり抜けるのは四次元に片足を突っ込んでいたからなのか。思いもしない角度から謎が解けた。
「幽霊が物理無効を常時発動できてるなら、理屈の上では発動コストもっと下げられるって事だよな」
「ああ。あと、魔王の物理無効も幽霊魔物の延長線上にある上位互換能力だと思う。自分が物理無効状態になってみて分かったが、あの物理攻撃が効かない気色悪さと何となく通じる感触がした」
「ははぁ。神隠しの杖の機能は物理無効Lv1ってとこか」
めちゃくちゃ面白い。
まさか幽霊魔物のパッシブスキルをこういう形で再現できるとは。
こんなん杖に実装し得では? 俺だってほんの一瞬、0.5秒ぐらいなら起動できるし。0.5秒間の物理無効で助かる命もあるだろう。相手の攻撃にピッタリ合わせて瞬間発動するジャスト回避的な運用になりそうだが。
いや待てよ?
幽霊魔物と同じ状態になるなら、除霊魔法の特効が入ってしまうようになる可能性があるな。
除霊魔法の本質が「幽霊魔物をぶっ飛ばす」ではなく「四次元に片足突っ込んでる奴をぶっ飛ばす」だった場合、物理無効モードが裏目に出る可能性も……?
もしそうならそれを避けるためにはもっと折り畳み回数を増やして、存在重複強度を上げて三次元に寄せてやって……でもそうすると魔力消費がますます激しくなるのか。基礎消費を下げるのが大前提になって、そうなると……
どんどん疑問が湧いてくる。
アイデアも湧いてくる。
楽しくなってきた。
いいねえ、物理無効。面白い、面白いぞ!
是非、もっと練磨昇華してキュアノスに取り入れたい。
ヒヨリと約束した一週間の期限まであと四日。四日でもっとこの技術を掘り下げ、天下無敵の最強杖キュアノスの糧としてくれよう。